娘の砂織はスポーツセンタに行った。昼過ぎまでは帰らない。夫は、たった今仕事
部屋に入ったところだ。
砂織の母親耀子は自分の部屋でくつろいでいたが、なんとなく落ちつかない。落ち
つかない原因が、砂織の買ってきた脳映ソフトであることは承知していた。たかが、
子供のオモチャ、とは思うものの中を確かめずにはいられなかった。脳映ソフトを観
賞している姿を他人に見られたくはない。
最近のバーチャルリアリティの世界は思わず体が動いてしまう。その姿は第三者か
ら見れば、きわめて滑稽なのだ。
砂織の母親は、用心のため、部屋に鍵をかけてからヘッドギアを頭にかぶっ
た。3cm角の小さなソフトに高いお金を払った娘に腹を立てながらソフトを挿入し
た。
ソファーに腰をかけ、スタートボタンを押した。
直接、脳に響く音楽の中で六人の少年達が走り回っていた。やがて、少年達は自分
の回りに集まってきた。
一緒に、踊ろうよ。そんな仕草で誘われた。
「ふふふ、莫迦みたい、こんなものなの?」
それでも、気持ちよく体は揺れる。楽しい気分。少年達は、十四歳から十八歳くら
いだろうか、砂織には、お兄ちゃんなんだろう。
五分ほど踊り狂って、少年達は目の前の床に座った。赤く光るボールが空間に浮か
んでいた。
「ホラ、リモコンで選ぶんだよ。君は誰が好きなの。当然、僕だよね」
「俺に決まっているだろ!」
「悪いけど、俺さ、ね、そうだよね」
自分の子供と言ってもおかしくない少年達である。それでも、美少年であることに
違いはない。リモコンを操作して、一番年上と思われるの少年を選んだ。画面が暗く
なり、再び明るくなったとき、それは部屋の中だった。
選んだ少年が笑いながら迎えてくれた。
「もう、二人きりだよ。ここにおいで」
思わず、腰をうかしそうになる。
「恥ずかしがりやなんだね」
少年はそう言うと無造作にシャツを脱いだ。筋肉質な胸があらわになった、少年は
ためらいもなくズボンも脱いだ。カラフルなパンツ。
ニコッと笑いながら後ろ向きになるとパンツまで脱ぎ去ってしまった。
砂織の母親は、リモコンを握った手が汗で濡れていた。そのまま振り向けば、少年
は振り向いたが、その瞬間に上半身だけになって自分の目の前に立っていた。
「怖がらなくてもいいよ。優しくしてあげるからね。君も、脱げばいいのに生まれた
ままが一番気持ちがいいんだぜ」
思わず知らず、ブラウスのボタンをはずしていた。
抱きしめられる感覚、音楽とは言えない不思議な音が脳をシビレさせる。少年の頬
と感じたのは、自分の手なのか?
ソファーの上で、ヘッドギアを外したとき、ハアハアと荒い息をしていたぼんやり
とした目で時計を見ると、1時間ほどが過ぎていた。
「冗談じゃないわ! こんなもので娘を教育されたたまるもんですか!」
母親はこの怒りをどこにぶつければいいのか分からなかった。
俗に言うPゾーンは快楽区であり、子供は立ち入れないことになっているのだ。そこ
に行かせるのは親の責任と言うことになっている。
脳映ソフトも、今のところその地域以外では手に入らない。大人が、それ以外の地
域で子供に与えれば、そのまま刑務所行きになるのだ。
政府は、出来うる限りのガードをしていると言うであろう。そして、それ以上の規
制は、自由の侵害になると言うのだ。
規制が強化されていた暗い時代を知っているだけに、反論できなくなる。
しかし、このソフトは酷すぎるわ。ソフトを握りしめて立ち上がったとき自分の姿
に改めて気が付いた。
髪は乱れ、ブラウスの胸ははだけ、スカートはまくれ上がっていた。
カッと頭に血がのぼり、姿見の前まで歩こうとして脚をもつれさせた。
パンティーが、太股のところまで下がっていたのだ。しかも、そのパンティーは恥
ずかしいほど濡れていた。
砂織の母親が正常心に戻るまで、それから1時間もかかった。
シャワーを浴び、髪を結い直し、着替えを済ませるとようやく気持ちも落ちつい
た。
鏡の中の自分に問いかけた。今でも、まざまざと、あの少年の肉体を感じることが
出来る。虚構と分かっているのにこの皮膚感覚は何なのだろう。
自分の体の中に入ってくる少年の体を感じることが出来た。しかし、視覚としての
記憶はない。ただ、感覚だけが残っているのだ。
思いだし、熱い吐息を漏らした。
砂織の母親は、ソフトを鍵のかかる引き出しにしまった。
スポーツセンターに通うのは、基本的には楽しいことなのだ。特に、砂織のように
体を動かすことが好きな子には何の苦痛もない。
スポーツは楽しむものであるという思想が徹底されていた。しかし、勉強が個人レ
ベルになって、身勝手、自分勝手の子供が増えた。それを矯正するのがスポーツセン
ターの役目でもあった。
我侭な子供は容赦なく体罰で矯正される。大人は軍隊式とか旧時代方式と呼んでい
るようだったが、子供にとっては呼び方などどうでも良いことだった。我侭を言った
り、ルール違反をすればお仕置きされる。ただ、それだけのことなのだ。
チーフ、と呼ばれるセンターの責任者の下に、生徒数に応じたコーチがいる。医学
的な知識を持ったトレーナーも何人か配属されていた。そのほかに医師と看護婦もい
る。バレーやダンスのコースもあって、女の子には人気がある。
良い汗をかいて砂織はシャワールームにいた。すぐに来ると行っていた純がまだ来
ない。赤くなったお尻をさりげなくタオルで隠し、砂織は仕切のあるシャワーボック
スに入った。
しばらくすると、純が裸で飛び込んできた。同じボックスに二人ではいるのは違反
なので、純は、向かい側のボックスに入った。
「遅かったじゃない。何かあったの?」
「それがさぁ、上級生にいるじゃない生意気なヤツ。のナタリーとか言う人」
「ああ、ナタリー・ゲイガー?」
「そうそう、コソコソと下級生イジメばかりしてたけど、ついに現場を押さえられた
んだって」
「へえ、そう。最近派手にやっていたからね。見つかると思ってたわ」
「家来三人も一緒なのよ。どうやら、センター追放らしいわ」
「えっ! 追放! 厳しいのね」
「だって、下級生に脳映ソフトを買いに行かせたんだって」
「それでどうなったの?」
「そりゃあ、親に見つかってさ。お仕置きされて白状したのよ」
「それで、センターに連絡が来たわけか」
「でも、その前に下級生が買ってこなかったから怒って呼び出していたらしいの。で
も、コーチは予測していたから網を張っていたってわけ」
「一網打尽てそういうのを言うのよね。それで?」
「一応、学生裁判にかけられてるけど、現行犯じゃ弁護士だってやりにくいよね。第
一、引き受け手がいるのかなぁ」
「そりゃあ弁護士は付くわよ。コーチの当番制だもの」
「でも、真剣な弁護なんて期待できないわね」
「泣きついて、もういたしませんてお約束して情状酌量を申し出るだけね」
「久しぶりの公開処罰ね」
「やっぱり公開なの?」
「当然でしょ! 下級生をPゾーンに行かせたのよ! みんな待ちかまえているわ」
「ああ、それでシャワールームに誰も来ないのね」
「ったく、山の手の子はのんびりしてるのねぇ」
「もう、始まっているの?」
「ああいうのは時間がかかるの。だから、さきにシャワー浴びに来たのよ。私だって
見逃したくないモン」
「ふうう、そういうことか。でも、見て!」
砂織は純にお尻を向けた。
「ひえぇぇ、痛そう。私は?」
そう言いながら今度は純がお尻を見せた。細い筋がまだ盛り上がっている。純はケ
インでお仕置きされたらしい。
「パドルじゃなかったのね。まだ痛むでしょ」
「平気だよ、こんなの。スキンガード穿かせるようになってからお兄ちゃんと同じム
チなんだから、やんなっちゃう」
どんなにミミズ腫れになっても、血が出ることはないから、女の子にもケインを使
う家庭が増えてきたのだ。砂織はまだ籐ムチで叩かれたことはないけど、最近の母親
の様子からケインを味わう日も遠くないと覚悟していた。
着替えをして、二人が体育館に戻ると大勢の生徒が残っていたが、妙に、シンと静
まり返っていた。
砂織と純がそっと近づいて覗くと、四人の生徒はすでに鞍馬に縛り付けられてい
た。椅子が用意され、五人の大人が座っていた。
「下級生の両親よ」
小さな声で、純が教えてくれた。
「Pゾーンに行くことは生徒にとって犯罪である。その犯罪を強要したものは大人なら
ば刑務所送り、生徒の場合は矯正施設に送られる。主犯の吉永知美は一ヶ年、他の三
名は四ヶ月と決定しました」
縛られたまま生徒が声を上げて泣き出した。
チーフと呼ばれるセンターの所長が叱りつけた。
「涙は、お仕置きのためにとっておきなさい。下級生をイジメた罰をたっぷりと味わ
うがいい。さあ、始めなさい」
スポーツ用のスキンガードに包まれたお尻はもう鞍馬の上に盛り上がっていた。カ
ラフルな彩色がほどこされたスキンガードは下着とちがって裸のようには見えない
が、お尻の形はクッキリと見えていた。
筋肉マンの体育コーチが四人。ムチを手にして前に進んだ。センターで使う手のひ
らと同じ形をした皮ムチは、一見、ユーモラスだが、使い手によっては恐いお仕置き
道具になる。
同時に四人のお仕置きが始まり、体育館に悲鳴が響きわたった。
しばらく見ていたが、砂織は純に合図をして二人は連れだって外に出た。
「矯正施設送りか、辛いでしょうね」
「我侭な女王様だったからね、よけい辛いでしょうけど、自業自得よ」
「見ているだけでお尻がズキズキするわ」
「二日前だもの、リアルだよね。ふふふ」
「でもなぁ、なんで見つかったのかなぁ?」
「砂織が考えても分からないなら、私には分からないわ。もう、忘れましょう。捕ま
らなかっただけ幸せ」
「捕まったら、矯正院だものね」
「私は、そんな悪いところに言ったわけじゃないのよ。山の手に行っただけなのに
さ」
「そうよ、それなのになぜお仕置きになったの?」
「それがさぁ、一度、入ってみたいお店があったんだ」
「どんな?」
「ふふふレストラン」
「ああ、前に話していたフランスレストラン。一人で入ったの!」
「入って、注文して、食べた」
「そんなにお小遣い持っていたの?」
「ママのカード持っていったの」
「あきれた! サインは?」
「練習した。ママの字だもの、元々似ているんだ」
「だからって、バレるのは時間の問題じゃない」
「分かってます。覚悟の上の確信犯。でも、あのシャーベット最高だったよ」
「ふうう、信じらんないよ。無茶するんだから」
「砂織こそ信じられないわ。母親以外なら矯正院なんだよ。私、絶対に嫌だからねそ
んなの。よくやるよ」
「純、まっすぐに家に帰るの?」
「今週くらいおとなしくしていないとね」
「そうだよね、じゃあ、さよなら」
平気そうな顔している純だってお尻がズキズキしてるに決まっている。二人は苦笑
いしながら手を振って別れた。
家に帰ると母親が、チラッと時計を見た。
「今日ねぇ、ちょっとした事件があったの」
「ママに話してくれるんでしょうね」
「話すけど、お腹空いた」
「用意してありますよ、バッグを置いていらっしゃい」
紅茶とサンドイッチを食べながら追放された上級生の話をした。母親は、眉をひそ
め、厳しい顔で聞いていた。
「厳しい処置だけど、仕方ないわね。その上公開処罰まで……」
「みんな見ていたけど、途中で帰ってきたの」
「お尻がまだ痛むんでしょ。砂織、ママだからあれで済んだんですよ」
「わかってる、あんなの見せられて、ゾッとしたわ。矯正院なんて、嫌!」
「当たり前でしょ! それなのに、砂織は行ったのよ。ああ恐い」
母親は両手で顔を覆っていた。砂織だって、今考えると冷汗が出る。
今週はおとなしくしていると、言ってから二週間たった。自分のお仕置きだけだっ
たらとっくに忘れていたのだが、先輩の、矯正院送りはこたえた。
しばらく、Pゾーンのことは忘れていたが、なぜ、母親に察知されたかについては考
え続けていた。この問題が解決しない限り、砂織に自由はない。
親しい友達は大勢いるのだが、この問題に関しては純と相談するしかない。相談相
手としては頼りないが、協力は惜しまない。
「つまりぃ、テストするってわけ?」
「うん、自分で囮になるわけよ」
「で、当然、見つかることを予想しているわけね」
「多分、そうなるでしょうね」
「そんなことして、お仕置きされない?」
「ううん、どうかなぁ、小言だけで済むか、軽いお仕置きくらいはあるかもね」
「それでもやるって言うの?」
「つまり、条件を少しずつ変えて絞り込んでいくのよ。そうすれば敵が何によって私
たちの行動を察知してるか分かるわけでしょ」
「ああ、なるほどね。その最初が。カードの交換?」
「ええ、お互いにカードを交換して別の場所に行く。つまり、寄り道。行った先でア
イスクリームを食べる。時間を決めて駅であってカードを取り替えて家に帰る。これ
でどう?」
「そうすれば、絶対に間違えるよ。砂織は私が行ったところに行ったと思うに決まっ
ているわ」
私もそう思うけど、でも、テストしてみる価値はあると思うの」
「そうかなぁ、そんなことでお仕置きは辛いぞ」
「協力してくれないの?」
「そりゃあするけどさぁ、最近、ムチだからなぁ」
「お願い、確かめないと気が済まないの」
「言い出したら利かないんだから、我侭お嬢さんね。はいはい」
純はそう言いながら自分のカードを砂織に渡した。
「時間厳守だよ。せっかくお尻ツルツルになったんだから」
「分かった、アイスクリーム食べたらすぐに帰るから」
砂織は自分のカードを純に渡し、それぞれ違う方角に向かった。
次の日、砂織よりも純の方が興奮していた。
「どうして! なぜママに分かったの! 信じられないよ。砂織はこのことを予測し
ていたのね。だから、テストしたんでしょ。なぜ?」
「それが分かれば苦労しないわよ。ママのコンピューターに進入したんだけど、間違
いなく私のカードは純が行った先を明示していたわ。それなのになぜママには私の行
った先が分かるのかなぁ?」
「考えるのは砂織なのよ。私はお尻がイテテなんだから」
「最近はいつもそうだって言ったでしょ。6打罰だったけどね」
「そう、ごめんね。私はねぇ、スカートの上からパドル3つだったの」
「え〜っ! そんなのズルいよ! もう、協力しないから!」
「だって、罰を決めるのはママなんだもの」
「ふううん、コンピューターじゃないの?」
「あれ、まだ買ってないの。ママは迷っているみたい」
「へえ、私の家なんて、出てすぐに買ったんだよ。お兄ちゃんがいるから、罰は公平
にするとか言ってさ」
「最初は、間違いもあったんじゃない? 最近のは改善されたらしいけど」
「設定間違えると、とんでもない数字が出てたけど、そういうのって分かるじゃな
い。記憶学習機能があるから今はお利口だよ。でも、結構きつい設定にしてあるん
だ」
「そうだったの、ごめんね」
「いいのよ、叩くのはママだもの。手加減してくれるときもあるからね。叩くのまで
機械だったらヤバイよ」
「機械は買わなかったの?」
「だって、高いもの。砂織の家ほどお金持ちじゃないからね。お仕置きソフトだけ買
ったってわけ」
「最近、そんな話をしているみたいなの。やだなぁ」
「どうせ、時間の問題よ。ママと喧嘩したら勝てそうな気がするもの」
大柄な純は、そう言って笑ったが、砂織にとっては笑い事ではなかった。
画面に通販のカタログが映し出されていた。同じような器具が、何種類か映し出さ
れている。
砂織の母親が操作している画面を肩越しに父親が見ていた。
「それ、二段目の右のはどうかね、elegance3というの」
母親がelegance3をクリックすると画面一杯に表示された。
画面と同時に柔らかな女性の声で機械の特徴が説明された。
装着が簡単で、どんなに抵抗しても、この器具から逃れることは出来ないと説明し
ていた。宇宙合金のベルトは肌に優しくどのような道具を持ってしても切り取ること
は出来ないと言う。
「このまま風呂にも入れるんだね」
「宇宙合金だから肌がカブレることもないのね。つまり、一年中装着したままでいい
って事なのね」
「ソフトは最新だし、バージョンアップしたときは無料で交換してくれると言ってい
るぞ。女の子だけなんだからこれでいいんじゃないかな」
「そうね、でも、まだ抵抗があるのよ。つまり、叩くんじゃなくて電気ショックなん
でしょ?」
「そりゃあそうだけど、結果はまったく同じらしいよ」
女性の声はリモコンのボタンの説明をしていた。
スキンガードの発明は女の子に使えるムチの種類をふやしました。
この機械では、7種類のムチが使用出来ます。
木のパドル、皮のパドル、房ムチ、トォーズ、バーチロッド、ケイン、そして乗馬
ムチの7種類です。
この、細く柔らかなコードでなぜ、パドルの衝撃が与えられるのでしょう。疑問に
思われるのは当然です。
しかし、皮膚感覚を言葉や画像でお伝えすることは不可能です。だからといって、
宣伝文句だけでお嬢様に装着なさるのも不安でしょう。
実際に、お使いになった方のお話をお聞き下さい。
画面が変わり、普通の家の居間が映し出され、椅子に、女性が座っていた。母親と
言うには若すぎる女性。
「ハーイ、私、シンディです。結婚して2年たちます。子供はまだ居ません。少し恥ず
かしいけど、私は、結婚するまでelegance2を装着させられていたんです。母が、と
ても厳しくて、外すことを許さなかったんです。
最初に装着したのはたしか、15歳の時でした。最初のeleganceは電気のシビレるよう
な嫌な感触がありました。でも、子供でしたから文句は言いませんでしたけどね」
シンディは笑いながら膝の上のelegance2を取り上げた。
「この、elagance2になってからは電気のシビレは感じられなくなりました。
本当に、パドルで叩かれているのと同じなんです。ママはパドルで十分だと思ってい
たようですが父の手にリモコンが渡されたときは体が震えました。
それは、母親の最後の手段で、生意気に母親に反抗するとリモコンを父親に渡してし
まうのです。父は、ためらいもなくケインにダイヤルを合わせますから、泣いて謝罪
をしますが6打罰くらいは懲らしめられます。それが恐いので、滅多に反抗などいたし
ませんでした」
「私は、22歳で結婚しましたが、最後の一年間、ただの一度もリモコンは作動しませ
んでした。それでも、elegance2を身につけているという事実が、常に私に正しい行
動を取らせていたと思います。ある種の緊張感を植え付けるために、これ以上の道具
はありません。絶対に安全なことは私が保証いたします。ぜひ、お嬢様の教育に役立
てて下さい」
画面が変わり二人の子供を抱いた母親が現れた。3歳くらいに見える男の子と女の子
だ。二人は絶えず動き回っている。
「駄目よ、ママお話しできないでしょ! パパ、お願いします」
母親は二人の子供のお尻をポンポンと叩いて、画面の外に追いやった。そこには多
分父親がいるのだろう。子供の声が次第に小さくなった。
「ごめんなさい、一番世話の焼ける年頃だわ。さて、eleganceは私が18歳になったと
きに世に出たものです。最初に母親がこれを買うと言ったとき、私は猛烈に反対しま
した。18歳の娘にとって、これはあまりにも屈辱的に思えたからです。母が買ってき
てからも、私は装着することを拒み続けたのです。母は娘の説得に諦めたかのような
素振りでした。しかし、その夜、私が眠ってしまうと、部屋に爽やかな催眠ガスが満
たされました」
「翌朝、シャワールームで裸になるまで私はeleganceを装着されたことに気が付かな
かったのです。違和感は全然ありませんでした。それでも、私は怒り狂い、elegance
を外そうと試みました。電動ヤスリ、電動鋸、ありとあらゆる道具を試しましたが、
この細い線は絶対に切ることが出来ないのです。
その時、最初の衝撃が走り、私は飛び上がりました。しかも、ベルトからなんと母親
の声が聞こえてくるのです」
「エルザ! まだ起きないの、あと10分でリビングまでいらっしゃい」
「まだ、裸だった私はとても10分ではリビングに行くことが出来ませんでした。その
日、eleganceの装着を拒んだ我侭娘がどんな目にあったか皆様には充分お分かりでし
ょうね」
「泣こうがわめこうが、魔法のベルトは母親が呪文を唱えない限り勝手に外すことは
出来ないのです。気が強く、強情で我侭な娘が、羊のようにおとなしく、礼儀正しい
娘に変身するのにそれほど時間はかかりませんでした。今ではeleganceに感謝してい
ます。夫も、同じ会社のdandy2で教育されたと言っています。それなのに、二人の双
子には本当に甘いパパなんですよ」
「でも、私は少しも心配していません。10歳になったら初級のものを装着するつもり
なんです。そして、15歳になったら女の子にはelegance3、男の子にはdandy3で躾
をします。新しくバージョンアップされた3シリーズは今までのものよりずっと優れて
いると聞きました。親切なカリキュラムの付録もついて、お値段は前のものと同じな
んです。これを見逃す手はありません」
砂織の母親が画面を前に戻した。
「君は、まだ不安? 僕は経験者だからね」
「国連軍の時でしょ?」
「うん、そうだけど基本は同じ事だからね。あれは、軍隊で開発して、それから民間
企業が子供用にしたんだ。君は、タッチの差で未経験なんだね」
「でも、母親自身が充分にeleganceの代わりをつとめていたわ」
「それで、機械任せに出来ないんだね」
「私、試してみるわ。協力して下さるでしょ?」
「試す? なにを?」
「勿論、elegance3よ。自分で装着しないと、砂織に装着できないと思うの。自分で
体験しないと怖いわ」
「ふむ、それは勇気のあることだな。立派だよ」
「それじゃあ、注文するわ。いいわね」
「良く決心したね。僕は賛成だよ。砂織には少し気の毒だけど、誰でも一度は通る路
なんだからね」
砂織の母親はオーダーフォームの画面を呼び出した。
若い娘の敏感な感覚は、両親の態度に今までと違う何かを感じとっていた。日常生
活にはなんの変化もなかったが、家の中の空気に、何か重苦しいものを感じるのだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。砂織、先週のような寄り道はもう赦しませんよ。この次はお仕
置きですからね」
「ママァ! 分かってます! パパのいる前でわざと言うんだから!」
「砂織! 躾をされている娘が、母親に向かってそういう態度を取るならパパにも考
えがあるぞ!」
「ご、ごめんなさい。砂織、恥ずかしかったから、ごめんなさいママ」
「最近、生意気な口答えばかりするようになったんですよ」
「ホウ、そうかね。もうそんな年頃なんだね。自分の子供の成長は気が付かないと言
うけど、本当だね。少し、甘やかしすぎたようだな、いや、私こそ反省するべきだ
な」
「砂織、教育センターに行きなさい。お父様と少し相談がありますからね」
砂織はもう一度「行ってきます」そう言って出掛けていったが、心なし首はうなだ
れていた。父親と母親はそれを見送りながら、クスクスと笑っていた。少しづつ覚悟
をさせているのだ。