乙女の祈り

K.Mikami

広い森の奥にそこだけ開けて小さな女学校
があります。普段はとても静かな場所ですが
今日だけは少し事情が違うようです。

「カラン、カラン、カラン」

放課後のチャイムが鳴り響いた直後、何処
からともなくヘリコプターの音が……

「バタバタバタバタバタバタ」

それは森中に木精してやがて轟音とともに
降りてきます。

「さあ、早く乗って。いいことあなたへの
レッスンはまだ終わっていませんからね」

激しい突風の中をシスターが少女のお尻を
押し上げます。

「病院に着いたら学校に電話しなさいね」

シスターは一人の少女を送り出しました。

「バタバタバタバタバタバタ」

一段と大きな音を残してヘリコプターが飛
び立ちます。

急病人でしょうか。実際、ヘリコプターが
飛んでくるのはそんな時しかありません。

急患は確かにでていました。でも、それは
この少女ではなく彼女の母親だったのです。

『神様どうかお母さんをお守りください』

彼女は『ティンカーベル』と名付けた妖精
の人形をしっかり握り締めると、さっきから
同じことを呟いています。

彼女の母親が飛行機事故で病院に運ばれた
という情報が学校に届いたのが今から三十分
前。それに対し学園長の英断でヘリコプター
が呼ばれたのがその十五分後でした。

ところがところが、偶然とは恐ろしいもの
です。

少女を乗せたそのヘリコプターまでもが…

「おい、どうした。操縦桿がきかないぞ」

少女にとっての救いは墜落すると分かって
から実際にそうなるまでの時間がパイロット
より短かったことぐらいでしょうか。

「わあ〜〜〜」

パイロットの絶叫を残してヘリコプターは
森の中へ。

「大丈夫、アリサ。起きて、ねえ起きて」

少女アリサを起こしたのは彼女が最後まで
胸に抱いていた人形のティンカーベルでした

「…………………」

見るとそこはくすんだ黄色い世界でした。
ごつごつした岩肌の山々だけでなく空も川も
すべてが黄色い世界だったのです。

「ここはどこ?…天国?…それとも……」

「どちらでもないわ。ここは黄泉の国よ」

ティンカーベルが答えます。

『これは夢だわ。きっとそうよ』

彼女は心の奥底でそう悟りました。けれど
その夢はなかなか覚めてくれません。その為
アリサには言い知れぬ不安が募ります。でも
それは自分のことではありませんでした。

「ねえ、あなた私のお母さんを知らない。
ひょっとしたらここに来てるかも…」

ティンカーベルに尋ねますが、彼女は首を
横に振るだけ。ただ…

「そうだわ、大王様なら知ってるかも…」

彼女はアリサの腕につけられていた認識票
を外すと彼女の手を引いて大きな岩山へ。

「大王様、お願いがあります。認識票のと
れた者がおりますのでお調べください」

大きな岩にむかって叫びますと…

「どう〜れ」

ずどんずどんと地面が揺れ、岩だとばかり
思っていたのは身の丈十米もあろうかという
大男。顔だけでもアリサの五人分はありそう
でした。

「わしは目が見えぬ。よって裸になれ」

「え!」

アリサは驚きます。でも、拒否はできませ
んでした。ティンカーベルは積極的です。

「さあ、早くして。他に方法がないのよ」

アリサが迷っていると……

「嫌ならよいのだぞ。永遠にここにおるが
よいわ」

大王様が苛立って席を立とうとしますから

「え〜い面倒だわ。アリサ目をつぶって」

ティンカーベルの方が先に決断して……

「いやあ〜ん」

妖精は自慢の杖でアリサの服を脱がせてし
まいます。それだけではありませんでした。
アリサを膝まづかせると両手を後ろ手にして
動かないようにしたのです。おかげで、

「いやあ、やめて」

膝まづいているアリサの前面は最近肉付の
よくなった太股から萌え始めたばかりの下草
を戴く三角デルタ、キュートなお臍やAカッ
プの胸、可愛いらしいピンクの乳頭に至まで
その全てが大王様と直接向き合ったのでした

『いやいや、お願い。夢から覚めて』

アリサは友人との約束を守って目を閉じて
いましたが、今となっては目を開けようにも
恐くて開けられないというのが真実だったの
です。

やがてその恐怖は実感をもって訪れます。

「ギャアー」

アリサは何にでも悲鳴を上げる子ではあり
ませんが、やはりこれは特別でした。何と、
大王様がその巨大な舌でアリサの前面を太股
から額までぺろりと一舐めにしたのです。

アリサはあまりのショックに全身が硬直し
て身動きできませんから、ティンカーベルが
代わりに大王様と交渉しました。

「なに、母親を助けたい。………しかし、
それは規則違反じゃ………」

大王様がしばし考え込みますから、ティン
カーベルがもう一度。

「ギャアー」

「う〜ん、わざわざ黄泉の国まで来たのだ
助けてやらんでもない」

ティンカーベルの機転に快くした彼は二人
に一台のタイムマシンを貸してくれ、

「これに乗って過去へ行き、おまえの母親
が二十年前のこの日に犯した罪を償えば許さ
れるであろう」

と言ってくれたのでした。

「ありがとうございます。大王様」

繭玉の形をした乳白色の機体はあっという
間に過去の世界へ。やがて雲の切れ間に現れ
たのは二十年前の聖愛学園でした。

 「カラン、カラン、カラン、カラン」

『まだ時刻が早いけど、もう放課後なの』

その瞬間遠くで聞き覚えのある声がします

「待って〜」

発車寸前のスクールバスに恥も外聞もなく
お尻をさすりながら駆け寄る少女。見ると、
それは若き日のアリサの母、ケイトでした。

『いやだ、今日は終業式じゃないの』

ケイトは家の近くまでは帰ってきましたが
男の子が近寄ってきて声をかけると、なぜか
そのまま何処へともなく行ってしまいます。

 すると…

「何よこれ」

気が付けば母の制服を着て今度はアリサが
自宅玄関に立っているではありませんか。

「いやよティンカーベル。こんなの」

自分も母と同じ聖愛学園の生徒。これから
何が起こるかもう分かってしまったのです。

「仕方ないでしょう。やらなければお母様
は助からないのよ」

ティンカーベルの声は天の声でした。

「お帰りケイト。何ぶつぶつ言ってるの」

玄関の物音に気付いて母が…といっても、
アリサにしてみればそれは祖母なのですが…
顔を出します。

「さあ、シャワーを浴びておいでよ」

制服を私服に着替えて居間に戻るとそこに
は紅茶とクッキーが用意されていました。

居間で一息ついたあと、母は少し引き締ま
った顔になって娘にこう言います。

「それでは、そろそろお父さまのところへ
ご挨拶に行かなければならないわね」

『いよいよだわ』

アリサの顔からも見る見る血の気が失せて
いきます。でも、聖愛学園に通う少女たちに
とってこれは逃れられない運命でした。

母に連れられてやってきた父の部屋は西日
のさす離れ。大学教授の彼は山のような蔵書
とうずたかく積み上げられた煙草の吸い殻に
囲まれて一日中ここで暮らすことも珍しくあ
りませんでした。

部屋の中に一歩足を踏み入れると煙草の煙
が西日に当たり父の姿さえ霞んで見える有様

「お父さま、ただいま帰りました」

父は娘が傍らに立って挨拶するまで仕事を
続けています。

「帰ったのか。今学期は楽しかったか?…
…その顔では満足いかなかったみたいだな…
とにかく、通知表をだしなさい」

言われるままにアリサはそれを提出します
が、その結果に父が満足しないのは目に見え
ています。満足するような成績なら何も母が
自宅前から逃げ出す必要はないのですから。

『なによ。あなたみたいに悪い成績を私は
一度も取ったことないですって…でたらめも
いいとこじゃないの』

アリサは心の中でぼやきました。そんな娘
の、いえ孫の気持ちをよそに彼は学校からの
報告を顔色一つ変えずに一読します。

「ケイト。まずはお前が逃げ出しもせず、
ここに立っていることのできる勇気を誉めて
あげよう。しかし、これを見過ごす事は…」

読み終えた父は椅子に座ったままで、その
膝を軽く叩きます。もう、あとはお定まりの
光景でした。

「パン、パン、パン」という小気味よい音
の合間に「いやあ、やめて。御免なさい。良
い子になります」という叫び声が木精します

もう耐えられないと思った直後、アリサは
病院のベッドで目を覚ましました。お医者さ
んや看護婦さん、お父さんやシスター、それ
に隣のベッドではお母さんも笑っています。

「お母さん!!生きてたの」

そう、二人とも別の飛行機事故で二人とも
奇跡的に助かったのでした。 <了>

戻る