催淫(さいいん)煙草

K.Mikami

  西暦2525年夏、光速貨物船ケイン号が
二年の航海を終えて地球に帰還する。乗員は
船長の他、その妻と娘の三人。別段船長一人
でも運航は可能なのだが光速船という性格上
家族一緒の方がよいとの父親の判断だった。

久しぶりの地球。十六才の娘ははしゃいで
町に出る。ウィンドショッピングで街を散策
し、ゲームに興じて時間を潰す。

短い休暇。二週間後には再び宇宙に向けて
出発しなければならないのだ。

「ソニア、ソニアじゃないの」

町中で娘は呼び止められた。

「ジャヌス、あなたジャヌスなの」

二人は顔を合わせるなり抱き合う。二人は
幼なじみなのだ。カフェテラスに場所を移し
おしゃべりに花を咲かせる。

と、そんななかジャヌスがさりげなく煙草
に火をつけた。

「やめなさいよジャヌス。人が見てるわ」

ソニアの言葉にジャヌスは怪訝な顔をする

「どうして?」

「だって私たち未成年だもの」

「え?…………何言ってるの」

ジャヌスはソニアの言っている意味が最初
分からなかった。しかし、その謎はすぐに解
けて、

「そうか、あなたタイムマシンに乗ってる
んですものね。だからまだ未成年なのよ」

ジャヌスが少し馬鹿にしたように笑う。

ご案内のように光速で飛ぶ宇宙船の中では
地球との間に時間差が生じる。光速船に乗り
込んでいたソニアにとっての二年間は地球で
暮らすジャヌスには七年分にあたるのだ。

「成人してたんだ。いいなあ。私が成人で
きるのはあなたがお婆さんになる頃ね」

「ちょっと、変なこと言わないでよ。それ
より……これ…あなたも吸ってみなさいよ」

ジャヌスはバッグの中から新たにシガレッ
トを一箱取り出す。

「私はいいわ。パパがうるさいのよ」

「そう言わず騙されたと思って試してよ。
これは煙草といっても成分がまるで違うの。
眠れない夜にはこたえられないわよ」

ケイン号は短い休暇を終えると、ソニアが
持ち帰った煙草を乗せて再び宇宙へと旅立つ

そうなると、ソニアにとってはまた退屈な
日々の始まりだった。

宇宙船にはバーチャル室というのがあって
特殊なゴーグルをかけてそこへ入ると、さな
がら学校のような雰囲気で学ぶことができる

コンピューターによって映像化された先生
が授業を行ない、取り囲む友達はソニアの為
に授業のヒントを出してくれたりもする。

もしソニアが授業に集中していなければ、
まず少女たちの誰かが先に欠伸をしたり悪さ
をしてお仕置を受ける。そのことでソニアに
あらかじめ注意を喚起してくれるのだ。

すべてはソニアを飽きさせない為の父親の
工夫だった。しかし、長い宇宙船暮らしに飽
きていた彼女はなかなか授業に身が入らない

そんな時、思い出したのがジャヌスにもら
った例の煙草だったのである。

「『催淫タバコ〜マゾヒスト用〜』か…」

ジャヌスの忠告にしたがい、ソニアは眠れ
ない夜にそれを一服試してみた。

「………あぁ〜……あぁぁ……んんん…」

それは不思議な気持ちだった。たった一口
吸っただけなのにジャスミンの香りが口一杯
に広がりたちまちえも言われぬ気分になる。

二口目。すでにソニアは幻影を見ていた。
遺伝子に刻まれていた遠い過去の記憶。彼女
の祖先たちが負ってきた様々な女の業がまだ
幼い少女の脳裏に鮮やかに蘇る。

魔女狩りの業火に焼かれる少女を見ながら
欲情する異端審問官。夫が覗いていることを
承知で不倫相手と情事を行なう人妻。男の子
を玩具に自らを慰める貴婦人などなど。

頭の中が先祖たちのしでかした性の強欲で
満たされていくのだ。

「あああああああああああああああああ」

彼女はとめどもない吐息をついてベッドに
倒れ込んだ。

目が眩み、頭がかあっと熱くなって、切な
い思いが下腹部から這い上がってくる。こん
な気持はもちろん初めてだ。

「何よこれ…もう、二度とごめんだわ」

しかし、この直後の感情は、時間がたつと
再びあの煙草を求める気持へと変わっていく
二本目に手をつけたのは最初に吸った日から
五日後だった。

「あああああああああああああああああ」

効果は変わらない。この時も吸った直後は
二度とやりたくないと思ったのだ。しかし、
三本目に手をつけたのはその三日後。

「あああああああああああ〜、いいわあ」

後はもう毎日の習慣になっていた。

「ああああああ〜、いい、最高の気分よ」

しかもソニアの幻想はやがて煙草だけでは
飽きたらなくなってくる。

『火あぶりの少女の目、あれは一種の快感
を感じている目だわ。……夫に見られながら
いけないSEXをする気分って………ああ、
私も少年たちをああやってかしずかせたい』

彼女は先祖達が体験したサディスティクな
あるいはマゾヒティクな快楽を何とか自分も
追体験できないかと願うようになるのだ。

とはいえここは宇宙の真ん中。家族の他は
誰もいない宇宙船の中だ。利用できるものと
いえば………あれしかなかった。

ソニアはバーチャル授業でわざと悪い子を
演じてみせる。あくびをし、黒板を見ない。
授業もなるだけ聞かないように努めるのだ。

やがて、周囲の女の子たちが次々にソニア
と同じ行動を取り始め、その子達が一人また
一人とお尻を叩かれるようになっても彼女は
自分の行動を改めようとしなかった。

「ソニア、前へ出なさい」

ついにコンピューターが断を下す。それは
何年ぶりのことだろうか。幼い頃はともかく
最近は記憶にない。

「鞭は好みませんが、眠気覚ましにはなる
はずです」

ソニアは恐る恐る体を前に倒す。手の指が
足の爪先にとどくくらいまで前屈するのだ。

「ピシッ…………ピシッ…………ピシッ」

やや時間をおいて軽い電気ショックが三つ
お尻を叩く。

「うっ…………あっ……………おっ……」

それは成長した彼女にとって声を出すほど
の衝撃ではないが、催淫煙草を吸ったあの時
の感覚を思い起こしながら受けたので思わず
声が出てしまう。ソニアの体には電気鞭に合
わせてむしろ切ない快感が走っていたのだ。

こうして鞭で火照った体を冷まさないよう
に授業を終えると、さっそく自室のベッドで
オナニー。催淫タバコが切れてからもこれが
彼女の密やかな楽しみとなったのである。

とはいえソニアが毎日授業を妨害したわけ
ではない。そんなことをしたらたちまち両親
に良からぬ行ないがばれてしまうからだ。

毎回、日をおいては少し派手に暴れて鞭の
お仕置をもらう。親に問いつめられると、

「今月ちょっと重くていらいらしてたの」

と、メンスのせいにして取り繕った。

初めは三つだった鞭の数もやがて一ダース
となり二ダースへと増えていく。が、それも
より強い刺激を求めるようになったソニアに
はむしろ好都合だった。

ところが、悪いことというのはそう長くは
続かない。ソニアの情緒不安定に疑念を持っ
た母親が娘の体を精密検査してみると、例の
煙草の成分が出てきたのだ。

「知らないわよ。そんなの」

ソニアはしらをきり通そうとしたが、部屋
に隠していた煙草の空箱が見つかってはどう
しようもない。当然、父親はカンカンだった

「パン、パン、パン、パン、パン、パン」

その晩、子供部屋では乾いた音が軽やかな
リズムで響き渡る。ソニアが幼い子のように
父親の膝に乗せられてまだ発育途上のお尻を
叩かれているのだ。

「ああん、やめて、もういや、だめだめ」

ソニアが泣き言を言うと父親は…

「駄目だ駄目だ。おまえには厳しい折檻が
いるんだ。生半可な事じゃあかえってそれを
不純な気持ちに取り違えるだけだからな」

父親は巌として受け付けない。そればかり
かスパンキングが終わると部屋の隅に三十分
ほど剥き出しのお尻のままで立たせてから、

「そんな不純な気持ちを叩き直すには親の
折檻がどれほど辛いものか、身を持って知る
のが一番だ。…………そうだろう、ソニア」

彼は怯えて条件反射のようにうなづくソニ
アを部屋の中央に引き戻すと、椅子の床板に
両手をつかせてお尻を高く上げさせる。

「ピシッ」

籐鞭が一閃。

「『今の私には厳しい訓練と本当のお仕置
が必要です』……そうなんだろう、ソニア」

父親の再度の言葉は少女には脅しに近い。
だから、か細い声で「はい」と答えたのだ。
すると、

「よし。ならお前の希望通りにしてやる」

あとはもう父親の思うがままだった。

かくしてバーチャル授業のソフトは超ド級
の厳しいものに書き替えられ、少しでも脇見
をしたり悪い点を取ろうものならすぐに椅子
の床板に電気鞭が走って飛び上がる事になる

放課後も山のような宿題や百行清書に追わ
れ、寝るまでの間に自由時間はほとんどなし

おまけに寝る前には父親のスパンキングを
たっぷり受けたうえにオナニー防止用の貞操
帯まで穿かされる徹底ぶりだったのである。

「これでこの子の不純な心も取り除けた」

父親はすっかりおとなしくなった娘を見て
満足そうに胸を張る。

ただ、その後のソニアが父親の期待通りに
育ったかどうか、それは定かでない。

<了>

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