この物語は1970年10月から1971年にかけて、風俗奇譚に掲載されたものです。

第1話

  イスを倒した罰

 一八八○年七月十三日、快晴、気温十六・八度。イギリスでこれ以上の快適な日を望むのはぜいたくなことだった。全く快適な日だったにもかかわらず、ロバート・ドナット男爵の家では、朝から少々険悪な空気が流れていた。

 ロバート・ドナット氏は、もともとの貴族ではなかった。いわば、タタキ上げ、実力で爵位を受けた実力者である。上院議員になるための爵位といえないこともなかったが、親の七光りとは全く関係ない地位からのスタートは、やはり本人のなみなみならぬ努力だったろう。少々カタブツで、ガンコな性格もやむをえないのかも知れない。

 ほかの多くの貴族が、その地位と財力にものを言わせ生活を楽しんでいるのに対し、彼は、生活もじみに、質素にしていた。妻と一人の娘、それに二人の召使い女、庭番の老人、この六人がドナット家の全員だった。もちろん、ほかには、彼専任の秘書などもいたが、めったに家にまでは来なかった。

 妻、ミルドレッド・ドナットは三十七歳。彼女も平民であり、性格のしっかりした、美しい女性だった。しかし、この日のちょっとしたトラブルは、彼女がその原因だった。

 朝から、何もかもうまくゆかなかった。髪も、洋服の着替えも、毎日毎日同じことをやって来たのに、この日にかぎって、うまくゆかなかった。あせればあせるほど、時間がかった。

 夫は、三人そろわなければ食事を始めないことを、ミルドレッドはよく知っていた。そのことで、娘のヴィオラを折檻したことも何度かあったくらいだ。

 だが、あわてて食堂にはいった時、もう十分もおそくなっていた。そして、お皿はテーブルの上で踊り、フォークははね上がり、半ゆで卵の黄身はまっ白なロバートのシャツにしみを付けていた。

 ロバートは、黙って食事をしていたが、その重苦しい空気は、娘のヴィオラや、二人の召使い・ジョゼットとナタリーたちにも感じられ、神経を張りつめていた。

 食事が終わると、ロバートはひと言「着替えをしなければならんな」と言って立ち上がった。ミルドレッドもあわてて立ち上がった。しかし、その時、ミルドレッドのすわっていたイスが、大きな音をたててひっくり返った。ロバートは顔をまっかにして部屋を出て行った。

 召使いを下がらせて、ミルドレッドが着替えを手伝った。ロバートは明らかにおこっていた。

「申し訳ございません。無作法をおゆるしください」

「どうした、小娘のように、どこかぐあいでも悪いのか」

「いいえ、なんでもありません」

「それならばなぜ……」

「わたくしにもわかりません。どうしてきょうは、あんなことになったのか。日が悪いのですわ」

「む、十三日か。そんなことは理由にならん。現に、ほかの者はなんでもない。気のゆるみだ。薬をやろう」

「薬?」

「そうだ、薬だ。こんな時には、どんな薬がきくか、おまえもよく知っているはずじゃないか。あれを持って来い」

「あなた、まさか……」

「そうだよ、ミルドレッド、わしはむちのことを言っているのだ。早く持って来なさい」

 ミルドレッドは笞を持って戻って来た。

「お願い、わたくしをたたいたりなさらないで。もうけっして……」

「いや、ダメだね。この次、ヴィオラがおまえと同じことをしでかした時、おまえは、あの娘をたたくことができるか? できまい。そのためには、おまえもたたかれておくことが必要だよ」

「わかりました、ロバート。でも、お願い、あまりひどくしないで…」

  二人の女中の告げ口

 ミルドレッドは両手をイスにあてがい、軽く腰を曲げた。ロバートはうしろに立って笞を振り上げた。スカートの上からとはいえ、ロバートのふるう笞は力強く、ピシッと妻の尻を打った。二度、三度、ミルドレッドは片手を口に当てて、ようやく叫びそうになるのをこらえた。

 三回打つとロバートは、イスの上に笞を置いて、妻のからだを抱き起こした。

「痛かったかい。でも、もう終わりだ。さあ、キッスをしておくれ。わしはもう出かける時間だ。けさのことはもう忘れてしまおう」

「わたくし、こんな顔で、お送りできませんわ」

「いいとも、ここにいなさい。気分が悪いからやすんでいる、と言っておくよ」

 ロバートが部屋から出て行くと、ミルドレッドは内からカギをかけてベッドに横になった。

 たった今起こったことを考えると、顔が赤くなった。こんな年になってから夫に折檻されるなんて、くやしくて、とても恥ずかしいことのように思われた。

 ずっと昔、今から十五年も前には、夫にたびたび注意されたり、たたかれたりもした。そのころはあたりまえのことだと思っていたのに、今はとてもつらく感じられた。

 けさのことは忘れてしまおう、と夫は言ったが、とても、この恥ずかしさと痛みは、当分わすれられそうになかった。

 ヴィオラがドアの外から「行って来ます」と声をかけた。ヴィオラは、女の子たちだけの私設の学校に通っていた。

 ミルドレッドはヴィオラが出て行ってしばらくしてから、ようやく起き上がった。歩くたびに少々痛みを感じた。ゆっくり時間をかけて髪や服をなおし、お化粧をして、すっかり元の自分に戻ったことを何度も鏡の中でたしかめてから部屋を出た。

 台所に降りて行くと、二人の召使い女はそうじを終えたところだった。

「奥様、おかげんはよろしいのですか?」

「ええ、ありがとう。だいぶよくなったわ」

「あの−、実は奥様、申し上げたほうがいいと思うんですけど……ねえジョゼット?」

「そうね、ナタリー」

「なァに?何かあったの?」

「ヴィオラお嬢様が、学校にお菓子を持って行かれました」

「まあ、どんな?」

「ボンボンですけど。たしか、まえに奥様が、そんなことをしてはいけないっておっしゃっていたと思ったのでおとめしたんですけど、ポケットにいっぱい持って行かれましたわ」

「わかったわ、ありがとう。帰って来たら、あの娘はきっと後侮するでしょうよ」

 ジョゼット・アンドリオとナタリー・カルネは、二人とも働き者だった。そして、どちらもフランス人だったが、生まれはイギリスで、もうこの家に来てから五、六年になる。ジョゼットは二十二、ナタリーは二十三になっていた。

 陽気で明るく、二人は仲がよかった。少々オシャベリ好きな点をはぶけば、申し分のない召使いだった。ヴィオラともうまくいっていたが、たまには、こんな告げ口をしてよろこんでいた。

  恥ずかしいおしおき

 昼過ぎ、ヴィオラは戻って来た。

「お母様、ただいま帰りました」

「お帰り、ヴィオラ。おや?ポケットに何かはいってるの?」

「いいえ、なんにもはいっていませんわ」

 そう言いながらポケットに手を入れると、袋ごと外に引き出した。たしかに中には何もはいっていなかったが、ボンボンに付いている粉までなくなっていたわけではなかった。

「この粉は何?」

「ええと……それは……」

「わたしにはボンボンの粉のように見えるけどね。どうなの、正直におっしゃい!」

「いいえ、そんな………わたし、ポケットにボンボンなんか入れないわ」

 ミルドレッドは呼び鈴のひもを引いた。できれば、罰は二人だけのところですませたかった。ヴィオラももう子供ではないのだから。でも、こうなっては、しかたがない。二人の召使いを部屋に呼ばなくてはならない。

 すぐに二人は上がって来て、部屋にはいると、ヴィオラのまなざしを気にしながらも、けさと同じ証言をした。

「ヴィオラ、ママをだませると思ってるの。しかたのない娘。学校では見つからなかったのかい?」

「ええ、ママ。みんなやってるのよ。とてもスリルがあるの。やらないと仲間はずれにされてしまいそうなんですもの……」

「そんな仲間になんかなってほしくないわ。ママの言うことがきけないんだね。そして平気でウソをついたね。さあ、どうなの」

「はい、ママの言い付けを守りませんでした。そして、ウソもついたわ。でも、おねがい、ママ、もう二度としませんから、わたしをぶたないでください」

「それだけのことをしてしまったのよ。おしおきは当然受けるべきでしょ。それも、たっぷりとね」

 ミルドレッドはめったに笞を使うようなことはなかった。生まれつきしっかりした体格で、力も強いほうだったから。

 ヴィオラのかぶっていたキャノチェ型の帽子を取ってから、ミルドレッドはイスに腰をかけた。ヴィオラの腕をつかんでぐいっと引き寄せると、少々抵抗したが、しょせん逃げられないとさとってヴィオラは、母親のびざの上にからだをのせた。

 スカートを高々とまくり上げられた時、ヴィオラは、二人の召使いの視線を感じ、思い切り首をねじ曲げてうしろのほうを見ると、ジョゼットとナタリーの二人が笑いながら見ていた。ヴィオラは二人をニラミつけるのがせいいっぱいだった。

 ヴィオラのブルマーは新しいもので、ウエストのところが幅が広くゴムがはいっていた。今までのひもの付いたものとちがって、ソフトにウエストをしめつけていた。

 しかし、その新しいブルマーは、着る時と同様、ぬぐのもいたって簡単だった。ミルドレッドはウエストのゴムのところに手をかけると、くるっと引き下げてしまった。ヴィオラのお尻はすっかりむき出しになって、二人の傍観者の前にさらされてしまっていた。とくに珍しい光景ではなかった。ミルドレッドが、スカートやブルマーの上からたたくことなんてないのだから。

 それでも、ヴィオラにとってみれば、恥ずかしかった。とくに、このごろ、ふっくらと大きくなってきたお尻を、年上とはいえ、召使いの目の前でおしおきされるのは、泣きたいくらいに恥ずかしかった。

 すっかりしたくができると、ミルドレッドのきびしい折檻がはじまった。

 ヴィオラは、子供のころから母親の折檻がどんなにきびしいものか身にしみてわかっていた。もちろん平手打ちなのだから、血の出るようなことはけっしてないが、お尻がまっかにはれ上がるまでたたかれるのは毎度のことだった。一打ずつ、ゆっくり力強くたたくやり方だった。

「ママー、もうじゅうぶんよ!もういいわ。もうやめて。とても痛いの、ママ。ごめんなさ−い。もうしません。いい娘になりますから、あ−ん、痛いよおー」

「ダメダメ。手をどけなさい。手を結わえてほしいの。ジョゼットたちに言って、イスに縛り付けてほしいのかい」

 そのことばを聞くと、ヴィオラはあわてて手を引っこめた。そして、両手を堅く組み合わせ、祈る時のように口のところにもっていった。母親に反抗して、今までに何度かひどいめにあったことがあるのだ。

「ピシャン!ピシャン!」

 小気味のいい音をたてて、ヴィオラのおしおきはまだつづいていた。もともと肌の白い娘だが、今はからだじゅうの血が一カ所に集まったように、丸いお尻は赤くはれ上がっていた。この娘はこれでだいぶ懲りたことだろう。もう、ボンボンを学校に持って行くようなバカなことだけはしないにちがいない。

  若い娘二人はレズ

 二人の召使いにとって、ヴィオラのおしおきは、ちょっとした気晴らしになった。そして、奥様もお嬢様も、部屋にはいったきり出てこない。二人は好きなオシャベリをしながら、手早く仕事をかたづけていった。

 これから夕食のしたくにかかるまで、いつもよりだいぶ時間が余った。エプロンをはずして自分たちの部屋にはいった。朝早くからずっと仕事で、若い二人にも午後のこの時間は思い切りからだをのばせる貴重な時間だった。ベッドにねころんで、二人はおしゃべりのつづきにかかった。

 ヴィオラは鏡の前で、鼻の先の赤くなったのを気にしていた。目も赤くはれていた。冷たい水で何度もひやしたが、まだはれぼったい顔だった。そして、それ以上にお尻はヒリヒリと痛み、熱っぽかった。とても夕食の時までに直りそうにない。夕食はいつもゆっくりと時間をかけるのが習慣になっていたので、きっとつらい食事になるだろうと思うと、ゆううつだった。

 それにしても、あのジョゼットとナタリーの二人は、ほんとうにしゃくにさわる。きっと先に告げ口したにちがいない。召使いのくせに、わたしのことを甘く見てるんだわ。どうせ今ごろは、二人とものんびり休んでいるにちがいない、何か用をみつけてやらせてやるわ。とりあえずお茶の用意でもしてもらいましょう。

 ヴィオラは自分の部屋を出ると、台所を通って召使いの部屋の前に来た。ドアをあけようと手をのばすと、中から声が聞こえて来た。どうせ、また、わたしの悪口でも言っているにちがいない、そう思ってドアに耳をあてがった。ところが、中からは、ヴィオラの想像とは違って、甘いささやくような声が聞こえて来るのだった。

 ヴィオラは、こんどはカギ穴にそっと目を近づけてみた。そして思わず声の出そうになるのをかろうじてこらえた。

 きょうは、イギリスではかなり暖かい日ではあった。しかし、裸で寝るほど暖かくはなかった。ジョゼットとナタリーはドアのほうに足を向けていたので、ヴィオラが一瞬、裸と思ったのはムリもなかった。しかし、正確には、彼女たちは洋服を着たままだった。でも、その洋服のスカートはすっかりまくれ上がり、四本の足はからみ合い、四本の手もそれに劣らず活躍していた。下着も脱ぎすてて二人は、そのゲームに夢中になっていた。

  いたずら娘の折檻

 ヴィオラが、このチャンスを逃がすなどということはけっしてない、そっとあと戻りして、二階に駆け上がると、母の部屋にはいっていった。

 しばらくすると、ミルドレッドがふきげんそうな顔をして出てきた。ヴィオラの話だけではさっぱり要領がつかめなかったが、とにかく女中部屋で何かが起き、ともかくそれをたしかめなくてはならない、と思っていた。

 ミルドレッドはそっとドアに近づいて耳をすました。もうそれだけでじゅうぶんだった。ミルドレッドにとって、中をのぞいてみる必要はなかった。

 ジョゼットとナタリーは安心していた。用のあるときは必ず呼び鈴が鳴るのだから、すぐにしたくをして出ればいいと思っていたし、いつもそうだった。ドロワースをはくひまのないときは、そのまますました顔で用事を聞きに行ったこともあった。今まで一度だってへまはやらなかったのだが……。

 それだけに今、ミルドレッドがドアをあけた時の状態は想像以上にひどいものだった。二人の取り乱し方もたいへんなもので、すっかりあわててしまった。

 ミルドレッドは、あまりのことに顔をまっかにして二人をしかった。そして両手に二人の髪の毛をつかむと、部屋から引きずり出した。

 二人とも、下着を身に着けるひまもなかった。そして次に起こることを想像し、青くなっていた。

 ミルドレッドが手を放すと、二人は、台所の床にベったりとすわり、両手を胸のところで組み合わせ、ミルドレッドを哀願のまなざしで見上げた。

「奥様、お許しください」

「神様、お許しください」二人は口々に叫んだ。

「およし! おまえたちのように、みだらな娘が神の名を口にすることは許しませんよ。二人ともからだの中に悪魔がいるんだね。わたしがたたき出してやるよ。そうしたら神様に感謝をおし」

「ああ奥様、どうぞお許しください」

「ジョゼット、苔を持っておいで。ナタリー、おまえはパン焼きかまどの鉄皿をお取り、いたずら娘にはいちばんいい罰だよ」

  カマドから白いお尻

 ジョゼットは、籐をより合わせた笞を持っ

て来た。そしてナタリーは、たった今みがいたパン焼きかまどの中を、上下二つに仕切っている皿を取り出して用意をした。かまどは二つあった。そこまでしたくができるとミルドレッドは、召使いたちの両手をうしろに回して縛った。

 二人は、かまどの前に行ってひざをついた。頭を下げてかまどの中にからだを入れた。ミルドレッドが半分ほどはいった二人のからだを、さらにうしろから押し込んだ。これで、二人とも、ウエストから上の部分はすっかりかまどの中にはいってしまった。もう絶対に自分で出るわけにはいかない。うしろから引きずり出してもらわないかぎり、この形からのがれられないのだった。

 若い娘に罰を与える時、かまどを利用するのは、かなり古典的な方法だった。中世において、よくこの方法が利用されたが、今こんなやり方をするのは、よほどのことがないかぎり、めったになかった。しかし、二人とも、はじめてというわけではなかったのだ。前に一、二回、同じようにされたことがあった。二人にとって、このおしおきは、最大の恐怖だった。笞を使われること、たくさんたたかれること、それにもまして、いつたたかれるかさっぱりわからないこと。そして絶対に逃げ出せないこと。

 かまどの入り口から外に突き出したお尻は、スカートをまくり上げられて、すっかりむき出しにされ、全く無防備に笞の前にさらしつづけなければならないのだ。どんなに大声で叫んでも、声はエントツから空に向かってかきけされてしまう。暗いかまどに頭をつっこんだ時から、ひたすらおしおきの終わるのを待って早く外に出してもらうことを祈るより方法がなかった。

 今、二つ並んだかまどから突き出している二人のお尻は、最初の笞がいつ来るかわからずにふるえていた。この時がいちばんいやな時なのを、ミルドレッドはよく知っていた。そして、この二人のイタズラ娘に、その恐怖をたっぷりと味わわせてやるために時間をかけるのだ。

 もうずいぶん昔のことになるのだが、ミルドレッド自身、母からこうして罰を与えられたことが二回あった。その時のことだけは、今でもはっきり覚えているほどつらい思いをした。

 とくに二回目の時など、彼女自身、あまりのこわさに、かまどの中で気を失ってしまったほどたった。しかし、母はそのことに気づかずに笞を当て、最初の一打で正気に戻ったのだった。それほど、打たれる者にとって、いつたたかれるかわからないのは、心細くもあり、こわいのだった。

 ジョゼットもナタリーもふるえている。あるときは小きざみに、時としては、いてもたってもいられないというふうに足をバタバタさせて、そして、つい今しがたまで上気してピンク色に染まっていた肌も、すっかり血のけがうせてしまっていた。

 ミルドレッドは、またジョゼットのほうに近づくと、腰をかがめ、その少々色気づいたお尻に、猛烈な平手打ちの連打を加えた。ジョゼットはとび上がり、その悲鳴はかまどの外にも聞こえたほどである。

 ナタリーも同じように平手打ちの連打をもらい、白い肌を再びピンク色にそして赤く、染めたのである。

 もちろん、罰はそれだけで終わったわけではない。そのあと、ミルドレッドは、籐笞で二人の召使いのお尻を交互に五回ずつゆっくり時間をかけて打った。そのたびに二人は、できるかぎりからだをくねらせ、よじり、なんとかその答からのがれるべく、ムダな努力をくりかえしたのだがミルドレッドの笞は、正確に力強く、二人の召使いのお尻の上に紅い縞を刻んでいったのであった。

 ドアのかげでこの一部始終を見ていたヴィオラでさえ、最後には、少々かわいそうに思ったほどだった。二人の泣き声は、ドアのところにいるヴィオラにもかすかに聞こえるほどであった。

 ミルドレッドは、笞を置いてからもしばらく、二人の泣き声が静まるのを待っていた。ジョゼットとナタリーは、ようやく終わったことに気づいたらしく、少しずつ落ち着きを取り戻して来たが、からだは、鳴咽のために波打っていた。ミルドレッドは、二人の声が小さくなったことをたしかめてから、やっと外に引きずり出してやった。

 二人の召使いは、顔じゅう汗と涙でくしゃくしゃにして、半ば放心したようなふうであったが、両手の縄を解かれると、娘らしいしぐさでスカートを直した。ミルドレッドは、二人を並んで立たせると、再び笞を持って、それを二人の目の前で振りながら、しかりつけた。

「いいかい、きょうはこれくらいで許してやったけど、この次、同じようなことをしてごらん、こんなことじゃすまさないからね。裸にして、からだじゅう打ってやるよ。わかったかい。からだじゅうだよ。ここも、ここも打たれるんだよ」

 そう言いながら笞で背中や胸をさすのだった。そのたびに二人の召使いは、ぶるっとからだをふるわせてすくみ上がるのだった。

 こうして二人の召使いをたっぷりしかってミルドレッドはようやく台所を出て行った。

 この騒ぎで、夕食のしたくをする時間が少なくなってしまった。二人は大いそぎで着替えると、すぐに仕事にかからなくてはならなかった。二人とも黙って、そして時々、鼻をくすんと鳴らし、赤くはれた目がしらをエプロンのはしで押えるのだった。

  十三日の金曜日

 夕方、いつもよりロバート男爵の帰りがおそいと思っていたその時、馬車が玄関の車寄せにワダチの音をきしませながら止まった。ミルドレッドや二人の召使い、それにヴィオラが玄関まで迎えに出ると、いつも足早にはいって来る男爵の姿が見えず、代わりに、あまりここに来たことのない秘書らが馬車から出て来た。御者が走って来て、玄関のドアを大きくあけた。

「奥様、男爵様がおけがをなされました。今お連れしますから、このドアをあけたままにしておいてくださいまし」

 そう言うと、再び馬車のほうに戻っていった。家の者は顔を見合わせて不安そうにしていたが、男爵はすぐに三人の男にかかえられて来た。

 見たところ元気そうなので、ミルドレッド

はひと安心したが、いったいどうしたのか、それがわからないうちは、なんとも言えなかった。

「どうなさいました、たいじょうぶですの?」

「騒ぐんじゃない、わしはだいじょうぶだ。帰りに石段のところですべってな、腰をしたたか打ったわ。それだけのことだ、心配ない」

 ベッドに寝かされると、男爵は、とたんに元気になって、いつものように気短にポンポンと話した。

 ミルドレッドも、この調子ならと安心はしたもの、着替えをさせたり、食事をはこばせたりで、てんやわんやだった。

 ようやく自分たちも食事をすませ、ホッとひと息ついたのは、いつもよりだいぶおそかった。

 自分の部屋にはいる前に、もう一度ロバートの部屋をのぞいて、身の周りのことに目を配ると、ちょうどヴィオラがオヤスミのキッスをしにはいって来た。

 ミルドレッドもすっかりくたびれて、自分の部屋にはいると、ベッドにもぐり込んだ。

 その時、肌がピリッとして、けさの恥ずかしい記憶がちらっと脳裏をかすめた。思わずそっと手をのばしてさすった。

 それにしても、さっきロバートの部屋にはいって行った時、あの人も腰をさすっていたわ。

 苦いお茶を呑まされた時のようにシブイ顔をして。

 そういえばヴィオラも……ジョゼットも、ナタリーも、きっと今ごろは、みんなベッドの中でお尻をさすっていることだろう。ミルドレッドはそこまで考えると、プッとふき出してしまいそうでした。

 だって、一つ家の中にいる一人の男と四人の女がベッドの中でお尻をさすっていると思うと、少々こっけいである。

「ああ、なんて日でしよう、きょうって日は……そう、そうですとも、やっぱり、十三日で、金曜日なんだわ」

 ミルドレッドは、ベッドの中で十字を切って、何やらぶつぶつとお祈りをしていたが、やがてスヤスヤと寝息を立てはじめた。

 第1話 おわり

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