第5話

下ばきのカギ

 二人の女中たちが、女主人のミルドレッドからあの下ばきを、つまり、自分でかってに脱ぐことのできない下着を着せられてから、まだ数時間しかたっていない。みんな、自分の部屋に引き上げて、階下はひっそりとしていた。ミルドレッドは静かに台所を通り、女中部屋にはいっていった。

「奥様、ご用ですか?」

「いいえ、さっき言ったでしょ。カギを持って来ましたから、用事をすませなさい。早くするのよ。いつまでもこんなところで待ってるなんて、いやですからね」

 ミルドレッドは、二人の下着を脱がせてやった。しかし、女中にしてみれば、なんとも変な気分だった。命令されてできるようなことではなかったが、主人のてまえ、二人は、戸だなから、ツボを取り出して、それにまたがった。主人が外で待っていると思うと落ち着かず、かえって、時間がかかってしまった。

「奥様、すませました」

 ジョゼットがドアの外に声をかけると、ミルドレッドが台所のほうからはいって来た。

「ほんとうに世話がやけるね。もっと早くできそうなものだがね。早くこれをおはき」

 二人があわてて下ばきをはいているあいだじゅう、ミルドレッドはブツブツと小言を言っていた。そして、カギをかける時に、ナタリーもジョゼットも、ピシャピシャと二つ三つ尻をたたかれた。

「フーッ」

 ミルドレッドが部屋から出て行くと、二人はベッドの上にひっくりかえって、大きなため息をついた。

「変なことになったわね、ナタリー」

「でもさ。やっと、あのいやな器具から解放されたじゃない。あ−あ、久しぶりにいい気持ちだわ」

「まあね、でも、いったい、こんな物がなんになるっていうの。わかんないわ。でも、さっぱりしたことだけは認めるわ。きょうはよく寝られそう」

 ナタリーはベッドの中でそっとからだじゅうをさすってみた。あの堅い皮の感触は、もうない。自然に、手は足の内側をのぼり、やがて止まった。

じっと目をつぶっていたが、しばらくして、はっ、と気がついた。

“いけない、もう少しで、とんでもないことになるところだったわ”

 ナタリーは心の中でそうつぶやいた。ジョゼットは疲れたのか、もう寝息をたてていた。

「フーッ、ほんとうに始末が悪いわ。どうすればいいの」

  ナタリーの思案

 数日たつと、ジョゼットも、ナタリーと同じことに気がついた。いつも気分がイラだって、二人はかえってよそよそしい態度を取るようになった。ちょっとしたことにもすぐ腹がたって、言い争ったりした。

「ナタリー、あたしたち、どうかしちゃったの? どうして、まえのようにうまくいかないのかしら?」

「あなただって、わかってるでしょ、何が原因だか、もうだめ、あたし、頭が変になりそうよ。どうして自分のからだにさわることができないの。こんなことなら、あの皮のほうがずっとよかったわ」

「やっぱりね。あたしだって同じよ。夜中に、はっとして目がさめるのよ。下着をよごしたんじゃないかってね。ゆっくり眠ることもできやしない。なんとかならないの、ナタリー。もう一度考えてよ」

「まだ二週間もたってないのよ。ちょっと無理ね。いくらなんでも、虫がよすぎるわ。もう少しがまんするか、また、あの皮のほうにするか、どちらかよ」

「どっちもいやよ。なんとかして?」

「泣いたってしかたがないじゃない、ジョゼット、わがまま言って、あたしを困らせないで」

「まあ。だって、あなたが悪いんじゃない? こんなことになったのはあんたのせいよ!」

「そんなこと言って、あんただって、喜んでたじゃない? あんまり勝手なこと言わないで」

 ナタリーはぷいと外へ出てしまった。しかし、ナタリーには、少々考えがあった。主人のミルドレッドが少々めんどうになってきたことだった。毎晩、寝る前に台所に来なくてはならなかったし、だんだん寒くなって来たので、ミルドレッドにとっては、全くおっくうなことに違いなかった。もう少しがんばれば、そして時機を見て、こちらから言い出せば許してくれそうな気がしていた。しかし、それには、ジョゼットの協力が必要だった。今夜こそ、落ち着いてそのことを話そう、ナタリーはそう思っていた。

  おてんばの現場

 庭では、ヴィオラとソニアが花をつんで遊んでいた。小さな花をつんでは冠を作っていた。二人の手には、白い冠がすでにでき上がっていた。このごろでは、ソニアはすっかり先生らしくなって、ヴィオラが先生と言っても恥ずかしがらなくなっていた。

「先生、見て。きれいなブルーの花を見つけたわ。こうして、ホラ、まん中につけると、すてきでしょ」

「ほんとう! どこで見つけたの? あたしも何か捜してみるわ」

「そこにあるんだけど、ダメね。足がすべって、のぼれないわ。もう少しなんだけど、ソニア先生なら手が届くかしら?」

 小さな丘のようになった芝ふの上のほうに黄色い花が咲いていた。家のすぐ南側で、芝ののびがよく、小さな革靴では、のぼってゆくとすべってしまうのだった。ソニアももう少しで届きそうになるのだったが、するするとあともどりしてしまうのでした。

「う−ん、悔しいわ。あたしの冠にはどうしてもあの花が似合いよ。もう少しなのに。上から回れば取れそうね、あたし、回って来るわ。ヴィオラ、これ持っていてね」

 ソニアは、花冠をヴィオラに渡すと、少し遠回りして、その小山の上に回った。

 小山といっても、ヴィオラのすぐ頭の上にソニアの足があるくらいの小さな起伏にすぎなかったが、ソニアは、それでも足がすべるので、少々こわそうにして立った。

 そこからは、二階のテラスがすぐ近くで、そこには、ミルドレッドが、二人の娘たちの遊ぶ様子を楽しそうに見ていた。ソニアは夢中で、それには気がつかなかった。

「ヴィオラ、花はどのへんだったかしら?  ここからだと見えないわ」

「あなたの立っているところから、もう少し右よ。いいえ、そうじゃないの、あたしのほうから見て右よ。そう、もう少し、そこよ、すぐ届きそうに見えるけどな」

 ソニアは両手をついて、そっとからだを伸ばした。少しずつ前のほうにからだを倒して、

「ああ、見つけた。でも、手が届かないわ」

 それでもソニアはあきらめきれずに、少しずつからだを伏せていった。そして、思い切ってからだをべったりと芝ふの上に伏せた。

「まあ、ソニア、よごれてしまうわよ」

「シーッ、ママにはないしょよ」

 少しずつからだをズラして前進した。ようやく手が届いて、ソニアが花を取ろうとした時、からだのバランスがくずれて、するするとすべり始めた。いっしょうけんめいに止めようとして手を突っぱったが、もう、からだ全部が坂の上に出てしまっていたので、そのままずるずるとすべってしまった。

 平らなところに来て、急にブレーキがきいたように、ソニアはくるっと一回りしてしまった。足が宙にはね上がり、パッとスカートが広がってしまった。

「ソニア先生、だいじょうぶ?」

「ええ、あたしは平気よ。ちょっと驚いたけど、からだはなんともないわ。手を貸して起こしてちょうだい。こんなところを、ほかの人に見られたくないわ」

 ソニアが、ヴィオラの手を貸りて立ち上がった時、二人にとって全く思いがけないところから声が聞こえて来た。二人は真上を見た。テラスのところからママが顔を出していた。

「二人とも、ママのお部屋にいらっしゃい。すぐにですよ」

「ハイ」と返事をして二人は入り口のほうに歩いて行った。ママの声が、けっして、きげんのいい声には聞こえなかった。ソニアはしきりに洋服の土をはらっていたが、白いレースの胸飾りのところの土まで取るわけにはいかなかったし、髪も乱れたままだった。

  見ている前で

 二人が部屋にはいると、ミルドレッドはイスにすわっていた。

「二人とも、こちらにいらっしゃい、さあ、わたしの前に来て、いいこと、わたしは、二人を公平に見て来たつもりですよ。今のことは、ずっとテラスにいて見ていました。ヴィオラは今の場合、別に問題ないと思うけど、どう?ソニア」

「はい、伯母様、そのとおりですわ。ヴィオラには責任ありません」

「たぶん、あなたはわかってくれると思っていましたよ。ところでソニア、今のことだけど、あなたは、少々レディーとしての慎みに欠けていたと思わないこと」

「はい、伯母様、申し訳ございません。あたし、つい夢中になってしまって、忘れてしまっていました」

「そうね。それともう一つ、あなた、ヴィオラに向かって“ママにないしょよ”って言いましたね。わたしにはそう聞こえたけど、違って?」

「はい、確かにそう申しました」

「わたしは、ないしょごとが大きらいよ。たとえ、どんな小さなことでもね。あなたのお母様だって、同じだと思うわ。そうでしょ。それに、さっきのお行儀のこともあるし、ソニア、あなたのママだったら、どうするかしら? さっきのようにお行儀の悪いことをした時はどうなの?」

「母はきっと、とてもおこると思います。そして、罰を与えると思います」

「そうでしょうね。当然、そうだと思いますよ。ヴィオラだって同じことですからね。それでは、きょうは、あなたのママに代わって、わたしが罰をあげましょうね。ソニア、鞭を持っておいで!」

 ソニアはすぐに鞭を持って戻って来た。ヴィオラが部屋を出ようとすると、

「ヴィオラ、ここにいなさい。ソニアが罰を受けるのを見ていなさい。今は、先生ではなくて、あなたのお姉さんですからね。おまえの時も、わたしは、ソニアの前でたたいたんだから、そのほうが、おまえたちには、よくきくようだからね。ソニア、この家のやり方は、よく知っているでしょ、ヴィオラがたたかれる時のように、イスのところに行きなさい。そして、自分でお尻をお出しなさい。わかったわね。それが、家のやり方よ、慎みを忘れた娘がどんな目に合うか、たっぷり思い出させてあげるからね。それに、ないしょごとをしないということを、しっかりと覚えさせてあげようね、わたしがいいと言うまではからだを起こしてはいけませんよ、さあ、どうしました、ソニア、わたしは、下ばきの上からたたくつもりはないのよ」

「伯母様、あたしは上級生です。どうか、この上からたたいてください!」

「ここは学校じゃないのよ。家では、そんなこと許しません! すっかり取っておしまい。うんと恥ずかしい思いをするといいよ。そうすれば、二度とあんなおてんばはしなくなるだろうからね。さあ、早くおし」

  お尻へ鞭打ち

 ソニアは何度も、イスのところでヴィオラがたたかれているのを、見たことがあったので、それがどんなに恥ずかしい格好かよく知っていた。そのうえ、ヴィオラの見ているところで罰を受けさせるなんて、あんまりだと思ったが、従わないわけにはいかなかった。ようやくソニアは、この家のポーズになった。しかし、ミルドレッドは不満らしく、

「もっと頭を下げて、板のところに付けているのよ。そこから放してはいけませんよ」

 などと注文をつけた。ヴィオラより少し背の高いソニアのからだはイスの背もたれをはさんで完全に二つに折れ曲がった。

「そう、それでけっこうよ。何度も同じことを言われないで、すぐに準備しなさい。いいこと、きょうは初めてだから許してあげますが、この次からは、ぐすぐずしていたら、数をふやしますよ。この家にはこの家のやり方があります。でも、多少の違いはあったって、悪いことをした娘がお尻をたたかれるのは、どこの家だって同じことなんだからね。わたしだって、あなたのママだって、娘時代に鞭のおしおきからお尻を隠すなんてことはできなかったのよ。それに、昔はもっとずっと厳しくされたものですよ。少しでも反抗しようものなら、目が回るほど皮鞭でたたかれたのですからね」

 ミルドレッドは左手で軽くソニアのからだを押えてピシャピシャと二、三度平手打ちをした。

「からだだけはもうすっかり一人前ね、ソニア、いいこと、始めますよ。お尻も、レディーらしくちゃんと丸く大きくなって来たんだから、手かげんはしませんよ」

 ミルドレッドはからだを少しはなして、平らな皮鞭を手にした、右手を振り上げて正確に振りおろした。

 ビシッ、ビシッ、ビシッ!

 三回目の時、ソニアの足が開き、ひざのところにまるまっていた下着が下に落ちた。

 四つ、五つ……ソニアは腰をよじり、からだをふるわせていた。六つ、七つ……、

「伯母様、許して、もう、おてんばはしませんから。お願い、もうじゅうぶんよ、ごめんなさい」

 ミルドレッドは、少しの乱れもなく、右に左に動くソニアのお尻に、力強いたたき方で鞭を当てていった、八つ、九つ、十……ようやくミルドレッドは手を止めた。ソニアはイスの上で嗚咽していた。しかし、ミルドレッドの言いつけどおり、しっかりと頭を下げたままにしていた。だが、ソニアのお尻は、まっかにはれ上がり、焼けるように熱かったので、じっとしてはいられなかった。

「ソニア、もういいですよ、お立ちなさい」

 ソニアはそっと起き上がった。今までピンと張り切っていたお尻が、起き上がる時にまた別の痛みを与えるのだった。

「さあ、自分でそれをはきなさい。いつまでもそんな格好をしていたくはないでしょ」

 ソニアは再び腰を曲げて下着を拾わなくてはならなかった顔をしかめながらやっと足を通し上にたくし上げた。やわらかい下着がふれてもビクッとするほどお尻が痛かった。

「伯母様はとてもきびしくおしおきをなさいましたわ。母のよりうんと強かったですわ」

「ほんとうかしら。ママたって、きっと、あれくらいしたと思いますよ。おまえにはちょうどいいくらいですよ」

「もうたたかれないようにいたしますわ」

「そうね、それがいちばんよ。ヴィオラも同じですよ。わかった? さあ、自分の部屋で少し休みなさい」

  カギの代わりに鞭

 ヴィオラはそっと手を貸して、ソニアを部屋まで連れていった。そしてソニアをベッドにうつぶせに寝かせると、自分の部屋に戻った。ヴィオラは再び、前のような親しみをソニアに感じていた。

 ミルドレッドは、一仕事済ませてイスにすわっていた。顔だちから想像していたよりずっとソニアのからだはおとなっぽかった。それに、あのお尻、ミルドレッドがわざと平手打ちしたのは、そのことを碓かめるためだった。肌はつややかで、じょうぶだった。子供の時からずっときびしい罰を受けていたにちがいない。あれだけのきびしい鞭を十回受けて、あの娘は平気だった。ヴィオラなら、きっと泣きわめくにちがいない。

 ミルドレッドはそっと鞭を手に取った。皮はすっかり黒ずんでいた。たっぷり、あぶらを吸い込んで、しなやかになっていた。その時、ドアがノックされた。「おはいり」と声をかけると、ナタリーがはいって来た。

「奥様、お願いします」

「ああ、カギだね。ホラ、ここにあるよ。こっちへおいで。ほんとうに世話がやけるね」

「すみません、奥様、でも、いっしょうけんめいにがまんしてたんですよ。さっき来たんですけどね、ソニア様が折檻されてたので、あとにしたほうがいいと思って」

「そうかい。でも、よくソニアってわかったね。ドアの外から」

「えっ! ええ、だって、お嬢様とは泣き声が違いますもの。それに、伯母様っておっしゃってたんで……それでわかったんです」

「まあ、それならいいけど、カギ穴からのぞいたりしたんじゃないだろうね?」

「いいえ、けっして、そんな……」

「いいよ、さあ、早く済ませておしまい」

 ナタリーはミルドレッドのそばで用を足すと、再びカギつきドロワースをはかせられるのだった。

「奥様、申し訳ございません」

「ほんとうに早く直らないものかね」

「奥様、わたくしはもうだいじょうぶでございますよ。いえ、ジョゼットだって……もう、なんともありません。奥様にこれ以上ご迷惑をおかけしては申し訳ございません。わたしたちはもう二度と、あのようなことはいたしませんから、どうぞ、わたしを信じてください。もし、また、あのようなことをしたら、どんな罰でも受けますから」

「そんなことを言って、だいじょうぶかい? おまえたちは、すぐにけろっと忘れてしまうんだからね」

「わたくしはけっして、この下着のことを不満で言ってるんじゃありません。これは少しもほかの下着と変わりませんわ。でも、奥様に申し訳なくって……」

「ほんとうに、わたしだってうんざりさ。早くやめたいとは思うけどね。おまえたちの石頭に覚えさせるにはね。もし、この下着をやめたら、すぐに、つらかったことを忘れてしまうにちがいないよ」

「はい、奥様。そうかも知れません。でも、思い出すようにするには、ほかの方法もございます。たとえば、鞭でもけっこうですから毎晩、寝る前に、手でもお尻でもたたいてください。そうすれば、けっして忘れません」

「ほんとうにそう思っているのかい。それなら、わたしも考えておくよ。ジョゼットともよく相談しておきなさい」

「はい、奥様」

 ナタリーはいそいそと部屋を出た。

「だって、毎晩ぶたれるなんていやよ」

「いいこと、ジョゼット。よく考えてね。あれもこれもいやってわけにはいかないのよ。どうせ、そんなにきつくたたきはしないわ。そして、それもすぐにやめになるわよ。とにかく、これを脱がなきゃしょうがないじゃないの」

「そうね。どうせ、いつもたたかれてるんだしそのほうがまだいいわ。それじゃ、またナタリーにまかせるわ。うまく調子合わせるからさ。うまくやってね」

「とにかく、やってみなきゃわかんないわ。またあとで文句言ったって知らないわよ」

「わかったわ、文句はいいません」

 二人はようやく笑顔になって、午後のお茶のしたくにとりかかった。

  男爵の訓戒

 ソニアは、お茶の時も、夕食の時も、努めて平静な態度でいようと思ったが、堅いイスの上でじっとしているわけにもいかなかった。少しずつからだの位置を変えたりしていた。

 ヴィオラは、なるべくソニアのほうを見ないようにしていたし、ミルドレッドも、さっきのことなどすっかり忘れてしまったようなふうだった。

 食後のいっときは、いつもロバート・ドナット男爵を交じえて楽しいオシャべリの時間だった。ソニアは、なるべくクッションの柔らかなイスを選んですわった。

 男爵はゆっくりと葉巻きに火をつけながら、

「ソニア、きょう、おまえは罰を受けたそうだね。いったいどんなことをしたのかね」

 そのひと言は、ソニアの顔に真紅のヴェールをかぶせるのにじゅうぶんだった。“やっぱり、あのことを伯母様は報告していたんだわ”ソニアは心の中でそうつぶやいた。

「はい、申し訳ございません。きょう、あたしはとても悪い娘でした。おてんばをしたり、ウソをつこうとしたり……」

「そうか。いつものおまえに似合わず、そんなことをしたのか。まさか、ヴィオラのおてんばがうつったわけではないだろうな。もし、そんなふうだと困るぞ。わたしの家に来たために娘の行儀が悪くなったなどと言われてはな、わたしが困るのだよ」

「いいえ、伯父様、けっしてそんな……。きょうだって、ヴィオラはとてもいい娘でしたのに、あたしが悪かったんですわ。あたしのほうが良いお手本を示すべきなのに……」

「そうだよ。ソニアには、ヴィオラのために良いお手本を示してもらいたい。単に勉強のことだけでなく、ふだんの行ないの中にだ。わかったかね。すべてにおいて完全を要求するのは無理だと思う。ソニアもまだ若いのだから。しかし、あまり子供っぽい失敗はいかんぞ。ミルドレッドはきびしく折檻したと言っておったが、当然のことじゃ。子供っぽい、つまらない失敗の時にこそ、罰はきびしくあるべきだ。そうじゃないかね」

「はい、そのとおりです、伯父様。もう二度としないように注意いたします」

 ミルドレッドは二人の会話を終始キゲンよく聞いていた。

「ソニアは、きっとわかってくれると思っていましたよ。少々きびしすぎると思ったかも知れないけど、この次だって、けっして手心は加えませんからね。いいこと?」

「はい、伯母様、よく覚えておきます」

 ミルドレッド、ソニアもじゅうぶん反省しているようだし、このへんで解放してやってはどうかね。少し早いが、おまえたちは先に部屋に行きなさい。わたしたちはもう少しここにいるから」

 ヴィオラとソニアはうなずき合って席を立った。

「お先に失礼します、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 二人は手を取って二階に上がっていった。あとにのこったロバートとミルドレッドは、何かしきりに話をしていたが、やがて、ロバートが先に二階に上がった。ミルドレッドが呼び鈴を鳴らし、女中たちが跡かたづけにやって来た。そしてミルドレッドは、二人の女中に、仕事が終わったら上に来るようにと言って部屋を出た。

  懲らしめはタップリ

 ナタリーとジョゼットは、なんとかうまくいきそうなふうなので、いそいで跡かたづけをして、身じたくをすませると、二階へ上がっていった。

 ドアをあけてみると、驚いたことに、そこには、ロバート・ドナット男爵もいるのだった。

「中におはいり」

 ミルドレッドの声は少々きびしかった。二人は部屋の中ほどに並んで立っていた。

「おまえたちのことは、ミルドレッドから聞いていた。わたしの知っている医者に行かせたのも、わたしの考えだ。おまえたちは、自分のしたことがわかっているのか。ほんとうならば、ほうり出すところだが、よく働くし、反省もしているようだというから、しばらく様子を見ることにしたのだ。それにもう一つ、おまえたちは二人ともこの家が最初の働き口だったからだ。そのおまえたちが悪いことをすれば、わたしたち主人の仕込み方が悪かったことにもなる。おまえたちを他人におしつけるわけにもゆくまい。いい女中になるように仕込むのがわれわれの責任だからな。ところで、きょう聞いたところによると、二人とも、もう直ったということだが、ほんとうなのか、自分の口からはっきりとした返事が聞きたい」

「ハイ……だんな様、もう、だいじょうぶです」

「わたしも……だいじょぶです。もう、わたし、けっして、あのようなことはいたしません」

「ふ−む、わたしは医者ではないから、なんとも言えんが、本人がだいじょうぶといっているなら……」

「しかし、お医者様は、オナニーの常習者はそんなに簡単には直らない、と言ってますが

「たしかにそうじゃろうが……おまえもたいへんだろうし、一度、許してやったらどうか。

 しかし、よほどきびしく見ていなくては、いかんぞ。いつまた、もとに戻るかも知れんからな」

「あなたがそうおっしゃるのなら、わたしはけっこうです。

 しかし、今すぐこのままというわけにはいきませんわ。今度のことでは、わたしもたいへんだったのですからね。主人に世話をやかせる女中なんて、聞いたことがありませんもの。

 このさい、もう一度、たっぷり懲らしめておく必要がありますわ。二度とこんなことにならないようにね。いいかい、おまえたち、きょうは、だんな様にやっていただくといいよ。わたしの折檻なんか少しもこわがらないんだから」

 二人はもうふるえていた。男爵の鞭を今までに何度か受けてはいたが、それは、奥さまとは比べものにならないくらいきびしいものだった。

 思いがけず打たれることになって二人は、いまさらのように自分たちのしたことを後悔していた。

 ミルドレッドは鞭とカギを持って来た。ロバート・ドナッド男爵はイスから立ち上がると、ガウンを脱ぎすてて鞭を取った。

第5話おわり

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