前編
もう今から三十年余りも前のことです。もともと一人 旅が好きだった私は小学校三年生の時初めてブルトレに に乗って花の東京へやってきました。
受入先は伯母の家 主な目的はもちろん東京見物。いつもガミガミと口うる さい母親から逃れてルンルン気分でした。東京タワーに 地下鉄、後楽園遊園地や山の手線。山の手線と聞いて意 外に思われるかもしれませんが田舎にはいわゆる環状線 というものはありませんから伯母に無理を言って一周回 ってもらったほどでした。とにかく見るもの聞くものす べてが興奮の連続だったのを覚えています。
来て数日は 毎日がサンデー、毎日がパラダイスのばら色の日々でした、 ところが、それもしだいに気詰まりを覚えるようになっ てきます。せっかくの旅行がちょっぴりつまらないもの になってきていたのです。
原因は伯母さんの娘つまり私 とはいとこの関係にある香織さんの存在でした。
彼女、 春休みだというのに学期中のように分刻みのスケジュー ルをこなして勉強しているのです。習い事もいくつか抱 えおまけに家事まで手伝っています。そんな絵にかいた ようなよい子を横目に見ながら同年代の私が遊び歩ける でしょうか。気が付くと私は伯母の家で独り浮い存在に なっていました。
ですから仕方なく本当に仕方なく私は 彼女と一緒に勉強机に向かうことになったのです。なに しろ勉強の道具など何も持ってきていませんからすべて 香織さんから借りて午前中だけでも勉強するふりをして いたのです。するとそれまでお義理にしか口をきいてく れなかった香織さんが自ら学校や家庭のことなど色々な ことを話してくれるようになったのです。二人は急速に 親しくなり香織さんは母親におねだりして映画やお芝居 、人形劇なんかにも私を誘うようになったのです。
また 伯母さんもいつもにこにこしていて香織さんのおねだり をやさしく聞いてくれます。うちの母親のように「また テレビ見てる。宿題すんだの。明日はテストでしょう。 この間みたいに徹夜になってもしりませんよ」などと目 をつり上げることなんか一度もありません。私はいつし かここではうちで起こるような悲劇、つまり「お仕置」 なんてないんだろうなあと思うようになっていました。
そんなある日、もう数日で田舎に帰るという日に事件は 起きたのでした。
その日、伯母さんの付き添いで人形劇を見た香織さん は何かとても浮き浮きしていました。きっといま見た劇 に感動したのでしょう。デパートに入っても今見た人形 を探すのだと言っておもちゃ売り場を離れようとしませ んし、踊り場では即興の踊りを披露してお婆さんを突き 倒してしまうし、食堂では誰も聞いていない感動を延々 まくしたてるしで三人の中で独り浮いた存在になってい たのです。
でも、伯母さんはいつもどおりににこやかで 決して怒っていたわけではありませんでした。そして、 これから東急に乗って帰ろうとする時です。渋谷駅近く で用事を思い出した伯母さんは「ここにいて頂戴ね。す ぐ戻るから」と言ってその場を離れました。ところが、 五分たっても伯母さんは戻ってきません。すると香織さ んがするするとその場を離れるじゃありませんか。恐く なった私がついて行こうとすると「あなたはそこにいて 」と言い残して行ってしまったのです。
それからさらに 五分後、今度は伯母さんが帰ってきました。 「あら、香織は」 当然そう尋ねられましたが私も答えようがありません 「困ったわね」 伯母さんと私はしばしあたりを見回しました。すると 五十米位離れていたでしょうか。ショーウイドーを覗き 込んでいる香織さんの小さな姿が見付かったのです。伯 母さんと私は早速香織さんの処へ出かけていきます。私 たちに気づいた香織さんは少しがっかりした様子でした が、それほど悪びれた様子も見せませんでした。
「さあ、香織、帰りますよ」
伯母さんは香織さんの肩を抱き私はその少し前を歩い て駅の方へ向かい始めた時でした。 「さあ、帰ったらお仕置きね」 私にはちゃんとそう聞こえました。でも、きっと聞き 間違いだろうと思っていました。何しろ伯母さんは怒っ た様子が何一つないのですから。おまけに香織さんまで 「はい、お母さん」 返事を返した彼女の言葉もちっとも悲しそうでもない のです。もし、うちでお母さんがお仕置きするなんてい ったら大変です。そもそもこれからお仕置きしますなん て宣言してくれなくてもそのすごい形相で一目瞭然です し、私もしばらくは家に寄り付きませんから我が家では こんな会話成立しえないのです。
私は二人の会話を実は 伯母さんの家に帰り着く頃にはすっかり忘れていたので した。ですから伯母さんに 「健ちゃんもうすぐ帰ることだし、お勉強がどのくら い進んだか伯母さん健ちゃんのお母さんにご報告しなき ゃいけないの。疲れてると思うけどこのテストやってち ょうだいね」 と言われた時も 「仕方ないなあ、伯母さんうちのお母さんに頼まれた な」とへんに納得してしまいさしたる不審も抱きません でした。
ところが、 「何だこりゃあ」 差し出されたテストに取り掛かってみると何とそれは どこの本屋さんでも売っている簡単なドリル形式のペイ パーが三枚だけ。確かにそこには制限時間二十分と書い てあります。三枚でなら一時間ということになるのでし ょうが、正直言ってその時は伯母さんが私を田舎者と侮 っていると憤慨しました。
ですから「終わってもここで 待っててね。採点にいきますから」という言葉を無視。 十七分で仕上げるとろくに見直しもせず早速伯母さんを 探し始めたのです。
「こんな問題に一時間もかかったなんてお母さんに報 告されたら僕だってお仕置きだよ」 ぶつくさ言いながら家中探し回りますが肝心の伯母さ んの姿がどこにも。あちこち探すうちに普段は開いてい る渡り廊下の掛け金が下りていることに気がつきました 「この奥もあたってみるか」 掛け金が下りているということは入ってはいけない、 または入ってきて欲しくないという意思表示なのだとい うことは九歳の少年には通じません。私は内庭を取り巻 く細い濡れ縁ずたいに奥へ奥へと分け入ってしまったの です。とにかく一刻も早くテストが完了したことを伯母 さんに認めさせたい思いはそれだけでした。
すると一番奥の部屋で伯母さんの声がします。「やっ とみつかった」と思ったのもつかの間、伯母さんの声が いつもの明るい声とは違っています。どこか陰にこもっ ていて凄味さえ感じさせるのです。異様な気配を感じた 私が途中からそっと近寄っていくと声の内容は香織さん に対するお小言でした。
カーテンの隙間からそっと覗く と案の定そこには香織さんが正座させられています。私 はこの時になってやっと「帰ったらお仕置きね」という 伯母さんの言葉が私の聞き間違いではないことを知った のでした。
「あなた先生から「四年生になるとお勉強がテンポア ップしますから何か一つでも習い事を整理した方がよろ しいのではないでしょうか」っておっしゃってくださっ た時に「そんなことありません。習い事してたって今の 成績ぐらい維持できます」って大見得切ったわよね。で きてるのかしら? 予定通りに。
昨日もピアノの先生から もう少し練習時間を増やしてくださいってお小言を頂戴 したばかりよ」 「………」 香織さんはうつむいたまま何も答えません。
私はこの 時初めて香織さんがなぜ春休みにもかかわらず分刻みの スケジュールに追われているのか知ったのでした。私も いくつか習いごとを抱えてはいましたが、どれも親から 半ば強制されてのものでやめさせてくれるものならどれ でも即やめていたでしょう。その点香織さんは自ら両立 させたいというのですから立派なものです。
「健ちゃんが遊びに来たのは予定外かもしれないけど それにかこつけてあなたも遊び歩いてない。健ちゃんが 行きたいって言えばあなたも一緒に連れていってもらえ ると思ってるんじゃなくて。そんなことでお勉強と習い 事の両立はできなくてよ。ピアノはやめてしまいましょ う。べつにあなたがピアニストになるわけではないんだ もの」
「………」 それまで静かに聞いていた香織さんの頭が激しく横に 振られています。きっと泣いていたんじゃないでしょう か。私の所からは後ろ姿しか見えませんでしたが、どこ かそんな気がしたのです。
「ピアノのお稽古に行くといろんな子にあえるのよ」 彼女は私にそう言っていましたし、私も同感でした。 習い事の楽しみは芸事が身につくという事もありますが それ以上に学校では会えない友達ができることなのです 彼らは私にいろんな情報を提供してくれました。独楽の 回し方、プラモデルの作り方、買い食いなんてのもアフ タースクールならではの楽しみなんです。
東京に一人旅 を思い立ったのも実は東京から引っ越してきたピアノの 友達の影響でした。プライベートレッスンで先生に名前 を呼ばれるまでのわずかな時間、ちょうど病院の待合室 で外来の患者さんたちがおしゃべりをしているあんな感 じで私たちは情報のキャッチボールを楽しんでいたので した。その短くとも貴重な時間を奪われたくない。彼女 もきっとそう思ったのでしょう。
「いいわそれなら。あなたの楽しみを無理矢理奪って も勉強に身が入らないでしょうし………。その代わり もっときちっとした生活をしてちょうだい。それから、 感激屋のあなただから浮き浮きする気持ちはわかるけど 今日のあなたは見ていられなかったわ。玩具売り場では まるで幼稚園児みたいな駄々をこねるし、階段の踊り場 ではお婆さんを突き倒すし、食堂に入ったときも独りで 金切り声を上げて騒いで………、周りの人たちが何だろう って見てたの気づかなかったの。
健ちゃんがいたから遠 慮したけど本当ならそれだけでもトイレへ連れていって お仕置きしていたところよ。おまけに渋谷の駅では大勢 の人が見ている前で花壇に腰を下ろすわ、アランドロン のポスターにキスするわ、あなたいつからそんな破廉恥 な娘になったの。あなたはあの時、世田谷小学校の制服を 着ていたのよ。大勢の人があの子は世田谷の子だって見 て通っているのよ。世田谷の子ってあんなことするのか って思われたらあなただけじゃないお世話になっている 学校全体の品位をあなたが汚したことになってしまうの よ」
「だから制服なんて嫌いなんだ」私も母や教師に同じ ようなことを言われ続けていましたから自分のことでも ないのにむっとしてしまったのです。
「だいたい花壇に 座ったっていっても煉瓦の上で植木の上に座った訳じゃ ないじゃないか。今日の香織ちゃんはそりゃあ浮き浮き していたかもしれないけれどそんなに他の人に迷惑なん てかけてないぞ」
私は心の中で幾度も叫びましたが、恥 ずかしながらその部屋へ踊り込む勇気までは持ち合わせ ていませんでした。
「ねえ、香織。世田谷小の子供らしくもっとしゃきっ とした生活をするにはどうしたらいいかしらね」
伯母さんはその答えをあえて香織さんに求めたのです こうなると九歳の少女に逃げ道なんてありません。しば し沈黙のあと香織さんは重たい口を開きますが、それは 甘ったれて育った私には青天の霹靂とさえいえるほどの 信じられない言葉だったのです。
「お仕置きをお願いします。香織がもっと立派になる ようお仕置きしてください」
それは蚊のなくような小さな声でしたが、それにして も子供の方からお仕置きをお願いするなんて、そんなの 田舎じゃ聞いたことがありません。私はあまりのことに 口を半開きにしたまま茫然自失で事の成り行きを見守る ことになったのです。
「そう、わかりました。本当は自分で自分を律する事 ができれば一番いいんだけれどあなたではそれも難しい でしょうからやってあげましょう。では玉手箱を持って らっしゃい」
「はいお母さん」
香織さんは伯母さんが背にしていた仏壇の引出しから 漆塗りの文箱を取り出します。玉手箱とはきれいなネー ミングですが、その中には脱脂綿やアルコール、無花果 浣腸や艾といったこの家のお仕置きグッズが入っていま した。
伯母さんは震える手で差し出されたその箱の中身 を一つ一つあらためます。それはたとえ箱の中身を全部 使わなくてもそれを香織さんに見せつけることで恐怖心 をあおりお仕置きの実をあげられると考えたからなので しょう。実際、 「ええっと、お浣腸は入っているわね。あなたも体が だんだん大きくなるし今度はもっと大きいものでなきゃ 効かないわね。そうそう、そういえば幼稚園の時だった かしらあなたこれを水にすり替えたことがあったでしょ う。あの時は小さいくせになんて悪知恵がはたらくのか しらって呆れたものよ。………えっと艾は………あら、 これ湿ってるわね。今度天気のいい日に干しておかなく ちゃ。またいつ使うかしれないものね。………アルコール は古くなってないわね。脱脂綿もちゃんとあると………」
こんな感じですべてをあらため終わる頃にはもうそれ だけで香織さんは鳴咽を押さえきれなくなっていたので した。
「これでいいわ」 玉手箱をあらためた伯母さんはそれまで敷いていた座 布団を二つ折りにして正座した膝の上に乗せて香織さん を待ち受けます。
さあいらっしゃいというわけです。も うこうなったらそこへ行くしかありません。ところが、 意を決した香織さんが膝を立てたまま伯母さんににじり 寄り座布団の上にうつぶせになろうとすると 「お願いしますは言えないのかしら」 伯母さんは落ち着き払った低い声で娘の不作法を一喝 します。
私は香織さんがかわいそうでそして伯母さんが 憎くて恐くてなりませんでした。今なら別の感情もあり ましょうが、その時は私自身が明日は我が身の立場です からとても対岸の火事とは思えなかったのです。
「どんなに辛くて耐え抜いてよい子になりますから………お仕置きをお願いします」 香織さんの言葉はもちろん本心からのものではないで しょうが、それにしてもよく躾たものだと今さらながら 感心してしまいます。
その香織さんがお母さんの膝の上 に乗ると座布団の分だけお尻が浮いて短いスカートから 白いパンツが覗けるようになります。伯母さんはその白 い綿の実のようなパンツを軽く軽く叩き始めました。そ れは一見すると遊んでいるのか冗談なのかと疑いたくな るほどゆったりとかるうくです。そして今までお説教し たことをいちから再び諭し始めたのでした。
「朝は何時に起きるの」(パシッ)
「六時です」
「ちゃんと起きることができますか。約束できますか 」(パシッ)
「はい、約束します」
「次はなにをするの」(パシッ)
「朝のお手伝いです」
「その次は」(パシッ)
「お食事してからお勉強」
「お勉強は何時から」(パシッ)
「七時半です」
「ちゃんと始められますか」(パシッ)
「あっ………大丈夫です。ちゃんとやります」
「あら、もう痛がってるの。お仕置きはまだ始まった ばかりよ」(パシッ)
……………… あまりに長くなるので割愛しますが、伯母さんはまず 最初に春休みの日課のおさらいを平手によるスパンキン グで確認していきます。たしかにその一つ一つはたいし た威力じゃありませんが、塵も積もれば何とやら日課を 一通り確認し終わる頃には香織さんはしきりに体を捩る ようになっていました。痛がゆいのです。おまけにほて ったお尻は小さな衝撃にも敏感に反応しますから本当は 声を出して訴えたいくらいなのですが、それを口にする 事はできません。彼女としてはせめても体を捩ることで そのほてったお尻の熱をさましていたのでした。
「日課はまだ覚えていたみたいね。でも本当にできる の。さぼったりしない」(パシッ)
「しません。いやっ」
香織さんがいきなり大声を上げました。本当は出して はいけない声です。
「なにがいやなの。二十キロもあるあなたを膝の上に 乗せてる私の方がもっといやですよ」
伯母さんはこの時を待っていたかのようにこれまで香 織さんを守ってきたたった一つのパンツを太股までずり 下げました。恥ずかしさと痛みで当然空いている手はお 尻をかばいに走ります。
けれど、 「ほら、なにやってるの。手をどかして」 伯母さんは香織さんがかばった手を捩じ上げると用意 していた脱脂綿にアルコールを含ませて香織さんのお尻 を拭き始めます。何の儀式でしょうか。ほてったお尻の 熱が急速に奪われた香織さんは前にもまして体を捩るよ うになります。おまけにそれは小高い山の部分だけでは なく深く切れ込んだ谷間にまでも及びましたから。 「あっ、あっ」 切なくも狂おしい香織さんの鳴咽が三メートル離れた 私の耳にもはっきりと聞こえます。
「香織、何うろたえてるの。これはお仕置きなのよ。 もう四年生にもなろうという子がお仕置きひとつ静かに 受けられないなんて。恥ずかしい声を出さないの。みっ ともないわね」 伯母さんは香織さんを叱りつけるのです。
そして、 「さあ、これからが本番ですからね。歯を食いしばっ てようく味わいなさい。そして怠けたくなったら今日の ことを思い出すの。どうすればいいかすぐに結論が出る はずよ。さあいいこと。ピアノはやめませんね」
「はい」 蚊のなくような香織さんの声のあとに強烈な一撃がや ってきます。
(ピシッ) それはそれまでの遊んでいるようなのとはまったく違 っていました。スナップのきいた本格的なやつです。 「………」 香織さんは声こそあげませんでしたが、お尻や太もも だけじゃありませんそれこそ全身の筋肉を収縮させて反 り身になります。
きっと無意識に立ち上がろうとしたん じゃないでしょうか。でももちろんそんなことが許され るわけがありません。その体は伯母さんががっちりと押 え込んでいるのですから。そしてやっと落ち着いたと思 った瞬間にはまた伯母さんの声が、 「ではお母さんと約束したことを守ってピアノもお勉 強も家のお手伝いもやっていきますね」
「はい」 こんな時は香織さんも「はい」という言葉以外に何も 考えられないのでしょう。彼女の「はい」は伯母さんの 質問がまだ終わっていないのに出た言葉でした。再び、 峻烈な一撃がやってきます。
(ピシッ) 「痛い」 今度は声を上げずにはいられませんでした。本当は大 声になるはずだったのでしょうが、あまりの悲しみ絶望 のためにその声は擦れています。
「女の子らしく、だらしのない生活はしない。分かっ てますね」
「はい」 (ピシッ) 「いや、もうやめて」
「本当にこたえているのかしら」
「本当です」 (ピシッ) 「いやいや」 香織さんは声だけでなく苦し紛れに頭を振ります。
「今度約束破ったらどうするの」 「………」 何でも言われるまま「はい」という返事しか用意してい なかった香織さんはしばし考えてしまいます。
「どうするの」
(ピシッ) 「やめて、………ごめんなさい。お仕置きしてください よい子になるようお仕置きをお願いします」
「そう。でももうこんなに重くなった子を私一人じゃ 扱えないわね。今度はお父様にも手伝っていただくけど それでいいかしら」
「………」
「どうなの。ご返事は」
(ピシッ) 「はい、お願いします」
香織さんには最初からこの言葉しかありませんでした いいえとは言えないと分っていてなお返事を渋ったのは やはり力が強く異性であるお父さんのお仕置きは避けた かったからにちがいありません。結局、香織さんはいろ んな約束をさせられたあげくやっとスパンキングからは 開放されましたが、その後もお小言は続き「今度は浣腸 やお灸も使いますからね」と脅しまでかけられる始末。
ただ、その場の雰囲気はとってもなごやかで伯母さんは 香織さんを膝の上に抱きかかえるとさながら幼児をあや すように目やにを取り髪を撫でつけ服を整えて娘が落ち 着くのを待っていました。
「やれやれ一件落着だな」 私がそう思った瞬間のことです。 「!」 伯母さんの目が私を見つめています。きっとカーテン の隅から覗いているうちしだいに見やすい場所へと移動 してきたのでしょう。どんな馬鹿面さげて見ていたのか と思うと今でも恥ずかしい気持ちでいっぱいになります。
「あら大変、健ちゃんにテストをやらせてたわ。採点 してあげなくちゃ」 伯母さんは香織さんを私から隠すようにして小さな肩 を抱くと部屋を出て行きました。私もやっと伯母さんの 呪縛から開放されて一目散にその場を離れたのでした。
「お待たせしちゃってごめんなさいね」 伯母さんはほどなくやってくるとテストの採点に取り 掛かります。
「べつにそんなもの採点なんてしてくれなくていいよ 」 私は心の中で呟きながら卓袱台で熱心に丸をつけてく れている伯母さんを立ったまま尊大に見下ろしていまし た。
とその時信じられないものが目に飛び込んできたの です。最後の文章題で小数点を打ち間違って計算してい るではありませんか。全身の血が凍り付き顔面蒼白。で も今となっては後の祭りでした。 伯母さんはその間違いを赤ペンで二三度叩くと青くな っている私の顔を確認してから同じような丸を一つ追加 してくれましたが、それで私のプライドが回復するはず もありません。
「なんであんなことに。見直してりゃよかったなあ。 お母さんに報告するかなあ。また怒られるぞう。どうし てあなたはそういつもいつも注意力が散漫なのって」
頭がパニックになっていた私はしばらくはそんなつま らない事ばかりを頭の中で繰り返し思い巡らしていたの です。
ですから、 「ねえ、いつからあそこにいたの。あの濡れ縁は半分 腐ってて危ないのよ」
「いつって………」
「まいいわ。ねえ健ちゃん。あそこでおばさんと香織 がやってたことは白内(田舎のこと)に帰っても秘密に しておいて欲しいの。約束できるかしら」
「いいよ」 私は伯母さんの要請をふたつ返事で請け合いましたが それは心に深く刻んで答えたのではなくおざなりに返事 を返しただけだったのです。