関本里依は制服に着替えながら去年のクリスマスを思い出していた。
正確に言えば、今日と同じ二学期の終わりの日。
去年はまだ小学生だった。担任の稲垣先生の話が記憶に残っていた。
通信簿を胸に抱えるようにして先生は教室に入ってきた。
生徒達は明日から始まる冬休みのことを考て、顔がほころんでいる。
夏休みと違って宿題も少ないし、クリスマス、お正月と楽しい行事が続く。
問題は、あの通信簿。そこに多少の不安があった。
稲垣先生は机に通信簿を重ねて置いた。まだ、配るつもりはない。生徒もそれを知っている。
最後に通信簿を配って、今学期が終了するのだ。
「おはようございます」先生と生徒が大きな声で挨拶を交わす。
「もうすぐクリスマスね。何で日本人がクリスマスするのかしらね。みんなの家は?」
「やるやる! やらなきゃつまらないよ」「クリスマスがなかったらゲームなんて買ってもらえないよ」
「ふううん、みんなやるんだね。でも、宗教ですからね。私の家では絶対にやらない。そういう家があっても
良いと思うんだけどなぁ。クリスマスやらない人、手を挙げて」
一人も居なかった。
「結局、ケーキとプレゼントなの?」
生徒が一斉に、ハーイと元気良く答えた。
「教会に行って、ミサに参加する家は?」
誰一人手を挙げない。
「まあ、そうなんでしょうね。クリスチャンじゃないんだからね。サンタさんのことだって何も知らない」
「知ってるよ、トナカイの橇に乗って世界中の子供にオモチャを配るんだ」
「じゃあ、サンタさんの生まれ故郷は?」
「えーっ、知らないよ・・・」
「それごらんなさい、なぁーんにも知らないくせに。みんなに訊くけど、赤い靴の中にお菓子が入っている、
そういうのをプレゼントいただいたこと有る?」
「あるあるある」と大勢の声がした。
「貰ったことない人でも、見たことはあるでしょ」
みんながうなずいた。
「中にどんな物が入っているの?」
「チョコレート」「アメ」「クッキー」
「必ず入っている物が有るんだけどなぁ。何か思い出さない?」
「ねじり棒のアメ」
「ああ、そういうのあるわ。七・五・三の千歳飴みたいで、先が曲がっているの」
稲垣先生は立ち上がって黒板に絵を描いた。白とピンクのねじれアメ。
「これ、何だと思う?」
「ステッキだよ。サンタさんの」
「ああ、なるほど、サンタさん年寄りだものね。たしかにステッキなんだけど、これは笞なんだな」
稲垣先生はセント・ニコラスの話をしてくれた。
アメと笞を持って村中を回り、良い子にはアメを、そして悪い子は笞で叩くのだと言った。
「その伝説の名残がこのねじれアメなのよ。これ一つで、アメと笞を表現しているの」
教室の中が静かになってしまった。
「たしかに、サンタさんはプレゼントをくれるけど、誰にでもと言うわけではないのよ。その年一年、良いこ
とと悪いことを比べて、良いことが多ければアメをくださるけど、悪いことが多かったら笞でお尻を叩くのよ。
みんなの見ている前でお尻叩かれるんだから」
「ひぇぇぇ痛そう」
ちょっと茶化した木下君を稲垣先生はチラッと睨んだ。
「木下君は今年一年を振り返って、自分で採点するとどっちなの? 良い子? 悪い子?」
「ううん、そんなに悪いことなんてしないよ!」
「遅刻、遅刻」
「うるせえなぁ、遅刻なんて三回くらいだろ!」
教室がドッと沸いた。「三十回の間違いだろ!」「十回以上よ」
「でも、運動会の時はクラスを代表して頑張ってくれたわ」
稲垣先生が助け船を出した。
「ホラ見ろ、だから僕は良い子なのだ!」
「今のところ、プラス、マイナス、ゼロかな。問題は、これね」
そう言いながら稲垣先生は通信簿の束を指さした。
「通信簿は別だよ」
「どうして? 成績が悪いって事は、勉強を怠けたってことでしょ。当然、それは悪いことなのよ」
「やべぇ、プレステが遠くなる・・・・」
みんな笑っていた、先生も笑っていた、私も、それでも胸がドキドキしていた。
算数で馬鹿なことをしてしまった。全部正解を出したのに、回答欄に答えを書くとき、一つずつずれた。
採点は0点、先生も気がついてくれたが、それでも回答は間違いなのだ。
あれが、あのまま評価されるのだろうか?
当然、日常の成績も評価されるから、0点で通信簿が評価されるわけではない。
そうは思うのだが、やはり気になる。
冬休みの注意があって、いよいよ通信簿。出席簿順に稲垣先生が通信簿を渡して行く。
里依が名前を呼ばれ、通信簿を受け取るとき、稲垣先生はこう言った。
「残念だったね、あれさえなければトップだったのに、でも、受験だったらあれが全てなのよ」
たしかにそうだ、受験なら、0点でしかない。
里依はこっそり通信簿を開き中を覗いた。ABCDE評価で、算数はCだった。
稲垣先生にしても、これが精一杯の評価だったのだろう。
里依は努めて明るい顔をしていた。総合評価ならトップ5人の中に入っている。
母親も、すでにその事は知っていた。テストが100点であり、0点であることを理解していた。
それでも、稲垣先生と同じ事を言う。
「担任の先生だからCをくださったのよ。受験では0点なのよ」
自分自身が一番悔しい思いをしているのに、何度も同じ事を聞かされるのは腹が立つ。
「わかった! 実力は100点なんだもの、それでいいじゃない!」
「里依!」
しまった、と思ったときは遅かった。
「実力ナンバーワンのマラソンの選手が、コース間違えただけなのね。それでも実力は世界一?」
「ごめんなさい」
「里依が頑張ったことはママも認めているの。だから、お小言だけで済ませるつもりだったのに・・・」
「ああん、ごめんなさい、お願い、お仕置きしないで」
「あんなに頑張って、全問正解して、それなのに0点。負け惜しみを言ったって0点は0点なのよ」
「ごめんなさい、もう二度と間違いませんからぁ・・・」
「悔しくて腹が立つのは分かるけど、もう少し素直に反省するのね。少しお仕置きしますよ」
「やだ、ママごめんなさい」
その時はもう、腕を捕まれていた。椅子に座った母親の膝に誘導される。これ以上抵抗すれば、お仕置きが重
くなるだけなのだ。里依は素直に母親の膝に体を伏せた。
スカートが捲り上げられ、ショーツが容赦なく脱がされた。発育の良いお尻が剥き出しになった。
ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ!
小気味の良い音が里依のお尻で弾けた。母親にとっては手慣れたお仕置きだった。
物心つく頃から、里依にとってお仕置きとは、お尻を叩かれることだった。4年生の頃から、痛いだけのお仕
置きではなく、羞恥心にさいなまれた。
必死でパンツを掴み、脱がされまいとしたこともあったが、最後にはお尻を剥き出しにされた。
素直じゃないと言って、母親はお仕置きの後でお尻を出したまま廊下に立たせた。
それ以来、里依は抵抗するのをあきらめた。
それでも、6年生にもなってお尻を剥き出しにされるのは辛い。
「あっ、あっ、ああママ、ごめんなさい・・・」
ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ! ピシッ!
すでに里依のお尻は真っ赤になっていた。母親は手を止め、顔をしかめた。その顔は里依には見えない。
母親に抱え起こされると、里依はお尻を撫で、それでも慌ててショーツを穿いた。
「おう痛い、手が腫れてしまうわ! こんな大きなお尻を手で叩くなんて、これで最後にしましょうね」
これが・・・最後のお仕置き・・・
半信半疑だったが、あれ以来お仕置きされては居なかった。
そうか、当然だよね、お仕置きなんて小学生で終わりだよね。
里依の期待は、確信に変わりつつあった。
受験、合格、新しい制服、夏休みの合宿、新しい学校であわただしいに学期が過ぎたのだ。
最後に、通信簿を受け取るのは小学校と同じだった。
渡されたとき、担任の先生が「三学期はもう少し頑張ろうね」と言った。
成績が少し下がっていた。
母親は、チラッと中を覗いて、パパに見せてから、と言った。
父親は出張で4日ほど帰らない。
クリスマスイブ、遅くなってから父親は帰ってきた。
里依もまだ起きていて、三人でケーキを食べた。
「変な習慣だね。クリスチャンでもないのに」
「もう、サンタさんも来ない?」
「さあ、どうかな? とりあえず、来るんじゃない?」
と言うことはプレゼントが用意してあると言うことなのだろう。
里依はベッドに長いストッキングを下げておいた。
朝、目が覚めると首を曲げてストッキングの方を見た。あった、リボンがひらひらしている。
里依は飛び起きて、ストッキングの中からプレゼントを出した。
細長い棒に赤いリボンガ巻き付いていた。その先端に手紙・・・
里依、お気の毒ですが、サンタさんの判定は、アメ、ではなくて笞でした。
二学期は少し怠けていたようですね。今日、お仕置きがあります。
もう中学生なのですから手で叩くお仕置きではありません。
サンタさんに頂いた笞でお仕置きです。今から心の準備をしておきなさい。
パパとママより
里依は稲垣先生の話を思い出していた。
終わり