聖女の行進 13

最終章 人気者

[ルイーズの作戦]

 日がたつにつれ、フランソワの権力範囲は広がってゆきます。伯父様の家でも、もうひとりでやってゆけます。もっとも始めからパンテモンと同じようにゆくとは考えていませんでした。けれど、少しずつ、少しずつ、一日ごとにフランソワの教授法は、パンテモン式になってゆきました。

 フランソワが心配したよりは、生徒たちはすなおについて来るのでした。そして一カ月もしないうちに、ほとんど目的の八割まで到達したのでした。

 もっとも、あとの二割を、フランソワはムリに進めようとはしませんでした。なんと言っても、ここは僧院ではないのだし、生徒たちが来なくなっては元も子もありませんから……

 毎日のフランソワの態度は自信に満ちて、何ものも恐れないかのように見えました。しかし、この世界でたったふたりだけ、フランソワの自由にならない人がいました。ママとルイーズです。

 ママは、しかたがないとしても、ルイーズは女中です。それに言いつけはよく守るし、いつもフランソワのことを、お嬢様と呼んで慕っているのです。はた目には申し分のない女中ですが、フランソワの良心がルイーズの目の中にチラッと妖しい光を見てしまうのです。

 それは、パンテモンであんなに世話になったのに、日がたつにつれ、昔のことは忘れ、そして以前のようにただの女中として使っている、それだけでなく、わがままを言って困らせたり、この間のように、たとえ冗談にせよたたいたりして、パンテモンでルイーズに約束したことを、フランソワはけっして忘れたわけではないのですが、毎日の生活がつい、主従の関係として出てしまうのです。

 二回だけルイーズの身代わりになって罰を受けるということを、フランソワは借金のように考えて、できるなら早く返してしまいたい、と思っていたのです。

 ところが、いっこうにその催促がないのです。そのチャンスはもう何回かあったはずです。

 ほんの二、三日前にも、ルイーズはテーブルの上のローソクをたおして、テーブルクロスを焦がしてしまいました。あの時だって、ルイーズはそれをフランソワのせいにすることだってできたはずなのに、ルイーズはそのテーブルクロスを持ってママの部屋にはいって行きました。そして、出て来た時は目をまっかに泣きはらしていました。

 どうしてあの時、ルイーズはフランソワを身代わりにしょうとしなかったのでしょう。それとも、あのことをもう忘れてしまったのでしょうか?

 そのことを考え始めると、フランソワはいつもイライラしてしまいます。そう……きょうこそは、ルイーズの本心を聞いてみよう……。

 フランソワはルイーズの作戦にすっかりのせられていました。始めのうちルイーズは、もうあの約束のことなどどうでもいいと思っていました。一度か二度、代わってもらったところで、これから先ずっと女中であるルイーズにしてみれば、そんなことはどうでもよかったのです。しかし、次第にフランソワの態度が昔のようにわがままになり、ルイーズにはあまえて、ムリなことはなんでもルイーズに押しつけて来るのでした。

 そしてルイーズがいっしょうけんめいにやっても、結果としてフランソワの言いつけどおりになっていない時など、ほかの女中たちの前でも平気でしかったりするのでした。それは、ルイーズにとってはなはだしくプライドを傷つけられることだったのです。

 そんな時ルイーズは、あの約束のことを思い出したりするのでした。あの二回の約束を、なるべく効果的に利用してやろうと思ったりするのです。

 フランソワの部屋で、ふたりは向かい合ってすわっていました。フランソワの右手はイスのひじかけのところで、イライラと小刻みにふるえていました。

「ねえ、ルイーズ、あたし、あなたに早く借りを返したいと思ってるのよ」

「借り? ってなんのことです?」

「忘れたわけじゃないでしょ、あなたの身代

わりをひきうけること、早くすませてしまいたいわ」

「まあ、そんなことでしたの。あれはもういいんですよ。どっちみち、あたしは女中ですからね。一回や二回お嬢様に代わってもらったって、それが何になります……奥様が、あたしの代わりにお嬢様をたたく……お嬢様! それでさっぱりします? パンテモンにいた時のように、すなおな気持ちで罰を受けられます? もうすっかり前に戻ってしまったみたいに思えますわ。だから、早く済ましてしまいたいの、とりあえず約束した分だけはね。そしてそれさえ終われば、もう何も気にすることはなくなってしまうのですね。そして次にあたしが少しでも気に入らないことをすれば、お母様に言い付けてあたしに罰を与えるのですね。いいえ、それだけではなく、この間のようにお嬢様がご自分でだって、あたしに笞を当てるのですわ。あたしにとって、二度身代わりになってもらうことが、どれほど価値のあることだと思っているの、そんなことあたしにとって、どうでもいいことなんですわ……」

 そこまで話すと、ルイーズはちょっぴり涙ぐんでみせるのでした。フランソワはすっかりめんくらってしまいました。思いがけないルイーズのことばを、すっかりまに受けて、もうなんと言っていいのか、取り乱してしまいました。

「ごめんなさい、ルイーズ。ほんとうにこのごろのあたし、少し思い上がっていたようね、仕事のことで、頭がいっぱいだったものだから、あなたのこと、そんなふうに考えたつもりはないんだけど、でもやっぱりあなたの言うとおりね。まるで物を返すように早く済ませてしまいたいなんて、そんな気持ちがそもそもまちがいってわけね」

「それじゃ、お嬢様、あたしもう部屋に戻ってもよろしいでしょうか? ちょっとからだのぐあいが悪くって……」

「まあ、ルイーズ、病気?」

「いいえ、毎月の、あれですよ」

「そう、それならいいけど、ごめんなさい、早くお部屋に戻って…」

 とびらをしめて階段をおりてゆくルイーズの足どりは軽やかで、とてもからだの調子が悪いようには思えませんでした。

[こわされた飾り壷]

 次の朝、フランソワはママと連れ立って教会に行きました。そして戻ると、あとはゆっくり休日を楽しむはずでした。ところが、玄関のところに香水入れが落ちてこわれていました。それはフランソワがママにもらったものでした。けさ、水で洗って窓のところにほすつもりで置いて出たのです。きっと、風でカーテンがゆれて落ちてしまったのでしょう。

「ママ、ごめんなさい」

「ええ、しかたがないわ、風で落ちたんですもの。でも、もう少したいせつに扱わなくてはだめよ、窓のところに置きっぱなしにするなんて、不注意ですよ。これからは気をつけなさい」

「はい」

 ママは許してくれたものの、ちょっびり不きげんにしてしまいました。少し頭が痛いから部屋で休みます。そう言ってママは部屋に引っ込んでしまいました。

 フランソワは着替えを済ませると、別にすることもなく、これからの一日をどう過ごそうかと考えていました。ルイーズは階段の手すりをふいていました。

「ルイーズ、きょうくらいお休みなさい。ほかの女中たちはどうしたの、みんな外へ出てしまったんでしょ。あなただって、お休みのときぐらい楽しみなさいよ」

「ええ、でもみんな出てしまっては、奥様のことはだれが見ます? ひとりぐらい残っていなくっちゃね」

「でも夕方まではだいじょうぶよ、久しぶりにあたしといっしょに外に出ない。きょうは少し暑いけど、いい気持ちよ」

「ええ、でも、この次にしますわ。やっぱり気分がよくないんです」

「あら、そうだったわね。それじゃほんとうに、お部屋で休んでればいいのに……」

「ええ、そうします、あとこれだけ終わったらね」

 そう言った時、ルイーズは階段を踏みはずし、ぐらっとよろけたとたんに、手すりの最下部にのせてあった飾り壷を落としてしまいました。

 ぱかっと鈍い音をたてて、二つに割れた壷を、ルイーズは青ざめた顔で見ていました。

「どうしましょう、たいへんなことをしてしまったわ。奥さまはおこるわ。とても、とても、いつものようなわけにはいかないわ。覚悟をしなければね。でも……つらいわ……あたし、あれなんですもの、パンテモンでは許してくれたけど、奥様は許してくださらないのよ。あの時でも、前にも一度そんな時があってね、あたしが二、三日罰をのばしてくださいって頼んだけど、奥様は罰はすぐに与えるのがいちばんききめがあるっておっしゃって……許してはくださいませんでしたわ、きょうもだめですわ。とても恥ずかしくって、死んでしまいたいぐらいつらいわ。でもしかたがないわ、奥様に報告しておしおきをいただいて来ますわ」

 ルイーズは手すりにつかまりながら、一歩一歩ゆっくりと上ってゆきました。階段の半ばまで来た時、フランソワが声をかけました。

「ルイーズ、待って! ルイーズ……あたしが……いいわ、あたしが代わってあげる……」

「いいえ、いけません。この壷はとてもたいせつになさっていたのですもの。お嬢様だからって許してはくださいませんよ。きっとたたかれますわ」

「でも、あなたならきっと、ひどくぶたれるわ」

「ええ、そうでしょうね、乗馬鞭かもしれません。でも、あたしがそそうしてしまったんですもの。折檻を受けるのはあたりまえですわ」

「でもからだの調子が悪いんだもの、かわいそうだわ。だから、ね、あたしにまかせなさい。あたしなら……あやまれば少しは軽くしてくれるでしょうから。それに、あたしは今なんでもないわ、ね、ルイーズ、あなたとの約束を果たさせて、一回分だけ……」

「でも、この一回はきびしいんですよ」

「いいわ、そのほうがあたしのご都合主義じゃないってことわかってもらえるでしょ」

「もういいのよ、そんなふうに言わなくってもよくわかってるわ」

「それじゃ、あたしの言うとおりにしなさい。

あたしがママのところに行くわ」

「ありがとう、フランソワ、助かるわ」

[女中の目の前で]

 フランソワが部屋にはいって行くと、しばらくして奥様が出ていらっしゃいました。

「もうだめなのかい。えっ、どうれ、見せてごらん。おお、ルイーズ、おまえが持っているのがあの壷なの。まあ、どうしましょう」

「ママ、ごめんなさい。あたし、階段を踏みはずしちゃって、それでよろけたものだから、ほんとうにごめんなさい、これから気をつけます。だから、許してください。これからはきっとそそうしないように気をつけますから。

「階段もゆっくり、レディーらしくゆっくり降りるわ。もう、駆けたりしないわ」

「ああ、今度パパが帰ってらした時に、なんて言えばいいの、娘がおてんばでこわしちゃったなんて言えませんよ。おまえはほんとうにおてんばになってしまって、教会では聖書を落としたり、窓に香水びんを置いてこわしたり、今度は壷を……ああ、どうするの。口ではなんとでも言えますよ。ついさっき、気をつけるって言ったばかりじゃないか。舌の根もかわかないうちにまたこんなことをしでかしてそれでよく許してなんて言えたもんだね。どうしてもっとすなおに罰を受けようとする態度ができないのだね。このごろ、ママのことをバカにしているよ。なんでも口先でごまかすことばかり考えているわ。壷をこわしたことはもちろん悪いことさ。でもだれにだって過失はあるよ。ママだって物をこわすこともあるだろうさ。そのとき、ほんとうに後悔して自分のしてしまったことを反省できれば、やってしまったことはしかたがないさ。それよりも、わたしはおまえの態度が気にいらないね、自分の反省よりも先に、どうやって罰をのがれようかと考えてる、ママはそんな娘は大きらい。きょうは許さないよ。笞だよ。笞でたたいてやる。生意気で高慢にはれ上がったお尻をたたいてやるよ。このごろ外でよく話を聞くのさ、フランソワ先生はとてもきびしくて、生徒が少しでもまちがえると、お尻をたたくんだってね。その先生がお家ではおてんばでママにお尻をたたかれなければならないのかい、惰けない話だね。さあ、わたしといっしょに来るんだよ。ルイーズ、そこをかたづけたら、薬を持ってわたしの部屋に来るんだよ。いいかい、すぐにだよ、さあ、フランソワおいで」

 いつものように、ママはフランソワの耳をひっぱって連れて行きました。ルイーズは大急ぎで壷をかたづけ、フランソワの部屋から傷薬を取って、奥様の部屋に持って行きます。

罰はまだ始まっていませんでした。奥様はすその長いガウンから、そでやすその短いガウンに着替えていました。

「ルイーズ、おまえ、ここにいなさい。どうせおまえたちふたりは何度もいっしょに罰を受けたんだろうけど、このごろは別々だからね。久しぶりにこの娘のおしおきを見ていておやり。フランソワも女中に見られていれば、少しは恥ずかしいと思うだろうよ」

「お願い……ママ……そんな……恥ずかしいわ。ママどうしてもルイーズがいなければいけないの?」

「ああ、そうだよ、ママにたたかれるくらい、おまえは平気なんだ。十七にもなった娘が、少しは恥ずかしいと思わないかい。お尻を丸出しにして、ピシャピシャされるなんて、ルイーズにいてもらえば少しは恥ずかしいだろう、どうだね」

「ママにだって……恥ずかしいわ……」

「わたしにはそう思えないね、さあ、ルイーズ、笞を取ってちょうだい、そこよ、鏡台の右側に下がってるでしょ、そう、それを持って来ておくれ」

[ものすごいお仕置き]

 ママは、フランソワの背中をポンとたたいて、ベッドのほうにうながしました。フランソワはひざをついて顔をベッドにうずめました。ママの手がスカートを割ってはいって来ます。慣れた手つきで下着のひもをほどきはじめました。下着をかかとのところまで下ろし、じゃまなものをどけるように、スカートを背中の上まではね上げました。

 その下には、すばらしくぜいたくな縮緬のシュミーズが現われました。ルイーズはその下でフランソワのお尻が小刻みにふるえるのを見ていました。そのシュミーズをゆっくりとまくり上げて、したくがすっかりととのいました。

 しばらくぶりに見たフランソワのお尻は、すっかり発育し切って、丸々としていました。そしてあのころとちがって、フランソワの肌は、つやつやとして、笞跡など一つもないのでした。

〃やっぱり、奥様はお嬢様には甘いのね、笞などめったに使わないんだわ。でも、きょうは残念でした……〃

 悲しそうな顔をしながら、ルイーズは心の中でペロリと舌を出しました。

 たちまちすごい平手打ちが始まりました。あまりにも激しいお尻打ちに、フランンワも足をぱたぱたさせ、なんとかママにもう少し軽くしてもらおうとしました。しかし、ルイーズが見ていることが、もう一つの……ママのほうにもほんの少し、変化を与えたようです。

 ルイーズのてまえ、手心を加えることもできないので、つい激しくなってしまいます。

 平手打ちが終わると、次はいよいよ笞打ちです。笞は容赦なくお尻に打ちおろされ、フランソワは苦しさにもだえながら、泣き叫んでいました。恥ずかしさなどとうの昔に忘れてしまったかのように足をぱたぱたさせ、からだをよじり、悲鳴をあげました。そしてママに何度も何度も許しを願いましたが、ママは相変わらず打ちつづけました。

 ルイーズも少々フランソワがかわいそうににりました。

「奥様、もういいんじゃありません。もう、じゅうぶんですわ。お嬢様も後悔していらっしゃいますわ」

 ようやく笞を下に置くと、ルイーズに、

「さあ、薬をつけてやっておくれ、これでこの娘も少しは懲りたろ

うからね」

[思いがけない告白]

 ルイーズは、フランソワに肩をかしてようやくフランソワの部屋まで連れて来ました。ベッドの上にうつぶせに寝かせて薬をつけてあげました。フランソワはまた泣いていました。よほどこたえたのでしょう。まだ顔が青ざめていました。自分から引き受けたことなので、ルイーズに文句を言う訳にもいきませんでしたが、ちょっびりうらめしそうな目でルイーズを見るだけでした。

「ごめんなさい、フランソワ。奥様がこんなにひどくなさるなんて思いませんでしたわ。ほんとにきょうはひどかったですね。痛いでしょう。ほら、こんなにはれてしまって、もう少しで血が出るところでしたわ」

「お願い、そうっとしてね、とても痛いのよ。がまんできないわ。でも、よかったわ、これで少しでもあなたにお返しができたんですもの」

「まあ、フランソワ……」

 それだけ言うと、ルイーズはべッドの上に泣きくずれてしまいました。

「どうしたの? ルイーズ、ねえ、どうしたの」

「ああ、お嬢様……あたしって悪い女ですわ。うそなんです。みんな、うそなんです……」

「うそ? 何が? 何がうそなの。どうして泣くの。あたしには何もわからないわ、ルイーズ、話しなさい」

「みんなうそなんです、あたしのからだのぐあいが悪いのも、階段のできごとも、みんな、お嬢様のことを困らせてやろうと思ってしたことなんです」

「どういうこと? まだよくわからないわ」

「お許しください。お嬢様、何もかもあたしがたくらんだことなんです。お嬢様が奥様にたたかれるように仕向けたんです。ああすればきっとお嬢様が、あたしの代わりを引き受けてくださると思ったんです。そして、そのとおりになりました。でも、あんなにひどくなさるとは思いませんでした。申し訳ございません。どうかあたしをクビにしないでください」

「ふ−うっ……あなたってすごいのね、驚いたわ。あんまりびっくりしたんで、お尻の痛いの忘れてしまったわ。急にそんなこと言われたって、おこる気にもなれないわ。でも、だんだんその気になってきているってことを忘れないでね……と、すると、あの香水びんもおまえがやったことね。ふ−ん、なるほど、あたしにもだんだんのみこめて来たわ、うーむ、許せないぞ……これは」

「お願い、奥様には言わないでください」

「……」

「その代わり、お嬢様の言うことはなんでもききますから……」

「そうね、まあ、自分から白状したんだし、ママに言いつけるのだけは許してあげるわ、とりあえず……からだのぐあいが悪いんじゃなかったら、お湯を持って来てくれない、マッサージしてほしいわ」

「はい! お嬢様、すぐに用意します」

[マッサージレスビ]

 ルイーズは部屋を出ると、すぐにお湯を持って戻って来ました。そしていっしょうけんめいにマッサージをはじめました。

「お嬢様、もう二度としませんから、許してくださいね。おおこりになるのはあたりまえですわ、あたしが悪いんですから。でも、どうかこのことで、あたしをあまりひどいめにあわせないでください。あたし、とても後悔しています……」

「何度もやられちゃたまらないわ、これっきりにしてほしいものね。でも、こんなひどいいたずらをしておいて、許してちょうだいなんて、少し虫がいいんじゃない。いたづら娘にはおしおきが与えられるべきでしょ」

「ああ、やっぱりなさるんですね、しかたありませんわ、でも、ひどくなさらないでくださいね。このごろのお嬢様は、とてもあのほうがじょうずになられたとか……」

「そんなことないわ……ああいい気持ち、もう少しやってね、あたし眠くなってきたわ……」

 なんとかフランソワのきげんを直そうと、ルイーズは、けんめいにマッサージをしました。はれ上がったお尻をそっともみほぐして、ついでに足や背中や……。

「だめよ、ルイーズ、およしなさいったら、あたしどうかなっちゃうわ、わるい人ね。そんなことしたって、許してあげないわよ、ああっ、ルイーズ、おねがい……」

 一時間余りのルイーズの猛烈なマッサージに、フランソワはすっかり骨ぬきにされてしまいました。そして、あげくのはて、ルイーズにしたおしおきといえば、ほんの型どおり、二つ三つ、ピシャピシャとお尻をたたいただけで許してしまいました。それも、べッドの中で……。

[見直された躾]

 あのことがあって以来、時々ルイーズがフランソワの部屋に長居をすることがあったのですが、ママはすこしも気がつきませんでした。そして、ちょうどそのころ、フランソワが教えていた娘が、バイオリンの腕前を認められたり、またその良家の娘が社交界で不行跡があったり、アデールたちがはじめた教育研究会が世間で認められたり、それやこれやで、急にパンテモンの名が有名になって来ました。

 とくに上流家庭の間で、娘の教育はパンテモンで、というのが合いことばになって来ました。しかし、パンテモンはれっきとした僧院で、一般の教育の場とは少しちがうので、そこにはいれる生徒の数も自然と制限されてしまいます。

 今やパンテモンは、パリ有数の狭き門になってしまいました。そしてアデールたちの研究会には、そこにはいれなかった娘たちが、どっとおしかけたのでした。

 今ではフランソワも、そこの一員となって音楽を受け持っていました。なにしろ有数の金持ち連中の娘たちを相手にしているので、はじめはパリ市内にあった教室も、今では郊外に移り、広い庭を持った、まるでホテルのような学佼になってしまいました。

 フランソワはここでバイオリンの初等教育をして、なかでもみどころのある娘はパリの伯父様のところにやることにしました。

 郊外といっても、馬車で三時間くらいのところなので、フランソワたちはいつもパリに戻って来ていました。町の楽しさも、もちろん好きなのですが、フランソワはその職場がたいへん気に入りました。

 そこには三十代の人がひとりと、四十代の人がふたり、いずれも昔、パンテモンで教育を受けた一流の家柄の婦人がいて、いろいろと取りしきってはいましたが、アデールやフランソワの若い力を高く評価してくれていたので、たいへんうまくいっていましたし、それに若い従順な娘たちが大ぜいいて、昔フランソワたちがそうであったように、今ではフランソワの顔色をうかがっているのです。

 でも、フランソワ先生は、たいへん人気があって、生徒からは慕われていました。もちろんちょっびりこわいのですが、この学校でこわくない先生なんていないのですから。

 ここの娘たちはたいへんぜいたくな制服を着ていました。パンテモンとはくらぺものにならないもので、もちろん下着もちゃんとしたものを着ていました。そんなところにも、この学校が人気を得た原因があるのかも知れません。もっともここに来て、始めて娘たちはそのきちんとした服装が、おしおきを受ける時には、ただ単に恥ずかしさを増す小道具に過ぎないということを悟るのです。

 スカートとベティコートをまくり上げられても、まだ腰から下にはひざまでのドロワースと、まっ白なくつ下とくつですっかりおおわれているのです。それだけでもじゅうぶん恥ずかしいのに、ここではドロワースの割れ目を押し広げてお尻をむき出しにされるのです。

 からだの中でお尻だけがみんなの目の前でむき出しにされたことを、娘ははっきりと意識するのです。

 ここにいる娘たちのなかで、フランソワにたたかれたことがない娘は、ひとりもいません。教室や職員室や、そしてある者は先生の個室に呼び出されて、それでも、なお、フランソワに人気があるのは、若さのせいでしょうか。個人的な悩みごと専門の相談役でもあるのです。

[女神の光来]

 そんなある日、フランソワが、先生がたにも制服を作ったら? と提案しました。はじめのうちは、あまり乗り気でなかったのですが、フランソワがあまり熱心なので、とりあえずデザインだけさせてみようということになったのです。フランソワは一流のデザイナーに頼みました。そしてでき上がって来たデザイン画を見て、みんな一目で気に入ってしまいました。

 さっそく制服を作ることになりました。でき上がると、それは絵で見た時よりまた数段よく見えるのでした。格調の中にも新しい流行を取り入れた制服は、ファッション雑誌まで取り上げるほどでした。

 なかでも、若いフランソワやアデールがそれを着てパリの町を歩くと、思わず人々は立ち止まってながめるのでした。

 そのうわさはすぐにパリじゅうの話題になり、今では誰ひとり知らない者はいません。

お東子屋もパン屋も肉屋も、カフェのマダムも、その後ろ姿をながめながら、うっとりとして口々にこう言うのです。

「女神様のご光来だぜ」

「いや、パンテモン出だもの、聖女様さ!」

「そうだ、聖女様の行進だ」

フランソワの歩いて行く道はどこまでもどこまでもまっすぐに延びているようです。

どこまでもどこまでも、フランソワは歩いて行くでしょう。

 ママ、伯父様、ルイーズ、アデール、そのほかの大ぜいの仲間と肩を組んで、どこまでもどこまでも行進するのです。

(おわり)

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