SAORI

1[指紋照合]

 西暦2028年9月18日月曜日

 瀬波佐織はコンピューターのスクリーンに向かって座った。

 やや、内側に湾曲している大型スクリーンに映し出される映像は、必要に応じて立

体画面として見ることが出来た。

 佐織はスクリーンが立ち上がると、指紋照合機に右手の人差し指を乗せ、インター

ネット接続のスイッチを押した。

【指紋照合が出来ませんでした】

 佐織は顔をしかめ、もう一度同じ動作を繰り返した。

【この指紋は登録されていません】

「うっそー!」

 佐織は部屋を出て母親を捜した。

「ママ、佐織のコンピューター、指紋の照合が出来なくなっちゃった」

「あらそう、変わったんでしょ」

「指紋が?」

「本質的には変わらないけど、成長はしますからね」

「でも、佐織もう十四歳よ」

「この前登録したのはたしか十二歳の時よ、手を出してご覧なさい」

 佐織が差しだした手に、母親が手を重ねた。

「大きさはもう変わらないじゃない、少し細くて華奢なだけ」

「ママの手、丈夫そう……」

 佐織はそう言って顔をしかめた。その言葉が何を意味するか母親にも十分分かって

いた。

「指紋の再登録しましょうね」

 母親はそう言って自分の部屋に佐織を連れていった。子供のコンピューターには、

指紋を照合する機能しか付いていなかった。

 登録の画面に佐織の指紋を入力し、さらに母親の指紋も入力し登録のボタンをクリ

ックする。

 十五秒ほどで確認、再登録完了の返事が戻ってきた。

「もう、大人になるまで変わらないでしょ?」

「さあ、どうかしら、あと一度くらい変わるかもしれないわ」

「ふうん、まだ子供ってことか……」

 自分の指を見つめながら、佐織は母親の部屋を出た、廊下に一歩足を踏み出して、

慌てて振り返った。

 母親の表情が少し険しくなっていた。

「ごめんなさいママ、すぐに再登録してくれてありがとう」

「たった二週間前のことですよ」

「ごめんなさい……うっかりしました」

「自分で気がついたから、今日は許して上げますけど、この次はお仕置きになります

よ」

「はい、気をつけます」

 佐織は廊下に出ると、ふうっと、溜息をもらした。

 二週間前のことを思い出し、スカートの上からお尻を押さえた。もう、痛むような

ことはなかったが、冷や汗が出た。

 大人に対しての尊敬の気持ちと感謝の気持ち、それを忘れるような子供には容赦な

いお仕置きが与えられるのだ。

 佐織の家だけではない、どこの家でも同じなのだ。

 佐織はコンピューターの前に座った。指紋を照合すると、今度は何の問題もなく接

続できた。

 このお話は、紛れもなく二十一世紀のお話である。決して、十九世紀でも、二十世

紀の話でもない。

 それにしては少し変、まるで時代が逆行したような印象すら受ける。

 あなたがそう考えるのも無理はない。二十世紀末からわずか二十八年。一体、この

地球上で何が起こったのか、それが分からない限り、あなたには、このお話が納得で

きないであろう。

 その事件は、1999年に始まり、2002年まで三年続き、その事後処理におよそ十年

かかった。

 その事件の全貌をお話しするつもりはない。これから読んでいただく物語が理解で

きる程度に、概略をお話しする。

狂気の暴走(世界若者連盟事件)

 それは、アフリカと東南アジア地区でほぼ同時に発生した。すでにその時インター

ネットによる意志の疎通があったとされている。

 1900年代後半の不況、飢餓、民族間格差、貧富の格差の拡大、宗教上の争い。それ

らが何一つ解決されないまま1999年を迎えた。

 最初の暴動は組織化された集団による食料の強奪であり、強奪された食料は公平に

分配された。

 つづいて中近東で宗教改革が起こった。血で血を洗う抗争のための宗教。そんな宗

教ならいらない。そう叫び始めた若者の集団は、次第にその数を増していった。東南

アジアで財閥の家が襲われた。

 初期の頃、それらは民衆に支持された。若い力による世直しともてはやされた。多

くの薬品工場から医薬品が病気で苦しむ子供たちの元に送られた。

 組織化された集団は、インターネットを通じ、一つにまとまっていった。

 世界の国々で、暴走する若者に対する対応はバラバラだった。警察、軍隊などが鎮

圧しようと試みたが、民衆が反対し、強力な武器の使用を困難にした。

 世界の首脳は連日のように協議を重ねていたが、結論は出なかった。

 それら首脳たちの元に、一通の極秘メイルが届いた。

 差出人、エリザベス2世女王からであった。

 若者連盟は早晩暴徒と化します。暴徒になり略奪が始まれば民衆は離れます。それ

までに、多くの犠牲が出ると思いますが、その時まで待つのです。

 それまでに用意しておくこと……

 綿密な計画が記載されていた。

 その作戦は、直ちに世界中の首脳によって支持された。

 Xデーが決められ、それに向かって準備が着々と進められていた。

 女王の予言通り若者連盟は次第に凶暴になり、組織の中での権力争いが始まった。

もはや、最初のボランティア的な発想などかけらもなかった。

 強い物が勝つ、力の世界が拡大した。略奪、強奪、レイプ、殺人……

 武器を持って戦うようになると、多くの市民や子供が犠牲になった。

 世界中で政府の無能を叫ぶ声が広がっていった。しかし、この時すでに作戦の半ば

を達成していたのだ。

 優秀な若者が、それぞれの地区に参謀として潜入していた。

 力で奪った権力は力によって奪い取られる。権力の交代は世界中の人間が見守る中

で行われるべきである。

 巧みな誘導で、それぞれの地区のボス達は、それが自分の考えであるかのように思

いこんでいた。

 要求がそれぞれの政府に突きつけられ、無理矢理承諾させられた。

 そのショーはあらかじめ決められたとおりXデーになった。

 その日の、グリニッチ世界標準時、正午。暴徒と化した世界若者連盟の若者達は、

巧みに誘導され、指定された場所に向かった。

 例えば、日本では野球のドーム球場が選ばれた。そこには大型のスクリーンが設置

されているという理由からだ。だが、もう一つの理由もあった。そこは空間が閉ざさ

れた気密の場所でもあったのだ。

 時間になると大画面に世界中の首脳が映し出された。

 定刻、五分前、アメリカの大統領が立ち上がった。

「我々は、宇宙に浮かぶ地球号の操縦に失敗したかもしれない。この際、若者連盟に

地球号の操縦を任せたらどうだろうか」

 ドーム全体がウォーと言う声で包まれた。

 大統領が手を挙げ、その騒ぎが静まった。

「それでは、各国政府の権利委譲作戦を開始する」

 権利委譲作戦? その変な言葉に気がついた者も多少は居ただろう。この言葉こ

そ、作戦実行の合図だったのだ。

 世界中の集合場所でボンベのガスが一斉に噴出した。催眠ガスである。

 一瞬の出来事だった。あとはゴミ処理と同じように、意識を失った若者達が世界中

から集められ、七つの孤島に作られた施設に収容された。

 この時期に強奪された医薬品が、すべて使い物にならなくなり、助かるべき多くの

命を失った。それが、子供に多かったことが悔やまれた。

 暴動の始まりから、Xデーまでが三年である。

 世界中が、この事件から立ち直るのに十年を必要とした。

 人口の統計が取られ、子供を増やす計画がスタートした。

 この時、子供を産むことと同時に育てることに関しても、厳しい規制が組み込まれ

ていったのだ。

 子供達は手厚く保護されると同時に、厳しく管理されることになった。その末端管

理は当然、両親にゆだねられるわけだが、その両親にも子供の年齢に応じて、各種の

講義が用意され、出席を義務づけられていた。もし、理由もなく出席を拒めば、強制

的な再教育が行われた。

 この時代を逆行するような教育に疑問を投げかける人も居たが、あの、凶暴な暴徒

と化した若者を目の当たりに見た人の強硬な意見にかき消されてしまった。世界中の

子供が、二十歳になるまで親の管理下におかれることが当然のこととして定着しよう

としていた。

 この物語の主人公、瀬波佐織の両親でさえ、管理されて子供時代を過ごしているの

だ。佐織は生まれたときから管理される運命にあった。

 それだけに、現在の生活をそれほど不自然なことだとは考えていない。大人になる

ための、通過義務。十四歳の佐織は十分に青春を楽しんでいた。

 この物語の舞台は日本であるが、この時代、人種は混在している。現地語と英語が

共通語として定着しているため、意志の疎通には問題がない。

 法律も国際法が適用されるため、民族間のいざこざも起こらないのだ。

 

2[Pゾーン]

 瀬波砂織は、義務教育課程のカードを機械に通し、数字を確認した。

 旧時代の表現に無理矢理当てはめるなら、砂織は中学二年生である。

すでに、学校制度は崩壊し、義務教育制度だけが形を変えてのこっていた。

 この場合の義務とは、旧時代のそれとは異なり、子供に義務があるのだ。

義務は、二段階あり、絶対義務と、選択義務である。

 絶対義務とは、社会人として、生活していく上で、最低知らなくてはならないこと

で、せいぜい中学生程度の知識である。

 ほとんどの生徒が、小学生の課程で絶対義務はクリアする。

 基本的には、これさえクリアしていれば、誰からも咎められることはない。

 しかし、95%以上の生徒が選択義務に進む。

 砂織はすでに、旧時代の表現を借りるならば、高校三年の課程に進んでいる。国が

保証しているのはここまでで、この先に進むのは自費であった。

 このまま順調に進めば、砂織は三年早く選択義務を終了する。

 少なくとも、教育に関しては何の心配もない砂織であった。

 その砂織が、教育センターを出たところで、大きな溜息を付いた。

 首を傾げ、独り言をつぶやいた。「なんでかなぁ〜わかんない」

 透明チューブの遊歩道は、清浄な空気で満たされ気持ちが良かった。道路の両脇に

は季節の草花が咲き乱れベンチで憩う人もいた。

 ぼんやりと、考え事をしながら歩いてきた砂織も空いているベンチを見つけて腰を下ろした。

「ヒッ! いってぇええ」

 砂織は思わず顔をしかめた。そして、思い出したくもないことを思い出してしまった。

 二十三日の土曜日に砂織は家に帰るなり母親の部屋に呼ばれ、久しぶりに目の回る

ほどお仕置きされてしまったのだ。行ってはいけないところに行き、やってはいけな

いことをしたからだった。

 なぜ、そのことを母親が察知したのか、砂織は強烈なショックを受けた。考えに考

えて、綿密に計画したことなのに、それが、こうもあっさりと見破られてしまうなん

て。

 子供の行動の大半は、キャッシュカードでわかる。現金というものが世の中から消

えて、すでに十年以上が経つ。砂織にしても、家にあるお金というものを見たことは

あるが、自分で使った経験はない。

交通、買い物、入場料、飲食代、すべて一枚のカードでたりる。

 今日の、教育センターまでの交通費、昼食代、アイスクリーム代、すべてカードで

すませたが、夕方、ママがチェックすれば、すべて画面に表示される。無駄な出費や

寄り道などは直ぐにバレる。

 お小遣いはすべてカードに振り込まれている。便利なようで不便なカードなのだ。

特に、交通費は行き先まで表示できるから始末が悪い。

 禁じられている、Pゾーンなどに出掛けたことが知れたら、それだけでお仕置きにな

る。

 それでも時々、脳映ソフトの新作を持っている友達がいる。脳映ソフトはPゾーン以

外では販売できないのだ。子供は、誰かに借りるか、お仕置き覚悟でP ゾーンに行く

しかない。

 砂織は、どうしても手に入れたい脳映ソフトがあったのだ。友達も、まだ誰も持っ

ていない。

 借りることもできないし、お仕置きも嫌だった。 砂織は、一週間そのことばかり

考えていた。

 品物を手に入れる方法はないわけではない。売り手も、あれこれと手段を考える。

同じ店で売っている本を買う。価格を読みとるときだけバーコードを張り替える。

 脳映ソフトの代金が含まれているから本の代金としては高価だが、何とかごまかす

ことは出来る。

 問題は、交通手段。Pゾーンに行く交通手段は一路線しかない。

 隣接するR地区に友達が居た。それほど親しいわけではないが、下町育ちの友達純

は、砂織の住んでいる山の手の環境にあこがれている。

 お互いの家を訪ねるという口実を作り、半日の自由時間を作った。

 砂織は、R地区からP地区まで歩いた。歩いていく限りカードに記録は残らないから

だ。

 考えに考え抜いた完全犯罪だったはずなのに。家に帰り着く前に、母親はその事実

を知っていた。

 

 なぜ禁じられているPゾーンなどに行ったの! 何を買ったの! 

 バッグの中を捜して、本しか出てこないと、すぐに身体検査を始めた。あらかじめ

何が出てくるのか予想しているようだった。

 用心して、パンツに挟んでいた脳映ソフトはすぐに見つけられてしまった。

 腕を掴まれ、そのままママの部屋まで連行されてしまった。最悪の事態。

「ちょっと目を離すと悪いことばかりして!」

「ごめんなさい、もうしないからぁ〜」

 そんな言い訳が通用するわけがないと知りながら、思わず叫んでしまう。

 母親は娘の哀願などまるで気にもしない素振りで、引き出しからパドルを取りだした。

 世の中のものすべてが、新しい環境に融合され、衣食住が変化する中で、娘のお尻

を叩く板だけが旧態依然とした形を保っていた。

 母親は決してらんぼうにパドルを扱うわけではないが、タップリと時間をかけて懲

らしめれば、砂織のお尻に与えるダメージはかなりのものになる。

 今までに何度もパドルのお仕置きを経験している砂織は、もう泣きそうな顔をして

いた。

「どうせ、覚悟の上で出掛けたんでしょうからね。ママ、本当に怒っているのよ!」

 そんなこと、念を押されなくたって、ママのつり上がった目を見れば分かる。

「もう、絶対に行かないって約束するからぁ〜」

 母親は返事もせずに娘の体を膝に横たえた。そして、無造作にスカートを背中の方

までまくりあげた。

「ママ、ママ、お願い! 素直にしますから、パンティーの上からで良いでしょ」

 砂織と同じ年頃の娘達には、どこの家庭でも二枚重ねのショーツを穿かせていた。

 ガードスキンという繊維で出来たショーツは、医療用に開発された第二の皮膚であ

った。薄く、通気性の良いところに目を付けた業者が、婦人用の下着として開発した

のだが、そのままだと、着ていても着ていないのと同じなので、初めは売れなかっ

た。

 最初に目を付けたのは、スポーツマンたちであった。どんなに危険なときでも、こ

れを着用していることによって怪我が大幅に減少したのだ。

 肌を痛めない第二の肌。ガードスキンはこうして広まっていった。

 それは、多分偶然だったであろう。ガードスキンに包まれているお尻が鞭打たれた

とき、肌に傷が残らなかったという。こういうニュースは広まるのが早い。

 いち早く、業界老舗のレナウンが目を付けて、密かにお仕置き用のショーツを開発

した。

 広告では、一切そのことに触れてはいないが、口コミで噂が広まるのに時間はかか

らなかった。

 その結果、年頃の娘にはどこの家庭でもこのショーツを穿かせるようになった。

 穿かせると言っても、見た目には何も穿いていないのと同じなのだ。従って、その

上から普通のパンティーを穿かせる。

 母親は、パンティーを膝のところまで下げ、娘のお尻をむき出しにした。誰が見て

も、裸のお尻にしか見えないが、その肌は、ガードスキンで保護されているのだ。

 砂織はもう、目の回るようなお仕置きを覚悟していた。

 母親は、最初からパドルで叩いた。ガードスキンに包まれたお尻を手で叩くと、猛

烈に手が痛むのだ。

 ウオームアップも必要ない。従って、最初から力強くお尻を叩くことになる。

 それは、直接筋肉を痛めつけた。涙腺から涙が吹き出した。目の前がスパークし

て、砂織は叫び続けた。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ママァ! もう、赦してぇ〜」

 透明度の高いガードスキンは、真っ赤に腫れ上がったお尻をそのまま見せていた。

 Pゾーン、脳映ソフト、二つの禁止項目が重なって母親は完全に頭にきていた。この

半年で急に膨らみ始めた砂織のお尻は、子供らしさから女の体に移行する課程で初々

しい色香を漂わせていた。

 やがて、自分の支配から逃れ、勝手に飛び出して行く娘。そのお尻の膨らみはそれ

を象徴しているように思えた。

 まだ、早すぎるわ!14歳の小娘に、勝手なことをされてたまるものですか!

 それが母親の本音なのだ。生意気にふくれあがったお尻を、母親は叩き続けた。

「うぁ〜ん、ああっ! ママァ! 痛いよぉ! パパァ〜助けてぇ〜」

 在宅勤務が日常化しているから父親は家にいる。しかし、高気密住宅の部屋は隣の

物音すら聞こえない。

 母親が娘を膝から降ろしたのは、お仕置きを始めてから二十分後だった。

 砂織は体を震わせ、もう二度と行きませんと百回も誓わされた。

 汗と体液で肌に貼り付いているガードスキンを母親は無造作に、ビッと音をさせな

がら一気に引き下げた。

 一皮剥かれるというが、飛び上がるほど痛い。

 今度こそ、剥きだしになったお尻を出したまま、砂織は廊下に立たされてしまっ

た。

 父親が、部屋から出て、立たされている砂織の後ろを通ったが、特別、何もいわな

かった。こんな光景には慣れてもいたのだが、立たされている理由が分からなかった

からだ。

 しばらく戻ってこなかった、母親に理由を聞いているのだろう。

 やがて戻ってきた父親は、砂織のうしろで立ち止まった。

「ごめんなさいパパ、もうしませんからぁ〜」

「Pゾーン! 脳映ソフトだと!」

 ビシッ! ビシッ! 平手打ちが赤く腫れ上がった左右のお尻に叩きつけられた。

ガードスキンも剥かれた裸のお尻に、それはあまりにも強烈だった。砂織は息が詰ま

り、声が出たのは父親が自分の部屋のドアを閉めてからだった。

「いいいいいいったぁぁぁいいいいいい!」

 涙が止めどなく頬を伝わった。

 二時間立たされて、お仕置きは終了した。

 最後に母親が言った言葉が砂織の脳裏に焼き付いている。

「誰も見ていないと思っても、どこかで、誰かが見ているものなのよ。二度としない

事ね」

 その時は、素直にうなずいた砂織だったが、娘の直感は、別のことを考えていた。

 絶対に、誰にも見られていない。たとえ見ていたって、あれが砂織だとは思わなか

ったはずだ。

 ベンチに座っていても砂織のお尻はズキズキと痛んでいた。

 あの日、砂織と友達はお互いの服装を替え、髪型まで変えて砂織は眼鏡まで使った

のだ。鏡に映った姿は自分でも砂織だとは思えなかった。母親の友達がそれを見破れ

るはずがないと確信していた。

 何か、別の方法があるに決まっている。それが分からない限り、母親をごまかすこ

とは出来ないのだ。

 砂織はベンチから立ち上がった。何しろ昨日の今日である、あまり遅く帰るわけに

は行かない。

 二十六日の火曜日、砂織は地区のスポーツセンターにいた。学校制度が無くなって

友達と会えるのは、この場所だけなのだ。週三回、子供達はここで訓練される。スポ

ーツ中心だが、団体行動や、集団でのマナーを教えることが本来の目的なのだ。

 小学生の時からこの施設には馴染んでいるので、砂織はこの日を楽しんでいた。

 しかし、今日は辛い。何をやってもお尻が痛む。

 昼休みに、下町の友達純がさえない顔で近づいてきた。

「どうしたの? 純、浮かない顔してるじゃない」

「やられちまったよ。最低! あれだけ用心したのにさ、何もかもお見通し」

「え〜っ、純も、オシオキ?」

「と言うことは、砂織も?」

 二人は同時にうなずいていた。

「ねえ、これって変だと思わない? 誰がチクッたって言うのよ!」

「見られたって分かるはず無いよねぇ」

「ふうん、彼方のお母さんもそう言ったの? 変ねぇ」

「脳映ソフトは?」

「取り上げられたに決まっているじゃない。小遣いは減るし、お尻は痛いし、ぐす

ん」

「あ〜あ、あれ見たかったのになぁ」

6PRINCESのソフトは大量に出回り、少女達の人気を得ていた。しかし、Pゾーンで発

売されているものは少女達の間では幻のソフトなのだ。

 誰が一番先に手に入れるか。砂織は、一度手にしているだけに諦めきれない気持ち

だった。

つづく