タイムマシン事情

平 牙人

「ねぇ、買ってよぉ」

「まだ早い、もうしばらく待ちなさい」

「どうして?」

「新製品なんてどうせその内欠陥が見つかるさ」

 2999年父親と娘の会話である。

 娘がほしがっているのは、タイムマシン。そう、この時代にはすでにタイ

ムマシンは子供のオモチャになっているのだ。

 タイムマシンは2033年に実用化され、紆余曲折を経て今日に至っている。

 最初は、地球連合軍によって管理されるほど危険な存在だった。

 ご承知のように過去を変えることによって、その影響が現在に出るという難問を解決で

きなかったのだ。

 それが、2042年の画期的な発明によって一般大衆もタイムマシンを楽しむことが出来

るようになったのだ。

 それは、ゴースト機能と呼ばれた。

 望む時代、望む場所に行くことが出来、その時代の雰囲気を充分に味わうことが出来

た。しかし、自分自身は実体のないゴーストなのだ。

 それ故に、絶対に過去や未来の事実を改変することは出来ないのだ。その機能が付加さ

れ、初めてタイムマシンは一般大衆のものになった。

 多くの歴史が書き換えられた。現実的には、迷宮入りの事件が無くなった。

 殺人事件が起これば、誰もがその場所に行って誰が殺したか確認できるからだ。

 最初はそれだけで充分に満足していた大衆だが、やがて不満も聞こえるようになった。

 特に、味覚の問題が多く苦情としてあげられた。

 その時代に行って、目の前に並べられた料理を食べられない。グルメにとって、それは

まさに拷問に等しかった。

 そこで考え出されたのが、その時代の人物と同化するという技術だった。

トゥールダルジャンの鴨料理、今、まさに食べようとする紳士の体の中に自分自身を同化

させてしまえばよいのだ。

 鏡にでも映さない限り、それは自分なのだ。充分に料理を堪能することが出来る。

 もっとも、相手を間違えると大変なことになる。料理は食べたが食中毒になって死ぬほ

どの苦しみを味わった、などという笑えぬ事故も起こった。

 もっとも、他人の身体に滞在する時間は長くても24時間、設定すればいくらでも短くで

きる。寄宿さきの人物が、たとえ死ぬようなことがあっても、自分は安全なのだ。

 たちまちの内に、時代と人物を組み合わせたマニュアル情報が大量に流された。

 その組み合わせで、何が味わえるか、というわけだ。

 グルメで名高いフランスの国王や、中国の皇帝など、どれほどの人に寄宿されたことだ

ろう。

 寄宿先の相手が死んでも自分は死なない。そう言う事実が広まるのは早い。

 中には変な奴も出てくる。

 マリー・アントワネットに同化して、ギロチンにかけられた奴が居た。

 もっとも、現実に戻ったとき、本人は気絶していたそうだが・・・

「買って! 買って! 買って! 買って!」

 うるさくせがむ娘の腕をつかむと、父親はタイムマシンに乗り込んだ。

「やだぁ、一人乗りのがほしいよぉ」

 父親はすでにセットしてあった内容を確認し、タイムマシンをスタートさせた。

 娘は、自分の立っている場所が教室らしいと判断した。女生徒達が自分のことをニヤニ

ヤ笑いながら見ている。

「マルガレーテ! 先生は前に出なさいと言っているのよ!」

 ようやく、自分の置かれている立場が理解できた。その瞬間、今まで感じたことのない

ほど強烈な羞恥心におそわれた。

 恥ずかしくて、息が詰まりそうなほどだった。

 教壇には、すでに椅子が用意され、自分がそこに屈まなくてはならないことも分かっ

た。マルガレーテは、どうやら罰を受けるらしい。

 椅子に屈むと、先生がスカートを捲り上げた。普段ならそんなこと平気なのに、顔から

火が出るほど恥ずかしかった。

 それなのに、先生はダブダブの下着の割れ目を開き、お尻を剥き出しにした。

 いくら何でも、教室の友達の目の前なのだ、あまりにもひどすぎる。

 死ぬほどの羞恥を生まれて初めて味わった。

 ビシッ!

「ヒィィィィ・・・痛い!」

 逃げ出したいのに、寄宿先のマルガレーテは必死で椅子を掴んで離さない。

 先生はたっぷり時間をかけ六打罰を与えた。

 その痛みを余すことなく娘は味わい尽くした。

「これが、パパのお仕置きだ。わかったな。一人乗りは、まだ早い」

 タイムマシンはすでに現実に戻っていたが、娘はまだ泣いていた。お尻を撫でながら娘

はスゴスゴと自分の部屋に戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、父親がニヤッと笑った。

 あの時、先生の体に父親が同化したことを娘は気づいていない。

THE END

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