第18話 by 多香美じかん

廊下の拭き掃除をしていた道代は、襖が少し開いた隙間
にから、その和室の中で静江が、うつむき加減でぼんや
りと座っているのを見つけた。
少しためらったが、思いきって、

「失礼いたします。」

と言って、襖を開け、中へ入った。
道代が入ってきても静江は気がつかない様子だった。
道代は静江の前に座り、

「・・・あの、奥様、どうかなさいましたか?」

と聞いた。
静江は、ようやく道代に気づき、

「え、・・・え?」

と顔をあげた。

「奥様、どこか体の具合でも悪いんですか?」

「どうして?」

「いえ、なんだかこの頃、顔色もあまりよくありま
せんし、いつもそうして元気なさそうにしていら
っしゃるので・・・・。」

「なんでもないわ。心配しないで。」

「ならいいんですけど・・・。
お嬢様も最近なんだか元気がありませんし・・・。
何かあったのですか?」

「別に何もありませんわ。
道代さんの気のせいですよ。」

「そうでしょうか?
旦那様も心配なさってましたよ、
どうもお嬢様と奥様の様子がおかしい、と。」

道代は明らかに由梨子と静江の身に起こった異変に気づ
いていた。
由梨子も静江がどうも自分を避けているような気がする
し、とても気になっていたのだ。

「本当になんでもないから。気にしないで。」

静江はそう言って微笑んだ。
いつもなら、静江の微笑みはなんとも上品で優雅なもの
であったが、今の微笑みは、どことなく無理があり、何
かをごまかすような嘘の微笑みである事を、道代は感じ
ていた。
その時、電話が鳴った。
途端に表情がひきつる静江。
道代が出る。

「もしもし、白川でございます。」

恐る恐る道代の方に視線を向ける静江。
また、あの悪魔たちからの呼び出しかもしれないのだ。

「奥様、お名前はおっしゃらないのですが・・・。
男性の方で、奥様に御用だそうですが、
どういたしましょう?」

静江の表情がさらにひきつった。
宇田川に違いない。

「出るわ、道代さん。」

静江は立ち上がり電話の所まで来ると、道代から受話器
を受け取った。

「もう、いいわ、道代さん。さがってて。」

道代を追い払い、受話器を耳にあてる静江。

「もしもし・・・。」

「もう、そろそろ、
お尻のはれもひいたんじゃねェか?奥様。」

やはり宇田川だった。
静江は、また呼び出されて母娘で恥かしい目にあわされ
るのかと思うと、受話器を持つ手が小刻みに震えだし、
恐怖で言葉を失ってしまう。

「おい、聞いてるのかっ!?」

「は、はい、聞いております。」

受話器から聞こえてくる声でも、静江はまるで目の前に
宇田川がいるように、震え上がってしまうのだった。

「またお仕置きしてやるから、由梨子と出てこい。
今度の土曜日、午後1時だ。わかったな。」

「・・・・・」

「わかったか、と聞いてるんだ!」

「わ、わかりました。」

「よし。じゃあ、よろしくお願いします、と言え。」

「・・・そ、そんな・・・」

「言えねェのか?静江。」

宇田川はわざと[奥様]と言わず、静江の名を呼び捨てに
した。静江の反応を電話越しに楽しんでいる卑らしい顔
が浮かんできて、静江は身震いしてしまう。

「・・・よ、よろしく、お願します。」

静江は屈辱に身を震わせながら、そう言うと、
背後に人の気配を感じて、振り向いた。
道代が心配そうな表情で立っていた。

「さがってなさい、って言ったでしょ!?」

静江は思わず叫んでしまった。
「申し訳ありません」と言って、道代は立ち去る。

「女中に八つ当たりはいけませんよ、奥様。」

再び宇田川の声が受話器から聞こえてくると、静江は、
今更ながら、どうしてこんな目に自分があわなければ
ならないのかという、口惜しいような哀しいような、
どうしようもなく苦しい思いがこみ上げてきて、涙が
頬をつたうのだった。

「午後1時だからな。遅刻するんじゃねェぞ。」

最後にそう脅して、宇田川は電話を切った。
静江は受話器を握りしめたまま、そこへ座り込み、すす
り泣き始めるのだった。

つづく

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