14 佐織の憂鬱
佐織は教育センターを出ると、立ち止まり、振り返った。
人の流れの中に純の姿を認めた。が、純は佐織には気がつかなかったらしく反対方向に歩み去った。
顔を合わせれば挨拶くらいはするが、純との間は修復されないままだった。佐織は肩を落とし家に向かった。
体に埋め込まれたセンサーのこと、理由の思いつかないオネショのこと、その結果の、純との気まずい関係。
家と教育センターを往復する毎日で、選択義務のカードもほとんど埋め尽くされていた。
佐織の母親もそのことに気がついていた。最初のうちこそ、オネショ効果だと笑っていたが、純との不仲について知らない母親は、佐織の落ち込みの激しさが気になりだしていたのだ。
その母親にも悩みがあった。夫婦そろって政府機関の厳しい指導を受けたのは先週のことだった。
うんざりするような身体検査を受け、健康と判断されると、今度はまるで罪人のような扱いだった。
心身共に健康な夫婦が、なぜ妊娠しなかったのか? しなかったのではなく、それを人工的に避けていたのではないか?
地球の人口が極端に減少して以来、避妊は罪悪と見なされていたのだ。
耀子自身、禁制品の避妊グッズを使用したことはないが、妊娠の確率の高い日を避けていたというやましさはあった。
ヴェテランの指導員の尋問を受けると、たわいもなく耀子はその事実を告白した。重大な義務違反だと指導員は厳しい顔をした。
判決を待つ間夫婦は同じ部屋にいた。
「懲罰になると、強制妊娠?」
「ああ、子供を二人産むまで続けられるそうだ」
「これから・・・二人・・・」
「私も、父親に問題のある夫婦に精液を提供しなければならない」
結果として、条件付きの執行猶予が与えられた。
1年以内に自然に妊娠した場合はすべての罪から解放される。
「もし、失敗したら体外受精した物をあなたの子宮で育てていただくことになります。よろしいですね」
指導員の言葉が耀子の耳から離れなかった。
その夜、夫婦はベッドを共にしたが、気が滅入るばかりだった。
「焦ることはない、こういうことは他人に強制されてする事じゃない」
「でも、期限を切られているのよ」
「大丈夫、僕に任せておけば悪いようにはしない」
「本当? 私は何をすればいいの」
「そうだな、妊娠の確率の高い日をリストアップして、僕のコンピューターに送信しておいてほしいな」
「わかったわ、明日、やっておきます」
夫は、指導員からPゾーンにあるレストランの名前を聞かされていた。そのレストランへは行ったこともあるし、特別メニューのあることも知っていた。Pゾーンには、ありとあらゆる快楽の施設が用意されているのだ。
若い頃、夫婦で遊びに行ったこともあるが、その頃は特別メニューなど必要はなかった。
特別メニューで耀子がどのような反応を引き起こすか、少し楽しみでもあった。
15 連鎖反応
朝、佐織のカードをチェックして、今日からはスポーツセンターに通うように指示した。
「私もそう思っていたの、最近、体がなまってるみたいだわ。なんか、重い感じがするの。別に、体重は増えていないけどね」
「筋力が低下して居るんじゃない。歩いている?」
「さあ、どうかな? 最近は友達とも遊ばないし、ぶらぶら歩きもしないからね。センター出たら自然にエスカレーターに乗っているし・・・」
「動く歩道を乗り継いで家まで帰ってしまう、そうなんでしょ」
「気にもしなかったけど、そうかもしれない」
「それが原因なのかしら?」
「えっ? 何の原因?」
「佐織のオネショ、ママ、まだ納得できないのよ。あの薬、分析してもらったけど、それほど強い物ではなかったの。だったら、なぜ?」
「それが、筋肉と関係あるの?」
「ええ、旧時代の本に書いてあるんだけど、その昔、お漏らしやオネショはお嬢様病と言われていたんですって」
「お嬢様病?」
「力仕事などやったことのないお嬢様は筋肉が発達しないためにお漏らしやオネショをするんですって。女の子は尿道が短いから、どうしてもそういうことがあるのね。佐織をお嬢様のように育てたつもりはないけど、社会環境が筋力低下を招く場合もあるでしょ。少し、歩いてごらんなさい」
「わかった、それじゃあ今日はスポーツセンターに行くわ」
そう言いながら家を出た佐織だったが、無意識に動く歩道に乗っていた。
「あぁいけない、もう、癖になって居るんだわ。これが原因?」
確かに、最近は歩くこともない。スポーツセンターにもしばらく行かなかった。でも、それはオネショをした後のことなのだ。
あの時は、純と遊び回っていたし、週に二回はスポーツセンターにも行っていた。
佐織は憂鬱そうな顔でセンターの中に入った。
「佐織! なにしょぼくれてんだよ」
アンジェラ・クラドックだった。二歳年上だが、スポーツ万能選手。それだけに選択義務のカードが埋まらなくて、半年前まで佐織と机を並べていた。スポーツセンターに行くことを禁じられ、母親にお尻を叩かれ泣きながら勉強していた。
「アンジェラ、元気そうね」
「あったり前でしょ、毎日、好きなことやって居るんだから」
「チアガール、どうなりました?」
「それがさぁ、短距離の強化選手になったのよ」
「ワオ、凄いじゃない!」
「でもねぇ、それでチアガールはあきらめざるを得ないでしょ」
「そりゃあ当然よ。たしかにチアガールは花形だわ。でも、正真正銘のスターは選手なんですよ。もし、優勝でもしたらチアガールを従えてパレードですもの」
「うん、まぁ、優勝すればね。ところで佐織、なにか心配事? 入ってきたとき暗い顔していたよ。佐織らしくもない・・・」
「いえ、別に・・・」
「なんだ、そうか、又イタズラしてママにお仕置きされたな」
「そんなんじゃありません。佐織はいい子なんだからぁ」
「佐織がいい子なら、悪い子なんて居ないよ。まったくイタズラばかりするんだから」
「最近はやりません。あれ、穿かされたんです」
「おお、ついに佐織も仲間ね。お仕置きパンツ穿かされたらおしまいだね」
「もう! せめてエレガンス3と言ってよ」
「そうか、当然、佐織はエレガンス3だよね。いいなぁ、私なんて姉さんのお古だもんね。時々、電気がピリピリするんだよ、やな感じ」
アンジェラはスポーツセンターでは補助指導員の資格を得ていた。学生として高度で専門的な指導を受けるには高額な授業料を支払うのだが、補助指導員の資格を得て、スポーツセンターで働けば授業料は免除される。
アンジェラの明るい性格は通ってくる子供達に慕われていた。
「ところでさぁ、昨日の桂の事件知ってる?」
「桂さんて、採花のこと。事件てなあに?」
「ふふふ、それがさぁ筋力トレーニングのバーベル、あれを運んでいたのよ。そうしたら、急にしゃがみ込んでしまって、あれっ? て思ったらお漏らしなのよ」
「お、お漏らし?」
「ガードスキンの上に派手なトレーナー着ていたんだけど、お尻までビショビショなの。可哀想だけど笑えたよ。体操の強化選手に選ばれてから人が変わったみたいに生意気になっていたからね。いい薬よ。今日なんて、真っ黒なトレーナー着て、隅の方でコソコソ仕事してる」
「ふうん、最近スポーツセンターに来なかったから、少しも知りませんでした。採花さんがねぇ・・・」
「佐織、カード見せて」
佐織がカードを見せるとアンジェラは大げさに驚いて見せた。
「まあ、まるで来ていないじゃない。さっさと着替えておいで、今日はたっぷりとシゴいてあげるからね」
アンジェラはそう言うと佐織のお尻を叩いて着替え室に向かわせた。
佐織は着替え室の中で桂採花の事を考えていた。
みんなの見ている前でお漏らし。オネショなら秘密に出来るが、お漏らしではどうしようもない。目鼻立ちの整った一歳年上の桂採花にとって、それは死ぬほど恥ずかしいことだったろう。
トレーニングルームでは、アンジェラがニコニコと笑顔で佐織を迎えてくれた。
「久しぶりで体がなまっているわ。なにから始めようかな」
「はいはい、お嬢様のメニューはこれでございますよ」
佐織は渡されたメニューに目を通した。
「えーっ、これ全部やるの!」
「やるんですよ佐織ちゃん。あとで記録用紙を見に行きますからね。怠けているとお仕置きになりますよ」
アンジェラはそう言いながら小さな革製のパドルを見せた。補助指導員の資格を得ると渡されるパドルだった。
佐織は顔をしかめて最初のトレーニングマシンに記録用紙を差し込んだ。訓練の内容がすべて記録される。手抜きは出来ない。
佐織は溜息をつきながらマシンに体を乗せた。最初は足の運動。
仰向けに寝て自転車のペダルをこぐような動作。傍目には楽そうに見えるがかなりきつい。
5分もしないうちに佐織の額から汗が噴き出していた。
顔を真っ赤にして、ようやく最初の運動をクリアしたが、立っているだけで膝がガクガクした。
冗談を言いながらアンジェラから渡されたメニューだが、さすがに良くできていた。同じ箇所に連続して負担がかからないように、様々な運動がバランス良く組み合わされていた。
佐織は一つ終わる度に、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。
「佐織! まるでお漏らしだね」
「エッ!」
振り返るとアンジェラが笑っていた。
「なによ! 変なこと言わないで!」
佐織は顔を真っ赤にして怒った。
「だって、プールから出たみたいだよ。背中もお尻もビショビショ」
たしかに胸も内股も濡れていた。佐織も自分で選んだサーモンピンクのトレーナーに後悔していた。
「やだぁ・・・ほんとだ・・・お願い、着替えていいでしょ」
「そんなに汗をかくこと自体、運動不足の証拠なんだからね。一日おきにセンターに来ると約束すれば着替えてもいいわ」
「勿論よ、毎日でも来るわ」
「ま、無理しなくていいのよ。着替えていらっしゃい」
佐織はバスタオルで体を包むようにしてロッカールームに走った。
トレーナーを脱ぐと、自分でも恥ずかしいくらいお尻が濡れていた。これじゃあお漏らしと言われても仕方がない。
薄い色のトレーナーをもう一枚持っていた。白に近いサックスブルーのトレーナーなら、いくら汗をかいても目立たない。
練習を終えたチアガールが四人、ロッカールームに戻ってきた。チアガール達は普通の生徒達と違って別室が与えられていた。
四人のチアガールは扉を開けたままユニホームを脱いでいた。この時間にロッカールームに生徒達は居ない。
佐織はロッカーの隙間からその様子を見ていた。
「麻子、シンシアのお尻、見てごらん真っ赤だよ」
「ヒヤー! ほんとだ。痛そう・・・」
「あのコーチ、いつだってベルトで叩くんだから・・・」
佐織にもシンシアのお尻が見えた。なぜ、お仕置きになったのかは知らないが、チアガールの訓練に鞭が使われることは充分知っていた。ふざけあっているが、垣間見えるチアガールのお尻には、何らかの痕跡があった。
それでもなお、チアガールになるためには何倍もの難関を突破しなければならないのだ。
佐織は汗を拭き、トレーナーを着た。聞こえてきたチアガールの言葉が、一瞬、佐織の動作を止めた。
「メグのこと聞いた?」
「マーガレット・クラドック?」
「違う、ドイツ系のマルガレータよ」
「ああ、ジュニアの・・・それがどうしたの?」
「週末に遊びに出て、門限におくれてさ、いつもの通り自分の部屋の窓から入ろうとしたんだって」
「常習犯だからね。いずれは見つかるさ」
「それがねぇ、窓枠を乗り越えようとしたときに・・・ふふふ」
「なによ、気になるから全部言いなさい」
「ずっと我慢していたのかなぁ、窓枠乗り越えるときにお漏らししたんだって。自分でも驚いて大きな声だしたんだって」
「本当なの! もう16歳でしょ」
「信じられないけど本当の話。それでママに見つかって・・・」
佐織はそこまで聞いてロッカールームを出た。
又、同じ話だ。なぜ・・・?
体育館に戻るとアンジェラが純と話をしていた。
「着替えに何時間かかるの!」
「ごめんなさい汗が止まらなくて・・・」
「ったく二人とも怠け放題に怠けてぇ。でも純は知能犯だね、最初から真っ黒なトレーナーで来るんだからね」
たしかによく見ると、純のトレーナーもビッショリ濡れていた。
「さあ、始めなさい。いつまで休憩しているの!」
アンジェラにパドルでお尻を叩かれて、佐織と純は次の運動を始めた。
運動をしていても、佐織の頭からはお漏らしのことが離れなかった。
15歳、16歳、17歳、年頃の娘が立て続けにオネショやお漏らしをする。それには何らかの原因があるはずだ。佐織は本能的にそのことに気がついたのだ。ただ、自分の母親だけは信じたかった。
確かに、あの直前、佐織自身、母親に反抗的であったことを認める。母親に挑戦するように生意気な態度をとり続けていた。
それは母親を試してみたいという気持ちからだった。アンジェラの言うとおり、お仕置きパンツを穿かされてしまえば、娘は母親の奴隷と同じなのだ。絶対的な権力を握った母親が、どういう態度に出るか、佐織には興味があったのだ。
しかし、母親は佐織の挑戦に耐えた。今日こそはと覚悟した日もあった。母親の腕が震えているのを見た。今にもリモコンを取り出しそうに見えた、それでも母親は佐織を睨み付けただけで部屋を出ていってしまった。
訓育用の下着に頼って、独裁者になることを避けた。息苦しいほどの緊張感の中で佐織は母親と心理戦を交えていたのだ。
それが突然のオネショというハプニングで、なにもかもが崩れ去った。
15歳にもなって、ベッドを濡らしたら、もう生意気なことなど何も言えない。当分は恥ずかしくて家の中でも顔を上げられないほどだった。
たしかに、それが原因で佐織の母親に対する理不尽な挑戦は終結した。
あれが、ママの狙い? それが作戦なら大成功のわけだ。でも、しかし、佐織にはまだ納得できなかった。
母親も佐織のオネショが信じられないようだ。なぜ? それも演出?
「佐織! 目を開けたまま眠っているの」
いつの間にかマシンが停止していた。ぼんやりと考え事をしていた佐織はアンジェラの声で我に返った。
アンジェラが無言で記録用紙を抜き取った。波形のグラフが途中から直線になっていた。
「6分23秒、何考えてんの? 体の具合が悪い?」
「い、いいえ、ごめんなさい・・・」
「何処も悪くないのね、それならこちらに出なさい」
「お願いアンジェラさん、もう怠けないから・・・」
「だーめ、ここに立って、膝を曲げないで手をつま先に・・・」
トレーニングルームの生徒達が笑いながらその様子を見ていた。佐織は顔を赤くして、それでもアンジェラの言うとおりのポーズになった。
アンジェラはすでに小さな革のパドルを手に握りしめていた。
スキンガードの着用が当たり前になってから、手でお尻を叩くことはなくなった。それだけに小さいパドルと言っても、充分に厚みがあり、怠け者の少女達のお尻を赤く腫れ上がらせるには充分な威力があった。
「ちょっと見ないうちに佐織のお尻も大きくなったね」
そう言いながらペタペタと手でお尻を叩き、佐織は悔しそうに唇を噛みしめていた。補助指導員とはいえ、反抗は一切出来なかった。当然、補助指導員の懲罰には限度があったし、懲罰の報告義務もあった。
それらに違反すれば、補助指導員と言えども懲罰の対象になるのだ。
アンジェラは規則通りに佐織のお尻を叩いた。
ビシッ! 最初のパドルが佐織の突き出したお尻に弾けたとき、佐織は、しばらく忘れていた補助指導員のパドルの痛さを思い出した。
逃げ出したくなるのを必死で耐えた。両手で自分の足首を握りしめ、佐織は顔をしかめていた。
12歳くらいの少女達が、バレーコートに行くために指導員に引率されて通りかかった。
「アンジェラ、その子何をしたの」
「はい、教官。これです」
アンジェラは記録用紙を指導員に渡した。
「なんなのこれ? この6分間、どういう状態だったの、居眠り?」
「いいえ、目はパッチリ開いていました」
「つまり、ぼんやりしていたってことなの?」
「はい、最初は何かマシントラブルかと思っていたのですけど、あんまり止まっている時間が長いので見に来たんです」
「トレーニングマシンを何だと思って居るんでしょうね。いくら安全設計と言っても危険な要素は沢山あるんですよ。そのマシンに乗ったまま考え事なんて冗談じゃないわ」
指導員はそう言いながら佐織に近づいた。そして、佐織のトレーニングウエアに手をかけると、グイッと裾をたくし上げ、お尻を剥き出しにした。
剥き出しと言っても、実際には二枚の布に包まれているのだが、それを承知で見ても、裸のお尻と変わりがなかった。
佐織のお尻はすでに真っ赤になっていたが、指導員はアンジェラに向かって手を差しだした。
「パドル貸しなさい。少し目を覚まして上げるわ」
アンジェラがパドルを差し出すと指導員は左手でトレーニングウエアの裾を思い切り絞り、佐織のお尻を剥き出しにしたままパドルで叩いた。
「あーっ! ごめんなさい、ああん、いいい痛い!」
ビシッ! ビシッ! と音を立て、左右のお尻を交互に叩いた。
佐織は一瞬、手を離し体を立ち上がらせようとしたが、アンジェラが背中を押さえつけ、自分の足で佐織の頭を挟みつけてしまった。
教官は容赦なく1ダースのパドル打ちを追加した。
「開脚! 床に手をついて! そのまま5分間反省!」
教官はアンジェラにパドルを返し、5分よ、と念を押して生徒達の方に戻った。
「あなた達、よく見ておきなさい。ここのお仕置きはあれでも軽いのよ」
その声は、佐織にも良く聞こえた。涙で潤んだ目にも少女達の様子が見えた。痛さで忘れていた羞恥心が佐織を襲い、佐織は体中を朱に染めた。
「はい、5分」
そう言いながらアンジェラは佐織のお尻を軽く叩いた。
佐織は立ち上がり、恨めしそうな顔でアンジェラを睨んだ。
「ぼんやりしている時に、機械が動いたら本当に危険なのよ!」
「分かってます! ごめんなさい・・・」
「だったら不服そうな顔をしないの!」
アンジェラはそう言うと記録用紙を破り捨てた。そして、新しい記録用紙に何やら書き込んだ。
「午前中は、あとこれだけで良いわ。そのかわりサボらないでね」
渡された記録用紙には16番マシン、2セットと書いてあった。
16番? どんな機械だっけ?
一階上のフロアに設置されている16番のマシンの前に来て、佐織は泣きそうな顔をしていた。
ボート漕ぎ! オールでボートを漕ぐのと同じような運動が出来る機械だった。お尻を乗せる台は前後に動くのだが・・・
たった今、パドルでお仕置きされたお尻にはあまりにも辛い。
「アンジェラの意地悪! 勉強教えて上げたのに!」
佐織は記録用紙を差し込み、注意深く台にお尻を乗せたが、それだけでズキンと痛みが体中に走った。
両手でオールを握り、足を蹴るようにして漕ぐ。設定は15歳の佐織に合わせてあるので運動に無理はない。ただ、お尻だけが猛烈に痛んだ。
佐織は最初から半泣き状態だった。お尻が前後する度に、まるで熱い鉄板の上をお尻がこすっているように感じられた。
記録用紙がカチカチと音を立てている。佐織が痛さに耐えかねて休むとその音も止まる。サボれば一目瞭然なのだ。
佐織は泣きながら、決して前には進まないボートを漕ぎ続けた。
昼食も、佐織は立ったまま食べた。
お尻が二倍に腫れ上がったような感触だった。熱を持って、ズキズキと痛み続けていた。
真っ赤に腫れあがったお尻を見られるのが嫌で、佐織はシャワーも浴びずに体を拭いただけだった。
スポーツセンターの食堂には、トレーナーのまま来る生徒が多く、その中では佐織も目立たなかった。
アンジェラも佐織が素直に2セットの記録を見せると、午後は休んで良いと言ってくれた。そして、明日も来なくて良いよと言った。
「そのかわり、明後日サボったら迎えに行くからね」
そう言って笑った。
確かに、こんな調子で毎日通うのは無理だ。
佐織はロッカールームで着替えを済ませた。少し体が汗臭かったが、シャワールームにはまだ大勢人が居た。
汗のしみ込んだ二着のトレーナーは朝よりも重く感じられた。
佐織がバッグを肩に掛け、階段を上って行くと目の前で純とアンジェラがいた。アンジェラは佐織と純の不仲を知らない。
「もう帰るの?」
純が声をかけた。
「今日はもう駄目。アンジェラにしごかれたわ」
「お仕置きされて、そのあと16番マシンと正直にお言い」
アンジェラがそう言うと、純が驚いたような顔をしていた。
「佐織にも同じことをしたの! 私も先週やられたんだよ」
「二人とも、ぜんぜん来なかったんだから仕方ないでしょ。とぼけたってお見通しだよ。二人でコソコソ悪いことばかりしているんだから」
「そんなことないですよ、ねえ、佐織・・・」
「最近、ぜんぜん、ところで純、時間ある? 話したいことあるんだけど」
「いいけど、私が聞きたい話かな?」
「多分・・・」
「それなら、別に、いいけど・・・」
「はい、はい、はい、又、イタズラの相談でもしていらっしゃい」
アンジェラにお尻を叩かれて、悲鳴を上げながら二人は外に走り出た。
「あの時の、本当の理由以外は聞きたくないな」
「分かっている。今日は話せると思うの。それを聞いたら純も赦してくれると思うの」
二人は公園の中に入っていった。