第1章 カーニバルの日
1937年の春、パリの新聞に、小さなカコミ記事が出ていた。それは、ことしの夏に海辺をにぎわすであろう新作水着の記事であった。〃大胆な美の表現、ツーピース型水着〃タイトルはこんな調子のものだが、記事の内容はかなり皮肉な文体だった。1930年代にはいってから急激に、フランスのファッション界は、女らしさというテーマで、すべてのファッションの発表をしてきたのだが、ロング・スカートも七、八年つづくと、ようやくあきが来て、この年あたりからボツボツ、ショート・スカートを発表するところも出てきていた。そしてそれは、40年代の、大戦の時までつづいていたのだが、今はまだ戦争の気配すら感じられず、市民たちの生活は陽気で明るく、女たちはおしゃれに気をとられ、男たちは子供のようなゲームに夢中になっていた。全体に退廃的なムードの中で、上流階級の人々まで、その渦の中に巻きこまれていった。いや、むしろ、ほんとうの中心は、彼らだったのかもしれない。冒険、社交、らんちき騒ぎ、そんな中で、ある者は成功して巨万の富を得、あるものは没落していった。そして、ごくわずかな人々が、そんな風潮に眉をひそめていた。
[若い娘はミニ好き]
「ルイーズ、ルイーズ」
かん高い声が屋敷じゅうに広がる。呼ばれた女中のルイーズが足早に階段を上って来る。黒のワンピースに黒のソックス、まっ白なエプロンとヘヤ・バンド、そんな地味な洋服でも、この若い娘のはつらつとした明るさをつつみきれはしなかった。
「はい、奥様」
「ああ、ルイーズ、娘のフランソワを呼んで来てちょうだい」
「かしこまりました、奥様」
「おや、おまえの洋服、ずいぶんスカートが短いようだけど、どうしたの?」
「はい、奥様…」
「おまえ、自分で短くしたのかえ」
「いいえ、奥様、あたしの背がのびたんだと思いますけど」
「そう それじゃ、また新しいのを作ってやらなければね」
「はい、奥様。それでは、お嬢様を呼んでまいります」
ドアを締めながらルイーズは、クスッと笑った。毎日1センチぐらいずつ縮めたから、もう5センチぐらいは短くなったはずよ、ふふ……それにしても、あんな大きな声であたしを呼ぶなら、最初からお嬢様を呼べばいいのに、あの声なら、屋根裏にいたって聞こえるわ。
「お嬢様、お母様がお呼びです」
「わかったわ、ルイーズ。ママはまた、頭が痛いって騒いでいるんでしょ。このごろ毎日なんだから」
「お嬢様、きょうはお出かけの日でしたね。おしたくしておきます」
「ああ、もう一週間たったの。でもきょうはカーニバルだし、あたし行きたくないわ。お母様にそう言っておくから、きょうは行かないわ」
「はい、お嬢様、それではそういたします」
「ところでルイ−ズ、きょうは、おまえもカーニバルに行くんでしょ」
「はい、タ方からおひまをいただいてありますから」
「いいわね。おまえたちは、ひとりで自由に遊べるんだから」
「さあ、お嬢様、お母様がお待ちですよ」
「はい、はい」
[待ち含わせ]
「お母様、ご用は何?」
「ああ、フランソワ、わたしは、気が狂いそうよ。おとう様は、この間ライオン狩りから帰ったと思ったら、すぐにまた行ってしまうし、なんでもこんどは象狩りですってさ。まさか、象の首は持ってこないでしょうね。それに、むすこはむすこで、飛行機乗りになるんだなんて行ってしまったきり家にはちっとも帰ってこないし、わたしはね、おまえだけがたよりなんだよ。これ以上、バカな人はこの家から出したくないもの、ほんとうにわたしは気が違ってしまうよ」
「お母様、そんなことないわ。おとう様もおにい様も、とてもすばらしいことをしているんですもの」
「何がすばらしいものかね。わたしだけ毎日、心配で心配で頭を痛めているというのに」
「お家にばかりいらっしゃるからよ。たまには音楽会へでもいらっしゃればいいのに」
「ひとりでかえ。冗談じゃありませんよ。そうそう、そういえばきょうは伯父さんのところに行く日だっけね。おそくなるといけないから、もういいのよ。早く行ってらっしゃい。帰って来たら、あなたにひいてもらうわ。だいぶうまくなったでしよう。バイオリン」
「ママ、そのことなんだけど、あたしきょう、お休みしてはいけないかしら。きょうはカーニバルだし、見物に行きたいわ」
「そうね。でも、ママはいっしょにいけないし、それに、伯父様の家は広場の近くだから、練習がうまくできたら、伯父様にごほうびにカーニバルにつれて行ってもらいなさい」
「ママはそのほうがいいと思う?」
「そうね。お休みするのはよくないわ。それに、伯父様といっしょなら安心だし」
「ママがそう言うのなら、そうするわ」
「さあ、早く行きなさい。ママが伯父様にお手紙を書いてあげるから、それを持って行きなさい。そうすれば、きっと連れていってもらえるわ」
「はい、お母様、そうします」
フランソワは、洋服を着替えると、バイオリンのケースを持って階下に降りて行った。母親に書いてもらった手紙をたいせつそうに手さげの中にしまい込んで、玄関のほうに歩いてゆくと、女中のルイーズが出て来て、
「お嬢様、やっぱりお出かけになるんですか」
「ええ、カーニバルには、伯父様と行くことにしたの」
「そうですか、では、ちょっとお待ちください。馬車を呼んできますから」
やがて馬車が入り口のところまで来ると、フランソワは中に乗り込みながら、
「ルイーズ、おまえも行くんでしょ。むこうで会えると楽しいんだけど。伯父様とふたりじゃつまらないわ」
「そうですね、お嬢様。ほんとにお会いできるといいんですけど」
「ねえ、ルイーズ、あたしのお稽古はたぶん六時ごろ終わるから、それからお食事して、七時半ごろには広場に行かれると思うわ。どこか待ち合わせる所はないかしら」
「そうですね。それじゃ、人形芝居のところでお待ちしてますわ。でも、お嬢様、お待ちするのは三十分だけですよ」
「いいわ、必ず行くわ。じゃあ、ね」
「はい、お嬢様。行ってらっしゃいませ」
[からだで覚えろ]
やがて広場の近くの伯父の家に着くと、そのあたりはもう昼間からお祭り気分で浮き浮きとしていた。そして伯父の家からはバイオリンの音が聞こえていた。
〃誰かしら?あたしと同じ練習曲だわ。でも、あたしよりうまいみたい〃
しばらく聞き耳をたてていたが、ソランソワは、そっとドアをノックした。同時に、音がやんで伯父がドアをあけてくれた。
「伯父様、今日は。お稽古お願いします」
「フランソワ、きょうはおそかったね。しばらく待っていたんだが、次の娘さんが来たんで、先にはじめてしまったんだよ。もうすぐに終わるから、となり部屋で待っていらっしゃい」
いったん部屋の中にはいってから、となりの小部屋にはいろうとした時、ピアノのかげにちらっと見えたのは、自分より二つか三つ若い少女だった。
「あと10分ぐらいだからね」
そう言うと伯父は、ドアを締めて行った。
フランソワが耳を澄ませていると、伯父の声がきこえてきた。
「さあ、マリアンヌ、あと一回、あと一回だよ。きょう注意されたところをとくに気をつけて。さあ、おひき」
さっきと同じ練習曲が流れてきた。まったくみごとなひき方である。あの少女が、あの曲を。フランソワは、信じられなかった。しばらくはうっとりと聞いていたフランソワが、ちょっと首をかしげて、今のはたしか半拍早かったようだけど……そう思ったのと同時に、伯父の声が聞こえてきた。
「また、また、また。またまちがえたね。マリアンヌ。どうしてなおらないんだ、そこのところは。タタタッタッタと区ぎりながらひくんだ。きみのは、タタターッタになってるんだよ。きょう、同じことを三回も注意されたじゃないか。そんなふうじゃ、家に帰って練習する時も忘れてしまいそうだね。きょうはこれで終わりにするんだから、そのかわり、家に帰っても忘れないようにしてあげようね、マリアンヌ。さあ、楽器をそこに置いて、こっちに来るんだ」
「先生、もう一度、もう一度やらせてください。こんどはまちがえませんから」
「いや、それはできないよ。先生は、これで最後だと言ったはずだ。さあ、こっちにおいで。おまえは、きっと、家でなまけていたんだろ。そんななまけ者は、先生がたっぷりと懲らしめてやる。さあ、来るんだ、マリアンヌ」
「はい、先生」
となりの部屋で聞ていたフランソワは、どうなることかと胸をドキドキさせながら聞き耳をたてていた。すると、
「ビシッ、ビシッ」というするどい音が聞えてきた。
「ああ、あの娘は、伯父様にたたかれているんだわ。かわいそうに」
同時に、娘の悲鳴も聞こえてきた。
「あ−っ、あ−っ、痛いわ、痛い! 先生、許して。もうまちがえませんから。先生、いっしょうけんめい練習しますから。あーっ、もうぶたないで……」
十ぐらいたたいてから伯父様は、
「さあ懲らしめはこれくらいでいいだろう。次は、今のところを忘れないようにしてやる」
そう言うと、口で、タタタッタッタと言いながら、それに合わせてまたたたきはじめました。
「いいか、タタタッタッタた。わかったか!」
「はい先生。もう、よくわかりました。もうじゅうぶんです」
「いいか、もう一度やってやるから、よくおぼえるんだ」
ピシッ、ピシッ、ピシッ。ピシッ。ピシッ!
「あ−ん、もうわかりました。もうたたかないでください。まちがえません、あ−ん」
「よし、それじゃ、したくしてお帰り。いいね、この次に来る時までに、よく練習しておくんだよ、マリアンヌ」
「はい、先生、わかりました」
[何時間でも練習]
「フランソワ、おはいり」
突然、自分の名まえを呼ばれて、びくっとしたフランソワは、バイオリンのケースを持つと、そっとドアをあけました。そこには、まださっきの少女がバイオリンをケースの中にしまっていました。そして右手でお尻をさすっていましたが、フランソワがはいって行くと、顔を赤らめて恥ずかしそうに部屋を出て行きました。
「伯父様、今の女の子をたたいたでしょ」
「ああ、たたいたよ。家に来る子は、みんな、ああやって教えるのさ。たたかないのはおまえだけだよ」
「なぜ?」
「おまえのお母さんが、たたかないでくれって言うからさ」
「そう。でもたたくなんてかわいそうだわ」
「とんでもない。わたしはむしろ、おまえのほうがかわいそうなくらいだよ。昔から、音楽を教わる時は、みんなたたかれるものなんだよ。今の娘だって、そうだろ、同じところを三回も言われてできないような時は、今のようにたっぷりとお尻を懲らしめてやるのさ。そうすれば、この次からは、ちゃんとできるんだから。おまえは、そうしてもらえないから、いまだに練習曲しかひけないんだよ。それも、今の娘よりへたくそなひき方しかできないじゃないか」
「でも、あたしはいやよ」
「さあさあ、はじめたはじめた」
「伯父様、その前にお手紙を読んでほしいの。お母様からよ」
「どれ、見せてごらん」
手紙を読んでいる伯父の顔がだんだんけわしい顔になって来た。そして途中まで読むと、
「なんだと! カーニバルへ連れて行け、だと! ああ、いったい、おまえのママは、わたしをなんだと思ってるんだ。おまえの教育をなんだと思ってるんだ。それにフランソワ、おまえもだ。そんな気持ちでいるから、いつまでたってもじょうずになれんのだぞ。いいか、きょうは、伯父さんがよしというまでは、何時間でもやらせるからな、いいな」
あまりはげしい伯父のけんまくにおどろいて、ついフランソワも、はいと言ってしまった。
[花火の音に逃走]
伯父のことばどおり、もう二時間半もぶっ通しでひかされていた。二回だけ休憩したほかは、ほとんど立ちどおしでひかされたフランソワは、今にも泣きそうな顔をしていた。ルイーズと約束した時間はだんだん近づいてくるし、タ方になるとあちこちから花火の音などが聞こえて来て、それがよけいフランソワの手を狂わせた。
「ああ、おまえはどうして、そんなひき方をするんだ。とてもつきあってはいられないぞ。となりの部屋で聞いているから、つづけてひいていなさい」
そう言うと伯父は、となりの部屋に行ってしまった。
しばらくはひいていたフランソワも、急に悲しくなって、バイオリンを床にたたきつけるようにして外に飛びだしていった。後ろから伯父の声が聞こえたが、もういちもくさんに広場に向かって走っていた。そして、ようやくルイーズを見つけると、フランソワはルイーズに抱きついて泣いた。
「まあ、お食事もなさらずにですか。まぁ! そんなひどいことを。かわいそうにね。さあ、これをお食べなさい」
そういって、ルイーズの出してくれたものは、今までにフランソワが見たこともないようなものばかりだった。そして、おなかがいっぱいになると、悲しいことなど吹っ飛んでしまって、フランソワは、ルイーズと遊び歩いた。
しかし、そのころ、フランソワの家では、
「どうしょう、このままもう帰って来ないのじゃないかしら。あなたがいけないのよ。どうしてくれるの。ああ、気が狂いそうだわ」
「わたしの手にはおえんよ、あの娘は。飛び出していってしまったんだから、わたしもあとを迫いかけたんだが、きょうは人が大ぜい出ていて、すぐに見失ってしまったんだ。でも、だいじょうぶ、きっと帰って来るよ。しかし、帰って来たら、あの娘の教育方針を変えたほうがいいと思うがな」
「そんなことはどうでもいいわ、帰って来てからにしてちょうだい」
[修業のために修道院で]
その日フランソワが帰って来たのは、10時を少々回ったころだった。
「お母様ただいま、楽しかったわ」
そう言いながら部屋にはいって来て、そこに伯父の姿を見つけると、フランソワは急に、きょうの自分のしたことを思い出した。
「フランソワ、よく帰って来たね。どうしておまえは、お母さんに心配をかけるの。でも、よかったわ」
「ごめんなさい、ママ。あたし……ちょっと」
「そう、ちょっと悪い娘だったようね。そのことで伯父様とお話があります。だから、自分の部屋に行ってらっしゃい。それから、伯父様におわびを言いなさい」
「伯父様、ごめんなさい、もうしません」
「どうも、おまえにはあきれたよ。わたしの娘なら、ただではすまさんのだが、これからおまえのことで相談をするから、自分の部屋で待っていなさい」
「はい」
フランソワは自分の部屋に戻って行った。
「どうです、今の態度は、まるで自分のしていることの意味がわかっとらん。あんなふうでは、どこからも嫁のもらいてがなくなってしまいますよ」
「そうねえ。あたしもちょっと心配になってきたわ。でも、どうすればいいの」
「あなたは自分でできますか? どうやら、わたしのみたところ、あなたは教育者には向かんようだ」
「そうね、あたしは自信がないわ」
「それではしかたがない、パンテモンの寄宿舎に入れなさい。一年でいい」
「パンテモン? 修道院へ?」
「そうです。修道院といっても、あそこは2つのコースがあって、尼になる人たちとは別に、一般の女子を教育してもいるんですよ」
「それで、どんなふうなの」
「わたしにも詳しいことはわからないが、だいぶ厳しいらしいですな。しかし、上流階級の、手におえない娘は、あそこに一年も入れられると、まるでおとなしい、がまん強い子になって出て来るそうですよ」
「でも、あの子はひとりで何もできないのよ。だから、そんな所へやるのはかわいそうだわ」
「それだからこそやるんです」
「それじや、誰かを付けてやるわけにはいかないかしら。その……女中のルイーズなんかを」
「それはムリですね……でも、もしお金を出すんなら、ルイーズも生徒として行かせたらどうですか。そうすれば、めんどうをみてもらえるかもしれませんよ。もちろん、修道院のほうには内緒にしといてね」
「それはいい考えだわ。それじゃ、そうしようかしら。それでいつ……」
「早いほうがいい。あしたにでもわたしがつれて行きましょう」
「そうですか。それじゃ今、娘とルイーズを呼んで話をしましょう」
[朝六時に迎えにくる]
やがてふたりの顔がそろうと、伯父さんが「そういうわけで、おまえたちふたりは、あした、パンテモンの修道院へ行くんだ。一年たったら出してやる。その間いっしょうけんめい勉強するんだよ」
修道院の内情をあまりよく知らないフランソワは、さほどおどろきもせずに黙ってうなずいていた。しかし、ルイーズは、悲しそうな顔をして、
「だんな様、どうしてもあたくしもいっしょに行かなくちゃあいけないのですか」
「そうだよ、いやなのかい」
「いやです……行きたくありません」
「まあ、ルイーズ、どうしてなの。あたしといっしょにお勉強したり、歌を教わったりするのがいや」
「お勉強? お歌? お嬢様はなんにも知らないから、そんなのんきなことを言って」
「それじや、おまえは知っているというの」
「知ってます。あたくしの家の近くにも修道院があって、あたくしも子供のころはたいへんイタズラ娘だったんで、十二の時に、母はたまりかねてあたくしをその修道院にたたき込んだのです。まずい食事、堅いふとん、それに畑仕事や水くみ、むずかしい勉強、朝早くから起こされて、そして夕方には必ずお仕置きされるんですから。仕事をなまけたからといってはたたき、食事に不平を言ったからといってはたたき、勉強ができないといってはたたき、あたくしだって、子供の時から父や母にはたたかれて育ったんですからたいていのことでは音をあげないけど、あそこのだけは別。だって、お嬢様、むき出しのお尻をシラカバの枝でたたかれるんですよ。タ方のお仕置きの時間には、皮ムチですよ」
フランソワはすっかり青ざめた顔で、
「でも、それはおまえが子供だったからでしょ。十六歳はもうおとなよ、まさか裸にはしないわ」
「とんでもない、お嬢様。十八だろうが、二十だろうが、みんな同じですよ。とくに夕方のお仕置きの時間は、ひとりずつ名まえを呼ばれて、副院長が読み上げる数を、院長先生がたたくんですからね。名まえを呼ばれた者はひとりずつ台に上がって、みんなの前に自分の恥ずかしいところを丸出しにしてしまわなければならないんですからね」
「まあ! そんな恐ろしいことを。お母様、あたしどうしても、そこにはいるの。ねえ伯父様、ルイーズの言ったことほんとなの。だったら、あたしいやよ。お願い、この次からいっしょうけんめいにお稽古しますから、あたしをそんな所に入れないで」
「そんなに心配しなくてもいいよ。ルイーズの言ったのは、パンテモンとは別の所だし、それにルイーズのは無料で行ったんだろ」
「ええ、無料でした。でも、そんなに変わらないと思いますけど」
「そんなことはないよ。パンテモンには毎月高い月謝を払うんだから。食事だってだいぶぜいたくなものだし、部屋もふたり一組の個室になっているそうだし、ベッドも……」
「伯父様、あたし、お食事やお部屋のことなんかどうでもいいの。ただ、その……つまり」
「つまり、おまえは罰のことを知りたいんだろ。今の生活から考えれば、多少は覚悟しなければならないよ。あそこへは、そのために入れるんだから。しかし、パンテモンでは、労働なんてさせはしないし、だから、おまえたちは、いっしょうけんめい勉強さえすれば、そんなに罰を受けることはないのだよ。いいね、あしたはふたりとも、わたしといっしょにパンテモンに行くんだ」
「はい……」
「それからルイーズ、おまえは、あしたパンテモンに行ったらフランソワのことをお嬢様と呼んではいけないよ。おまえは、わたしの知り合いの娘ということにしておくからね」
「はい、だんな様」
「だんな様もいけないな。わたしのことは伯父様と呼びなさい」
「はい……伯父様」
「そうそう、その調子でな。そして、フランソワのことはよろしく頼んだよ」
「はい」
「それではふたりとも、部屋に行きなさい。別に何も用意はしなくてもいいからね。よく眠っておくんだよ。あしたは六時に迎えに来るからね」
[鞭跡をご覧になって]
廊下に出るとふたりは悲しそうな顔を見つめあった。
「ルイーズ、どうしましょう……」
「ほんとにねえ……とんだカーニバルでしたわねえ」
「ルイーズ、あたしのお部屋に来ない。ちょっとお話ししましょうよ」
「はい、お嬢様……いえフランソワ」
「おまえはもうすっかりその気になっているのね。えらいわ。あたしなんか……もう、死んでしまいたいくらいなのに……」
「お……フランソワ、そんなことおっしやってはいけませんわ、さあお話をしましょう。少しは気がまぎれるかもしれませんわ」
「ねえルイーズ、もっと詳しく話してちょうだい……その……懲罰の時間ていうのは、な−に?……なんのためにそんなことするの」
「それはつまり、人間は一日のうちに必ず罪を犯しているそうなんで……それで、一日の終わりに罰を受けて、その罪を清めるんだそうです」
「それじや何もしなくても罰を受けるの」
「あたくしの行ってた所ではそうでしたわ」
「で……それは痛いの……」
「そりゃあ痛いですよ、とっても。でも、あたしなんか、痛いのは平気ですけどね。お嬢様は、ご存じないかもしれませんけど、お屋敷の中でもあたくしたちはたたかれているんですよ」
「まあ! ほんと。だれに」
「女中頭のイライザです」
「まあ、そんなこと、それで、お母様は知っているの」
「もちろんご存じです。あたくしたちがたたかれる時は、いつも見ていらっしゃいますからね。女中たちを仕込むには、いちばん良い方法だとおっしやって……」
「まあ、かわいそうに。そんなこと、しょっちゅうあるの」
「ええ、きのうの晩だって……」
「きのうの晩……どうしたの」
「あたくし、カーニバルのことで頭がいっぱいだったもんで、それで、そわそわしていたんですわ。そして、あのピンクのバラの絵の付いたお皿をこわしてしまったんですよ。そうしたら……」
「イライザったら、さっそく奥様に言いつけたんですよ。そしたら、奥様が見えて、これから二度とこんなそそうをしないように教えておやりってね」
「それでどうしたの」
「それで……つまり、イライザがあたしを教育したってわけですよ、お尻からね」
「どんなふうにされたの?」
「いつもと同じですよ。奥様の前でイスに両手をついて、こんなふうにお尻を持ち上げるとイライザが後ろに回って、腰のところをしっかりとかかえて、平手でもって思いきり懲らしめるんですよ。イライザのは、ききめがありますからね。まだ跡がのこってますわ」
「ほんと?」
「まあ、お嬢様はうたぐっているんですか」
「いいえ、そういうわけじゃないんだけど……あたし、信じられないの」
「よろしい、それではお見せしましょう。ほかならぬお嬢様のことですから」
「言い終わらないうちにルイーズは、くるっと後ろを向くと、両手でスカートを持ち上げパンティーの端を下にずらした。
「ほら、お嬢様、わかります? まだちよっと青くなっているでしょ」
「もういいわ、ルイーズ、もういいわ」
フランソワは両手で顔をかくして横を向いてしまった。
「お嬢様、こんなことで驚いてはいけませんきのうだって、たたかれたすぐあとなら、まっかになってはれ上がっていたんですからね。修道院のはそれ以上なんですから」
「あたし、修道院なんかに行きたくないわ」
「でも、お嬢様はご自分が悪いことなさったんですから、しかたございませんわ。それよりもそのことで、あたくしまでがあんな所に一年も行かされてしまうんですからね」
「そうね、あたし、自分のことばっかり言って、ほんとうにゴメンナサイね。おまえまで巻き添えにしてしまって」
「しかたありませんわ。それに、あたくし、たたかれるのはなれてますし、おいしいごちそうも食べられそうだし、それに……ふふ…お嬢様のそのかわいらしいお尻がむき出しにされて、たたかれて、わあわあ泣きわめくところが見られるなんて、ちょっと楽しみじゃございません」
そう言ってルイーズは、いたずらっぽくフランソワの顔を見た。「まあ、ルイーズのイジワル、みんなであたしのことをいじめるのね。もういいわ、出ていってちょうだい」
「はい、はい。それじや、ゆっくりとおやすみなさい。あしたからはいそがしくなりますよ」