第3章 最初の反省会
[授業の前に]
いよいよパンテモン尼僧院における生活の第一日が始まった。その日フランソワは、ルイーズより先に目をさました。
重苦しい鐘の音が鳴り始めた。最初の一つが鳴り終わる前に、フランソワはベッドから飛び起きた。うす暗い部屋の中でフランソワは身じたくをした。ルイーズはベッドの中で大きくのびを一つすると、くるっと反動をつけて起き上がった。手早く身じたくを整えるとベッドのふとんを直し、
「フランソワ、おはよう、いよいよ始まりね、元気を出しなさい」
部屋の外がだいぶ騒がしくなってきた。もっとも話し声は聞こえなかったが、そのうち隣りの部屋のアデールが、戸をあけて顔だけ中に入れて、
「さあ新入りさん、早くいらっしやい。朝の礼拝に遅れるわ」
ふたりはアデールの後ろについて出て行った。
静かで長いお祈りと賛美歌、そして最後にアーメンで終わると、また静かに外に出た。外に出ると、各クラスごとに先生の後ろについて教室にはいって行った。フランソワとルイーズは、アデールと別れてハミルトン先生の後ろについて行った。
このクラスは十二、三歳の少女ばかりのクラスで、その中にはいってみるとふたりの背はひときわ高く、目だった。珍しそうにふたりをみつめる生徒たちにまじって、ふたりは恥ずかしそうに下を向いてついて行った。
ハミルトン先生の話は、きょうはふたりの新入りの生徒の紹介に使われた。
「いいですね、みなさん。そういうわけでこのふたりの生徒は一週間くらいしかこのクラスにはいないでしょう。でもその間、ここの規則などをよく教えてあげましょう」
そしてまた、ぞろぞろと外に出て食堂へ。朝食は質素な物だったが、けっして、まずくはなかった。
食器の跡かたづけが終わると、生徒たちはいそぎ足で部屋に帰って行った。ふたりが長い廊下を歩いていると、後ろから来たアデールが、
「おふたりさん早く早く」
そう言いながらふたりの背中を押した。
部屋に行くのだとばかり思っていたら、アデールはふたりをさっさと化粧室へつれて行った。
そこには五つのお手洗いがあったが、そのうちの四つにはもう何人かの生徒が並んでいた。アデールはふたりを順に列に並ばせると自分もほかの列の後ろに並んだ。
「アデール、どうしてなの、なぜこんなことするの」
「どうしてって……だってあなた……したいでしょ?」
「ええ……でもへんだわ、こんなの。自分の行きたいときに行けばいいでしょ」
「行きたいときに行ければ、こんなことしないわ。お昼までは教室の外に出られないのよ」
「そう……でもいやあね」
「いやでもしようがないわ、がまんしなさい」
「ねえ、それならアデール、あのいちばん右のはどうして使わないの?」
「ああ? あれ、使ってるわ……ほら、出て来た。あれを使う人はとなりの部屋で待っているのよ」
「まあ、あたし、そのほうがいいわ、こんな所で立って待ってるなんて……」
「そう……それではどうぞご自由に。でもあたしはいやよ、浣腸なんて」
「えっ? なんて言ったの」
「浣腸って言ったのよ。授業中におなかが痛くなる人や、時間どおりにうまくできない人が、先生にしていただくのよ。それに夜中にそそうした娘もね」
フランソワは、それきりだまって下を向いてしまった。
[反省会]
午前中の授業−昼食−午後の授業と自由科目、そして夕食とお祈り、目の回るような一日が過ぎた。そして夕食後の反省会の時が来た。初級クラスから順にひとりずつ院長先生の部屋にはいって行った。そしてきょうは新入りのふたりがいちばん先にはいることになっていた。
まっ先にルイーズがはいった。小さな部屋の中には、まん中に院長先生がイスにすわり、その左に副院長と、右にはハミルトン先生が立っていた。ルイーズは心の中で、やっぱりそうか、と思った。反省会といっても、けっきょくは懲罰の時間と同じだわ、そう思いながら院長先生の前に立つと、
「ルイーズといいましたね」
「はい」
「きょうー日、あなたは神に対して罪をおかさなかったと言えますか。何か悪いことはしませんでしたか」
ルイーズは心の中で〈ほら、おいでなすった〉と思いながら顔には出さず、
「はい先生、あたしはきょう、うそをつきました」
「それはどんなことですか?」
「はい、午前中の授業の時、ハミルトン先生が質問なさいました。そして、わかった人は手を上げるようにと言った時、あたしはわかっていたのに手を上げませんでした」
「それはなぜですか?」
「それは……質問がとても子供っぽかったので……それで手を上げるのが恥ずかしかったんだと思います」
「よろしい。それだけですか?」
「はい」
「それでは、あなたはこれから手を上げないことは、手を上げることよりも、もっと恥ずかしいことだと思いなさい。たとえどんな質問でもですよ、いいですね」
「はい」
「それでは手をお出しなさい。よく覚えておくように、懲らしめてあげますから」
ルイーズは、両方の手のひらをそろえて上向きに上げた。そして副院長が持っていた鞭で二度たたかれた。そしてハミルトン先生がルイーズに、
「よい反省ができましたね。もうよろしい。あしたからはよい娘になりなさい」
ルイーズは頭を下げて部屋を出た。とびらの外には、不安そうな顔のフランソワが、次にはいる用意をしていた。ルイーズは、にっこりと笑って見せた。フランソワは心なしホッとした表情で、部屋の中にはいって行った。
[どんな罰]
ルイーズは自分の部屋の中で、フランソワがどんな顔で帰って来るだろうと思った。きっと、あの人はへまをやるわ。どっちにしろたたかれなければ帰してくれないのだから、自分から小さな罪をつくらなくちゃ……あたしなんて慣れたもんだわ。しかし、フランソワは平気な顔で戻って来た。
「フランソワ、どうだった」
「どうって……何が?」
「何を聞かれたの」
「きっとあなたと同じよ。きょう一日、神に対し罪をおかさなかったか……悪いことはしませんでしたか……うそをつきませんでしたかって……」
「それでフランソワはなんて言ったの」
「あたし……はい、何も罪を犯しません……何も悪いことはいたしません、何もうそをつきません、て言ったわ……」
「そう……それで……」
「それで……それならよろしいって」
「へえ−そうなの……」
「あら……ルイーズは、何かあったの……」
「ええ……まあ、ちょっと。だって、ほんとうのことですもの」
「それで、どうしたの、ねえ、教えて」
「ちょっとうそをついたんで、ちよっとたたかれたわ……」
「まあ、かわいそう……どこを……なんで、どんなふうに!」
「いいえ、別にたいしたことじゃないんですほんのちょっと、たたかれただけですから」
「でもいったいおまえは、何をやったというの。ずっとあたしといっしょだったじゃないの。それなのに、たたかれたなんて……どう痛いの、あたしにしてあげられることはなくって……」
「まあ、そんなおおげさなことじゃないですよ。フランソワ、そんなこと言ってたら、ほんとうにあとで困りますよ。もっと平気にならなくっちゃ」
そのときアデールがはいって来た。
「ああ、やっと終わったわ。あたし、いつもいちばん最後なんだもの、いやになるわ……どうでした、おふたりさんのきょうの反省会は?」
「アデール、聞いてちょうだい、ルイーズはね、たたかれたんですって、きょうが第一日めだっていうのにね……」
「それでフランソワ、あなたは」
「おお、とんでもない。あたしは何もしませんもの。そうでしょ、何もしないのに、たたかれることなんてないわ」
「へえ−そいつはうまくやったじゃないの」
「アデールあなたは?」
「あたし……きょうは軽いの、三つたたかれたわ。でも、ここよ……ここ、手のひらですもの。ルイーズ、あなたは」
「あたしは二つ……同じところよ」
「なんだ、それじゃたたかれたうちにはいらないわ。ここの最低は三つからはじまるのよ」
そのときドアをノックして、クリスティ副院長がはいって来た。
「おや、アデール、ここで何をしているの」
「はい、ここの規則のことや、なにかいろいろお話ししていました」
「そう、それはよいことですね。これからもふたりの話し相手になっておあげなさい」
「はい、先生」
「それでは、あたしはちょっとフランソワにお話がありますから、あなたは自分の部屋に行っていなさい」
アデールが出て行くと、クリスティ先生はフランソワのほうを向いて、
「フランソワ、あなたは何か忘れていませんか。このお部屋にはいって、気がつかないですか」
「はい……なんのことでしょうか」
「あなたはけさ、ベッドを直すのを忘れましたね。覚えていませんか……」
「はい……あたし、今まで、そんなことしなかったから」
「でも、ルイーズはちゃんとできましたよ」
「はい……きっと暗くてよくわからなかったのだと思います」
「言い訳は聞きたくありません。あしたからはきちんとなさい。それに、反省会のお答えは、わたしは不満足です。ハミルトン先生もきっとルイーズと同じことをしたに違いないと、おっしゃってます。でもそれは、あなたにしかわからないことですから……でも、自分で罪を告白しなければ、いつかきっと、神様の罰がくだされますよ。よく考えておきなさい」
「はい、よく考えておきます」
「よろしい、それでは手をお出しなさい。反省会のことはいいとしても、ベッドのことは許すわけにはいきませんからね」
「先生、どうか……もう二度といたしませんから。あしたからはきっとやっておきますから」
「フランソワ、あなたに注意しておきます。先生がたは、一度決めたことは、必ず実行します。言い訳や泣き言は聞きたくありません。さあ早く、手を出しなさい」
そう言いながら、クリスティ先生はフランソワの手を取ると、胸の高さまで持ち上げて手のひらを上に向けさせた。
「ルイーズ、机の引き出しに定規があります。それを取ってください」
ルイーズの差し出す定規を手に取ると、
「いいですか、三つですよ」
そう言うと、いきなりピシッと手のひらをたたいた。
「あっ」と言って、フランソワは思わず両手を組み合わせ、床にしやがみ込んでしまった。
「さあ、お立ちなさい。あと二つ残っていますよ。早くしなさい」
そう言われて、おずおず立ち上がったが、とても両手を出す気にはなれなかった。しかし……
「さあ早く手を出しなさい。それとも、もっと別のところをたたいてほしいの」
クリスティ先生のこのひと言で、フランソワの手はばね仕掛けのように前に出たが、顔を横に向け、目をつぶっていた。クリスティ先生は、手早く二度たたくと、黙って部屋を出て行った。
ルイーズは、フランソワを抱いてやった。しかしランソワは、なかなか泣きやまなかった。九時半の消燈時間がきても、フランソワは眠れなかった。
[尻打ちの罰]
次の朝、ルイーズはフランソワより先に起きた。そして、自分のベッドを直すと、フランソワを起こし、フランソワが身じたくをしているうちに、ベッドを直してやった。それはそのあともずっと続いた。
二日めも一日めと大差なく終わった。ただ反省会の時、フランソワは、ルイーズに教えてもらったとおりに言って手を三つたたかれて、帰って来た。フランソワは、もう泣きはしなかった。しかし、三日めの午前中の授業の時、フランソワはついにその現場にぶつかってしまった。
ハミルトン先生が問題を出し、それを生徒が石板に答えを書いて、ひとりずつ先生のところに持って行った。フランソワもルイーズも簡単にパスしたが、クラス全部の中で三人だけ、ハミルトン先生のところに残された。間題は全部で五問あったが、ひとりの生徒がそのうちの一問だけまちがえた。残りのふたりの生徒は、五問のうち三問まちがえてしまったのだ。
全部の生徒の提出が終わると、ハミルトン先生は立ち上がって、まず一問だけまちがえた生徒に、手を出させた。十二歳ぐらいのその娘は、まっすぐに手を伸ばして、先生の前に立った。シスターハミルトンは鞭を持つと、力いっぱい娘の手のひらを打ちすえた。一回、二回、三回、四回、五回、娘の顔は、一回ごとにゆがみ、いまにも泣きそうになったが、五回の鞭打ちが終わるまで、手をまっすぐに伸ばしてこらえていた。
その娘が席に戻ると、ハミルトン先生は鞭をもう一まわり太めのものに持ち替えた。そして、教壇のまん中にイスを一つ置くと、残りのふたりを呼んだ。ふたりとも前の生徒より年上のように思えた。
「いいですか、ふたりのために問題を作っておきますから、きょうのお昼休みにやっておきなさい。いいですね。さあ、ひとりずつこちらに来なさい」
最初のひとりが、イスに両手をついて後ろ向きにかがむと、ハミルトン先生は制服のすそをつかんで、くるっとまくり上げた。その瞬間、教室の中に〃おお〃というため息が流れた。その娘の後ろにつき出したところは、黒い布でおおわれていた。
「お立ちなさい、あなたはメンスですね」
「はい、先生」
「それでは、きょうの分はノートにつけておいて、メンスが終わってから、わたしのところにいらっしゃい。罰はそれまで待ってあげます」
「はい、ありがとうございます、先生」
「よろしい、では、次」
つづいて、台の上に上ったのは、クラスの中ではかなり背の高い娘だったが、顔はまだほんの子供のような娘だった。ブルネットの美しい髪のこの娘は、からだだけ先に大きくなってしまったのたろう。言われたとおりに両手をイスの上に置いて、その間に頭をつけると、その娘のお尻はみごとに空中に突き出した。ゴワゴワの制服の上からも、その肉づきのいいからたがわかるようだった。
シスター・ハミルトンは、そんなことにはいっこうおかまいなく、前の娘と同じように制服のすそを持つと、一気に背中の上までまくり上げた。
フランソワは、思わずルイーズの手を握った。頭に血が逆流し、目まいがした。その光景はフランソワにとって、あまりにも刺激が強すぎた。すっかりむき出しにされた娘のお尻は、黒い制服に縁どられて、くっきりと教壇の上に浮かび上がっていた。
フランソワは、そんな娘を見ているのがたまらなかった。〈ハミルトン先生ったら、早く許してあげればいいのに〉そう、心の中でつぶやきながら、先生のほうを見つめていた。
一方、ハミルトン先生のほうは、ゆっくりとそでをまくり上げ、あらためて鞭を取り上げた。
「さあ、いいこと、あんな問題で三つもまちがえるようでは、許すわけにはいきませんよ。いいですね、六回もたたいてあげれば、この次からはもっとお勉強するようになるのでしょうからね、どうですか?」
「はい、先生、これからは、いっしょうけんめいにお勉強しますから、なまけ者のあたしのからだをたたき直してください」
「まあ、ルイーズ、あの娘ったら、自分からたたいてくださいなんていってるわ……」
「し−っ、静かに。どうやらあれは、ここのしきたりのようなものらしいですね。たたかるときは、みんなあんなふうに言うのでしょう……」
「まあいや……あたし、とてもそんなこと言えないわ……」
「でもそのうちになれますよ」
「あなたはどんなことでも平気でいられるのね、ああ……もしあたしがそんなことになったら、どうしよう……」
フランソワのことばが全部終わらないうちに、ハミルトン先生の鞭がヒューッという音を従えて、お尻の肉に食い込んだ。