聖女の行進 9

第9章 打たれたい娘・打ちたい娘

[森の中の秘密の話]

 マロニエの葉も落ちて、外には冷たい風が吹きはじめていた。暗くどんよりとした空、そんな陰気な毎日だったが、フランソワとルイーズのふたりは元気に過ごしていた。一日たてば、それだけこのパンテモンから出て行く日が近づくのだから。

 このところ毎日、タ方の自由時間にはその話でもちきりだった。そんな時はいつもアデールがいっしょにいて、自分もできればそうしてもらうように父親に話すんだと言った。

「なにしろ、あたしは三年もいるんですからね」

 そういっては苦笑いをしていた。そして、もし許されれば、こんどは外で自由に三人が楽しめるのだから、とも言つた。

 その話になると、ルイーズが変な顔をするのだ、アデールはいつも不思議に思った。しかし、ルイーズがフランソワの家の召使いだということは、まだ誰にも知られてはいなかった。ふたりはいつも、アデールにだけはいつか話をしようと言っていたが、つい切り出せないままに過ぎてしまった。

 きょう三人は、休みを利用して裏の森にはいった。こんなに寒くなってからは、めったに森に来る生徒はいなかった。しかし三人は寒さよりも三人だけで話し合える所に行きたかったのです。

「あと二カ月足らずね。いいわね、ほんとうにあたしのこと連絡してね、頼んだわよ。父は手紙もくれないし、こっちから連絡もできないし、ほっとけばいつまでも入れておくつもりよ、こんな所でおばあちゃんになるのいやよ」

「だいじょうぶ、まかしときなさい、あたしのママに頼んでもらうわ。ぜったいに出られるようにしてあげるわ。ねえ、ルイーズ、ママならだいじょうぶよね、そう思うでしょ」

「えっ、ええ、もちろんそうね、きっとだいじょうぶよ……奥様なら……」

「えっ、なんですって、ルイーズ、なんて言ったの?」

「いいえ、なんでもないの……つまり……フランソワのママならだいじょうぶってこと……」

「ねえ、ルイーズ……話しちゃいましょうよ。アデールならぜったいだいじょうぶ……ね、話してしまいましょうよ」

「そうね」

「なんなの、聞かせて、あたしのことならだいじょうぶよ。誓って秘密は守るわ」

「実はね、アデール……驚かないでね、ルイーズは……あたしの家の召使いなの」

「えっ、なんですって。それ、ほんとうなの」

「ええそうよ、あたしは召使いなの。もう五年も勤めてるのよ。フランソワとは年が近いからずっとあたしが世話をしてたのよ。それでここに来る時もあたしがついて来たの」

「なんで?」

「だって、この人ひとりじゃ何もできないのよ。部屋のそうじやベッド・メーキングやなにか。このごろやっとじょうずにできるようになったのよ。だから、そんなことを助けるためにね」

「まあ、おどろいた。それじゃ、ずっとルイーズがフランソワの分もやってたの。今までよく見つからなかったわね。言われてみればずいぶんおかしなこともあったわね。それにベッド・メーキングやおそうじのしかたはじょうずにできるようになるまであたしだってたたかれながら覚えたのよ、ずいぶんつらかったわ。それなのにあなたたち、一度もしかられなかったものね。そのはずだわ、ルイーズはその方面のエキスパートってわけね。それにしても、ずいぶんたいへんな仕事を引き受けたものね」

「まあ、召使いなんてどこにいたって笞はついてまわるものよ。だから引き受けたんだけど、ここのはちよっとひどかったわ。でも、後悔したってはじまらないでしょ。それにね、あたしフランソワがお尻をまくられてたたかれて泣きベソになるのが見たかったの。この人、家ではほんとうに生意気だったのよ、少しも言うこときかないわがまま娘だったんですもの」

「でもこのごろはだいぶ良い娘になったんじゃなくって、ルイーズ。それでも家に帰ったらまた元に戻っちゃうかしら」

「そうしたらあたし、奥様に言いつけちゃうわ。そうすれば今度こそ奥様もたたくでしょうからね」

「まあ、ルイーズ、あなたそんなことまで考えてたの、ひどい人」

「ルイーズには弱いところつかまれちゃったから、お家に帰っても前と同じにはいきそうもないわね。でも、ルイーズのおかげでだいぶ助かったんだから、しかたないわね」

「そうね、ほんとうにあたし、ルイーズとアデールには感謝しなければね」

「まあ、急におとなしくなったわ……」

 三人は声をたてて笑いました。

[お仕置きがほしい時]

 若い娘のオシャベリに種切れということはありません。次から次へと新しい生活のこと楽しい夢のようなお話や、通り過ぎて来た、これまでの生活のことなど、そして最後にはきまって、おしおきのことに話が戻ってしまいます。とりわけ、ふたりが一日じゅう罰を受けた時のこと、そのためにアデールまで罰を受けた時のことは、そのために三人がいっそう親しくなったので、よく話し合ったものです。

 ほんとうにあの時のパンの味は忘れられないわ、おそらく一生忘れないんじゃないかしら。たった一口食べただけなのに」

「あたしは味わってるひまなんてなかった。急に先生がはいって来たんですもの。あわてて飲みこんじゃった。それにしても驚いたわ。あの時はどうなることかと思ってね。じっと立っていてもからだがぶるぶるふるえちゃって、背中にすうっと汗が流れて、だからフランソワがアデールの名まえを口にした時も、その時は先生のオドかしに乗せられたな、なんて思ったけど、いま考えると、あの時、フランソワが言わなければあたしがしゃべってたも知れないわ」

「ほんとうにこわかったのよね、ルイーズ、だからぜったいに言うまいと思ってたんだけど、ついしゃべっちやったの……ごめんなさいね。アデール」

「もういいわよ。そのことは何度も話したでしょ、あたしがよけいなことをしたのがかえっていけなかったのよ、あたしがかってにやったことなんだから、そのためにあなたたちだっていやな思いをしたんじゃない、おあいこよ」

「そう言ってもらえると助かるわ。それに、あの時のあなたの態度はりっぱだったわ、ねえ、ルイーズ、そう思うでしょ」

「ええ、ほんとうに。あたしだってああしたほうがとくなくらいわかってるわ。でもね、いざとなると、なかなかああはいかないわ。ついもたもたして、かえって数をふやされたり、オーストラリア打ちをされたり……ほんとうに格好よかったわよ」

「いやあね、三年もいたんですもの、いいかげん要領よくなるものよ。それにねえ……やっぱりよすわ……」

「なんなの、言いかけてやめるなんて、あなたらしくないわよ」

「だって、話したら、あなたたち、あたしのこときらいになっちゃうかも知れないもの……」

「そんなことないわ、話してよ。どんなこと、何かたいへんなことらしいわね。でも、話してよ、そのことであなたのことをきらいになるなんてことはないと思うわ」

「ほんとうかな? でもいいわ、それがほんとうのあたしなんだから、たとえ理解されなくても、それはあたしの責任ですものね。自分を偽って友人でいるよりはいいかも知れないわね」

「なんだか、とてもむずかしそうな話ね。でも話してみて」

「それじゃあ話すわ。あたしね、三年もここにいるでしょ。だから、さっきも言ったように、だいぶ要領もよくなったし、お勉強のほうだって、もうここでやってることはほとんどなんでもわかってるの。だから、最近は、めったにたたかれるようなへまはしないでしょ。あなたがたからみたら、きっとうらやましいでしょうね……」

「そうですとも、あたしだって、フランソワだって、あなたの倍はたたかれてるわよ。どうしてあなたはあんなにじょうずにやれるのか、いつも部屋に戻ってから話し合ってるのよ」

「そうね、そう思うのが普通でしょうね。でも、あたしはちょっとちがうの……うまく話せないけど……たとえば、一週間以上も罰を受けないでいる時があるでしょ、あたしの場合は……。反省会でも、まあ手のひらくらいはたたかれたとしても、本格的な罰は受けずにすむことがあるでしょ、そんな時、夜ひとりでベッドにはいってから、こう……なんて言ったらいいのかしら……つまり……誰かにピシャンてやってもらいたくなる時があるの……それで次の日も何もなかったりするとね反省会の時にわざとへんなこと言って……つまり……罰を受けなければならないようなことをね……それでわざとお尻打ちされるようにするの、へんでしょ」

「…………」

「やっぱり話さなければよかったわ。あたしのこときらいになったでしょ、あたしって、へんよね。でもほんとうなんですもの……」

「アデール、ほんとうのこと言うと、あたし驚いたわ。だってあたしたち、あれがきらいなんですもの。だからわざとそんなことするなんて考えられないのよ……でもねえ、アデール、それにルイーズもきいてちょうだい、あたし、いつだったか忘れたけど、あたしひとりがクリスティ先生のお部屋に連れて行かれてね……もちろん折檻するためによ。それであたしはきっといつもの調子でビシビシやられるのだろうと思っていたの。ところが、おひざの上にいらっしやい、なんて言ってね、あたしをひざの上にのせて平手打ちをはじめたの。その時のたたきかたがいつもとだいぶちがって、とても軽い打ち方だったわ。そのかわりとてもたくさんたたいたから痛いことにはちがいなかったんだけど、それよりも……なんだかとてもへんな気持ちがして、許されてお部屋に帰る途中で、あんなおしおきならもう一度されてみたいなあ、なんて考えたことがあったわ。だから、アデールの気持ちもわからないではないけど……笞はいやだなあ……」

「そういうことなら、あたしにも話があるのよ」

 こんどはルイーズが話しはじめた。

[たたく側だったら]

「ふたりのとはちょっとちがうかも知れないけど、あたしね、誰か、あたし以外の人でたたかれてるの見てると、なんともいえないの。胸がキュッとしめつけられるようになって。だから、さっきも言ったでしょ、あたしがフランソワについて来たのも、一度でいいからこの人がお尻をまくられてビシビシたたかれてるところを見てやりたかったからなの……おこらないでね、フランソワ……でも、それが本音よ。子供の時からそうだったの。あたしの家のほうはいなかでしょ。どこの家でもお父さんやお母さんが、娘でもむすこでもみんな笞でたたくのよ。それも、いいかげん大きくなった娘をひっつかまえてね。

 あたしは、子供のころ、ちびだったものだから、それにおてんばのわりには近所の人の手伝いをよくやったので、どこの家にでも出はいり自由だったのよ。表からでも裏からでもね。そのなかには、かなりお金持ちの家もあったのよ。といったところで、それはあたしの家と比べてというくらいのことで、アデールやフランソワのお家なんかとは比べものにならないけど。それでも、あのへんじゃあお金持ちで通ってたのよ。子供のころあたしは、こづかいかせぎに、よくそういう家の手伝いをしに行ったの。けっして、たくさんはくれないけど、でも、何か仕事をすればいくらかにはなったものよ。

 そんな家の一つに、クリーブランドさんという家があったの。お父さんはモーティマ・クリーブランドという人で、五十歳ぐらいだったかしら。馬車の飾り職人で、まあ、あのへんでは、ちょっと、名が売れた人だったのよ。なんでも、たいへん苦労して、一代で今の地位を築いたとかで……とにかく仕事熱心で、家に帰ってからも仕事をしていたわ。自分の家にも仕事場を持っていてね。それで、あたしは、その仕事場のおそうじなんか、よくやったものなの。あたしにしてみれば、おこづかいをもらえるんだから、いっしょうけんめいやったわ。だから、とても気に入られちゃって。

 それで、その家には奥様のほかに、ふたりの娘がいたのよ。年はあたしよかずうっと上で、姉のシャーロットが十八ぐらいで、妹のフレンチが、そうすると十五か六ぐらいね。それは、あたしが九歳ぐらいの時で、いちばんあの家に通っていたころのことよ。ふたりともかなり美人でね、ちゃんと学校にも行っていたの。そのかわり、家のおそうじや跡かたづけは、みんなお母様まかせで、ろくに手伝いもしないのよ。それで何か言われると、お勉強しないと先生にしかられちゃうの、あたしがしかられたらいやでしょ、ママ、なんて言ってね。お母様はとてもいい人だったけど無学でね、娘にそう言われると、何も言えなくなっちゃうのよ。そして、娘たちは自分の部屋にはいって遊んでるの。そこの家の両親だって、けっしてふたりを甘やかしたりはしなかったけど、こと学校のことになると、ふたりとも、行ったことがなかったので、つい大目にみていたのね。

 だけど、そのほかのことで、あのふたりがしかられているのを、あたしは何度も見て知っていたのよ。お台所でお皿をこわしただけでも笞で折檻するくらいですからね。でも、あの人たちは、とてもきれいなドロワースをはいていて、あたしはとてもうらやましかったわ。笞は、ここで使ってるものよりうんと細いやつで、たいしたことはないけど、それでも、ピシッ! ピシッ! ていい音がしたわ。あのへんでは、娘が何かそそうをしでかした時に笞でお尻を懲らしめるくらいはどこの家でもやっていたから、別段あたしがいようといまいと、関係ないの。たまに、姉のシャーロットのほうなんかが罰を受ける時に、あたしがいたりすると、〈おチビ! あっちに行きなさい〉 なんて言うけど、お母さんのほうは平気でね、かえって、あたしに、〈おチビさん、おばさんがお姉ちゃんをたたいてやるからね。おばさんのいうことをきかないと、こういうめにあうんだよ、よくみておおき〉

 なんて言って、シャーロットをテーブルの上に押えつけて、スカートをまくり上げて笞でたたくのよ。あの娘がキイキイ悲鳴をあげるのを、何度も見たわ。ふだん、とても生意気な娘だから、そんな時とてもいい気味だと思ってね。それである時、わざと告げ口してやったの。それもパパのほうにね。ふたりは台所の仕事をさぼって二階の部屋でカードをやって遊んでるってね。

 そうしたらすぐにクリ一ブランドさんは立ち上がって仕事場を出て行ったわ。もちろんあたしもあとをつけて行ったのよ。そうしたら、まず台所に行ってのぞいてるの。そして奥さんに、どうして娘たちに手伝わせないんだって聞いてたわ。そうしたら、学校のことをやってるからきょうはいいって言ったんですよ、って。それで足音をしのばせて二階に行ったと思ったら、娘の部屋のドアを急にあけてね、あたしは二階には行かなかったのではっきりはわからないけど、たぶん、あたしの言ったとおりだったんだわ。その証拠に、ふたりの娘が階下におりて来て、もちろんその後ろには、おっかない顔をしたクリーブランドさんがいてね。

 あたしはカーテンのかげに隠れて見ていたの。台所から奥様も出て来て、ひとしきりクリーブランドさんは大声でしかっていたわ。そして、ついに最後の決定を下したの。〈マーサ、笞を持って来い。きょうはわしがこのふたりを打ってやる。もし、それがいやなら、あしたから学校には行かせない。そして、わしの仕事場で使ってやるが、どうだ。おまえたちのようななまけ者には、そのほうがいいかも知れんな、どうだ〉ってね。

 ふたりの娘はすっかりおびえて泣きべそをかいていたけど、仕事場なんかにやられてはたまらないから、〈パパ! 許して、ごめんなさい、二度ともうしません〉

 なんて、決まり文句を並べたてていたわ。それでも、おしおきまではのがれられないと思っていたのか、わりあいすなおに、シャーロットのほうから先にパパの前に行ったわ。そしたら、耳をね、耳を引っぱったの。ぐいっと下のほうにね。だから、おじぎをしたような格好になって。クリーブランドさんはすかさず耳をはなすと、その手をシャーロットの腰に巻いてしめつけたの。太い腕の中でシャーロットはバタバタあばれてね。〈パパー、いやよ! おとなしくするから、こんなふうにしないで。これじゃあ、まるで子供みたいじゃない。いやよ、恥ずかしいわ。イスか机のところでちゃんとするから、ね、お願い。そうして!〉

〈何が恥ずかしい! 何が子供みたいだ!  親をだまして家の仕事もろくにできんようなやつは、子供と同じじゃあないか。おまえに少しでも恥ずかしいなどという資格があると思っとるのか。さあ、尻を出せ。昔のようにきょうね父さんがおまえたちの曲がった性根をたたき直してやる!〉

 そう言ってね、スカートをまくり上げたんだけど、子供の時のようにお尻は出てこなかったわけよ。それでまたイライラして、〈なんだ、こんなものをはきやがって。こんなものは、ちゃんとしたレディーの着るもんだ。おまえたちのような子供にはまだ必要ない! マーサ、脱がせてしまえ〉

 その時のシャーロットの顔は、向こう側に隠れていて見えなかったけど、妹のフレンチの顔が耳のつけ根までまっかになって、おそらくシャーロットもそうだったでしようよ。

 マーサが近づいて、ドロワースのひもをほどきにかかると、ものすごくあばれてね、別にわざとじゃなかったんだけど、その結果、お母さんの足をけっとぱしちゃったの。それまでは比較的、娘に同情的だったマーサも、急に態度を硬化させて、冷酷にドロワースを引きおろし、それをすっかり足からぬいてしまったの。もうこれで、シャーロットの腰から下には室内ばき以外何もつけてないわけよ。

 用意ができると、クリーブランドさんは、平手打ちをはじめたの。何十年も金物細工のためにいろんな道具やフィゴを押しつづけて来た彼の手のひらは、まるで岩のように堅く大きいのよ。あたしも一度だけ彼にたたかれたことがあったからよく覚えてるの。でも、その時はそんなに力いっぱいたたいたわけじゃないと思うわ。それでも、あたしの知るかぎり、いちばん強い平手打ちね。そのかれが本気でたたいたんだから、たいてい察しがつくでしょ。シャーロットはキチガイみたいに泣きわめいてたわ。そして、平手打ちのあとで笞を使ったの。

 あたしはカーテンの陰でからだがふるえるのを止めることができなかったわ。そのくせ何一つ見のがすまいと思って、大きく目を開いてもいたの。そして、妹のフレンチの時も……。

 あたしは今でも、その時のことをきのうのことのように、よく覚えているわ。あのふたりの娘の丸くて大きなお尻のことも、その時のあたしには、とても大きく思えたんですもの。あたしたちのような年ごろの娘で、お尻打ちをされるなんて、はずかしいことよね。でも……あたしは、誰かがそうされているのを見るのが好きなんじゃないかしら……きっとそうなのよ。それで……もし、あたしがたたくほうの側だったら……なんて考えると、からだがぞくぞくっとしちゃうの。なんだか

目まいがするような気持ち、そんなことないあなたたち?」

[求める者と与える者]

「ルイーズの言うこともわかるような気がするな。あたしがいつかハミルトン先生のところの娘だったかしら、たたいてやるっておどかした時も、なんだかそんな気がしていたんじゃないかしらって思ったのよ。でも、きょうはずいぶんへんな話をしちゃったわね。アデールはたたいてもらいたいなんて言いだすし、ルイーズはたたいてやりたいなんていうし……」

 フランソワは、そのあとのことばをのみこんだ。この時三人の頭には同じ考えがうかんでいただろう。1+1=2、いや、これ以上に、もっと簡単な方程式かもしれない。求める者と与える者、そして、それを半ば肯定する者、ここにはその三人しかいないのだ。でも、だれもそのことを口にはしなかったし、またその必要もなかった。この特種な世界の中で、かってな行動が許されないことぐらい百も承知していたから。

 それでも互いに心の中までさらけ出してしまったことで、無言のうちにもまた一つ、この三人の中に強いきずなが生まれたことはいうまでもない。そして、さらにフランソワの頭の中には、ここでの生活を終えた後、つまり家に帰ってからのことを考えはじめていたこともつけ加えておかなければならないだろう。その考えはだんだん大きく広がっていったようだ。

 いままで黙っていた三人の中から、急にフランソワが立ち上がって、

「アデール、あなたのことはあたしにまかせて。きっとここから出して上げるわ」

「ええ、ありがとう……でも、急にどうしたの、フランソワ。驚かさないでよ……」

「アデール、あなたは、あたしのほんとうの友人よ。だから、ここの外でもときどき会えるようにしたいの。絶対にそうするわ。ルイーズもきっと手伝ってくれるわ。ね、そうでしょ」

「ええ、もちろんよ。アデールといっしょなら、きっと楽しいでしょうね。あともう少しのしんぼうよ。がんばりましょうね。さあ、そろそろ腰を上げないと時間に遅れてしまうわ。そうするとまた、いやなおしおきされるのよ、さあ行きましょう……あら、いやじゃない人もいたんだっけ?」

「バカね! ルイーズ、あたしのことをそんなふうに言うなんて、ひどいわ。あたしだってなにも……」

「ごめん、ごめん。そんなふうに言うつもりじゃなかったんだけど、つい口がすべっちゃったのよ、ごめんね」

「いいわ。でも、今度だけよ。もう一度しゃべったら承知しないからね」

「わかったわ、アデール。でも、もう時間だから、行きましょうね。ほんとうよ。もうすぐ鐘が鳴りはじめるわ」

 三人の娘はいそいで戻って行った。その道には、木の葉が積もり、その葉もすっかり枯れて、走る足の下でカサコソと音をたてていた。

次に進む ***** メニューに戻る