第24話 by 多香美じかん
蒼ざめた表情で、道代は足早に夜道を歩いている。
自分が何をしたのか冷静に考えようと、深呼吸を何度も
した。
自分は、何故、白川家の合鍵を盗み出したのか。
真っ白な頭で無我夢中でやった事である。
由梨子が玄関のドアをロックする音を聞き、
咄嗟に思いついた行為。
道代は自分でも気がつかぬうちに、息子の悟の命を守る
ためには、明日、京一郎にあの母娘を会わせてはならぬ、
と考え、真夜中の白川家討ち入りを思いついていたのだ。
自宅に近づくにつれ、ようやく、自分の行動の意味が理
解出来てきた。
自分がそんな恐ろしい事を思いついた事、また、そんな
犯罪行為を実際に行なおうとしている事が、道代は自分
でも信じられなかった。
しかし、こうしなければ息子の悟が殺されてしまうのだ。
息を荒立たせ帰宅した道代は、息子の命を守るためだ、
と何度も自分に言い聞かせ、肝を据え、悟の部屋に飛び
込んだ。
「な、なんだよ、母さん、いきなり!」
驚く悟。だがすぐに、道代の殺気立った表情に気づいた。
「ど、どうしたの?」
こんな母親の顔を見るのは初めての事であった。
「悟、落ち着いて聞きなさい。」
「なに?」
「今、白川さんの家へ行ってきたわ。」
「・・・・・それで?」
「奥様とお嬢様の話を偶然立ち聞きしてしまったの。」
「その説教なら、もうたくさんだよ。
僕は今まで散々由梨子にコケにされてきたんだ。
あいつら母娘はお仕置きされて当然の悪党なんだよ。」
「黙って聞きなさい。」
「・・・・・」
「奥様とお嬢様は、悟たちにされてる事を、
明日旦那様に打ち明ける、 って言ってたわ。」
「社長に!?」
「どういう事だか、わかる?」
「クビにされる、って事か?」
「そんな呑気な話じゃないわ。」
「え?何?わかんないよ。」
「旦那様はいろんな方とお付き合いをなさってるの。
悟たちを東京湾へ沈めるくらい、
簡単にやってのけるわ。」
「なんだって!?」
「奥様は、あなたたち二人を闇から闇へ葬るよう、
旦那様にお願いする、って言ってたのよ。」
ガクガク震え出す悟。
「そ、そんなぁ。
・・・ど、どうしよう、母さん!」
「落、落ち着きなさい、悟。
ここからが大切な事よ。」
「な、なに?」
「昼間も言ったけど、あなたのした事は犯罪。
でもね、もう、こうなったからには後には
引けないのよ。」
「ど、どういう意味?」
「殺られる前に殺るのよ。」
「そ、そんな・・・。」
「明日の夜には、
あなたはもうこの世の人間じゃないかもしれないのよ!」
道代の言葉に震え上がる悟。
「いい?
ここに白川家の鍵があるわ。
お母さん、さっき必死で盗み出してきたの。
今夜はあの家には奥様とお嬢様しかいないわ。
二人が寝静まった頃、討ち入るのよ。」
「討、討ち入る?」
「そうよ。もうそれしかない。」
「母さん・・・。」
「しっかりなさいっ!
向こうはあなたを殺そうとしてるのよ!」
「・・・・・」
「男でしょ、悟!」
「で、でも・・・・・。」
悟がうつむきかけたその時、道代は背後に人の気配を感
じて振り返った。するとドアの所にひとりの男が立って
いた。宇田川である。
「すげェ、お袋さんだな、松下。」
驚く道代。
「あ、あなたは・・・。」
「お邪魔してます。」
「よくも悟を悪の道に
引きずりこんでくれたわね。」
「と、とんでもない。
あの母娘に復讐しよう、って先に言い出したのは
あなたの息子さんの方ですよ。
引きずりこんだ、なんて人聞きの悪い事言わないで
下さいよォ。」
「悟もあなたも、命を狙われているのよ!
わかってるの!?」
「はい、話は全部聞いてました。
俺、便所にいたんですけど、
あ、お袋さん帰ってきたなァ、挨拶しなきゃあ、
って思って出てきたら、凄い話してるんだもの。
びっくりしちゃいましたよ。」
「それでよくそんな落ち着いていられるわね。
どうして笑っていられるの?
私の言ってる事が嘘だと思ってるの?」
「そんな事ありませんよ。
いや、実は今日の夕方に名古屋へ帰る予定だったんで
すけどね、悟から携帯に電話がかかってきて、お袋さ
んにバレちゃった、って困ってたから、来てあげたん
ですよ、ここに。
そしたら、お袋さんも白川母娘復讐計画に加担しよ
うとしてるんで、なんだか可笑しくて・・・。」
「何が可笑しいのよ!
殺されようとしてるのよ、あなたも、悟も!」
「大丈夫ですよ。神様が味方してくれています。」
「何を馬鹿な事言ってるの?」
「だってそうじゃありませんか?
名古屋へ帰る予定だった俺がここに来てる事、
白川母娘の反撃を事前に知る事が出来た事、
今夜、白川家には静江と由梨子しかいない事、
すべて俺達に有利なように展開してるじゃありませ
んか?神様が味方してくれてるとしか思えませんね、
俺には。」
宇田川は自信たっぷりに話した。
「じゃ、じゃあ、あなたも、
討ち入りに協力すると言うのね?」
道代がそう言うと、宇田川は笑いながら、
「当たり前じゃありませんか?
当然、やりますよ。
それにしても、お母さん、
討ち入りとは大袈裟ですね。」
と言った。
すると、今まで二人の会話を黙って聞いていた悟が、
「宇田川さん、あの二人を、
ど、どうやって殺すんですか?」
とガクガク震えながら聞いた。
「殺す?
そんな恐ろしい事しないよ。」
宇田川がそう答えると、悟も道代も驚き、首を傾げた。
「人を殺すなんて、簡単に出来るもんじゃない。
それに、あんな美人の命を奪うなんて、
もったいないじゃないか?
そこらへんにいる豚のお化けみたいな女とは
わけが違うんだから。」
「じゃあ、どうする気なの?」
道代が聞いた。
「生け捕りにして幽閉するんですよ。」
「幽閉ですって?]
「そうです。
あの地下のお店に監禁して、
死ぬまで毎日お仕置きしてやるんですよ。」
「そ、そんな事出来るわけないでしょ?」
「なぜです?」
「だって・・・。」
「ペットだと思って飼えばいいじゃありませんか。
大きな檻を買って、普段はそこへ放り込んでおけば
いい。お仕置きする時だけ引っ張り出して・・・。
食事や糞尿の世話は、
俺達3人が交代ですればいいし・・・・。」
宇田川は夢見るように語り出した。
すると、悟も興奮しだして、
「宇田川さん、ぜひ、やりましょう!
うわー、ワクワクしてきた!」
と声をあげるのだった。
宇田川は道代の目をジッと見つめて、さらに続ける。
「殺すより簡単で、殺すより楽しい。
そうでしょ、お母さん。」
「でも・・・。」
「よく考えてみてください。
殺す、って口で言うのは簡単ですが、
実際にどうやって殺すつもりですか?
しくじらない自信ありますか?
殺した後どうするんですか?
「・・・・・・・」
「由梨子と静江を幽閉してペットにすれば、
俺や悟の命が救われるだけじゃない。
お母さんは、あの母娘の使用人という身分から、
あの母娘の飼い主、つまりご主人様になれるん
ですよ。
こんな痛快な事ないじゃありませんか?」
「そんな馬鹿げた事・・・・。」
「あの母娘を殺す、っていう
お母さんの考えの方が馬鹿げていますよ。」
「で、でも・・・。」
「あの母娘を徹底的にお仕置きして、
俺達やお母さんに絶対服従のペットに
してやりましょうよ。
今までお母さんを散々こき使ってきた奥様や
お母さんに当たり散らしてきたお嬢様に
復讐してやりましょうよ。」
「・・・・・」
「もうあの二人の顔色うかがったりする必要は
なくなるんですよ。
主従関係は逆転するんです。
お母さんがご主人様なんでからね。」
「私が、奥様とお嬢様の御主人様・・・。」
「そうです。やりましょうよ、お母さん。
社長に頼んで俺や悟を殺させようとするなんて
とんでもない連中だ。
死ぬより辛い目にあわせてやりましょうよ。」
しばらくの沈黙の後、道代が決意を固めた。