足  音

平 牙人

 校庭に消え残った雪がまだら模様を作っている。

 暖房の止められた教室は、すでに冷気で満たされていた。

 放課後の教室で向かい合った担任の先生は哀しそうな顔をしていた。

「なぜ?」「どうして?」「先生……信じられない……」

 三年間、規則違反一つしたことがない。成績優秀な学級委員。

「三年の三学期なのよ……あなたが、校内で煙草を吸うなんて……」

 先生が信じられないのも当然だ、自分自身が信じられないのだから……

 二年生が煙草を所持しているのを見つけた。泣きつかれて、厳重注意で済ま

せた。取り上げた煙草とライターがポケットに入っていた。

 吸いたくて吸うわけじゃない。虚勢を張って、規則破りを楽しむのだ。

 見つかれば、体罰になる。それを承知でスリルを楽しむ。

 煙草の隠し場所。喫煙場所。そのリストを作ったのは私。

 三学期になって、そのリストを校長先生に差し上げた。校長先生は卒業式で

あなたは表彰されるだろうと目を細められた。

 今日も、喫煙場所をチェックしていた。厳しいチェックに最近は喫煙する生徒

も居ない。喫煙遊びにも飽きたのだろう。

 ポケットの煙草が私を誘惑した。使用されていないプールのシャワー室。

 シュッと火花が散り炎が揺らいだ。煙草に火を移し、煙を吸う。

 口の中に溜めた煙をすぐに吐き出す。これが、煙草の味?

『肺の中まで吸い込まなきゃ、本当に吸ったことにはならないのよ』

 誰の言ったことか忘れたが、そんな言葉が頭によみがえった。

 何度かためらったあと、思い切って煙を吸い込んだ。

 すうっと、貧血の時のように目の前が暗くなった。屈み込んで咽せた。

 屈み込んでいる私の襟首を誰かが掴んだ。

「立ちなさい! 誰なの?」

 校長先生の声だった。

 校長先生は、私が差し上げた喫煙場所のリストを持っていた。

 午後の授業が始まる頃には、全校生徒が私の喫煙の事実を知っていた。

 私の胸に三年間輝いていた学級委員のバッヂは直ちに取り上げられた。

 担任の先生が顔を真っ赤にして、放課後の居残りを命じた。

 何を訊かれても、答えることは出来なかった。

「初めてだから、出来るだけ軽い罰で済ませてあげようと思っているのに」

 先生は両手で机を叩いて立ち上がった。

「何も話したくないなら結構です。校長先生にご報告して、笞をお借りしてきま

すからね。それでいいのね。準備して、待っていなさい!」

 頭が、混乱して何も答えられなかった。

 三年間、いい子でいた反動なのか? それとも、先生の笞が怖い、ただの臆病

者なのか?

 笞! 私が笞打たれる。ふらふらと立ち上がり教壇の机に伏せた。

 罰を受ける生徒は自分でスカートをまくり上げ、お尻を出すのだ。

 時として、学級委員は懲罰の介添えを命じられる。何度も懲罰に立ち会った。

 罪が重ければ、先生は容赦なくパンティーも脱がせてしまう。

 剥き出しの生徒のお尻に刻まれる笞跡。虚勢を張っていた生徒が、子供のよう

に泣き叫ぶ。

 机に伏せた体が、ガクガクと震えている。未知の痛みに対する恐怖。

 先生はパンティーすら赦してはくれないだろう。誰もいない教室とは言え、お

尻を剥き出しにされる羞恥。

 今までに何度、友人の恥ずかしい格好を見たことか、恐怖と苦痛のあまりお漏

らしした生徒も居た。

 お尻を振り、口には出せないような体の深部まで覗かせてしまう。

『いやだ! 助けて!』

 もし、その場にタイムマシンがあったら、私は躊躇無く飛び乗って、異空間に

飛び出していただろう。

 そう、私はただの臆病者なんだ。笞の怖さが勉強させ、規則を守らせていたに

過ぎないのだ。

 かすかに、足音が聞こえてきた。

 廊下をこちらに向かって歩いてくる足音。

『来ないで! お願い! お仕置きしないで! もう、二度としませんから』

 足音が近づいて教室の前で止まった。

『ああん、笞は嫌だぁ〜 あっ…あっ…あぁ……』

 扉が開き、扉が閉じ、先生が教壇に上がった。

「あら、三年生がお漏らし、強情なくせに気が小さいのね」

 先生は何のためらいもなく、濡れたパンティーを引き下げた。

おわり

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