当日、佐織は待ち合わせ場所に十五分も早く到着した。それなのに、純はもう来て

待っていた。


 打ち合わせしたわけでもないのに二人はジーンズ姿で、着替えの入ったバッグを提

げ、テニスのラケットを抱えていた。


 休日の外出の口実にテニスを利用したのだ。この近くにはテニスコートが沢山ある

ので、それで二人とも思いついたのだった。


「考えることは同じだね」


「此処まで来たことは記録に残るし、どうせ追跡センサーで監視されているでしょう

からね」


「アンジェラの奴、こんなところまで連れ出して何する気なんだろう」


「確かに弱みは握られたけど、変だと思わない?」


「ん、又何か考えたな。何が変なの?」


「私たちの規則違反は認めるし、表沙汰になれば純のご褒美は取り上げられるかもし

れない。その供述書にサインもした。でも、ここから私たちが逃げ出したらどうな

る?」


「そんなの、当然、あの供述書を公表されるわ」


「で、私たちは施設送り? アンジェラは?」


「アンジェラは・・・ううん・・・報告義務を怠って、私的制裁を勝手に行うように

強制した?」


「で、結果、どうなる?」


「最低でも、補助指導員の資格はなくなる・・・」


「そんな危険をアンジェラが実行すると思う?」


「ふうう、そこまでやるほど恨まれてはいないと思うけどな」


「そうでしょ、つまり、供述書を書かせた段階で、三人とも同罪になったって事なの

よ。私たちを告発すれば、同時に自分の罪も認めなくてはならない。そういうジレン

マにアンジェラは陥ったってわけ」


「相変わらず佐織の頭は冴えているね。ふふふ、その事を後で話してみようか。アン

ジェラ、どんな顔するかな」


「何度も抜け穴を考えたけど、何もないと思うんだ。懲罰を拒否しても、それを実行

するにはあの供述書を第三者に見せる以外ないんだもの。違う?」


「そうだよ、後は力ずく、それだって二対一なら勝てるし・・・」


 話しているうちに指定されたホビー館まで来てしまった。正面の扉はまだ開いてい

ない。


 二人は館の周りを一周したが、当然、裏口にも鍵がかけてあった。駐車場のスロー

プにはチェーンが張ってあった。


 二人は正面の入り口前の芝生に座った。


「あと三分だよ。呼び出した本人が遅刻してりゃ世話無いね」


「絶対にあの理論に間違いはないよね」


「まだ言ってる。そんなに難しく考える事じゃないでしょ。単純なことなんだから。

そりゃあ、その事に思いついた佐織はお利口だけどさ」


 純がそう言ったとき、館の中から扉が開いた。


「待たせた? 中に入りなさい」


 二人は思わず顔を見合わせた。アンジェラはすでに中にいたのだ。


 アンジェラは二時間も前に来て準備を整えていた。二人が中にはいると、内側から

扉に鍵をかけた。


 アンジェラに引率されて二人は教室に入った。そこは、アンジェラの借りた普通の

教室だった。


「ここを借りるのだって大変だったのよ。あなた達には懲罰が必要だけど、誰にも知

られないように行わなくてはならない。そうでしょ」


「ごめんなさいアンジェラ。気を使っていただいて感謝します。それで、純とも話し

合ったんですけど、今回のことは本当にお詫びします。もう二度とあんなことは絶対

にしないとお約束します。そのための誓約書を書けというなら書きます。ですから、

懲罰は与えないでください」


「本当に反省しているなら嬉しいわ。でも、懲罰無しというのはどうかしら、あれだ

けのことをして、お仕置き無しには許せないわ」


「でも、アンジェラ・・・」


 純が話し出すのを佐織が遮った。


「私から、お話しさせてもらうわ。いいでしょ」


 純はうなずいた。


「あら、何なの。変ね。どんなお話しなの?」


 佐織は、理路整然と自分の考えを話した。話の最後に、もし、懲罰を行ってしまう

と災いがアンジェラ自身に及ぶかもしれないことをほのめかした。


「それで、終わり? 二人ともずいぶん馬鹿にしてくれるじゃない」


「馬鹿にするなんて・・・」


「その理論に私が気が付いていない。そう思ったから話したんでしょ。供述書を取っ

たときから気が付いていましたよ。これから話すことは、あなた達が素直に罰を受け

てくれたら絶対に話さないことだった。でも、その理論を持ち出されたら、話さない

わけには行かなくなったわ。そもそも、今回のことは何が原因? 普通なら、そのた

めに二人が矯正施設に一ヶ月くらい預けられたって知ったことではない。私は平気で

送り出したでしょう」


 アンジェラは二人の顔を交互ににらみつけながら話した。


 いくら脅しても平気よ。あの理論を覆せる? 佐織は自信と不安が胸中で交叉して

いた。


「今更、佐織に施設送りの汚点を残したくないし、純のご褒美を取り上げるようなこ

ともしたくない。私は、規則を破ってまであなた達を救ったのよ。そのお返しがこれ

なの?」


 そうか、敵は情実に訴えるつもりなんだ。それしかないものね。


 二人は黙っていた。


「あまり甘く見ないでね。まさか、まさかこういう手段に訴えるとは思わなかった

わ。でも、万一を考えて、私はすでにこの事実を報告してあるのよ」


 頭を殴られたような衝撃だった。まさか・・・ハッタリか・・・


「嘘だと、あなた達の顔に書いてあるわ。私が話した相手は、この地区の指導員でス

ペシャリストの資格を持っている方です。私は、全てのいきさつをその方に話しまし

た。その時、私がどれほど叱られたか・・・」


 思い出してもゾッとするという風に、アンジェラは両腕で自分の体を抱きしめた。


「私の気持ちは理解していただいたわ。でも、処理の仕方があまりにも幼稚だと叱ら

れたの。供述書まで取ってしまっては、もう後戻りできないと言われた。その時に、

供述書が私とのジレンマになっていることも指摘された。


今回だけという約束で、懲罰の様子を事後報告の形で提出すればよいと言われたの。

この館を予約してあることを知って、実は昨日、私が先にここに呼ばれたんです」


 たしかに昨日、そそくさと時間を気にしながら出ていったアンジェラの姿を二人は

目撃していた。


「これだけ話しても、まだ疑っているんでしょうね。いいわ、どれだけ絞り上げられ

たか、その証拠の一部を見せてあげるわ」


 アンジェラはそう言うと後ろ向きになり、スカートをたくし上げ、パンティーを下

げた。


 アンジェラのお尻を見て、二人は息をのんだ。お尻叩きや、鞭打ちには慣れている

し、お尻を見ればそれがどんな罰か一目で分かる。


 こんな鞭跡は今までにも見たことはなかった。ケインの鞭跡であることは一目で分

かる。が、そのミミズ腫れの膨らみ方は異常だった。しかも、正確に打ち込まれた鞭

跡が、打ち手の技量を示していた。


「ベッドで泣いたのは久しぶりよ。お仕置きがこれだけだったなんて思わないでね。

でも、これ以上、話す義務はないと思うわ」


「嘘だと思うなら、告げ口でも何でもするがいい。それで困るのはあなた達だけなん

ですからね。何か、質問は?」


 佐織は、アンジェラのお尻を見たときから顔を伏せてしまった。理論は間違ってい

なかった。ただ、アンジェラは体を張ってその理論を正当化してしまった。佐織は敗

北を認めた。


「スキンガードを穿いていなかったら、今頃はお尻を血だらけにして、ベッドで呻っ

ていたでしょうね。世の中には、こういうケジメの付け方もあるって事、覚えておき

なさい」


 自分達のために、そう思うと顔を上げることもできなかった。そんな様子に、アン

ジェラは満足だった。


「今度こそ、素直に出来るでしょうね。二人ともジーンズなんて脱いでしまいなさ

い。今日の反抗の罰はこのお教室でしてあげる。本式の懲罰は懲罰室につれて行きま

すからね。さあ、お尻を出すのよ!」


 二人は弾かれたように立ち上がり、ジーンズを脱ぎ始めた。どうせ最後は裸にされ

るんだろう。誰もいない館、相手がアンジェラだけなので、その点気は楽だ。しか

し、アンジェラは最初からケインを手にしていた。


 教室と言ってもホビー教室。お年寄りも通ってくる、休憩室以外にもソファーなど

が用意されている。アンジェラはそこに佐織を追い立て、ソファーに屈ませておいて

お尻をピシピシと叩いた。決して強い叩き方ではないが、ヒリヒリとお尻を痛めつけ

る。


 その部屋で、結局、二人とも素っ裸にされた。純と二人お尻を並べてさんざん叩か

れながらお説教された。


 補助指導員といえども教える立場なのだ、当然と言えば当然の行為なのだが、佐織

には勉強を教えてあげたという記憶が素直になれない原因だった。


 それが顔に出る、アンジェラは思い切りケインを振るった。


「キヤッ! 痛いじゃないの!」


 言ってから、しまったと思ったがもう遅かった。アンジェラを本気で怒らせてしま

ったようだ。アンジェラは佐織の耳を掴んで部屋から引きずり出した。純も、仕方な

くそのあとに続いた。


 階段を下り、大きな扉の鍵を開け、アンジェラは二人を中に押し込んだ。窓のない

部屋は薄暗く、何も見えなかった。アンジェラが扉を閉めると真っ暗になった。パチ

ッと音がして、急に明るくなった。その部屋の光景に佐織と純は目を丸くした。この

効果を演出するために二時間も前にここに来たのだ。黒光りする懲罰器具。その脇

に、さりげなく置いてあるパンティー。


 それは何よりも、最近、その器具が使われたことを意味していた。いつか図書館で

見た矯正施設の器具でさえ、これほどおぞましくはなかった。


「ここはまだよ、そこの小部屋に入りなさい」


 再び、照明の演出。明かりがともされた瞬間に、佐織は泣きたくなった。


 大嫌いな浣腸器が嫌でも目に入った。


「粗相しないように浣腸しますよ。お尻!」


 もう何を言っても仕方がない、二人は顔を見合わせ、素直にお尻を出した。アンジ

ェラは手袋をはめた手で、充分に肛門にワセリンを塗りつけた。


 佐織が嫌がってお尻を振ると、ビシッと革鞭でお尻を叩かれた。特別に選んでおい

た玉付きのカテーテルが挿し込まれた。薬液は昨日使っていた物と同じ緩やかな効き

目のものを選び、少しずつ流れ込むように調節してあった。

「途中で抜けたりしたら何度でもやり直しだからね。手で押さえていなさい」

 二人は手を後ろに回してカテーテルを押さえた。

 全ての薬液がお腹に吸収されるまでに10分以上もかかった。アンジェラは別の部屋

でロープを用意していた。


 佐織はお尻の中の玉が気持ち悪くて涙ぐんでいた。純は平気な顔で佐織に話しかけ

た。


「頭に来るね、二人がかりなら負けないよ。隣の部屋の道具に縛り付けてさ、脅して

報告書を書かせればいいのよ。やる?」


「復讐されるわ・・・」


「どうやって? これ以上ゴタゴタを起こしたら、多分、補助指導員の資格は取り上

げられるわ。それが一番怖いはずよ。さっきの話が本当なら、あとは報告書を出すだ

けでしょ」


 たしかに、純の言うことにも一理ある。でも、お尻が気持ち悪くて、考えがまとま

らない。


「佐織がお仕置きされているとき、私が後ろから襲いかかるからね」


 アンジェラが金物の古いオマルを持って部屋に入ってきた。


「トイレ、一つだから一人はこれよ」


 アンジェラはオマルを床に置くと純のお尻に手をかけた。


「少し、いきむのよ、いいこと抜くわよ」


 力を入れ、純がいきむと玉がスポッと抜けた。カテーテルが抜き去られると思わず

純はお尻に手をあてがった。


「こんな所で粗相したら承知しないよ!」


 アンジェラにピシッとお尻を叩かれて純はトイレに駆け込んだ。必然的にオマルを

使うのは佐織と言うことになる。


 アンジェラは素知らぬ顔で佐織のお尻に手をかけた。


「さあ、いきむのよ」


 同じように声をかけて引き抜こうとしたが、純の時ほど力は入れていない。意地悪

く時間をかけて、アンジェラは玉を引き抜いた。佐織はもう、なりふり構わずオマル

にしゃがんだ。


 そんな様子をアンジェラは映像として記録していた。スペシャリストに報告する資

料だと言われれば拒否することは出来ない。


 二人ともトイレの中でシャワーを浴びせられ、温風乾燥された。純はトイレから出

されたが、佐織にはオマル洗いが命じられた。


「ピカピカに磨くのよ。手を抜いたらあとで舐めさせるからね」


 そう言い残すとアンジェラは純だけ連れて懲罰室に消えた。


 佐織は汚物をトイレに流し、水で洗いブラシで磨いた。検査されてもいいように、

何度も何度も水を換えて洗った。


 悔しい・・・純の言うとおり後ろから襲いかかってやろうか・・・


 乱暴だが、純の言うことは間違いではない。どうせ、あの場所には行く必要がない

のだ。スポーツセンターだって、新しいキャンパスの近くにある施設を使えばいいの

だ。


 その気なら、二度とアンジェラと顔を合わせることもないのだ。


「いつまで待たせるの! まだ洗えないの!」


 佐織が差し出したオマルを検査して、ついでに佐織のお尻を叩いて部屋から追い出

した。襲いかかってやる、絶対に・・・


 そう思っていた佐織だが、純の姿を見て呆然とした。


 純は全身を拘束され、情けない格好になっていた。気が付くと佐織の体にもロープ

が巻き付いていた。


「いや・・・怖いから縛らないで・・・お願い、素直にしますから・・・」


 アンジェラはそんな哀願など気にもせず佐織を縛り上げた。こんなことはアンジェ

ラだって初めてのことなのだ。不器用に縄だけたくさん使ってぐるぐる巻きに縛っ

た。


 もう、何もできない。アンジェラの命じるまま、お尻を突き出し鞭で打たれた。縛

られていることが、これほど苦痛だとは思ったこともなかった。


 子供の頃、お仕置きを逃げて椅子に縛られたことはあったが、それとはまるで違う

意味を持っていた。さすがの純も、ヒイヒイと声を上げて泣いていた。純がこれほど

泣くのを佐織は初めて見た。


「佐織をお仕置きしているときに襲いかかるですって!」


 純は胸の内で『しまった!』と叫んでいた。小型の記録カメラはエネマの最中もど

こかにセットされていたのだ。その音だけアンジェラは聞いていたに違いない。アン

ジェラの怒りが収まるまで耐えるしかない。


 その事は佐織も気が付いたが、もう、どうすることもできない。純のお尻で鞭が弾

けていた。純が声を出さないのは、出せないからだと気が付いた。


 純の口に革の轡がはめてあった。


「ごめんなさい! アンジェラさん許して! ああ、お願い!」


 佐織が叫んだが、アンジェラは佐織の体を軽々と抱え上げ三角木馬に跨らせてしま

った。吊り下げられて鞭打たれていた純は、思い切り不様な格好で縛られたまま放置

されていた。


 三角木馬の上では佐織のお尻打ちが始まった。アンジェラは次々に鞭を変え、佐織

のお尻を責めた。佐織も又、痛むお尻のまま、体を折り曲げて縛られ床に転がされ

た。お尻が焼けるように痛み、背骨がミシミシと音を立てるかのように痛んだ。


 アンジェラは休憩していた。冷たい飲み物まで用意して喉を潤していた。


 懲罰室は蒸し暑かった。室温が調節できない部屋などあろうはずがなかったが、懲

罰室だけは別だった。暑いときは暑く、寒いときは寒いのが懲罰室なのだ。アンジェ

ラも着ているものを脱ぎ捨てた。


 これからが、本当の目的なのだ。


 最初に佐織の体に手を触れた。スキンガードで覆われた肌、それでも、一カ所だけ

スキンガードに穴があいている。当然、それは排泄に必要な穴なのだ。そこが開いて

いるから浣腸も出来る。


 アンジェラがその割れ目に手を伸ばしても、佐織はどうすることもできない。アン

ジェラの指先が佐織の割れ目をもてあそび始めた。


 背中の痛みは頂点に達していた。それなのに、なぜ・・・


 佐織は苦痛の中に奇妙な快楽を感じていた。アンジェラの指先が微妙に動くと佐織

は濡れた。


「ほら、痛みを忘れるほど気持ちがいいでしょ」


 アンジェラは折り曲げていた佐織の体を解放した。手足は拘束したままだが、佐織

は苦痛から解放されたのだ。大きく深呼吸をして、体を震わせていた。大きなテーブ

ルのような木の台に寝かされていた佐織の顔に、アンジェラが跨った。アンジェラは

パンティーまで脱いでいた。


「何をしたらいいか、知っているわね。ほら、舌を出すんでしょ」


 佐織は純から聞いていたことを思い出した。矯正施設で純がしたように、佐織は舌

を出した。


「そっと吸ってごらん・・・あぁ、そうよ、それでいいのよ、舌を使うのよもっ

と・・・強く吸って・・・」


 アンジェラはそう言いながら小型カメラで佐織の顔を映していた。その様子を縛ら

れたままの純が凝視していた。


 あんな事まで報告する? まさか・・・アンジェラの話は全部嘘? それも違うよ

うだ、報告するものは編集すればいい、あれは、保険なのだ。


 佐織だけじゃない、自分もすでにこの恥ずかしい格好を記録されている。


 そうか、それで何度も記憶媒体を交換しているんだ。一枚あれば四時間でも五時間

でも記録できるのに、最前からアンジェラは何度も交換している。


 報告用と、自分のための保険。あれを握られたいたら滅多なことでアンジェラには

逆らえない。苦痛の中で、純はそれだけのことを考えていた。


 佐織は比較的楽なポーズに縛り直され、水を飲まされていた。今度は純の番なのだ

ろう。


 純の縄が解かれると思わず背中の痛みに叫んだが、相変わらず声にはならなかっ

た。革の轡が外され、純にも水が与えられた。後ろ手に縛られたまま純は一気に水を

飲み干した。


「純は見ていたから何をすればいいか分かるね」


 そう言ってアンジェラはソファーに寝ころんだ。純は床に膝を突きアンジェラの開

いた足の中に顔を埋めた。


 当然のようにアンジェラはその様子を記録した。自分の顔だけは映っていない。純

は、三十分も奉仕して、ようやく解放された。


 大きな傾斜台に二人並んで縛り付けると、アンジェラはそこで記憶媒体を交換し

た。これが正式な報告書に添えられるものなのだろう。


 アンジェラはパンティーも穿いてお行儀良く二人を鞭打った。


 鞭打たれながらも純は、あの記憶媒体を何とかして取り戻せないかと考えていた。


 しかし、鞭打ちが終わると、アンジェラは二人を縛ったままセットしてあったカメ

ラを外し、もう一枚の記録媒体と一緒にして鞄に仕舞った。


「これを無くすと大変ですからね。今の内に車に入れておくわ」


 そう言い残して部屋を出ていってしまったのだ。純はため息をついた。


「あんな映像を握られたら、もうどうにもならないね」


「やっぱり純も同じ事を考えていたんだね。レスビアンの実況中継。相手がアンジェ

ラだという証明は出来ない」


「さあ、どうかしら、無理じゃない」


「アンジェラ遅いわね。まさか、帰ったんじゃないでしょうね」


「それはないよ、ああん、トイレに行きたいのに・・・」


「わ、私も・・・」


 二人は同時に同じ事に思い至った。


「どこかに、もう一台カメラがあるはずよ!」


「あぁ・・・あそこだわ・・・」


 天井の梁にカメラがセットされていた。


「いつまで我慢できる」


「我慢できるわけないでしょ、記憶媒体は六時間も記録できるのよ。まだ三時間は残

っているわ」


「もう、佐織、我慢できないよ・・・」


 親切そうに飲ませてくれた水に利尿剤が入っていたことなど二人には分からなかっ

た。時間通りに効き目が現れただけなのだ。


 ドアが開き、アンジェラが戻ってきた。


「ああ、アンジェラさん、お願い! トイレに行かせて!」


「ええ、今すぐに行かせてあげるから少し待ってね」


 アンジェラは着替えを始めた。


「お、お願い! もう我慢できない・・・」


「いやあねぇ、子供じゃあるまいし、二人ともどうしたの。それも私に対する嫌がら

せ。お仕置きの前に全部出したんだから、あと十分や十五分我慢できるはずよ」


 アンジェラは着替えをしながら時計を見た。もう限界は過ぎている、なんとまあ二

人とも我慢強いのだろう。


 最初に佐織が悲鳴を上げた。


「ああっ、もう駄目・・・」


 言葉の途中で尿がほとばしり出た。それを見たら純も我慢は出来ない。


 二人は噴水のように豪快にお漏らしをした。


「ああそう、二人で気を合わせて私を馬鹿にすればいいんだわ。同時にお漏らしなん

て、わざとやったとしか思えないじゃない」


 アンジェラは本気で怒っているように思えた。もう二人には、何が真実で何が嘘な

のか分からなくなっていた。


 アンジェラは一人ずつ台から下ろし、膝に乗せてお仕置きした。そのあとで、当然

のようにオムツを当てた。その様子も全て記録されたことは台の上に仰向けになって

オムツを当てられた二人には良くわかっていた。


 まだ気を許していないのか、最後まで両手は拘束されたままだった。梁のカメラも

二人の見ている前でアンジェラは回収した。


 二人に掃除を命じ、部屋を元通りに戻した。


 もはや、二人には抵抗する気力は残っていなかった。予定時間通りに二人のお仕置

きは終わった。オムツを当てたままジーンズを穿き、身なりを整えると館の外に出さ

れた。アンジェラは中から鍵をかけた。


 トボトボと二人が歩いていると、その近くをアンジェラの車が通り越していった。

アンジェラは窓から二人に手を振っていた。


「完全にやられたね」


「あんな仕掛けになっているなんて、アンジェラも馬鹿じゃないって事」


「自分の首をかけた復讐かな?」


「あの話は真実味があったけど・・・それに、お尻の鞭跡」


「うん、あれは本物。腰掛けるたびにアンジェラ顔をしかめていたわ。あれは演技じ

ゃないぞ」


「と言うことは、話は真実なのかな?」


「記録媒体、取り替えていたしね。話が嘘ならあんな手間をかける必要はないわけだ

し」


「でも、編集できるんだから、あれは演技とも思えるわ。つまり、私たちにそう思わ

せる演出」


「ふう、いくら考えても結論は出ないわ。当分、アンジェラには関わらない事ね。触

らぬ神に祟り無しよ」


「でも、あんな映像、アンジェラが持っていると思うと気が重いな。厳重に保管して

いるのかなぁ」


「あの性格だからね。嫌だなぁ・・・」


 動く歩道に立っているだけでも辛い。ようやくいつもの分かれ道の所まで来た。


「じゃあ、明日、生きてたらメイル送るよ」


「ええ、私も・・・」


 何ともさえない休日だった。家に帰れば疲れた顔ばかりもしていられない。久しぶ

りのテニスの話もしなくてはならない。


 出来れば、今すぐにでもベッドにひっくり返りたい佐織だった。

 一ヶ月が過ぎたが、佐織や純の周辺に変化はなかった。すでに二人とも新しいキャ

ンパスに通い始め、それぞれが専攻した新しい科目のカードを埋めることに余念がな

かった。


 アンジェラからも何も言ってはこなかった。あの映像をネタに呼び出しがかかるの

ではないかと、ビクビクしていたが、そんな様子は少しも見えなかった。


「何もないと、気になるね」


「そうね、帰りに寄ってみる?」


「どうせ帰り道だしね」


 二人はそっと様子を見にスポーツセンターに寄り道した。


 アンジェラの姿は見えなかった。顔見知りの子にアンジェラの所在を尋ねると意外

な言葉が返ってきた。


「アンジェラさん、最近人が変わったみたいですよ。毎日会っていてもそう思うんで

すから、多分、驚くと思うわ」


「ど、どう変わったの!」


「どうやら、スペシャリストに挑戦しているようなんです。噂ですから本当のところ

は分からないんですけど、ものすごい厳しいスペシャリストに見込まれたっていう噂

なんです」


 そう聞けば、二人には心当たりがあった。アンジェラが告白して事後処理をしてく

れたスペシャリストが居たはずだ。名前を言わなかったので半信半疑だったが、やは

りあの話は本当だったのだ。


 アンジェラが寸暇を惜しんで勉強し、言葉遣いも丁寧になり、以前のように遊び半

分に子供のお尻を叩くようなことが一切無くなったというのだ。


「ヒェエエ、本気なのかしら」


「あの人には合っているのかもしれない・・・」


 結局、その日はアンジェラに会えなかった。


 気にしながらも、次第に記憶は薄れ、二人の口からアンジェラの名前が出ることも

なくなった。


 佐織のママのお腹が、ふっくらと目立ち始めた頃、突然、アンジェラから呼び出し

がかかった。


「それじゃあ、やっぱり二人同時なのね。どうする佐織、呼び出しに応じる?」


「呼び出しねぇ、それにしては穏やかだわ。むしろ、ご招待。次の日曜日、もしご都

合が良ければって書いてあるのよ」


「そりゃあそうだけど、呼び出しに変わりないじゃない。嫌な感じ」


「行ってみましょうよ。それで全て分かるわ」


「もし、ロープなんて用意していたら? どんな罠があるか分からないわよ」


「まさか、それは純の考え過ぎよ。私は行きますからね」


「分かった。佐織がそう言うなら一緒に行くよ」


 純もあっさりと同意した。


 それでも、当日になると多少緊張した。指定された場所がアンジェラの家とは違う

場所だったからだ。


 建物の前にアンジェラが迎えに出ていた。


「最近、家を出て独立したの。小さな家だけど一人暮らしには充分だわ」


 案内されたのは23階の見晴らしの良い部屋だった。部屋は三部屋だが、一人暮らし

には充分な広さだ。


「いいなぁ、私も早く一人になりたいな」


 純が羨ましそうにそう言った。


「実感がこもっているね」


 佐織だって同じように考えている。


 アンジェラは二人をソファーに座らせ話し始めた。


「あれからもう四ヶ月経つのね。実は、ここに来てもらったのはこのことなんで

す・・・」


 アンジェラは机の上に小さな記憶媒体を二つ出した。それが何か、言うまでもない

ことだった。


「疑えば、いくらでも疑える。この中から画像を取り出してプリントする事もできる

し、この記憶媒体そのものをコピーする事もできる」


 そう言いながら、アンジェラは小さな円盤を指でつまんだ。


「でも、信じてほしい。あの時の、これが原盤なの。そして、一切コピーはありませ

ん。プリントも一枚もありません。これは、信じてもらうしかないの。分かってくれ

る?」


「ええ、信じるわ。それが原盤なのね」


「確認する。そこのコンピューター使っていいわ」


 二人は顔を見合わせたが、二人とも首を振った。


「見たくないわ」


「思い出したくもない・・・」


「それなら信じて」


 アンジェラはそう言いながらペンチで円盤を挟んで折り曲げた。割れて粉々になっ

た円盤に火をつけた。皿の上で黒い煙を出してそれは燃えた。


 それが何を意味するのか、佐織は真剣に考えていた。


「あの日のことは、お互いに忘れましょう。好き勝手をして、虫がいいと思うかもし

れないけど、あなた達にも落ち度はあるんですからね。それとも、私を告発する。証

拠は消えたけど、あの日、あの部屋を借りた記録は残っているわ」


「告発して何を話せばいいの。自分達の不行跡・・・」


「アンジェラが忘れてくれるなら、私も忘れるわ。あの日、私たちはテニスをした

の。ね、純、そうでしょ」


「佐織がそう言うなら、きっとそうだわ。私、頭悪いから四ヶ月も前の事なんて覚え

ていない」


 三人は複雑な顔でお互いの顔を見合っていた。


「これで、おわり?」と佐織。


「すべてを水に流す、いいわね」とアンジェラ。


「すべてって何のこと? 私、何も覚えてない」と純。


「まったく調子いいんだから」


 佐織がそう言うと三人は声を上げて笑った。


 
「新しい環境で勉強は進んでいるの?」


 アンジェラがうらやましそうな顔で訊いた。


「真っ白なカードをこれから一つずつ埋めていくの」


「四年分を三年で埋めるなんて事は専門課程では無理だね」


 純は遠慮なく目の前のお菓子に手を伸ばしながら言った。


「三年どころか四年で本当に埋まるのかしら?」


「あらあら、それじゃあ落第?」


「よほど頑張らないと可能性はあると思うわ」


「二人とも、ピンチになったら此処にいらっしゃい。勉強は教えられないけど怠け癖

だけは治してあげるから」


「ひぇぇぇ、それだけは遠慮しておくわ」


 純はそう言いながら無意識にお尻に手をやった。


 三人が笑い転げているとき、チャイムが鳴った。


「ごめんなさい、久しぶりの休みだったから、デートなの」


「じゃあ、私達もこれで帰ります」


 アンジェラがドアを開けると背の高い男性が立っていた。


「紹介しておくわ、ダグラス・岩城さん、そして、こちらが佐織さんで、この人が純

ちゃん」


「名前はいつも伺っています。これからもよろしく」


 握手した手は大きくて温かかった。


 岩城が途中まで車で送ってくれた。

「アンジェラとはお似合いだね」


「格好良すぎるよ。それに、かなりリッチだね」


「そう? なぜわかるの」


「あの車見れば分かるでしょ! 佐織は車音痴なんだから」


「ああ、たしかに凄い車だね。高いの?」


「国が支給してくれる車が三十台は買える」


「へええ、そうなの・・・」


「アンジェラが過去を清算したい気持ち、わかるな」


「言葉遣いもまるで変わったものね。やれば出来るんだ」


「私達も素敵なボーイフレンド見つけないとね。いつまでも佐織とつるんでいたんじ

ゃ冴えないしね」


「何よ! それはこっちのセリフ」


 純が逃げて、佐織が追いかけて、動く歩道をバタバタ駆けだした。老婦人に睨まれ

て、二人は首をすくめた。


 動く歩道は長く長く延びている。


 これからの二人の人生も、同じように平坦な人生なのだろうか・・・・


SAORI 完