聖女の行進 12

第12章 叩かれるより叩きたい

[代役教授]

 木々の緑が濃くなるにつれて、フランソワとルイーズの生活はいそがしくなって来ました。

 それは、ふたりがぼんやりと想像していた生活より、だいぶ忙しい生活でした。ルイーズは、ふたりの若い女中をさしずして、もうすっかり女中頭になっていました。フランソワは毎日、伯父様の家に出かけてゆきます。今ではもうすっかり、伯父様の助手になっていました。

「フランソワ、おまえが来てくれてほんとうに助かるよ」

「だけど伯父様、いったいどうして? これじゃあ、まるで学佼みたいよ。なぜ、こんなになったのか、まだうかがってなかったわ」

「そうか、おまえには、まだ話してなかったね。いや、別に深い訳があるわけじゃないんだよ。おまえも知っていただろう、ジョンス・ルンプリエール卿」

「ええ知っていてよ、伯父様。音楽教育の権威、とくにバイオリンについては、高名なかたですわ。伯父様とはお友だちだったんでしょ?」

「いや、親しくしていたが、友だちというよりは、わたしの先生とでも言ったほうがいい。教育に関しては、わたしの実力を高く評価してくれていたのだが……わたしが金持ちの娘ばかりを相手にするもんで、どうもそのことでは始終小言ばかりさ、本物の才能だけを育てろとね。しかし、本物の才能なんて、そうめったにいやしない。それに、たまに見つかる宝石を、わたしは自分かってにいじくらないうちにウィーンに送ってしまうのさ。そのほうがいい」

「そうかも知れませんね。本物の天才なんてめったにいませんわ……それで?」

「まあ、そんなわけだ。そして、つい三カ月ほど前、ジョンス・ルンプリエール卿が亡くなってね」

「まあ、ちっとも知りませんでしたわ」

「それで、亡くなる三日前にわたしが見舞った時に、自分の生徒のことをよろしくたのむと言われてね。わたしは先生がよくなるまでよろこんでお引き受けしますと、返事したんだ。ところが、急に亡くなられて、とりあえずわたしは、約束どおり先生の生徒を全部引き受けたのさ、三十人くらいいたかな。さすがに先生のところにはすばらしい才能の持ち主がいてね、それも四人もいた。わたしはさっそくウイーンへ送ろうと思ったが、そのうちのふたりからは全くお金を取らずに先生は教えていた。つまり生徒の家は、あまり経済的に恵まれてはいなかったのだ。だからウイーンヘやることなど、とてもできないことだったんだよ。それでしかたなく、わたしが金を出すことにした。なにしろ先生との約束だし、それよりもあの才能を見殺しにはできないからね。そんな訳で、わたしのほうは急に出費がかさんでね、残りの二十五、六人のうち十人くらいの男の子はほかの先生にお願いして、ほかに五人くらいの娘は……もうかなり年かさでもあるし、一応、才能の限界もわかったので、これを機会にやめたよ。そしてわたしの手元には十人の若い娘たちが残されたのさ。まだはじめて二年か三年くらいのものばかりだ。才能も海のものとも山のものともわからんが、とりあえず金持ちの娘たちさ。そうしないとわたしが困るんでね。まあ、ざっとそんな訳で、わたしは急に十人の生徒がふえたという訳さ」

「それでわかりましたわ。でも……なぜ伯父様は男の子を教えないのですか?」

「男の子の場合には責任が重い。なんとかせにゃあならん。そこへいくと女の子は、まあ楽だな。どうにもならんでも、ちゃんと結婚して良い奥様にはなれるからね……」

「まあ、伯父様ったら、ずるいのね」

「まあ、そう言わんでくれ。天才を育てるのはたいへんな気苦労なものさ」

「それでは、そうしておきましょう。ところで今度はあたしに何を……」

「今、家に来る生徒は二十四人、おまえを入れると二十五人になる。そのうち、わたしの目に狂いがなければ、たいへん才能のある者が二人いる。そのほか新しく来た子のなかに、十歳以下の者が六人、これはまだほんとうのところはわからんが、今がたいせつな時だから人まかせにはできん。とすると残りは十五人、もちろん残りの十五人も、これからどんどんじょうずになってゆくだろうが、専門家として立つのは少々無埋かも知れん。そこで……つまりその十五人、いや、おまえをぬいた十四人のめんどうを、フランソワ、おまえに見てほしいんだよ。年もちょうど十歳から十五歳までだし、この一カ月のおまえの助手ぶりはたいへんりっぱだったからね、じゅうぶんできると思うよ。それにわたしは、いつでもここにいるのだから、何かわからない時はいつでもわたしのところに来ればいいのだし……どうだろう、引き受けてくれんかね」

「まあ、あたしにできるかしら。でも、それで伯父様が助かるなら、やってみるわ」

「そうか、それはうれしいね。一日三人くらいずつみておくれ。そうすれば五日で一回、ちょうどいいだろう。机の引き出しをあけておくれ、その中にノートがはいっている。ああ、その黒い表紙のやつだ。そこに今いった生徒の分がはいってるよ。名まえと年齢のほかに現在の進行状態、性格、注意事項などが書いてある、それを読んでおきなさい。役に立つ。それと今後の進行状態を書いて、わたしに報告しておくれ、そうすれば次に何をするかは、わたしから指示しょう」

「まあ、こんなにくわしく書いてらっしゃるのね、少しも知らなかったわ。それなのに、伯父様のこと、悪く言ったりしてごめんなさい。あたしにできるかしら……」

「まあ、おまえは自分流にやればいい。なにしろ、フランソワ自身が見違えるほどじょうずになったんだから、そのつもりでやればだいじょうぶさ」

「やってみるわ、でも、始めのうちは助けてくださいね」

「もちろんだとも」

[家庭訪問]

 それから数日、ようやくフランソワは、自分の生徒の名まえと顔、そして彼女たちの性格なども覚えました。そして伯父様が言ったとおり、なかには、いやいや来ている娘もあったのです。

 家庭はみな上流で、家に帰ればわがままいっぱいに育っているのでしょう。どうもうまくゆきません。そこで伯父様に相談して、自分の生徒の家を全部回ることにしました。フランソワの家も名家でしたので、一軒ずつ、たいへんに観迎され、全部の家を回るのに一カ月もかかりました。しかし、フランソワが考えていたとおり、彼女は、その生徒の母親ひとりひとりから、全面的な信頼を受けることに成功したのでした。

 それには、フランソワ自身の体験がたいそう役にたちました。そして最後にフランソワのひくバイオリンが、母親たちの心を完全に自分のものにしてしまうのでした。うっとりと聞いていた母親が、やがて曲が終わると立ち上がり、同じようにこう言うのでした。

「フランソワさん、あなたのようなかたに娘をお願いできるなんて、ほんとうによかったわ。なにしろ、あなたは家柄もおよろしいし、それになんといっても女性なんですから。娘の教育にはあなたほどすばらしいかたはありませんわ。それにそのすばらしい演奏を聞かされては、どうしてもお願いしないわけにはゆきません」

 そこですかさずフランソワは、

「でも、今のような甘い気持ちでは、ほんとうのところ、あたくし、お引き受けしかねますの……」と、だめ押しのひと言。

「とんでもございません。どうぞ、娘のことはおまかせします。あなたのよろしいように教育してください。あたしはもういっさい口出しはいたしませんわ」

[ママのお仕置き]

 こうして一ヵ月の間に、すべての生徒たちの母親から、娘たちをまかされたフランソワは、ようやく自分流の……というより、パンテモン流の教育を始めようとしていました。

「ああ、ルイーズ、あなたに頼みたいことがあるの」

「まあ、お嬢様、ずいぶんおそかったんですね。このところ毎日じゃありませんか。お母様も少々ごきげんナナメですよ」

「ほんとう。でももうだいじょうぶよ、きょうでおしまい。あたしもつかれたわ、毎日毎日。……それでは、ちょっと母上のごきげんをうかがってくるわ。あとであたしのお部屋に来て」

「はい、お嬢様」

 フランソワは階段のところの鏡で、手早く髪の乱れを直して上がって行った。今ではママとほとんど対等になんでも話し合い、ときにはフランソワのほうが主導権を取ります。そしてフランソワの後ろには伯父様がついているので、ママは少々押されぎみです。

 夫は世界を飛び回り、むすこもすっかり飛行機にとりつかれ、めったに家に帰っては来ず、たまに帰ってもまたすぐに出て行ってしまうのです。

 ところが、たったひとり自分の手のなかに残っていた娘までが、最近は、鳥がとんでゆくように、もう自分の自由になる者はひとりもいない。いや、いくらでもお金はあった。少なくとも、生活していくうえでは、何一つ不自由はない、ほしい物はなんでも手にはいる。女中だって数をふやそうと思えばいくらでもふやせるが、別に三人いればそれでよかった。少なくとも、この三人の女中たちを支配することはできる。しかし、それとても、親の……母親の力ではない、金の力なのだ。たとえルイーズだって、給料を今の半分に減らせば……それでもここにいるとは言いきれない。つまりは金の力なのだ。

 ……自分ひとりが世間から取り残されてゆくような、自分がこの家ではもう何もすることのない、むだな人間のような気がしてならないのです。夫もむすこも娘も、ママが家にいてくれるから外で思い切りのことができるという、みんな心の底からそう言ってくれる。でも、そのことばすら、ママにはなぐさめのように思えるのです。

 少々、イライラして、神経をとがらせ、ささいなことに腹をたて、気むずかしくなっていきます。だから、フランソワも少々手をやいていたのです。仕事のこと以外で、ママの逆襲に合うこともしばしばだったからです。自然に髪の乱れを直したのもそのためです。

 このごろ、いやにうるさく言うものだから、それで自然にそうなったのです。もっとも、四日ほど前に、そのことでママからちょっびり教育を受けたのでなかったら、そして、ついきのうまでイスにすわるたびにそのことを思い出させられたのでなかったら、そんな細かいところにまで気がつかなかったかも知れません。

 四日前、ママは始めから知っていたのです。軸の食事のあいだじゅう、ずっと知っていたにちがいないのです。きちんとピンでとめたはずの髪が、ぶざまに後ろに下がっているのを。そして、そのことをルイーズが気がついて目で合い図したのに、フランソワは、それすらも気がつかなかったのです。そして、たったいま気がついたというふうに、ママは大げさに驚いて見せたのです。

 そして、たとえふたりだけの食事でも、作法は作法、そのくらいのことが自分でできなようでは、あたしが世間の物笑いになると、たいそうふきげんになり、はじめのうちはフランソワもなるべくしたてに出てママをおこらせないようにしていたのですが、少々ママのお小言が長すぎたので、つい、

「わかったわ、ママ、もういいわ。それに、ママははじめから知ってたんでしょ。お食事の前に言ってくだされば直しに行ったのに」

 ママの眉がキリッと上がり、しまった、と思ったときは、もうママの叱声がとんでいました。

「おだまり! フランソワ、おまえが降りて来た時、ママはもう席に着いていたのよ。もし仮にお客様がいたとしたら、どう。それでもママが注意できると思って。人に言われてから直しに行くのなら、五歳の子供にだってできますよ。このごろ外でお仕事をしていると思って、ママをバカにしているんだね、いいや、そうに違いない。おまえは伯父様の手伝いをしているだけなんだよ、それくらいのことでもう一人まえになれたと思ったら大まちがいだよ」

「そんなこと思わないわ、あたしはただ……ママが知っていたのなら……」

「もう、おやめ。そうやってママに口答えすることが、そもそもすなおでない証拠じゃないか。そういう生意気な態度は許さないよ。いいね。さあ、あたしの部屋においで」

[恥ずかしい体罰]

 始めの一カ月は何も起こらなかったのですが、次の一カ月のうち、フランソワは三度、不幸に見舞われました。そしてこの日が四度めだったのです。ママは、フランソワがすなおについて行くにもかかわらず、その時には必ずフランソワの耳をつかむのです。

「そんなことしないで。言うことをききますから」

 と何度頼んでも、ママは同じことを繰り返すのでした。

 そしてその時もママは、いやがるフランソワの腕を取り、そして手をのばして耳をつかんだのでした。そしてそのまま、階段を上ってゆくので、フランソワは、知らす知らず大きな声で叫んでしまうのでした。

「ママ、ごめんなさい。言うことききますから−−ねえ、やめて」

 その声は家じゅうの者に聞かれてしまいます。そしてママの部屋に引きずり込まれたフランソワは、ベッドの上に上半身を横たえ、スカートはすっかりまくり上げられてピンで止め、そしてパンタロンは合わせ口を押し広げられるか、場合によってはすっかり取り去られ……いずれにしても、最高に恥ずかしいポーズを取らなくてはならないのです。

 すっかり肉づきのよくなったフランソワのからだは、パンテモンで鍛えぬかれ、そして美しく整った丸みを惜しげもなくさらしているのです。それはもうすっかり完成された美しさだと言ってもいいでしょう。

 それなのに、その柔らかくふくらんだ双丘は、ママの痛い痛い笞を、ふるえながら待っているのです。

 フランソワはべッド・カバーの端をしっかりとにぎりしめて、目をつぶり、そして心の中では、あたしはもう子供じゃないんだから、こんな恥ずかしいお仕置きはやめてほしい、と思っていました。

 しかし、それを口に出して言えば、ママに、もっとたくさん打たれるような気がして、とても言う勇気はありませんでした。

 別に、たたかれるのはしかたがないとしても、手のひらか背中のほうならいいのに、パンテモンにいた時はあきらめていたのに、家に帰ってからはすっかり元に戻って、スカートをまくられただけで耳のつけ根までまっかになってしまうのでした。ママとふたりきりなのに、恥ずかしくて涙が出るほどです。

 やがて、細くしなやかな笞が、ピシ、ピシと音をたててまとわりついてきます。一打ちごとの痛さは、パンテモンのものとは比べものにならないくらい軽いものでしたが、ママは、時間をかけてそれを行なうので、とてもつらいことにちがいはなかったのです。

 お仕置きをすませると、ママは満足そうにうなずいて、小さな子供にするような態度で、

「いいね、フランソワちゃん、ママの言うことがきけないと、いつでもこうですよ。まだまだひとり歩きはできないんだってこと、よく覚えておおき」

 フランソワはひと言いい返したいのを、ぐっとこらえて自室に引き上げます。くしゃくしゃになった顔を鏡台の前で直していると、また恥ずかしさがこみ上げ、ちょっびり口惜しくて涙がボロボロとこぼれ落るのです。

[盗癖ある女中]

 この日もあやうく、フランソワにとって五回めの下幸な日になるところでした。生徒の家を尋ねることの重大さと、きょうですべての生徒の家を回ったので、あしたからは早く帰れるということを何度も何度も説明して、ようやく許してもらいました。

 自分の部屋にはいるともうルイーズが待っていました。

「あら、もう来てたの」

「はい、どうしました? ずいぶん長かったですね。またかと思ってましたけど、どうやら、きょうは助かったようですね」

「ようやくよ、もう少しであぶないところ。このごろ、ママったら、いやんなっちゃう、いつもそばに笞が置いてあるのよ」

「そうですね、このところお台所のほうでも、うかうかしていられないんですよ。もっとも被害者はもっぱらあのふたりでね、あたしはだいじょうぶですよ。まだ一度だけ……」

「まあ、たった一回? あたしなんかもう四回もいただいちゃったのよ。あたしがいちばん多いんじゃない」

「そんなことないわ、あの娘たちはほとんど毎日ですもの」

「毎日? ママが?」

「いいえ、奥様はときどき来るだけですから、あとはあたしがね」

「ふ−ん、毎日よく材料があるわね」

「あの娘たちときたら何一つ満足にできやしいんですもの。仕事はおそいし、少しでもひまな時はぺちゃくちゃおしゃべりばかり、ビシビシやらなくちゃとてもとても」

「ルイーズもたいへんね。そういえばこの間、あの新しく来た小さい娘、そうエルシイっていう娘ね、このお部屋のおそうじの時、鏡台のところから香水を取り上げて自分の肌着につけていたわ」

「ほんとう? フランソワ!」

「ええ、あたし見ていたんですもの。あの娘は気がつかなかったんでしょ、あたしが出て行くと、知らん顔してたから」

「どうしてしかってやらなかったんですか。もしご自分で言うのがいやなら、あたしに言ってくださればいいのに」

「だって、たかが香水よ。それに、ほんの一滴……」

「どうして一滴ってわかります。ここに来るたびにそうしているかも知れません。そしてその次はおしろい、そして靴下を片方、そしてまた片方、次は靴下止め、そして……」

「まさか……そんなふうになるなんて信じられないわ」

「いいえ、お嬢様、あなたは知らないのです。あたしたちがどんな生活をしていたか、ここに来てはじめて、こんなぜいたくな暮らしを見るのです。同年輩のあなたの持ち物は、なんでもとてもうらやましく思えるのです、たまらなくほしくなります。のどから手がでるほど。そして香水を……あたしもそうでした。でもあたしは、その時イライザに目が回るほど笞で打たれました。それではっきり覚えるのです。あたしとあなたが違う世界で生活をしているんだということを。はじめのうちは悲しいですよ。でも、そのことをおこたったため、あとで取り返しのつかないようなことが世間ではよくあるのですよ。お嬢様だってある日、とつぜん宝石がなくなったらどうします? 宝石の一つくらいといって許してやりますか?」

「そ、それは、そうはいかないわ」

「そうでしょ。だから、かわいそうでも、今のうちに思い知らせてやるのが、けっきょくは親切というものですよ。あの娘たちを牢屋に入れたくなかったらね」

 そう言ってルイーズは立ち上がり、とびらのところのひもを三度引きました。すぐにとびらがノックされ、エルシイがはいって来ました。

「おはいり、エルシイ」

[へア・ブラシ打ち]

「エルシイ、胸のボタンをはずしてごらん」

 ルイーズに言われて、不思議そうな顔をしてエルシイは二つ三つ胸のボタンをはずしました。すっと近づいて、えりを両手で開き、鼻を近づけたルイーズの顔がサッとかたくなり、

「この香水はどうしたの?」

 もうそれだけでじゅうぶんでした。エルシイは自分がなんのために呼ばれたのかがわかり、下を向いてオロオロしていました。

「ついでにスカートをひざの上までまくってごらん」

 しかし、エルシイの両腕はからだについたまま離れません。ルイーズが手をのばして、さっと持ち上げると、思わずフランソワがあっと叫んでしまいました。その娘の靴下止めは、まさに先週、フランソワがなくしたものだったのです。ルイーズは、エルシイに見えないように回ると、フランソワにウインクを一つして、

「お嬢様、エルシイに盗み癖があるなんて、ちっとも知りませんでした。さっそく親を呼んで帰らせます」

 そのことばを聞くとエルシイはとび上がって、ルイーズとフランソワのふたりに、どうかそんなことをしないでくれと頼みました。もしそんなことになれば、父親に死ぬほどぶたれるだろうし、そのうえきっと感化院に入れられてしまうと言うのです。ルイーズはなかなか許してやりませんでしたが、ころあいを見計らって、フランソワに許可を求めます。

「そうね、それほど言うなら、今度だけは許してやりなさい、ルイーズ」

「わかりました。お嬢様、今度だけは大目に見てやりましょう。そのかわり、この娘の父親に代わって、あたしがうんと叱ってやりましょう。エルシイ、あたしの折檻までいやだとは言わないだろうね」

「はい、ルイーズさん……お嬢様、お許しくださってありがとうございます。これからはけっしていたしません」

「二度とそんな気が起きないように折檻しておもらい。ルイーズ、かまわないからここでやりなさい」

「はい、お嬢様、ここでいたします。さあ、ここにおいで」

「ルイーズ、これを使うといいわ」

 そう言ってフランソワは鏡台のところからヘア・ブラシを取り上げてルイーズに渡しました。それを受け取る時、ルイーズはちょっと苦笑して、受け取りました。先週、フランソワがこれでたたかれたのを知っていたからです。

「それはとてもよくきくわよ。なにしろ実験済みですからね」

「エルシイ、聞いたかい。お嬢様だって悪さをすれば折檻されるんだよ。おまえが盗みをすればどんなふうにされるか、ほんとうならとてもこれくらいじゃすまないんだからね。わかったかい、わかったらさっさとこっちにおいで」

 ルイーズは、逃げ腰のエルシイをつかまえて、自分のひざの上にねじふせてしまいました。スカートをまくり上げると、質素ながら娘らしいフリルの二段ほどついたドロワースがむき出しになりました。ルイーズは手早くそのヒモをほどき、エルシイのお尻をすっかり裸にしてしまいました。うっすらと赤みをおび、フランソワはそれが、おそらくけさかきのうの夜にたたかれた跡だろうと思いました。

 ルイーズの折檻はもう始まっていました。ビシ、ビシと音を立ててヘア・ブラシを打ちおろします。からだをふるわせ、泣き叫ぶ工ルシイの声に、耳をかそうとはしませんでした。フランソワが先週たたかれた時は五回くらいでした。今エルシイは、その倍以上もたたかれていました。その痛さを知っているフランソワは、一打ちごとにからだが熱くなって来るようでした。

 十四、十五……もういいんじゃない……そう言おうと思った時、ルイーズもたたくのをやめました。手をはなすと、エルシイは両手で自分のお尻を押えて、床の上をころげ回りました。

 一息ついてからルイーズは、工ルシイに手をかしてやり、身じたくをととのえて、部屋から外に出してやりました。

[お尻の塗り薬]

「もう二度と香水に手をふれないわ」

「そうね、かなりきいたでしょうよ。あの娘、目を回すんじゃないかって心配したわ」

「平気よ、あのくらい。かわいそうでも、少少こっびどくやらないとね」

「それでも手当だけはちゃんとしてやってちょうだい」

「自分でできるわ。たっぷりラードでも塗るでしようよ」

「あら、それで思い出した、あたしがあなたを呼んだのは、実はそのことなのよ」

「えっ、ラードのこと?」

「ええ、まあ、そうなんだけど、ラードってわけにはいかないから、ちゃんとしたお薬をね。ホラ、ここにある、こんなお薬よ。これをね、あした大量に買っておいてほしいの」

「まあ、フランソワ、お母様はそんなにおこってるんですか?」

「まさか、あたしが使うんじゃないわ。実はあたしの生徒たちにね、あしたから少々パンテモン流にやろうと思って」

「なるほど……お嬢様もたたかれてばかりいないで、たたくほうに回ってみるというわけですね」

「そうよ、なにしろ効果があるんですもの。それに、たたかれるより、たたくほうがいいわ。おまえだってそうでしょ、隠さなくてもいいわ。さっきエルシイをたたいてる時のあなた、満足そうな顔をしてたわよ。あたしも……ルイーズに代わってエルシイのお尻たたいてやりたかったわ。からだじゅうが熱くなっちやった。あたしもおまえのようにうまくやれるかしら」

「さあ、どうですかね。なにしろあたしはこの一カ月、毎日たたいているんですから、うまくもなりますよ。そこへいくと、お嬢様はたたかれるだけ……ハッハッハハ」

「ルイーズ! ちょっと言いすぎじゃない。それにエルシイのことだって、けっきょくは、おまえの監督不行き届きじゃない。ママに話せば、ただじゃすまないわよ」

「フランソワ……いえ、お嬢様……そんな、ひどいわ……」

「ねえ、練習台になって。そうすれば、ママにはないしょにしといてあげる……」

「練習台って? あたしの……お尻をたたくの……」

「そうよ、そんなにきつくたたかないから、ね、いいでしょ、ルイーズ」

「ひどい人、人の弱みにつけ込むなんて。どうせ、はじめからそのつもりなんでしょ、いいわ」

「きっと、そう言ってくれると思ってたわ。さて、どうすればいいかしら、そう、そう、あの本を持って来るわ」

「本? なに、その本?」

「これはね、伯父様の家にあったのよ。中は英語で書いてあるの、イギリスで出版されたものね。ホラ、あなただってこれくらいなら読めるでしょ、家庭と学校におけろ笞打ちの方法、中はほとんど絵なのよ。男の子の学佼の本らしいけど、後ろのほうをごらんなさい、ほんの少しだけど女の子のことも書いてあるわ。女の子の場合はとくにこういうことに注意して、って書いてあるでしょ。たたき方は男の子とほとんど同じですって、ちゃんと絵までついてるでしょ。それと、いちばん最後のページ、見てごらんなさい。ね、青キップのこと思い出したでしょ、そこにはこんなふうに書いてあるのよ。えーと、女の子には、笞でお尻を懲らしめるほか、浣腸も、完全無害なお仕置きで、その効果は大である。みんな知ってるのよ、おとなたちは。でも、ママには見せたくないわね」

「驚いた、こんな本があるのね。アングロサクソンは残酷なのよ。この絵見て、きっと士官学校よ、みんなの前で、かわいそうに。こんなに太い笞よ、やっぱりフランソワ、あなたの場合は相手がお嬢様がたなんですもの、これか……これ、じゃない」

「そうね、やっぱりそうでしょうね。あたし、からだが小さいほうだから、生徒には年下なのに同じくらいのからだの子がいるのよ。その場合はひざにのせるよりこっちのほうがいいわ」

「このスタイルはいつもお台所であたしがやってるのと同じよ。これはいいわ、簡単で、手早くできるし……」

「そう、ちょっとやってみるわ」

「え−っ、やっぱりやるんですか。こんないい本があるんですもの、やってみなくたってわかるじゃありませんか………それに……そんなにむずかしいことじゃないわ……」

「ぶつぶつ言ってないでいらっしゃい」

[ お手本を参考に]

 いやがるルイーズの腰に手を回し、イスに足をかけて、その上にルイーズのからだをのせ、立ったまま、スカートをまくり上げ、ドロワースの合わせ目を開きます。

「まあ、憎らしい、こんなにつやつやして。あたしのお尻なんかアザだらけだというのに、おまえは少々のんびりしすぎたようね。やっぱりこのへんで、少したたく必要がありそうよ」

「そんなのひどすぎるわ、あんまりきつくしないでくださいね」

 フランソワは笑いながらピシャピシャたたきはじめました。ルイーズは腰をよじってそれでも泣き声はたてません。

「もういいわ、フランソワ。もうじゅうぶんよ。あなたじょうずよ、あたしよりじょうずだわ」

「さあ、もういいわ。あたしの手のほうが痛くなっちゃう。やっぱり笞を使うことにするわ」

「おう、痛い。久しぶりにたたかれたもんだから、ヒリヒリするわ。その結果が、平手打ちは手が痛くなるということだけなの」

「まあ、そういうこと。さっき頼んだお薬のことお願いね。もういいわ」

「お嬢様、パンテモンであたしとした約束のこと忘れたんですか、あたしがそそうした時でも、お嬢様が代わって罰を受けてくれるはずでしたわ、少なくとも二回は。それなのに、お嬢様は理由もなしにあたしを叩いたんですね。あたしは女中、あなたはお嬢様。でも、約束は約束、あんまりひどいことなさると、あたしにも覚悟があります。それに……アデールだって、あたしの味方をしてくれるはずですわ」

 フランソワはドキンとしました。たしかにそんな約束をしました。アデールに話せばあたしが悪いっていうでしょうし。

「そ、そうね……ルイーズ。あたし……少しわがままだったわ、ごめんなさい……」

「あやまってもらわなくてもいいんですよ、お嬢様。お薬はあした買っておきます。それでは下にまいります」

 そしてとびらをしめる前に、

「ご用心あそばせ、フランソワお嬢様」

と言ってニヤリと笑って出て行きました。

ルイーズはきっと何かをたくらんでるわ。

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