第9話

主婦代理

 狩猟に行っていた男爵は、たいそうきげんよく帰って来た。しばらくはその話でもちきりだった。ドナット家は、きのうまでのなんとなく重く沈んだ空気もすっかり変わり、楽しさに満ちあふれた。しかもロバートは、ミルドレッドから、ソニアがミッチェルと婚約した話を聞くと、たいへんによろこんだ。

「すばらしい。ソニア、おまえは、きっと、しあわせをつかむと思っていたよ。おまえのようにすばらしい娘をほうっておくわけがない。しかも、ミッチェル君がねえ。なんとしてもこれはけっこうな話じゃないかね。がっかりするのは私一人だろう」

「伯父様が?」

「そうとも、きみは、私のオウ・ペア<女書生>になってくれるはずだったろう。私としては、非常に残念だが、しかたあるまい」

「申し訳ございません。でも、すぐにヴィオラがやってくれますわ」

「う−む。そうなってほしいものだが……いつのことやら」

 男爵はほんとに心からよろこんで、ミルドレッドが止めるのも聞かずに、あちこちととび回って、どんどん話を進めていった。そして、二人が卒業と同時に結婚というところまでまとめてしまった。ミルドレッドは、ふだん少々ガンコでカタブツのロバートのどこに、そんな才覚があったのかと不思議な顔をして見守っているだけだった。

 しかし、日取りまで決まって来ると、こんどは、ミルドレッドがあわてる番だった。いっそ、ソニアを家に帰そうかとも思ったが、ソニアの母はそれをかたくなに辞退した。一度、学校に行かせることを条件にヴィオラの家庭教師になったのだから、たとえどんなふうに状態が変わっても、最後までそれをやりとおすべきだ、と言った。

 ミルドレッドは急に、娘を嫁にやる母の立場に立たされた。

 まず、マナーという点については、ソニアは全く申し分なかった。公私ともにソニアは、あらゆることを心得ていた。

 次に、主婦としては……これは、考えるより実際にやらせたほうがいいだろうと、ミルドレッドは、思った。そして、ロバートの許可を取ると、主婦の座をソニアに渡した。ミルドレッドは、ある時は祖母になったり、ある時は夫の客になったりした。

 ソニアは、学校から帰ると、ロバート・ドナットの妻の役目が待っていた。女中たちをさしずしたり、お金のやりくりにまで口を通さなくてはならなかった。朝は、ロバート男爵の身の回りの世話もしたし、ヴィオラの家庭教師もしなくてはならなかった。

「ソニア、少し休みなさいよ。あなたを見てると、気の毒になるわ」

「フーッ、ヴィオラ。少々考えものよ、これが妻の座というものならね、少しは手伝ってくれてもいいんじゃない、あなたは、あたしの娘なのよ」

「ふふ、先生で、お母さんで、お姉さんなのね。そのうえ学校では生徒なんですものね」

「そうよ、このうえ夫の友人とかパーティーなんてあったらたいへん。目が回ってしまうでしょうね」

「でも、きっと、あなたの家は女中がたくさんいるから、だいじょうぶじゃないかしら」

「まあ、やめて。二人だけでたくさんだわ。これ以上いたら、頭がどうにかなっちゃう。からだが二つほしいくらいよ。さ、そろそろ下に行かないと、あの人たちはすぐずるけてしまうのよ。言われたことしかやらないんだから」

 ソニアはそそくさと部屋から出て行った。ヴィオラは遊び相手を取られてつまらなかった。

 三日たち、五日たち、一週間も過ぎると、ソニアはすっかり慣れて来た。女中たちにも、てきぱきと指示を与え、はじめのうちのようなオドオドしたところはなくなっていた。そして、主婦としても、ソニアはすばらしい才能を発揮した。それは、ミルドレッドも舌を巻くほどだった。

 しかし、いかにソニアがすぐれていても、けっしてスーパーマンではなかったので、一人で二役も三役もつとまるわけではなかった。けっきょく、そのシワよせは、学校の生徒としてのソニアにかかって来た。夜、本を開いても、とても目をあけていられなくて、ほとんど勉強はしていなかった。いかに頭のいいソニアでも、勉強せずにすませるわけにはいかなかった。

  鼻先で鞭

 けさ、女中たちに、何を買うように言いつけたか考えていた。今晩は何を作るつもりだったかしら……そう、あれとあれ……材料で足りないものはないかしら……?

「ソニア」……えーと、帰ってからすることは?

「ソニア!」

「ハ、ハイッ」

 回りのクラスメートが、くすくすと笑っていた。ソニアは立ち上がった。

「つづけて読みなさい、ソニア」

 つづけてということは、だれかが前に読んでいたのね、そう、たしか読んでいたわ。でも、いったい、どこまで読んだの? だれか助けて。早く、早く、教えてくれればいいのに、イジワル!

「何をしてるの? 自分の読むところがわからないのね。そうなんでしょ」

「すみません、先生。聞いていませんでした」

「ふ−ん、今、おまえが開いているのは何ぺージなの?」

「はい……一二九ページです……」

 パタッと本を閉じると、先生はソニアに言った。

「今は一三二ページまで進んでいるのよ。何を考えていたの。しようのない。前へ出なさい。おまえの読むところを教えてあげるよ」

 教えてくれるといっても、どうせ、ただで教えてくれるわけではない。ソニアは覚悟を決めて教壇に立った。先生は鞭をソニアの鼻先で振りながら言った。

「さあ、ソニア。先生の机にからだをのせて。いいこと、一三二ページの何行目から読むのか、先生が鞭で教えてあげるからね。鞭の数をかぞえておくんだよ」

 ソニアはすなおに制服のすそをまくり上げ、もめんの下着に包まれたお尻をクラスメートのほうに向けて机に上体をのせた。卒業間近の上級生で、最近はお尻をむき出しにされることはめったになかった。そのかわり、先生の鞭は、いっそうきびしく打ちおろされた。ビシッ、ビシッと音をたててソニアのお尻に打ちおろされた。

 ーツ、二ツ、三ツ、四ツ……九ツ、十、十一、……いったい、何行目までいったのかしら?

 十二、十三、十四、十五、十六……やっと終わった。

 ソニアは鼻の先から涙をポタポタ流し、片手でお尻をおさえて立ち上がった。

「わかった?」

「……はい……十六行目です」

「よろしい。授業をつづけましょう。さ、席に戻って読みなさい」

 ソニアは、声をつまらせながら、ようやく読み進んだ。

 帰りに、ヴィオラと馬車のところでいっしょになると、いっぺんで見破られてしまった。目も赤かったし、とても笑顔でいられる状態ではなかったので……。

「そ−お、やっぱりね。だって、むりよ、何もかもいっぺんにできるわけないもの。ママに言うわ」

「やめて、ヴィオラ。だって、恥ずかしいわ。学校で罰を受けたなんて……」

「そんなこと言ってる場合じゃないわ、ソニア。だって、二ヶ月以上あるのよ、学校は」

「そうね……でも……もう少し待って。なんとかなると思うから、きょうのことは黙っていて。ね、お願い」

「ええ、あなたがそう言うのなら……」

  長イスは無情

 ソニアは、今まで以上に気をつかい、学校にいる時はなるべく家のことを考えないようにしたので、同じような失敗を繰り返すことはなかった。

 二週間ほどは何事もなかったが、ただ気をつかうというだけで、テストまで無事にすませるわけにはいかない。その結果は、今までにないほどみじめなものだった。先生はすこぶるきげんが悪く、その日、悪い点を取った四人の生徒を教壇に並ばせると、キンキンと声を張りあげていた。

「なまけ者」

「ふまじめ」

「遊びたがりやさん」

 四人の生徒には次から次へと悪いレッテルがはられてゆくようだった。先生は、思いつくかぎりのことばを並べたてていた。とりわけソニアは、今までの成績がよかっただけに、風当たりが強かった。

 四人のうち一人は、比較的罪が軽く、それでも先生は、いつものように、下ばきの上から十五の鞭を当てて席に戻した。

 残りのうち二人は、毎度、テストの時は必ずといってもいいくらいに罪を受ける、できの悪い生徒でした。二人ともれっきとした貴族の娘ですが、どこにも、できの悪いのはいるものです。その連中といっしょのソニアは、たいへんなことになったものです。先生はソニアが自慢だっただけに、なおさらです。

「要するに!」先生は一段と声をはりあげて、

「おまえたちは、いま自分の習っているところをなにも覚えていないのだね。そんなことを、私が許すとは思わないだろうね。もうすぐ卒業という生徒が、そんなことでどうするの!誰か長イスを三台前に出しなさい!」

 今まで首をうなだれて先生のお説教を聞いていた二人は、長イスという先生のことばに、思わず、はっ、と顔を上げた。ソニアも、背中につ−と汗が流れ、目の前が暗くなった。

 しかし、処刑の用意は、クラスメートたちの手によって、すばやく行なわれている。みんな、この長イスがどのように使われるか知っていたし、経験もしていた。別に特別な罰ではない。お尻打ちを受ける生徒が長イスにうつぶせに結わえられるだけのことなのだが、どの生徒に聞いても、長イスだけはいやだ、と言って顔をしかめる。

 何十年も使いふるされたこの長イスは、今でも、どっしりとしていた。幅の広い座板、太いガッシリとした脚。ソニアたち三人は今、その座板に腹ばいになっていた。

 肩幅と同じくらいの座板のわきから両手を下に出すと、待ちかまえていたようにクラスメートがその手をしっかりとイスの脚に結えた。ほかの生徒が、まくらを一つずつ配っていた。まくらといっても、ただの四角い木の棒だが、十五センチ角で、四十五センチの長さがあった。この、まくらと呼ばれる木も、黒くつやが出て、かどもなめらかになっていた。

「足を縛る前に、下ばきをぜんぶ脱がせておくのよ」

 たぶんこうなるとは思っていたが、いざその時になると、三人ともじっとしてはいられなかった。足を閉じ、腰をくねらせた。

「いや! お願い、かんにんして。先生、許して、やめて−っ。ごめんなさ−い」

 いくら叫んだところで、両手をしっかり結わかれては、しょせんムダな抵抗だった。制服の下にするするとすべり込んだ手がひもを解き、あるいはボタンをはずし、まるでバナナの皮でもむくように引きおろし、脱がせてしまいました。

 次の命令で、制服のスカートが、前もうしろもおなかのところまですっかりまくり上げられてしまいました。そして、さらに一人の生徒が、腰に手をかけてもち上げると、すかさずもう一人の生徒が、その下にまくらを差し込みます。

 お尻が高く持ち上がったところで、最後に足が結わかれます。しかし、そのためには、二人の生徒が両方から足をつかんで左右に開かなくてはなりません。幅広い座板をまたぐ格好にするために、生徒たちが長イスをいやがる最大の理由です。

 全部の用意が終わると、二人のからだは、長イスの上でビクともしません。わずかに首が動かせるだけです。しかもポーズは、カエルのようにぶざまな格好のまま、どうすることもできないのです。

 しかも先生は、まるでよごれたマットレスでもたたくように、むぞうさに鞭を当てるのでした。二人の生徒は、からだじゅうの汗と涙をしぼり取られ、声もかすれてしまいましたが、先生はたっぷりと鞭を当ててからも、すぐにその無格好なポーズを許しはしませんでした。

 ソニアは、すっかり頭が混乱していましたが、もう打たれないと思うと、次第に落ち着いて来ました。それと同時に、お尻はまるで焼けるように痛み、ズキズキと脈打ち、そして、いま自分の置かれている状態に気がつくと、再び頭に血がのぼり、足の先まで赤くなるのでした。ようやく許された時も、満足に立っていられないほどで、左右からクラスメートにかかえられていました。

 この日のできごとは、すべて家のほうにも伝わってしまいました。しかしヴィオラは、その原因がソニアの家事労働にあることを力説し、ミルドレッドもそれを認めました。そのために、ソニアはまた、もとのような娘の立場に戻り、そのことをいちばん喜んだのは、二人の女中たちでした。なにしろ、ソニアがあんまりハリキッていたので、しばらくは気の休まるひまもなかったのです。

「やっぱり奥様は奥様であるべきよ。そう思はない、ナタリー」

「なに言ってるの、あたりまえじゃない。でも、つまり、あたりまえに戻って、ほんとうによかったわ。あの調子でやられちゃ、からだがもたないものね。やっぱりお嬢様はお嬢様でいるのがいちばんいいのさ。出過ぎたことをすれば、けっきょく、最後には、お尻に鞭を食らうのさ。これで、あの娘にもいい勉強になったろうよ」

「ふふ、そうね。かわいそうだけど、だいぶこたえてたね。階段を降る時にも、痛そうにしていたもの。もうじきウエディング・ドレスもでき上がるっていうのに、気の毒なことさ」

  恥ずかしい告白

 一週間もしないうちにウエディング・ドレスが届きました。夕食後、ソニアがそれを着ると、家じゅうが思わずため息につつまれるのでした。純白のレースに包まれたソニアは、手に花束こそ持っていませんでしたが、ういういしい花嫁でした。いつもは皮肉屋のナタリーも、目を輝かせて見つめるのでした。

 そして、いよいよ卒業の日が近ずいて、にわかに家じゅうがあわただしくなって来ました。ソニアの婚約者のミッチェルのほうが少し早く卒業式を迎えたので、ドナット家にもよく尋ねて来ました。家じゅうが甘いムードにつつまれて、その時には、何もかもうまくゆくものです。そしてついに、ソニアも卒業式の日を迎えました。

 卒業式には、ソニアのママも来たので、そのまま家にとも思いましたが、その日だけはドナット家に戻ることにしました。そのかわり、ソニアのママもいっしょです。

 その夜は、ミッチェルも加わって、ささやかな祝宴になりました。ヴィオラがまだ一度も経験したことのない楽しい夜になりました。

 ヴィオラも、ミッチェルが大好きでした。もう何年も前から知っているような気になるほど、すっかり親しくなって、まるでお兄様のように思えるのでした。ミッチェルも、まるで妹に接するようにヴィオラと話し、遊び、時には少々からかったりしているのです。

「ミッチェル。あなたのお母様が、あたしのことをおこってらっしゃるんじゃないかって、そればかり考えているの。この前は、でしゃばってほんとうにバカなことをしたわ」

「そんなことはないよ、ヴィオラ。母も、早くきみと会いたい、と言っているよ。ヴィオラがとてもかわいい娘だって父が話したからね。もうあんなことは気にしなくていいんだ。母はなんとも思ってやしないよ。うれしいニュースを早く知らせたいという、きみの気持ちがとてもかわいらしくてステキだって言っていたからね」

「ほんとう! うれしい! よかった。だって、教会で式の時に会うでしょ、その時、こわい顔でニラまれたらどうしょうかと思ってたの。だって、あの時はね、家に帰ってから、とてもしかられたのよ。ソニアもおこってたようだし、それで、すご−くしかられたの」

「そうかい、かわいそうに。とても痛かったんだろうね」

「ええそうよ。とてもいた……いやっ、ミッチェルの意地悪。あたし、何も言わなかったのに。いや−ん」

 ヴィオラは、隣にすわっていたソニアのひざに顔を伏せてしまいました。そして、赤い顔を上げてソニアを見て、

「ソニア、あなたのご主人になる人はね、とっても意地悪な人よ。ミッチェルなんぞと結婚するの、およしなさい。聞いてたでしょ、あたしのこといじめたのよ」

「そうね。ほんとうに悪い人ね、ヴィオラをいじめるなんて。ふふ。でも、すっかりひっかかってしまったのね。ヴィオラは、最近、学校ではあんな会話がはやってるんですって、このあいだ聞いたばかりよ。悪い趣味ね」

「まあ、このあいだ聞いたばかりですって、あたしには何も話してくれなかったわ。自分だけは用心していたのね、ひどいわ」

「そんなつもりじゃなかったのよ。ミッチェル、ヴィオラをすっかりおこらせてしまったようだわ、どうしましょう」

「ほんとうにおこってるのかい。それは困ったね、どうしょう」

「ふ−っ、どうもしてくれなくてけっこうよ。この二人の間にすわってると暑くなるわ」

 ミッチェルが帰り、ソニアのママは客間に、そして家じゅうが眠りについたころ、ソニアとヴィオラは、まだ話をしていました。不安と期待と好奇心とが夢が、いつまでも話を終わりにはしませんでした。

 式の当日、ヴィオラの見たミッチェルは、すっかり正装して、りっぱでした。そしてソニアは、まるでお話に出て来るお姫様のように美しく、厳粛な式とすばらしい聖歌隊のコーラス。外に出ると、ミッチェルの友人たちがポロのスティックでアーチを作って待っていました。うれしそうに笑いながらそのアーチをくぐる二人に、お米がふりそそぎ、逃げるように馬車にとびこみました。ミッチェルの友人たちが、出発しようとしている馬車を取り囲み、なかなか出られません。みんな、花嫁にキスをしたがっています。

 そのうち、ワーッという声がしたのは、きっと、馬車の中の二人がキスをしたのでしょう。ようやく解放されて、馬車は出て行きました、鐘の音だけがいつまでもいつまでもヴィオラの耳に残っていました。

  罰はすなおに

 新学期が始まるころ、ドナット家は、また、もとのように静かになりました。この間までのことが、まるでウソのように、しいんと静まり返ってしまいました。ヴィオラも、上級クラスになって、今ではずっとおとなっぽく見えるのです。ミルドレッドも、しばらくは気のぬけたようにしていましたが、次第に以前のような元気を取り戻して来ました。

 一学期は、クリスマスまでで終わり、新年を迎えると二学期が始まります。ドナット家にも、いろいろなことが起こりました。ロバートが新しく委員に任命されたり、ヴィオラは上級生としてのプライドを身につけ、ソニアの結婚に刺激されたのか、ナタリーは肉屋の店員と結婚しました。町はずれに小さな愛の巣をつくり、ドナット男爵からお祝いにいただいた食器がたいそう自慢でした。そして毎日、通って来るのです。だから、ジョゼットとの遊びも、もうおしまいです。

 ミルドレッドの目じりに、チョッピリ、シワができたこと以外は、すべてうまくいっているように見えます。そして、うまくいく原因は、やはりミルドレッドの手腕というべきでしょう。ベッドに横になって、ミルドレッドはあれこれと考えごとをしていました。

“そう、ナタリーに子供ができれば……そうね、やっぱり、今のうちにもう一人、女中を入れておいたほうがいいわ。その時になって、あわてて捜したんじゃ、いい娘が来るとは限らないし、今のうちから仕込んでおいたほうがいいわ……それに、ヴィオラの家庭教師も早く見つけなければ……なかなかいい人がいないわ。でも、早くしないと……そうそう、けさのことで、ヴィオラをしからなくては……最近は、すっかりおとなっぽくなったと思っていたのに、またダメね……かわいそうでも、やるべきことはやらなくてはね”

 その時、カラカラと馬車が門をはいって来ました。ヴィオラは玄関にはいると、迎えに出たジョゼットに小声で聞いた。

「ねえ、ジョゼット、ママは、けさのこと、まだおこっていて?」

「ええ、たぶん……だって、お嬢様が学校から戻ったら、すぐに奥様のお部屋のほうによこして、という伝言ですもの。けさのことは、ご自分が悪いのですよ、お嬢様。しかられても、しかたありません」

「やっぱりね。きょうは一日じゅうゆううつだったのよ。帰りたくなかったわ」

「いけませんよ、そんなことおっしゃっちゃ。馬車の音、聞こえてますよ。早く行ったほうがおとくだと思いますけどね。罰はすなおに受けるものですよ」

「わかってるわ。すぐに行くわよ。おまえに言われなくったって」

 ヴィオラは、ツンとすまして二階に上がっていった。外は寒く、石造りのドナット家は窓を締め切っていたので、外から見ると、少々いかめしく、そして落ち着いた建物は静まりかえっているかのようでした。しかし、庭に面したあのバルコニーのところからそっと中を見たら、きっとびっくりするかもしれません。声も聞こえて来るようです。

「さあ、ヴィオラ。悪いお尻をお出し! おしおきを受けるのよ」

「ママ、あたしは上級生になったのよ。ドロワースの上からでいいでしょ」

「なんですって。ここは学校じゃないのよ。ぐずぐず言わずに、早くおし! 同じことを何度も言わせるんじゃないのよ。ソニアのことを忘れたの。あの娘は、結婚するほんの少し前まで、ママに裸のお尻を打たれていたでしょ。忘れたの、ママのやり方を!」

 あと三年もすれば、ヴィオラもすばらしい花嫁となっているかもしれません。でも、そのためには、まだまだミルドレッドの鞭が必要なのです。そういいながら、こわがるヴィオラを押えつけて、ミルドレッドは鞭をふるうのでした。

 ピシリ、ピシリと鞭が鳴るたびに、娘は耐えかねて悲鳴をあげますが、ピッタリと閉じた窓の外には、ほとんど聞こえませんでした。

 台所のドアがあいて、二人の女中がカゴを持って外に出て来ました。洗たく物を取りに行くのでしょう。外は寒く、家の中は何事もないかのようにシーンと静まりかえっていました。

「おう寒い。早く行きましょう。急がないともうすぐにお茶の時間よ」

「そうね。でも、あの様子じゃ、きょうのお茶はヴィオラお嬢様には、また苦いお茶になりそうね」

 二人は笑いながら駆け出して行くのでした。

メニューに戻る