ヤング・マン(三) キスの作法
大和男児は褌しめて袴を穿く。お母様がそう仰いました。僕たちはそれを聞いていたの
で、当初制服を頂くのが待ち遠しくて仕方ありませんでした。一年前の桜花舞う季節、憧
れの制服を手にしました。褌といっても今風のパンツタイプのT字型ですし、袴といって
もスカートと同じ形状の簡易袴です。春風が吹けばお尻が丸見えになってしまいます。ガ
バネスがお尻を叩きやすいように男の子はこのような制服なのだ、と聞いたことがありま
す。でもいいのです。僕はお母様が大好きですし、お母様が僕たちのためにこの服を用意
して下さったのですから。
ガバネスの担任は、僕たちの地区では3ヶ月単位で変更になります。百合子先生ともも
うすぐお別れです。先生が僕の担任になったのは5人目で、今までで一番年の若いお姉さ
ん先生でした。先生は誉めてくれる時、頭を撫でてくれるので好きです。もちろん怒ると
コワイです。他のガバネス同様、きつくお尻を叩きます。しかも粗相したその時その場所
でお仕置きするので、僕なんか何十人もの女の人の前でお尻を真っ赤にしなければならな
かったこともあります。色々あったし、担任替えの前に一度お礼したいと思ってます。
僕らの地区でもおトイレは許可制で、当然ガバネスの許可が必要です。エッチな子が自
分で大事なとこをいじっちゃうのを防ぐためです。NBbCの偉い女の人が視察に来ると
いうので、その日はこの施設も朝から大忙しでした。僕たちも講堂に集合し、お話を伺う
準備をしてました。タイミングが悪く、僕はその時ずっとおしっこに行きたくてガマンし
てました。ガバネスが皆出払っていたため、おトイレの許可が貰えなかったのです。偉い
先生のお話が終わるまでのガマンと思っていたら、ついに限界がきてしまいました。僕は
講堂で水たまりの上にしゃがみ込み、周囲は囁き声がザワザワと波のように広がりました。
恥ずかしくて、恥ずかしくてよくその後を覚えてません。講演のNBbCの役員の方が怒
って、僕は外につまみ出されました。保健室に連れて行かれ、下半身を裸にして正座させ
られました。どういう処分が待っているか、僕は恐怖でいっぱいでした。
僕には1日とも思える長い時間でしたが、チーフの良枝先生と担任の百合子先生が難し
い顔をされて保健室まで来られたのは、それから30分後くらいでした。まず良枝先生か
ら無言で頬に平手打ちを頂きました。「大変なことになった」と言われました。これから
3人で例のNBbC役員の所に謝りに行くから、僕のお仕置きをする時間も無い、もっと
も処分の如何によっては自分たちも責任を問われるので、どうなるか見当もつかない、と
早口で話されました。良枝先生は酷く混乱されています。百合子先生は「おもらしっ子!」
と一喝しただけで、毅然とされておられます。
お尻丸出しにして廊下を歩き、しかも両手は首の後ろで組まされているので、大事なと
こを隠すこともできません。良枝先生が貴賓室のドアをノックしました。
貴賓室の主は恰幅のよい中年女性で、ケーキを召されてました。良枝先生が事情を話し、
百合子先生は自分が許可を与えなかったために「おもらし」したのだと言い添えてくれま
した。彼女は話を聞きながらもケーキをつつき、僕を見てニタと笑いました。「レディの
ティータイムにそんなカッコであらわれて、失礼だと思わない?」
僕は更に顔を赤くして彼女にお詫びしました。良枝先生は媚びるように、「先生自ら彼
のお尻を叩きますか?ウチのスタッフにさせた方がよろしいでしょうか」と尋ねました。
「彼はいくつなの?ふーん、12歳?12歳でおもらしねえ。世も末だわ。いいわよ別に、
私は怒ってないから。彼の教育?そうね、彼に褌と袴を穿く資格あるのかしら?まだまだ
赤ちゃんじゃない。制服を着せる年ではないわね?」
彼女の提案で僕は制服を取り上げられ、その日から一日中パジャマで過ごさなければな
りませんでした。お勉強するときも会合に呼ばれる時もずっとパジャマです。お食事は哺
乳壜でのミルクと離乳食を頂きます。情けなくて涙があふれます。用意して下さるガバネ
スは、からかい半分で離乳食にお酢などを混ぜたりします。しかも全て食べ終えるまで側
にいて監視されます。なによりも一番辛かったのが「オマル」に用を足さねばならなかっ
たことです。一部始終をガバネスの目の前でしなければなりません。小用の時はもちろん
大きい方まで彼女たちの目前です。
チーフの良枝先生は、僕に恥をかかされたとかなりご立腹され、徹底的に僕を懲らしめ
るつもりのようでした。当時僕は本気で「死んでしまいたい」と考えていました。プライ
ドが切り裂かれ、羞恥心で誰の顔もまともに見れなくなりました。そんなときに僕の心の
声を聞いて下さったのが、百合子先生です。
「つらいでしょう。でも誰も恨んではいけません。まず、自分が悪いのですよ」言葉はき
ついですが、諭すような優しい口調で話されます。「ボクは、・・・」熱い涙が喉の奥か
らこみ上がり、言葉につまりました。「男の子は悪いことをしたら、大人の女の人からお
仕置きを受けます。でもいくらお仕置きを受けても、女の人が許してくれない場合もある
でしょう。そんな時はお詫びの仕方を工夫する必要もあります」先生はそう仰って、今ま
で見たことのない様な優しい顔で僕を凝視されました。「家事レッスンで、キスの仕方は
習わなかった?」僕はコクンとうなずきました。キスとは、男の子にとって「夜のおつと
めとしてのクンニングス」の意味です。僕は既にキスを何人かのガバネスに捧げてます。
でもそれはガバネスの方から言い出す事で、自分からキスを申し込んだことはありません。
「女の人が怒っていてなかなか許してくれそうにないなら、キスをする手もあるのよ。も
ちろん許してくれる保証も何もないけどね。でも、良枝先生もキスさせといてキミを赤ち
ゃん扱い出来ないでしょ?」百合子先生は策士です。僕は良枝先生の大きなお尻を思い出
しました。「しっかりね!」彼女は悪戯っぽく笑いました。
その日の自由時間、僕は緊張して良枝先生の部屋を訪ねました。良枝先生は僕の訪問が
意外だったらしく、驚いた表情です。「何のよう?」
僕は先生に謝りたくて、ついてはどうしても先生にキスしたいのです、と告げました。
最初怪訝な顔をされましたが、僕が「キスしたい」と繰り返し言うと彼女は徐々に顔をほ
ころばせました。失礼ですが先生は容姿に劣等感をお持ちの風で、男の子からこんな申し
出を受けた経験はお年の割に少なかったのではないでしょうか。ガバネスがキスを受ける
姿勢は、男の子がお尻叩きを受ける格好に似ています。皮肉なものです。良枝先生はその
豊満なお尻を突きだし、「いいわよ」と言われました。僕はお尻に顔を埋めました。レッ
スンで習った方法に他のガバネスから命じられた方法をアレンジし、一生懸命なめました。
結局僕が制服を取り上げられたのは、一週間で終わりました。「キス」の効果があった
のかなかったのか、今となってはわかりません。ただこのベストを尽くしたという実感は、
その後の僕の財産となると思います。もちろんただで終わる訳もなく、お尻百叩きの刑と
引き替えです。お尻は痛いけど、「哺乳壜」や「オマル」の羞恥よりはましです。刑の執
行は担任の百合子先生です。僕の制服返還計画の発案者だし手加減してくれるかなと一瞬
思いました。けど、そんなことは全然なくいつもと変わらないきついスパンキングを頂戴
しました。僕は涙をためてそれに耐えました。百合子先生らしい立派な態度だと思います。
戻ってきた制服を両手で抱きしめました。僕は本当にこの制服が好きなんだ、大和男児
なんだと思いました。担任替えが迫り僕は百合子先生に一連のお詫びをしなければならな
いことに気付きました。先生にその旨を言うと、「もう充分罰を受けたでしょ」と言いま
した。僕が「キス・・・」と口ごもると、彼女は首を横に振りました。
「男の子が安易にキスで全て解決しようとするのは良くない態度です。まず女性に誠心誠
意謝る素直な気持ちが一番大事なのよ。その点勘違いしないでね。お母様もそんな息子だ
ったら、きっと悲しむでしょう」こうお説教されてから、最後にこのように付け加えまし
た。「なんかキスは恥ずかしい・・・」百合子先生って可愛いなと思いました。同じ施設
にいるとしても担任じゃなくなると思うと、切なさで胸が苦しくなります。
カレのママ
男のほとんどがマザコンだ。今まで付き合っていた男達は例外なくその傾向にあった。
私が彼らをそのように助長したのだろうか。否。他の女友達に聞いても大概の子はそう応
じる。「男の子ってガキよね」って。
明と付き合い始めてから半年。当然、エッチも済ませてある。見た目も悪くないし、連
れて歩く分には良い相手だ。車持ってる、安定した仕事についてる、結婚相手としてもそ
う悪くない男の子。そんな彼からクリスマスに家へ遊びに来いと誘われた。
最初は、若者の最大のイベントたるクリスマスイブに、そんなことを言うヤツは貧乏人
だと思った。考え直したのは、彼が「結婚」の試金石として今回の招待を企画したのでは、
と思い直したため。彼はお母さんと一緒に暮らしてる。私をどんな風に紹介するつもりな
んだろう、そんな興味に駆られて「うん」とこたえた。「母一人子一人なので、一人暮ら
ししにくい」いつか彼からそんな台詞を聞いたことがある。ひょっとして、一昔前に流行
った「冬彦さん?」、想像してしまった。さもなくば、ただの「威張りん坊」。男って家
ではみんな暴君なのよねえ、年増を気取って悪友と話す。
当日、私の職場近くの駐車場で待ち合わせ。同僚に見られても別に構わないと思ってた。
アウディのウインドウから知ってる顔を見付けた。向こうは気付いてない。金曜日のイブ
の夕刻なのに、考えてたより道はすいている。この街はまだ不景気なのかな。「早めに家
に着くね」と普段より無口な彼が言った。お母さんはパーティの準備を楽しそうにしてい
るそうだ。私以外にお客さんはいないって言うし、「プレッシャーじゃない」と彼に抗議
すると、「そう?」と応えた。コイツ、相当鈍感。「手伝うフリでもしなきゃマズイじゃ
ない、イブにそんなことやらす気!」、勿論そんなこと言わないけど、顔に出てたみたい。
今日の男の子は女の機嫌には敏感だ。「俺がずいぶん前から手伝わされていたから、大丈
夫だよ」ってのが彼のフォロー。「あーあ」
市内中心部から車で10分程度。もちろん東京には逆立ちしたって勝てないけど、ご当
地では、まあ高級住宅地。車に乗ったときにはまだ明るかったのに、すっかり夜になって
いた。なにも持ってくるなと言われたけど、ママへのプレゼントは用意してある。明には
「私」でいいか。当然帰りを送っていく時に、男はそんな展開しか考えていない。思って
いたより大きな洋風の家、庭も広い。「手入れは誰がしてるのだろう」後で聞いて、明が
やらされてることを知った。ガレージに車を入れる。
「はじめまして、今日はお招きに預かりまして有り難うございます」緊張し、たどたどし
い敬語で挨拶をした。
「メリー・クリスマス!」第一声から圧倒された。しかもとても美人のお母さん。明って
お母さん似だったんだ。ウチのママみたいに、いかにもって感じの「おばちゃん」を想像
してたので驚いた。多分50代なんだろうけど、真っ赤なルージュ。クリスマスなのでド
レスアップしてる。
パーティは盛り上がった。ママは何でも手際よく、しかも私に簡単な仕事をわざと分担
させ、結構気を使ってる。お話も面白いし、お料理もおいしい。明にウーロン茶を飲ませ、
私達はシャンパンを頂く。「子供はお酒の飲めないもんね」ママにからかわれても、「は
いはい」と流すだけ。明は夕方からあまり話していない。
「明さん、小さい頃どんなお子さんだったんですか?」定番の話題をふった。
結構ワインを召されたママは、頬をほんのりとピンクに染めてる。「この子?」明を
流し目で見る。すっごい色っぽい。「アキ、言っていいのかな?」
「お手柔らかにお願いします」明なんか怒ってる?ちょっと言い方コワイ。私達こんなに
盛り上がってるのに、肝心のキミがむくれてどうするの。もう、ガキなんだから。
「フン、言っちゃうもんね。この子ね、おねしょしてたのよ」赤ワインを飲み干した。
「キャハ」私は思わず笑い出し、暫く止まらない。少し酔ったかも知れない。
「それを言う?」明は呆れ顔。私はまだウケてる。ママはもっと虐めたいみたい。
「詳しいお話聞かせて下さい」私も悪ノリしてみた。
ママは明の苦労話をする。小学の時は中学になったら治るだろう、中学の時は高校にな
ればと期待し、その度に裏切られた。治療と名の付くものはおおよそ試してみた。最後に
は、この子ワザとじゃないかと疑った。
「母子家庭だからね、何か問題あるんじゃないかって・・・」ママはちょっと寂しい顔を
する。明は悪いヤツだ。ママにこんな悲しい思いをさせて。
「結局、私が甘やかし過ぎたのね。ある時から教育方針をかえたの。厳格な体罰主義。ピ
シピシやり始めたら、この子とたんにおねしょ治って。ああ、私、ナメられてたんだあ、
ってその時思ったわよ。」
明は俯いている。バツが悪いんだろうな、フフフ。
「あ、でも安心して。私、女の子には手をあげないから。男の子には厳しいけどね」
「体罰って、もしかして?」私は椅子から腰を浮かせ、お尻に手をあてた。
「もちろん。親が子供を懲らしめるの一番の方法よ」
明、真っ赤になっちゃって、可愛いものね。もっともっと恥ずかしがらせたい。これっ
てアブノーマルかな?いいもん、ママが話してるんだからね。私はただ聞いてるだけ。
「もう、スパルタ式よ。パンツさげて、ペンペンペンペン」お尻を叩くしぐさ。会話は弾
む。もちろん、明を抜かして。
「お母さん、もう勘弁してよ。久美ちゃんの前で」
「だから話してるんじゃない。将来アキのお尻を叩かなくちゃいけない人なんでしょ」
今度は、私が照れる番だ。「そんな」とか言って下向いたりして。二人とも赤くなって、
キャンドルの向こうでママだけが満足そうな顔をしてた。なんか、不思議な聖夜。
案の定彼女は、早めにできあがって、先に休むと言った。「恋人達の時間でしょ」とも。
ノンアルコールで待機してた明は、送っていくと席をたった。
「ラブホいっぱいだろうし、今日は素直に送るよ」と車の中で言われた。
「いいお母さんね。美人で面白くて、きっと優しいんだろな」
「聞いたでしょ、スパルタ・ママ。それと今日は、はしゃぎすぎ」照れて頭を掻く。
「愛あるからこそ、でしょ。それより驚いた、オ・ネ・ショ」
「んー、弱み握られたなあ」バイパスに右折し、駅を境に反対側の私んちを目指す。
「交換条件で、秘密にしてあげてもいいわよ」
「どんな?」
「私をお嫁さんにすること」
明は、なんて曲か知らないBGMの洋楽を消した。
「ダメかな、こんなんじゃ」彼はジャケットの内ポケットに手を入れ、小さな包みを取り出
した。「指輪です」ぶっきらぼうな言い方。
男はマザコン。それは所与であり、私にも多分「母」を求めるだろう。問題は、その男が
きちんと厳しく躾けられた息子であるかどうか。自堕落な男なら百年の不作ってもんでしょ。
今から再教育は難しい。あのママなら信じていいって思った。