第11章 お別れ鞭打ち
[最後の失敗]
いよいよ、待ちに待ったその日が来ました。正確には、三百六十六日めの朝、フランソワとルイーズは、初めてここに来た時のように、朝の鐘の鳴る前に目がさめてしまいました。
朝の礼拝が終わり、食事の時、院長先生は、きょう、ふたりが僧院を去って行くことを告げた。ふたりは立ち上がり、そして生徒たちは、羨望のまなざしでふたりを見ていた。
みんなが出て行くまでふたりは、そこにいた。そして最後に自分たちの食器がはいっていた引き出しの名札をはずした。
「あと一時間ほどで迎えの馬車が来ます。おまえたちふたりは、まだまだ完全とは言えません。しかし、ここにいる間は、たいへんよくやりました。家に帰ってからも、ここで習ったことを忘れずに、各自で勉強するように。それでは、クリスティ先生のところに行って着替えをしなさい。そして着替えが終わったら、なるべく早く立ち去るように。ほかの生徒に会ったりしてはいけません。わかりますね。では、ごきげんよう、しっかりおやりなさい」
いよいよこれで最後となると、ふたりともいささかしんみりして、クリスティ先生の部屋にはいって行きました。机の上には二つの箱が置いてありました。
「院長先生からお話があったと思いますからわたしからはもう何もつけ加えることはありません。ふたりともよくしんぼうしましたね、もうあまり時間がありませんから、早く着替えをしなさい」
「はい」
と返事をしてふたりが机の上の箱を持って自分の部屋に行こうとすると、クリスティ先生は、ふたりを呼び止めて、
「ふたりとも、着替えはここでするのですよ。もう、あなたがたの部屋にはカギをかけてしまいました。ここで着替えて、裏の廊下を通って行くのです。そうすれば、人目にはつかないでしょうから」
ふたりは机の上に箱を戻し、ふたを開きました。中から出て来た洋服は、たしかに、ふたりがここに来た時に着ていたものですが、その色がなんとあざやかに……と言うより、むしろ、下品にさえ思えたのでした。そして、レースの付いた下着やコルセットも、何かふしだらな感じさえするのでした。生まれたままの姿にまっ黒な制服、そして白いかぶり物の今の姿にすっかり慣れてしまったからでしょう。
ふたりは、白いかぶり布をはずし、そしてウエストのロープをほどいてイスの上に置くと、たっぷりとした制服のボタンをはずし、するっとぬぎました。クリスティ先生がじっと見ていたにもかかわらず、ふたりの動作には、少しのよどみもありませんでした。
すっかり裸になってしまうと、ふたりはそれぞれの箱からドロワースを取って、そそくさと身につけました。次はコルセット、それから靴下……全く、ゴチャゴチャと身に着けていたものです。ふたりともうんざりしたような顔で、ため息まじりでした。
しかし、次々に身に着けて行くにしたがって、昔のことが……といっても、たった一年前のことなのですが、思い出されて来るのでした。
身じたくが終わった時、ふたりは多少窮屈でしたが、それよりも、ここから出られるので、うれしくてたまらないという様子でした。
「どう、ルイーズ、あたし、少し太ったんじゃない、きついわ」
「そうねえ、それより背が高くなったんじゃない、スカート丈が少し短く感じられるわ」
「あら、あなたもよ、それに、肌の色がそんなに黒くなって、でも、悪い気持ちじゃ、ないわ」
「フランソワ、もうそろそろ時間じゃない」
「そうね、少し早いけど、外で待っていればいいわ。先生、あたしたち、もう行ってもいいですか。よろしければ……あたしたち……」
そこまで言ってフランソワは、黙ってしまいました。それは、クリスティ先生の目が下を向いて、そして、腕組みをしていたからです。フランソワは、ルイーズと目を合わせて、ちょっと額にしわをよせて、肩をすくめました。
「ルイーズ、フランソワ、あなたがたは、ここでいったい、何を教わったの。そのひらひらの洋服を着たとたんに、またもとに戻ってしまったのですか。一年の間、あなたがたの肌身を守った制服をそのままにして行くのですか」
ふたりは〃はっ!〃としてうしろを振り向いた。フランソワの制服は、イスの背もたれにそしてルイーズのは、座板のところに、乱れたままになっていた。
「申し訳ございません」
ふたりはいそいで制服をたたんで箱の中にしまった。フランソワはともかく、ルイーズまでがこんな矢敗をするなんて考えられないことだった。しかし、現実に起きてしまったことは、もうどうにもならないことだったし、いくら弁解したところでしかたのないことだった。
ただ、ふたりは、ほとんど同時に、もう服も着替えたし、すぐに出て行くのだから、このことで、先生は罰を与えるようなことはないだろうと考えていた。それにだいぶ気分を悪くさせたろうけど、もう、それも、どうでもいいことだった。
箱を机の上に戻すと、ふたりは一歩後ろにさがって、あらためて先生の顔をうかがった。
[小気味よい音]
しばらく先生は黙って考えていたようでしたが、腕組みをはずし、ふたりに目を向けると、ぽつんとひと言、しかし、はっきりと、
「許すわけにはいきません」
そう言ったのです。
「なんということでしょう、こんなにまぎわになって、笞を使うわけにはいきませんね。制服をそまつに扱うようなことは、普通なら当然、笞打ちですよ。しかし、今になっては……でも、平手打ちなら、きょうの夕方までには、ほとんどわからなくなるでしょうからね。ほんとにしかたのない人たちだこと。さあ、ここにいらっしゃい」
ふたりは、ゴクンとつばをのみ込んで、まさか、と思っていたことだっただけに、なおさらからだがすくんでしまいました。
「どうしました、すなおな気持ちまで、ここに置いて行くつもりではないでしょうね」
ルイーズが先に前に出ました。クリスティ先生はもうイスにすわっていました。ルイーズはおとなしく先生のひざの上にからだを横たえました。先生は何かきたないものにでもふれるようにスカートをまくり上げました。たったいま身に着けたばかりのドロワースがむき出しになり、クリスティ先生はそれをぐいっと左右に開き、ルイーズのお尻はすっかりむき出しにされてしまいました。そしてそのお尻は、ドロワースの布にふち取られて、いつもよりうんと盛り上がって、今にもはち切れそうでした。
そして、ルイーズに対する最後のお尻打ちが、ゆっくりと、正確に、そして力強く、六回、行なわれました。
ルイーズは歯をくいしばって、がまんをしました。
罰が終わると、先生はドロワースをもとに戻すと、下着の上から、もみほぐすようにさすっていました。
「静かにしなさい、ルイーズ、こうしておけば、すぐ消えてしまいますよ」
そして、フランソワも……美しいレースが何枚も宙に舞って、パンテモンでふたりに行なわれた罰の最後の一打が、フランソワの尻の上で、小気味のよい音をひびかせたのでした。
[一年めの外界]
髪の乱れを直し、クリスティ先生に見送られて庭に出ると、遠くの鉄のとびらの向こうに、なつかしい馬車が見えました。ふたりは押えきれずに駆けだして行きました。門のところにひとりの尼僧が立っていて、とびらのカギを開いてくれました。ふたりが外に出ると、その尼僧は、何事もなかったかのように再びカギを閉ざし、去って行きました。
馬車のとびらが開き、中から伯父様が出て来ました。窓のところにママの顔も見えます。フランソワは駆け出して。伯父様の腕の中にとびこみました。
「伯父様あ……ママ……」
馬車が走り出し、いろいろと話しかけるママや伯父様のことばを、ふたりはうわの空で聞き流し、窓の外をキョロキョロとながめていました。なにしろ一年の間、僧院の外へは一歩も出なかったのですからムリもありません。
「ルイーズ、見て! ホラ、あのお店よ、すばらしいわ、ねえ、見た?」
「ええ、とてもすばらしいドレスね……」
「あら、あのピンクと白の日除けの出ているレストラン、あたし知らないわ」
「ああ、あのレストランは、そう……半年ぐらい前にできたのだよよ。昔、ホテルでコック長をしていた男が出した店で、とてもおいしい料理を出すよ。今度、伯父さんが連れていってやろう。ママとはもう四、五回行ったのだよ」
「まあ、くやしい、娘がさんざん苦労してるのに、ママや伯父様は、あんな、すてきなレストランでお食事してたのね。きっと、連れていってくださらなければ、あたし、おこってよ!」
[訓練の成果]
家の中にはいると、フランソワは、自分の部屋や、窓、階段の手すり、そのほか、なんでもなつかしく、そっと手でふれてみるのでした。とくに自分の部屋の中は、あの日、出かけたままになっていたので、なおさら、なつかしく、いつまでも、じっとすわっていました。
「フランソワ、奥様がお呼びです」
「まあ、ルイーズ……あなた、もう……」
ルイーズは、女中の制服に着替えていました。
「ようやく、自分に戻ったような気がしましたわ、お嬢様」
「やめて、ルイーズ。あたしのことはもうフランソワでいいじゃないの。お嬢様なんて言われると、なんだか変だわ」
「でも、お家に戻ったんですから、それでいいのですよ。そのうち、すぐに元どおりになりますよ。気にしないで……さあ、行きましょう」
ふたりは連れ立ってママのお部屋に行きました。
「さあ、さあ、ふたりともこっちに来て顔をお見せ。少しもじっとしていないのね。ママのことを忘れてしまったの。さあ、そこにすわって話してちょうだい、どんなふうだったの」
「何から話していいのかわからないけど、とにかく、たいへんな所だったわ。ねえ、ルイーズ、あたしたち、ダマされたみたい。それでもよくがんばったでしょ、ママ」
「ええ、ええ、ふたりのことは院長先生からお手紙をいただいて、とてもよくやったってほめていただいたのよ。ルイーズ、フランソワはどうでした、ちゃんとできて?」
「はい、奥様、お嬢様は、それはもう、とてもよくやってらっしゃいました」
「そう、それはよかった。それで……やっぱり罰は受けたんでしょうねえ……ぜんぜん受けずに済むわけにはいかないものねえ、多少はがまんしなくてはね、どう、そんな時、フランソワは泣いたでしょ、どうだったの」
ふたりはポカンと口をあけて顔を見つめ合い、それから……思わず吹き出してしまいました。あんまりママがのんびりしてるので……。
「ルイーズ、ママにはなんて言ったらいいのかしら。ほんとうのこと話したら、死んじゃうわ。あなたから話してよ、うまく……ね」
「そういわれても困るわ。つまり……ですね、奥様、あたしたちふたりは……奥様の想像なすってるような罰は、ほとんど……毎日……いいえ、なにもあたしたちだけというわけではないのです。みんなそうなのです……あそこでは、とてもきびしくて、それで、一年のうちで泣かない日を数えたほうが早いですわ。なにしろ、たいていの時は笞で打たれるんですから。とにかく、そんなふうでした……」
「まあかわいそう。ほんとうなの。フランソワ。まあまあ、なんてことでしょ、よくがんばったねえ、えらかったねえ……」
「ママ、泣かないで、あたし、平気よ。いいえ、平気になったの。昔のあたしって、ほんとに甘ったれだったわね。もうだいじょうぶ、ちっとやそっとのことではへこたれませんからね。ママも伯父様も聞いていてね」
フランソワは立ち上がると、机の上のバイオリンを取り上げて、ひきはじめました。美しい調べが、よどみなく流れ出ます。一拍、いや、半拍のまちがいもなくひき終わりました。
「すばらしい。みごとだ。わたしだったら、とても、一年でこんなにうまくひけるように教えられはしない。いや、この半分だって、どうだったかな」
「伯父様が悪いんじゃないわ。あたしが悪かったのよ。それと……笞よ。まちがえるたびに打たれるんですもの。たいてい覚えるわ」
「そうか、それはたいへんたったね。でも、よくやった」
[若い女中頭]
それから、いろいろなことを話しました。楽しいことや、つらいことのかずかずを、そして、アデールのことも話しました。
ママはさっそく手紙を書いてあげようと約束してくれました。しかし、ふたりは、青キップのことだけは話しませんでした。だって、伯父様がいっしょだったから、きっと恥ずかしかったんでしょう。
「そういうわけで、あたしはアデールとルイーズにはとても世話になったの。とくにルイーズにはね。だから、ルイーズのこと、ママ、考えてあげてね」
「そう、わかりました。実はね、四カ月ほど前に、イライザが結婚してね。ずっと通って来てくれてるんだけど、今度急にご主人が転勤になってね、それであたしも困っていろいろ手をつくして捜していたんだけど、なかなかいい人がいなくてね、少し若過ぎるけど、このさい、ルイーズを女中頭にしてあげようかね。どう思います、あなたは……」
ママは伯父様に聞きました。
「そうだねえ、少し若過ぎるようだが……それに、この家にはもうひとり、ルイーズより年上の女中がいたんだろ。ちょっとどうかな。しかし、わたしの家に来た若い女中と変えれば、うまくいくんじゃないかな。あの娘はまだ十五歳だし、あとひとり同じぐらいの年の女中を雇えばうまくゆくのじゃないかな」
「あなたがそうしてくれるなら、あたしはそれでけっこうよ。たしかにそうですね。女中頭は年上でないとうまくゆかないわ。でも、若い女中ばかりになって、ちょっと心配ね、ルイーズ、あなたうまくできる?」
「はい、奥様、いっしょうけんめいにやります」
「ママ、だいじょうぶよ、ルイーズは、いろんな教育を受けたのよ、あたしと同じよ。それに、若い女中を教育することだってできるわ。ありがとう、ママ」
[意外なことば]
一カ月のうちに女中がふたりも変わって、フランソワはあっちこっちと飛び回り、流行のドレスを注文して、目が回るようでした。ようやく家の中が落ち着くとフランソワは、いよいよアデール救出作戦にかかりました。ママに頼んで手紙を書いてもらうと、それを持って出かけて行きました。もちろんルイーズもいっしょです。
「ルイーズ、うまくいくといいわね。どんな人かしら、アデールのお父様って……」
「そうですねえ、娘をあんな所に三年も置いて平気なんですからねえ、とびきりのガンコ者でしょうよ。門前ばらいかも知れませんね、そうなると、ちょっとやっかいですねえ……」
三十分ほど走ると、御者が降りて近くの人に家を尋ねます。すると、アデールの家はもう、ほんの目と鼻の先でした。門の前でふたりはもう一度、うまくいくように……とお祈りをして、はいって行きました。
ベルを鳴らすと、年老いた召使いが出て来て、話を聞くと、とびらをぴたっと締めて行きました。再び顔をのぞかせると、どうぞおはいりください。と言って、ふたりを中に招じ入れました。
小さいけれど、とても趣味の良い応接間で、ふたりは待っていました。すぐにドアが開いて、がっしりした体格の人がはいって来ました。
「アデールの父です、あなたがフランソワですね」
「はい、あたしがフランソワです。こちらはルイーズ。あたしたち、パンテモンでお嬢様といっしょでした。それで……実はきょう、母の手紙を持って来ました。どうぞ先に、これを読んでください。お話はそれからにいたします」
「わかりました、さっそく母上の手紙を拝見しましよう」
そう言ってイスにすわると、手紙を読みはじめました。ふたりはその様子を心配そうにうかがっていましたが、アデールのお父様は眉一つ動かさずに手紙を読み終えると、ふたりのほうに向いて、
「それで、わたしにどうしろと、おっしゃるのですか?」
「どうって……アデールをパンテモンから出して上げてください。もう三年もいるのですもの。明日にでも行ってくたさい。明日行っても、出て来るのは一週間後になるのですよ。どうかお願いします。アデールは、パンテモンではいちばん成績がいいのです。ですから、もうあそこにいなくても、だいじょうぶですわ。どうか、あたしとお約束してくたさい、明日パンテモンに行く……と」
「明日パンテモンに行って、アデールを出してくれというわけですね……それは少し無理な注文ですね」
「どうしてですの。なぜ、明日ではいけないのですか。もし明日のご都合が悪いなら、明後日でも……」
「いや、わたしはもうパンテモンには行きません、今後ずっと……」
[アデールとの再会]
「まあ! あなたはなんて人でしょう。それではアデールはどうなるのですか? 一生、あんな所に……ああ、ルイーズ、どうしましょう」
「ほんとうにひどい人、あなたは子供がかわいくないのね。それにしても、かわいそうなアデール。あんまりだわ……フランソワ……どうしよう」
ふたりは顔を見合わせると、もう手放しで泣き出してしまいました。
「おやおや、これは困ったぞ。実は、フランソワさん……つまりですな……ルイーズ、ちょっと泣かんで聞いてください……いや、弱ったな。ちょいといたずらが過ぎたようじゃ。おい、アデール、出ておいで」
ドアのかげからアデールが、おなかをかかえて出て来ました。
「まあ、アデール」
ふたりはいっぺんに泣きやんでしまいました。
「あなたたちが悪いのよ。家に帰ったらすぐに来てくれるはずじゃなかったの。もう一ヵ月以上もたつじゃない。言い訳はけっこうよ。新しいお洋服を作る時間はあっても、パパのところに来る時間はなかったのね。あたしはもう一週間も前に帰って来たのよ。パパが来てくれたの。はじめはてっきりあなたたちがパパに話してくれたんだと思ってたわ。ところが、パバに聞いたら、そうじゃないって。はじめから、三年めには出すつもりでちゃーんとカレンダーにしるしがつけてあったんですって。それで、あなたたちがいつ来るかと待っていたのよ。毎日毎日なかな来てくれないから、パパと相談して、ちょいと驚かしたの。どう、パパ、うまかったでしょ。それでも、うそはつかなかったはずよ。だって、あたしはもう家にいるんですもの。パパはもうパンテモンに行く必要はないわ、明日も明後日も……そうでしょ」
「そんなこといったって、あたしたちもいっしょうけんめいにやったのよ、ねえ、ルイーズ、もっと早くに来たかったけど、お家のほうでいろいろとあったものだから、でも、よかった、また三人がいっしょになれたのですもの」
「ほんとに、アデールったら人が悪いわ。それに、お父様までがいっしょになって、パンテモンでこんなことしたら、ただではすまされないことよ」
「ほんの冗談のつもりじゃったが、失敗、失敗。おわびのしるしに、きょうはパパがみなさんを食事に招待しよう。外に出るわけにはいかないが、そのかわり、わたしのよく知っている、中国人のコックに頼んで来てもらおう。どうだね」
「まあ、すてき、ねえ、いいでしょ。ふたりとも、馬車を先に帰せばいいわ。あとで、家の馬車で送ってあげるわ。ねえ、パパ、お手紙を書いてくだされば、馬車の人に渡すわ。そうすれば、お家のかたも心配しないでしょうから」
「そうだね、それじゃ、十分ほどしたら、わたしの部屋にいらっしゃい」
三人は楽しそうに、この一カ月に起こったことを話し合いました。そして手紙を持った御者が掃って行き、三人はお食事を待つ間、お父様のお部屋で話していました。
[帰宅早々のお仕置き]
「ほんとうに、良い友だちができてよかったね。アデールは、子供の時に母親を亡くして、それからというものは女中まかせ、わたしが気がついた時は、手のつけられないお転婆になってしまってね。わたしも、家でできることならと思って、ずいぶんきびしくしたのだが、なにしろ一日じゅう家にいるわけにもいかず、しかたなく、あそこに預けたようなわけなんですよ。はじめのうちはずいぶんつらいめにあったらしいね」
「始めのうちだけじゃなくってよ。ねえ、フランソワ」
「そうね、でも、だんだん慣れてしまうのかしら、やはり、始めのころはつらかったわ」
「実は、この娘の母親、つまりわたしの妻も、パンテモンに行かされたことがあるのでね。あそこのことは、わたしもよく知っているのですよ」
「まあ、お母様も、どうりで……とてもきびしかったのよ。あたし、少しも知らなかったわ」
「ママの行っていたころのほうが、もっともっときびしかったのたよ。だから、ママは、娘をあんな所にやりたくないって言ってね、それできびしくしていたのさ。あと二、三年ママが長生きしてくれたら、おまえもパンテモンなぞに行かずにすんだのに」
「もういいわ、帰って来たんですもの」
「でも、また元のようにお転婆をすれば、今度はパパが許さんぞ、この間のように……」
「あら、アデール、もう何かやったのね。まだ一週間でしょ」
「パパったら、いやねえ、恥ずかしいわ。でも、あなたがたがいけないのよ。なかなか来てくれなくて、あたしいらいらしてたの。本を読んでたら、パパが来て、お友だちはまだらしいね、なんて言うもんだから、くやしくって、ポイッと本を投げ出したら、机の上のコーヒーカップにあたって、ガラガラ、ガッシャン……よ。ほんとうに悪かったと思って、パパにあやまったんだけど……パパ、許してくれないんですもの。ほんとうのこと言うと、とても恥ずかしかったわ。だって、割れたカップをかたづけに女中が来ているのに、パパったら、大きな声で言うんですもの。アデール、おまえがそんな態度を直さないなら、直るまで、いつでもお仕置きだよ! さあ、パパの部屋に来るんだ。お尻をたたいてやるーってね。みんなに聞かれちゃったわ」
「まあ、たいへん。それにしても、もう少し早く来ればよかったわね。そんなことになってるなんて夢にも思わなかったわ」
「ほんとうよ。だって、パパったら、ニ年前と同じなんですもの。あたしたちがもうすっかりレディになったのに、少しもわかってくれないのよ。からだだって、こんなに大きくなって、前に持っていたお洋服や、それに下着なんかも、みんな着られなくなってしまったわ。だから、今度買ったお洋服だって、もうすっかりおとなのと変わらないのよ。あなたたちだって、そうだったでしょ。下着だって、子供の時のようなドロワースじゃないわ。コルセットの付いた下着よ。もう、何もかもレディーなのに、それなのに、パパったら……パンテモンと同じように、お仕置きするのよ。あそこでは、何も着ていなかったから、かえって覚悟ができていたけど……パパに下着を脱がされた時は、死ぬほど恥ずかしかったわ、ほんとうよ……」
「いくらからだが大きくなって、着る物がおとなと同じになったって、やることが以前と同じじゃしようがないね。おてんばしたり、ぶつぶつふくれたり、家の中をばたばた走り回ったり、それに、おまえは、階段の手すりにまたがってすべり降りたそうじゃないか。もしほんとうなら、また、お仕置きを、せにゃならんぞ」
「うそよ、うそだわ。あたし、そんなことしないわほんとうよ……」
「まあ、アデールったら、赤い顔して、ほんとうかしら、それにしてもおてんばね」
四人は声をたてて笑いました。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいます。でも、これからは、いつでも合うことができるので次を楽しみに、ふたりは家に戻りました。