第3話 by 多香美じかん

悟がドアに鍵をかけたガチャリという金属音に反応
して、由梨子と静江は悟の方に振り向いた。
悟には、怒りと驚きと戸惑いの入り混じった二人の
表情がなんとも美しく見えて、息が詰まりそうにな
る。

「何の真似なの?」

気丈な由梨子が立ち上りながら、宇田川と悟を交互に
睨みつける。
静江も不安に押し潰されそうな表情で、
あわてて立ち上る。

「由梨子さんと奥様を誘拐したのです。」

と、宇田川が言うと、

「何ですって!?」

と静江が驚きの声をあげる。
由梨子は静江のように取り乱したりせず、
宇田川と悟をキッとにらみつけ、

「やっぱり騙したのね。」

と言った。

「そうです。騙しました。」

「いったい何のために!?」

宇田川はそんな由梨子の気丈な態度を
満足そうに受け止めながら、

「復讐です。」

と冷たく言い放つ。

「復讐ですって!?
・・・どうして私たちがあなたから
復讐されなければならないの!?」

「由梨子さん、君は糸崎と結婚するそうですね。」

由梨子の婚約者・糸崎も、宇田川や由梨子と同じ大学の
テニス部で、宇田川のひとつ後輩、由梨のひとつ先輩に
あたるのであった。
由梨子と糸崎はテニス部時代から愛を育んできた。

「ええ、そうよ。
それがあなたと何の関係があるの!?」

「何の関係があるの、はないでしょう。
僕という男がありがら、どう言う事ですか?」

「何ですって!?」

「僕は由梨子さんを愛しているのです。
この気持ちは何度も告白しましたし、手紙にも書き
ました。
知らないとは言わせませんよ。」

「だから何なの!?
私は別に宇田川さんの事など好きではありません!
というより、大嫌いです!」

「ほほう、これは手厳しい。」

宇田川は苦笑いしながら、視線を静江に移し、

「お母様、娘さんをもう少し、女らしく
躾けたらどうなんです?」

と言うのだった。

「馬鹿にするにも程があるわ!
お母様、帰りましょ!」

由梨子はそう吐き捨て、ドアの方へ振り向いた。
悟が立っている。

「どきなさい!」

しかし、その場所に突っ立ったままの悟。
由梨子は腹をたて、

「どきなさい、って言ってるのがわからないの!」

とヒステリックに叫んだ。

「由梨子さん、松下は僕と共犯なんですよ。
っていうより、この復讐計画の言い出しっぺは彼なんです。」

「なんですって!?
・・・本当なの、悟君。」

「本当も何も、こうやってあなたたちをここへ
連れてきてるじゃありませんか?
松下は私同様にあなたを憎んでいます。
あなただけじゃない。彼は奥様の事も憎んでいますよ。」

宇田川のその言葉にビクッと肩先を震わせる静江。

「どういう意味!?
どうして悟くんに私やお母様が
恨まれなければならないの!?」

宇田川は楽しそうに笑いながら、

「それは松下本人から直接お聞き下さい。」

と言った。

由梨子の鋭い視線をまともに受ける悟。
すると悟は、息苦しいまでの美しさと気丈な態度に圧倒
されて、由梨子からつい目を反らしてしまうのだった。
由梨子はそんな悟のビクついた心を見抜き、

「悟くん、
あなたは宇田川さんに唆されてるのでしょ?」

と、問いつめる。
悟は口を開こうとしない。

「悟くん、答えてっ!」

「・・・・・・」

由梨子は悟が何も言わないとわかると、再び、宇田川の
方を見て、

「二人とも許さないわよ。
今日の事は絶対パパに言いつけてやるから。」

と言って、静江の手をとり、ドアに向かって足を
踏み出した。
そこをどこうとしない悟に肩がぶつかると、
由梨子は、

「どきなさい、って言ってるでしょ!」

と叫び、悟の左頬をはった。
ピシャリという痛々しい音が天井まで響いた。
由梨子は悟を突き飛ばし、ドアの鍵に手をかけた。

つづく

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