「サタンクロース」

            銃要虎


師走。2000年を前にみんな浮かれていた。今世紀最後の気分を二回味わおうと貪
欲な人が街に溢れる。クリスマス直前にようやく射止めた隣のクラスのY君と甘いイ
ブの夕べを過ごし、プレゼントの待つ両親の許へ帰宅した。素敵な一日だった。私は
満ち足りた気分で安らかな睡眠に入った。
真夜中…ふと、異様な雰囲気に目が覚める。寝ぼけ眼に赤っぽい人影が写った。
「!…あ…。サンタさん?」
とたん、金縛りにあったように体が動かなくなり、声も封じられた。
「サンタだっで?冗談じゃない。俺はサタンだ!」
(ううっ…!)
「アンタも可哀相にな。依頼主の名は明かせないが、どうやらアンタは人の怨み妬み
を買ったらしいな。呪われてるぜ。この俺様を人間世界に実体化させる程の凄まじい
呪いだ。いやなに。心配するない。ちょいとキツクお仕置きしてやってくれとの依頼
だ。」
(恨み?Y君を狙っていたK子かしら、それとも村八分にしたM美?)
意識が遠のく。
「さあて、御同行願おうか。お前ら人間が地獄あるいは魔界とも呼ぶ我らの領域へ…
!」
(……・。)
気がつくと広く暗い洞窟のような処に立っていた。なんとも嫌なマイナスのオーラが
漂う。やりきれない空気に嫌悪感を覚える。耳元で声がする。
「そうさ。ここが地獄の一丁目さ。心地よく甘美で麗しい、楽しく幸せな思い出は天
に昇る。悲しくおぞましく苦痛に満ちた不快な記憶は地に落ちる。つまり人類始まっ
て以来の全世界の様々な人間どもの負の記憶が降り篭もった…その底こそが魔界の正
体、俺達の住処って訳さ。ここでは不快に分類されるさまざまな記憶・思い出を収集
・管理している。アンタにはその膨大なコレクションの中から「キツイお仕置き」
ファイルのダイジェスト版の悪夢を賞味してもらおうって訳さ。」
「…・!ちょ!ちょっと待ってよ。嘘でしょう?ねえ。私が何の悪いことをしたのよ
?それぐらい教えて呉れたって…」
「問答無用!アンタの善悪など当方には関係なし!。一度言葉にされた契約は覆せな
い掟なのだ。観念しな。」
再び意識は薄れる…。
私は中庭に立っていた。筋骨隆々の男が立ち塞がる。ここは中国。古代か中世か。中
国語と思しき言葉で怒鳴られる。何故か私には意味がはっきりと聞き取れた。「尻叩
き30の刑だ!」。そうだ。私は貧しくて穀物税が払えなかったんだ。私の体は私の
意志とは無関係に跪き、慈悲を乞う。流暢な田舎方言で。けれどなす術もなく台に抑
え付けられ、お尻に鞭が当てられる。痛い!ひい!余りの痛みに意識が遠のく…。
ここは広場。石畳で城壁が囲む。私は公開処刑場の上に立たされていた。下卑た野次
がヨーロッパ系の言葉で飛ぶ。広間を埋め尽くす大観衆が私に注目していた。私は顔
を赤らめる。下半身には何も着けていなかった。絶望的な羞恥心が襲う。私はこれか
ら目の前にある架台に括り付けられ、枝の鞭で100叩きの刑を受けるのだと理解し
ていた。群集のいやらしい好奇の目に吐き気を催し、理不尽な暴力に胃がむかつく程
の怒りを感じていたが、どうしょうもない運命に逆らうことは出来なかった。何より
他人の目の前で取り乱す自分が恐かった。
……悪夢は延々と続いた。もう何十時間、何週間、何年と見ただろう。その中には苦
痛に喜びを感じることの出来る特殊なヒト達の記憶などある筈もなかった。そういっ
た記憶なら天に上がるのだろう。不快、不快、不快、絶望。苦痛、苦痛、苦痛、恐
怖。怒り。悲しみ。…まさに地獄だった。神経がぼろぼろになる。
ある日。記憶追体験の画像がプツリと途絶え、真っ黒なブランクとなった。次第に意
識が戻る。辺りが騒がしい。
私をここへ連れてきた悪魔がいた。
「お嬢さん。申し分けない。2000年問題…あ、いや。それはこっちの問題。
えー、…当方のトラブルで手違いが起きた。当初の予定では悪夢のフルコース終了
後、そのままクリスマスのイブの夜の時点にアンタを戻すつもりだった。体に残る痣
だけがあの悪夢が事実であったことを物語る…というセオリーどうりにする筈が、ど
うにも時間軸を溯れなくなってしまった。このまま人間世界のアンタの家まではお連
れするが、現実世界でもアンタは1週間失踪・神隠しにあったことになってしまう。
すまない。始まって以来の不手際だ。」
「どうしてくれるのよ!…」
意識が遠のいた。都合が悪くなるとこれだ。
見慣れた街の上空にいた。
「お嬢さん。やばい。もうすぐ新年の御来光が。駄目なんだよう。俺たち悪魔は御来
光を拝むと死んじまう。なあ、もう数十キロでアンタの家なんだか、ここらで勘弁し
てもらいないだろうか?」
「ふん。どうせ勝手なあんた達。私にあんな地獄を見させておいて、いまさら何を
言っているのよ。何処へなりとも勝手に降ろしていけばいいでしょう!」
「駄目なんだ。アンタに家まで連れて行くって言ってしまったから。俺たち悪魔は言
葉によって存在している。1度言葉にして約束したことは、相手の許可がないと絶対
に取り消せないんだ。」
「ふーん。そうなのお。まあ。ここが日本なら考えてあげてもいいけど。願いを聞い
てくれたらね。私をこんな目に会わせた呪いの張本人は誰なのよ!教えなさい!」
「ああ。それだけは駄目だ。先約事項が優先するから。依頼人の名は明かせない。お
願いだあ。どうか他の望みを。」
「うーん。分かったわ。じゃあ依頼主にあの悪夢を同じ記憶見させて…いやあの2〜
3割増しのハードな地獄を味わせてやって。二度と立ち直れないような。」
「了解。」

サタン苦労すネタ……(自爆)

(おわり)

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