毎日冷たい雨が降りつづいた。たまにやむことがあっても、日がさすことはなかった。うっとうしい外の天気に比べてこのところ、ドナット家は穏やかな日がつづいていた。
ナタリーとジョゼットは洗い場から、一かかえもある大きなカゴに洗たく物を山盛りにして上がって来た。
「ふ−っ、重いわ。ちょっと休まない」
「いいわ、手を暖めましょう。つめたくて痛くなって来たわ」
二人は腰をのばし、パン焼きかまどに手をかざした。
「よく降るわね、いやんなっちゃう」
「いつだったかしら、乾燥室に火を入れたのは……もう一カ月ぐらいになるかしら?」
「寒くなるといやね。さ、行こうか、きょうは傘はいらないわ。このまま走って行きましょうよ」
二人は大きなカゴの両方に分かれてもち上げると、小走りに乾燥室に急いだ。
おもやから少しはなれたところに石造りの乾燥室があった。鉄のとびらをあけると、むうっとする熱気が顔にかかった。先に干してある洗たく物を手早く取り込んだ。それだけで二人ともうっすらと汗をかいていた。
「ジョゼット、もう脱いだほうがいいわ。あとでカゼをひくわよ」
ナタリーはお仕着せの制服をさっさと脱いで下着だけになった。ジョゼットも同じように脱いでロープにひっかけた。
今度は、洗たく物をロープにかけていく番だ。山のような洗たく物が次々にロープに広げられていった。だんだん奥のほうに行くと、シーツや下着にさえぎられて、入り口のドアは見えなくなってしまう。
二人が急いで仕事をしているのは、そのあとで、ほんのちよっと息ぬきがしたかつたからである。うす暗い乾燥室の奥は、二人の安息所だった。どんなに寒い日でも、この中は天国だったし、誰にもじゃまされずに過ごせたし、たとえ、だれかがドアをあけても、奥のほうは見えなかった。
最後の一枚をロープにかけてしまうと、二人は床にすわり、石の壁に背をもたせかけた。石の壁とはいっても、ここのだけは特別で、ぬくぬくと暖かかった。
「ああ、いい気持ち、タオルを貸して。すっかり汗をかいてしまったわ」
「あたしの背中を先にふいてよ」
ジョゼットは、ナタリーに背を向けると、ゆるやかなもめんの下着*くるっとまくり上げて脱いだ。ナタリーはタオルを受け取ると、ジョゼットの背中をふきはじめた。うぶ毛の先に汗が光っていた。
首すじから腰のところまで念いりにふいてやると、タオルを下に置いて、両手をそっと肩先に置いた。そのまま手をすべらして前に回すと、まあるくふくらんだジョゼットの胸を両手で包み込んでしまった。
「いや、くすぐったいわ」
「あなたの胸はとてもかわいいわ」
「でも、ナタリーのほど大きくないわ」
「だって、年上だし、からだも大きいんですもの。あなたのは格好がいいわ。ほら、こんなにまるくて……」
「だめ、ずるいわ。ナタリーも脱ぎなさい。比べてあげるわ」
ナタリーも上半身だけ裸になった。まだ汗が光っていた。
「やっぱりナタリーのほうが大きくて、いい形してるわ。ほら、こんなに違うわ」
ジョゼットは、自分の胸を前に突き出してナタリーの胸と合わせた。
「おう、あなたのオッパイはママを思い出すわ。ちょっとキスさせてね」
ジョゼットはふざけてキスをしたついでに、乳首をそっと口にふくんだ。ナタリーはからだじゅうがじいんとして、目を閉じた。ジョゼットはちょっと吸ってみた。塩からい汗の味だった。ジョゼットは、ほんのちょっといたずらするつもりで、そっと歯でかんだ。軽く軽くかんだつもりだった。
「痛っ!」
ナタリーはとび上がった。両手で胸を押えて、うずくまってしまった。
「おう痛い。どういうつもりなの、ジョゼット?」
「ほんとうに痛い? 軽くかんだのに」
「まあ、わざとやったんだね。来て見てごらんよ、血が出てるわ」
「ほんとう? ごめんね。どうれ…どこ?」
驚いて立ち上がっていたジョゼットが近づいて、ナタリーの胸をのぞきこんだ。
「どこ? 血なんか出てないじゃない。ウソつきね」
ナタリーの手がさっとのびて、ジョゼットの腕をつかんだ。
「血は出なかったけど、とても痛かったのよ。どのくらい痛かったか、たっぷり思い知らせてあげるよ。オチビさん。逃げようったってダメさ。そんなにあばれないで、こっちにおいで」
「いや−っ、ナタリー。やめて。ごめんて言ったじゃないか。ねえ、堪忍してよ。もうしないからさ−。ナタリー、おねがいよ」
「だめだめ、おまえはこのごろ、少し生意気になったよ。あたしの言うことも聞かないし、奥様にも甘えてるよ。気に入らないね。すなおに、こっちに来てお尻をお出し、さもないと、ひどいよ」
ジョゼットはしぶしぶナタリーのひざの上に横になった。ナタリーは床にすわっていたので、片方の足をジョゼットの足にからませて動けないようにしてしまった。ジョゼットの裸の胸がべったりと床についた。
「いいかい、ジョゼット。このドロワースが脱げないのが残念だけど、あたしの平手打ちは、こんなものあったってなくたって同じさ」
ナタリーは右手を高々と振り上げて、ジョゼットのお尻に打ちおろした。ピシャン、ピシャン! と小気味のいい音をたてていたが、ジョゼットの叫び声もお尻打ちの音も、この石造りの部屋の外には聞こえなかった。
「ごめんよ−、ナタリー。もうやめてえ−、なんでも言うこときくから。あ−っ、もういい、もうわかったよ−、ごめんなさい、あーん」
ナタリーは十回ほどたたいてやめた。ジョゼットは両手でお尻を押えて床の上をころがっていった。
「ひどいよ、ナタリーは。本気でぶつんだもの。あんなに強くぶたなくたって、いいじゃないか。いじわる」
「おや、さっき言ったことは口から出まかせなの。なんでも言うことをきくっていったくせに、わからないこと言うと、もう一度やるよ」
「いいわよ。わかったわ、もう言わない……ナタリーまでそんなにおこったら、あたしもうここにはいられないわ。なんでも言うこときくから、おこらないで。ね、もうおこらない、と言って……」
「いいわ、そう言うなら、もういいのよ、ジョゼット。もうおこってない。こっちにいらっしゃい、あなたもあたしも、髪がボサボサになっちゃったわ。汗もびっしょり、早くしないとダメよ。だいぶ時間がたったわ」
そのことばが終わらないうちに、入り口の呼び鈴がリン、リン、リン、と三度鳴った。細いワイヤーが台所の戸口まで張ってあって、奥様が二人を呼んでいる合い図だ。
二人は、ゼンマイ仕掛けの人形のように、大急ぎで汗をふき、下着を着て、髭は一まとめにして帽子の中に押し込んだ。
しかし、制服を着る前にもう一度呼び鈴が、いらだたしそうに、リン、リン、と鳴った。
あわてるとえりのところのかぎホックがなかなか止まらない。それでもナタリーが先にドアをあけて外にとび出した。まるで冷たい水の中にとびこんだように、からだじゅうが冷気にふれた。走りながらエプロンのひもを結んだ。すぐにジョゼットもあとを迫った。
案の定、ミルドレッドが戸口のところに立っていた。息をはずませて走って来た二人の姿を見て、ミルドレッドは言った。
「二人とも、わたしの部屋にいらっしゃい」
ナタリーの頭の中は回転しはじめていた。二階に行くまでになんとか考えないと、奥様はたいへんな誤解をしそうたった。下着はしわくちゃになっているだろうし、汗でぬれてもいた。ジョゼットがうまく話を合わせてくれるといいけど……。
ミルドレッドは、部屋にはいると、自分の前に二人を立たせ、腕組みをした。
「なぜ、呼ばれたのに、すぐ来なかったんだね。いいえ、おまえたちが制服を脱いで仕事をするのは何も悪いことじゃありませんよ。それにしても時間がかかりすぎた、と言っているんだよ。それにどう、おまえたちの格好は。そこの鏡で見てごらん、家の女中とはとても思えないね。二人とも帽子をとってごらん」
二人はおずおずと帽子を脱いだ。とたんにジョゼットの顔に髪がかかった。ナタリーも同様、かなりひどい乱れ方だった。
ミルドレッドは、自分が想像していたよりもずっとひどい二人の髪を見て、しばらく次のことばが出て来なかった。
「いったい……つまり……おまえたちは、何をしてたの? だいたい想像はつくけどね。二人とも、制服を脱いでもらおうかね。早くおし!」
次第にミルドレッドのことばがきびしくなって来た。ナタリーが心配したように、ミルドレッドは、明らかに誤解していた。しかも、制服を脱ぐと、二人の下着は、その誤解を裏付けるかのようにしわくちゃになって、ところどころが汗でぬれていた。
「ふ−ん、おまえたちは、また悪い癖がはじまったんだね。そうなんだね」
「いいえ、奥様、違います。中は暑くて……それで汗でぬれているんです。ほんとうです」
「お黙り! いいかげんなことを言うと承知しないよ。汗でぬれた?ふん、そうかも知れないね。でも、いくら暑くても、そんなにシワになったりはしないよ。どうなんだい?」
「はい、奥様。申し訳ございません。実は、これにはわけがあります…」
ナタリーの頭はフル・スピードで回転し、ジョゼットはまたナタリーが何か考えたな、と思って黙っていた。
「わけがあるって? ふ−ん、どんな?」
「はい、実は……どうかあまりおおこりにならないでくださいませ……さっき、乾燥室に行きますと、このショゼットが、イチゴを持っておりました。それは、きょう、食後のデザートにするために買ったものです……それを、ほんの四つほどですが、持って来て、あたくしと二人でないしょで食べよう、と言いました。それで、あたくしは、そんなことはいけない、あとでお下がりがあればいつもいただけるんだから返しなさい、と言いました。そして、仕事が終わったのであれはどうしたの? と聞きますと、自分ひとりで食べてしまったと言うんです。奥様に見つかればおこられるよ、と言うと、あなたさえ黙っていれば知れっこないんだから、と言うものですから……奥様にはナイショにしてあげるけど、かわりにあたくしが懲らしめてやる、と言いますと、すなおに言うことをきこうとしません。それで、乾燥室の中を迫いかけ回して……ようやくつかまえて、懲らしめてやったのでございます。その時、呼び鈴が鳴ったので、遅れてしまいました……申し訳ございません」
ジョゼットはあきれて口がきけなかった。自分ひとりが悪者にされてしまって、途中で何度か、そんなことはウソです、と言いかけたが、よくまあ、あんなに口から出まかせが言えたものだと、むしろ感心してしまった。
ミルドレッドはすっかり話に乗せられて、なんだか拍子ぬけしてしまった。
「ふ−ん、そうかい、それで、どんなふうに懲らしめたんだね」
「はい、奥様。お尻をうんとぶってやりました」
「そう、ジョゼット、こっちにいらっしゃい。カギをはずしてあげるから、下着を脱いでお尻をお見せ! ナタリー、もしでたらめだったら、わかってるね!」
しかし、ジョゼットのお尻は、ナタリーの話したとおり赤くなっていた。これでミルドレッドはすっかり信用してしまった。
「きょうのところはおまえの話を信用してあげよう。しかし、わたしに隠しごとをするのは許せないね。娘のヴィオラやソニアだって、少しでもわたしに隠しごとをしたことがわかれば、うんと折檻をしているのを知らないとは言わせないよ。なぜ、わたしに報告しないのだね。そうすれば、罰はジョゼットだけですんだものを。わたしに隠すことは、おまえも同罪だよ。どうせそんな下着は着替えなければならないんだから、二人とも裸におなり」
二人が裸になるのを待って、ミルドレッドは部屋のまん中にイスを出した。
「ナタリー、おまえは、かってに懲らしめたりしたんだから、その分だけジョゼットから返してもらうといいね。ジョゼット、イスにすわって、ナタリーをたたいておやり。おまえの罰はそのあとだよ」
裸のジョゼットがイスにすわると、そのひざの上にナタリーを腹ばいにかかえ上げた。ひんやりと肌が重なって、じいんと暖かみが伝わる。ジョゼットは右足にナタリーのやわらかな茂みが重なるのを感じた。左手をウエストに回して、しっかりとかかえる。ミルドレッドのほうを見ると、早くおやり、と目で合い図された。
ジョゼットは、さっきのお返しとばかり、思いきり力を入れて、ピシャピシャとたたいた。ナタリーのからだは、そのたびにそり返り、はね上がり、足を床につっぱったが、かえってお尻がもち上がってしまうのだった。
「もういいよ、ちょうど同じくらいだからね。さあ、ナタリーは新しい下着を着て、今のうちにそこの鏡で髪を直しておしまい。さて、つまみ食いのお嬢さん、いつまでそんなところにすわっているの。お立ち! おまえたちはじゅうぶん食べさせているはずだよ。それなのに、意地きたないことをするんだね」
ミルドレッドは言いながら、手を伸ばしてジョゼットの口の端をつねり上げた。
「あう−、つー、いたあい、奥様、もうしません」
「あたりまえだよ、子供じゃあるまいし、今度また同じようなことをしたら、この間のように、だんな様に話して懲らしめてもらうことにするからね。それとも、きょう、そうしてもらったほうがいいかい?」
「お願いです、どうか、だんな様にはおっしゃらないでください。どんな罰でも受けますから」
「おまえがそんなに言うなら、きょうだけは許してやるよ。そのかわり、わたしがうんとたたいてやるからね。両手をひざについて、お尻をお出し。いいね、逃げ出したら承知しないよ」
ジョゼットはうしろ向きになると、両手をひざについた。乾燥室でナタリーに打たれた跡がまだはっきりと赤く色づいていた。
ミルドレッドは、そんなことには少しもおかまいなく、鞭を手にした。ジョゼットにとってさいわいなことに、この部屋に置いてある鞭は、細身の籐鞭だけだった。台所にあるような、より合わせた籐鞭でないことが、どれほど助かったか、ジョゼットたちがいちばんよく知っていた。
からだの位置を決めると、ミルドレッドは思いきり腕を振り上げて、横なぐりに鞭をふるった。ヒュウ! と音をたてた鞭が、ピシリッ! とジョゼットのお尻の上で音をたてて止まると、一瞬白くなった線が、見るみるうちに赤くふくらんで、打たれた個所をはっきりと示した。
ジョゼットは、両手のつめが白くなるほどきつくひざがしらを押えていたが、今にも足が、かってに逃げ出しそうになって、ガタガタとふるえていた。もし逃げ出せば、それを口実に、またこの間のように、縛られてしまうにちがいなかった。
ナタリーは、すっかり身じたくを整えてこの様子を見ていた。いくら奥様の言い付けとはいえ、さいぜん、ジョゼットが自分をたたいた時の力の強さは、とても許せなかった。だから、いまジョゼットがたたかれているのを見ても、少しもかわいそうだなんて思わなかった。
ジョゼットは、もう十回以上たたかれて、ヒイヒイ泣きはじめていた。上体をより、ひざを曲げてこらえていたが、かえってお尻はうしろに突き出してしまうのだった。背中には汗が光っていた。
二十ほど打って、ミルドレッドはやめた。
「お立ち。前を向いて手をお出し」
ジョゼットは、顔をゆがめながら立ち上がると、ミルドレッドのほうを向いて両手を前にそろえて出した。物をこわしたり、つまみ食いをすると、必ず手を打たれたものだった。容赦ない鞭が五回、ジョゼットの手をしびれ上がらせた。
ようやくお許しが出て、ジョゼットは、ナタリーにからだをふいてもらって下着を付けた。鏡のところにむりやりすわらされると、ナタリーが手早く髪をまとめた。ブラシで髪をギュッと引かれて、あやうく悲鳴をあげそうになったが、やっとこらえて、鏡の中のナタリーを恨めしそうに見るだけだった。
「やっと、いつものようになったね。そうやって、いつもきちんとさせておくには、鞭なしではできないのかい。そのために、たいせつな時間をムダにさせているのだからね。お休みを取り上げてしまうよ。いいね。さて、きょうの夜から、だんな様は狩りに出かけられるので、そのしたくをするのだよ。ナタリーは道具を出して、ジョゼットはわたしが出した衣類をカバンに詰めるのだよ。もう時間がないから急いでおやり」
ナタリーは屋根裏へ行き、ジョゼットはカバンを出して来た。ドナット男爵は質素なかただったが、それでも、一週間となると、大きなカバンが三つもできた。
そのうちにお嬢様たちが戻って来たり、夕食のしたく、そのうえ五人分のお弁当、まるで目の回るいそがしさだった。
ぜんぶの仕事をすませて自分の部屋に戻ると、二人ともベッドの上にひっくりかえって手足をのばした。ジョゼットは顔をしかめながら腰をさすっていた。
「ナタリー、どこへ行くの?」
「奥様のところ、カギを借りてくるわ。トイレに行きたくって。それに、ジョゼットは、薬つけといたほうがいいよ」
「カギ?貸してくれるかしら?」
「だいじょうぶ。きょうはね、あたしにまかせておきなさい。ちゃんと借りてくるから」
うす暗い光の中でナタリーの目がチラッと光った。
「誰? ああ、ナタリーなの、なんの用?」
「奥様、おやすみのところを申し訳ございません。あの……カギを……」
「あら、そうだったね。きょうは疲れてしまって……すぐにもっておいで。それでないと眠ってしまいそう……」
「はい奥様……でも、ジョゼットにまだ薬をつけてやっておりません。ですから……」
「もういいわ。わかったわ。あしたの朝、返しなさい。そのかわり、もし変なことをしたら、わかっているね」
「はい奥様、けっして。もうだいじょうぶなんですから、どうかご安心ください」
ナタリーは女中部屋に戻ると、ジョゼットの目の前でチャラチャラとカギをふって見せた。
「まあ、すごい。ほんとうに借りて来たの。でも、すぐに返すんでしょ」
「いいえ、あしたの朝でいいんですって。もう眠ってるわ」
「ほんとう! じゃ、貸して。薬つけなきゃ、とても痛いのよ」
「さあ。どうしよう?」
「えっ! どういうことなの、ナタリー」
「ナタリーさんてお言い。あたしのことをあんなに強くひっぱたいたくせに」
「だって……だって、奥様の言い付けだもの」
「あんなに強くたたけとは言わなかったわ。それに、いくらでも手かげんできたはずよ。あたしがたたいたものだから、仕返しのつもりだったんだね。それなら、あたしにも考えがあるよ!」
「そんなこと言って、また、いじめるう。ねえ、ナタリー、いえ、ナタリーさん、なんでも言うこときくっていったじゃない、ね」
「ほんとう? 言うこときくんだね。それなら話は別さ。カギをはずしてあげるから、さっさとトイレに行きなさい。ホラ!」
二人は寝巻きに着替えると、その下には何もつけていなかった。ジョゼットは薬をつけてもらうと、気持ちよさそうにベッドにうつぶせになっていた。ナタリーは久しぶりにさっぱりとして、ベッドで手足をのばした。
「ジョゼット、あたしのベッドにいらっしゃい」
ナタリーは小さな声でそう言った。ジョゼットはうす目をあけると、「ううん、お尻が痛くって、とてもそんな気になれないわ」
「なんですって! さっきのことはウソだっていうの。あたしが苦労してカギを借りて来てあげたのに、少しぐらいお尻が痛いからって、甘えるんだね。すぐにこっちに来ないと、あたしがそっちへ行って、もっと痛いめにあわせるよ」
「行きます。行くわよ。すぐにおこるんだから。あたしはほんとうに痛いって言っただけじゃないか」
ジョゼットは毛布をまくって、からだをすべり込ませた。
「ね、ちゃんと言うこときいたんだから、いじめちゃいやよ。ね、ナタリーちゃん」
「おう、なんて冷たい手なの。ここはこんなに熱くなっているのに」
「いや、さわらないで、痛いのよお」
次の朝、ジョゼットが眠い目をこすりながら起きると、ナタリーはもうすっかりとしたくができていた。
「もう時間? 起こしてくれればいいのに」
「だいじょうぶよ。まだ、火はつけてあるわ。それに、カギも返してあるのよ。これで奥様も信用してくれるでしょ」
「あなたってタフね。ゆうべは少しも寝かせてくれなかったくせに。あ−あ、眠いし。まだお尻は痛いし……」
「もう少し寝ていてもいいよ。朝のしたくはすっかりできているから」
「ありがとう。あ−、週末だってのに、あしたのお休みは取り上げられちゃうのかしら?」
「さあね、たぶん、そんなことないでしょ。だんな様もいないんだし、別に仕事がたまってるわけじゃないから。それに、きょうは奥様たちは三人でソニア様の家にいらっしゃるとか、静かな日になりそうよ」
「まあ、すばらしいこと。あたしには、なんにも話してくれないのね。それなら、あたしも早く起きて、したくするわ」
「おやおや、急にハリキッたのね」
ソニアも、久しぶりに母に会えるので朝早くからしたくをしていた。朝食が終わるとそうそうに馬車の用意をさせ、珍しく晴れた日光の中で、美しく着飾った三人は、子供のようにはしゃぎ、二人の女中が見送るうちカラカラと車の音をひびかせて出て行った。
両方の鉄のとびらを閉じると、大きなカギをガチャリと落とし、ナタリーとジョゼットは、思わずニッコリと笑った。この広い屋敷の中に、今は自分たち二人だけだったから。
まず、ワゴンにパンとソーセージと紅茶をのせて芝ふに出た。二人とも一度やってみたかったのだ。ガーデン・チェアに腰かけて、輝く日の下で、おそい朝食にとりかかった。
「ジョゼットや、お茶を……」
「ぷっ、どっから声を出してるのさ。この銀の食器の使い心地はいかが? ナタリー様」
「ふむ。別に、たいしたことはないねえ。それより、おまえは、ミルクを忘れたのかい」
「あらいやだ。あんたがのせたと思ったのに、台所に置いたままだわ。きょうはミルクぬきにしてくださいませ、ナタリーさま」
「なんということです。しょうのない女中だねえ。あとでうんと懲らしめてやるから、覚悟をするがいい」
「ああ、ナタリー様、お許しを。ジョゼットちゃんのお尻は、きのうから、とてもかわいそうなんです」
そのしぐさがとてもおかしかったので、ナタリーは思わずお茶を吹き出してしまった。