<A Fanciful satory>
竜巻岬《2》
【第一章:赤ちゃん修業】(1)
K.Mikami
《赤ちゃん修業》
「どう、おめざめはいかが」
広美が起きるとそこは昨日までの病院のようなところではなかった。彼女を
起こしたのも昨日までの看護婦ではない。
広美は一瞬『いつの間にこんなことに』とも思ったが何が起こっても不思議
ではないこの場所にあってこのようなことは些細なことにも思えたのである。
「お早ようございます」
広美のあいさつに相手は意外なという表情を見せたのち好感を持った笑顔に
かわる。
「お早よう。私はハイネ。あなたの養育係よ。あなた明るいのね。私も何人
か自殺志願者を見てきたけどたった二日でこんなに明るい顔になる人は初めて
よ。ペネロープ様がおっしゃってたけどあなたへの試練は早く済みそうだわ」
「あのう、その試練なんですけど、私、なにをすれば」
「何もしなくていいの。しいて言えば何もしない事が試練かしらね。すべて
のことをあるがままに素直に受け入れる心が出来上がればそれで私からは卒業
なの」
「そうですか……………でも、それなら簡単です。私、こう見えても意外に
素直ですから」
「そう、それはよかったわ。でも、これって意外に難しいのよ。早い人でも
二年、長い人のなかには四年五年ってかかる人もいるわ。ま、とにかく始めま
しょう。まず服を脱いで頂戴。パジャマだけでなくキャミソールもショーツも
靴下だけは脱がなくてもいいけどあとはとにかく全部よ」
「え、ここでですか」
「そうよ。ここで。今すぐに」
「分かりました」
広美はそう言ったが、同時にベッドを離れて窓辺へ行く。彼女はカーテンを
閉めようとしたのだ。
「だめよ。カーテンは開けとくの。大丈夫ここには男性はだれもいないわ」
「だって」
「あらあら、さっき言ったのと違ってあなたちっとも素直じゃないのね」
「分かりました」
広美は渋々脱ぐことに同意したのだった。
「いいこと、よくお聞きなさい。これからのあなたはどんなに些細な事でも
我を張ることは許されないの。あなたはここにいる誰のどんなことに対しても
すべて無条件に受け入れなければならない立場なのよ。………もし、少しでも
我を張れば……」
彼女は傍にあった籐鞭を取って一振りさせる。
「あなたがこれまで経験したことのないような凄いお仕置きが待ってるわ。
……さあ早く。故意に遅らせるのも命令に逆らっているのと同じですよ」
「大丈夫です。今脱ぎますから」
広美は慌てて脱ぎ始める。着ているものがパジャマだからすべてが終わるの
にそんなに多くの時間はかからなかった。ハイネの希望どおり白い短ソックス
以外何も身につけない姿になった。ただそれでも恥ずかしいとみえてシーツで
自分の体をすっぽりと覆ってしまう。しかし、それも…
「さあ、そのシーツも取るの。そしてベッドに仰向けになって…。おむつが
当てられないでしょう」
「おむつって…」
「これからあなたは赤ちゃんとしてここで暮らすの。口もきけない。どこへ
も行けない。許されてるのは泣くことと笑うことだけの赤ちゃんとしてここで
生活しなきゃいけないの。だから言ったでしょう。すべてを受け入れる覚悟が
ないとここでは生きていけないって」
「赤ちゃん?……試練ってそういう事だったんですか」
広美はハイネの言葉を耳にするなり笑いだした。
「何だそんなことなんですか。私、試練っていうからもっと凄い事やらされ
るのかと思っちゃった」
「あなた簡単に言うけど……」ハイネは首を横に振る。その顔は、『まるで
分かっていない』と言いたげだ。
「とにかく始めましょう」
ハイネがそういうと広美は今度はあっさりそのすっぽんぽんの体をベッドに
横たえる。
『なるほどまだ子供ね』
寝てしまえばほとんど隆起していない胸、うっすらとほんの申しわけ程度に
しかはえていない陰毛、盛り上がった三角デルタなど、それは成熟した大人の
体にはまだまだ遠い。
それに何よりそれまであんなに恥ずかしがっていたのに今度はあっけらかん
としてベッド上で大の字になってしまう。そのあまりの天真爛漫さに、今度は
ハイネの方が赤面する始末だった。
「どう、久しぶりのおむつの感触は…。といってもそんな昔のことは覚えて
いないでしょうけど」
「なかなか結構よ。ふわふわしててとても快適」
「だめじゃないの口をきいちゃ。さっきも言ったとおりあなたは赤ちゃんと
してここで暮らすんだからお口はきけないわ。これが何より辛いの。あなたが
赤ん坊として完璧になったらハイハイを教えてあげるけど言葉は絶対にだめ」
たしかに広美はこの試練を甘く考えていた。何もせずただここに寝ていれば
いいのならたやすいことと思っていたのだ。しかし、そのただ寝ているだけが
次第に苦痛になってくる。
病院で入院しているのなら見舞い客も来るだろうし同部屋の人とおしゃべり
もできるだろう。軽傷なら病院の庭くらい散策できるかもしれない。たとえ、
個室で重病でもベッドで本くらいは読めるはずである。
ところが、ここでは本当に何もすることができないのだ。独り言さえも部屋
の至る所に設置されたマイクに拾われて…
「赤ちゃんらしくない赤ちゃんにはお仕置きが必要ね」
たちまちくだんのハイネ女史が体格のいい従者二人と現れてお仕置き部屋へ
広美はそのためだけに設けられた小部屋で、メイド服姿の懲罰執行人の膝に
乗せられると話した単語の数だけお尻をぶたれるのだ。
「五十二回ね」
広美の独り言を録音したテープが巻き戻されてハイネが罰を宣言する。
「御免なさい。もう話しませんから」
広美の哀願に
「あと十回追加」
ハイネはそう答えるだけ。たちまちパン、パン、パンという小気味よい音が
風通しのよい部屋に鳴り響く。なにしろ十四の小娘相手に男勝りの大女が二人
がかりというのだから逃げようとしても体はぴくりとも動かない。
「あ、いや。ごめんなさい。もうしませんから」
半ダースもいかないうちに広美はたちまち悲鳴をあげたが、それがまたいけ
ない。
「何度言ったら分かるの。赤ちゃんはお口をきかないのよ」
ただその様子を見ているだけのハイネが子供を叱るような口調で注意する。
そしてさらに
「あと一ダース追加して頂戴」
彼女はメイド二人に冷徹に言い渡すのだ。
「あっ……あ、………いやっ………いたっ………」
どんなに声を出さないように我慢していても出てしまう悲鳴と嗚咽。しまい
には涙と鼻水がないまぜになってかわいい顔もくしゃくしゃになってしまった
そして触れられただけでも飛び上がるほど腫れあがったお尻に軟膏が塗られた
だけでそのお尻は再びガーネット柄のおむつに包まれたのである。
その間、広美にできたことは下唇を噛むこと、ただそれだけだった。
と、そんなことをしておいて今度はハイネが広美をやさしく抱く。プライド
を汚されむっとする少女のことなどまるで眼中にないかのように彼女は広美を
あやしつけるのだ。
それは傍目にはまか不思議としかいいようない光景だった。おむつを履かさ
れガラガラを持たされて抱かれている娘は抱いているハイネより大きいのだ。
しかしハイネはその重さを感じさせないほどしっかりと広美を抱き抱えている
「さあお部屋に帰りましょうね。赤ちゃんらしくできないとまたここへ来て
痛い痛いしますよ」
ハイネは本気になって広美をあやすのだ。これには最初茶番劇と馬鹿にして
いた広美も思わず吹き出す。
「さあ、ねんねしましょうね。うんうん気持ち悪くなったら泣きなさいね。
すぐにおむつを取り替えてあげますから。でもお口をきいちゃいけませんよ。
また、痛いたいですからね」
広美にはハイネがなぜこんな馬鹿げたことをするのか、まったく理解できな
かった。しかし、今はとにかく赤ちゃんを続けるしかない。そして、時がたつ
につれ広美自身この生活のこつのようなものを習得するようになっていったの
である。
たしかに言葉を話すことはできないが、ハイネに向かって笑いかければ彼女
があらん限りのことをしてくれるのだ。ガラガラを振り、カーテンを開け庭へ
も抱いて連れ出してくれる。恥ずかしさはあるものの先程のメイドたちを使っ
てお風呂にも入れてくれるのである。もしそれがいやなら泣くなりいやな顔を
すればそれでよいのだ。
『なんだ、わりに簡単じゃない』
若い広美は一週間もたたないうちに赤ちゃん生活に順応しはじめる。ハイネ
からも
「この分だと赤ちゃんを三四ヵ月で卒業できるかもしれないわね」
とお褒めのお言葉までいただいたのだ。ただ、そんな広美にしても容易には
乗り越えられない壁があった。
トイレである。
「広美ちゃんはいつも便秘ぎみね。赤ちゃんはおむつにうんちをするのがお
仕事よ。おまるはそれができてから貸してあげるわ」
ハイネは赤ん坊らしくおむつに用を足すことを求めたのだ。だがいかに広美
でもそれは簡単ではなかった。こんな状況下なのだからそれもしなければなら
ないとわかっていても理性がそれを許さない。いつも寸前まではいくのだが、
「仕方ないわね。こんなにお腹がはっちゃって…、もう潅腸しかないわね」
その言葉がハイネの口から出るたびに広美はまるでこの世の終わりでも見て
いるかのような絶望的な顔になる。
『こんなことならおむつにした方がどれだけいいかしれない』
ハイネにお潅腸を宣言されるたびにそう思うのだが、いつも肝心な時になる
と理性がやってきて邪魔してしまう。結果、三日に一度は仰向けのまま両足を
天井高く上げなければならなくなるのだった。
器具はガラス製のピストン潅腸器にカテーテルの管をつないだだものを使い
溶液は石けん水。もともと我慢しているお尻だからこれで十分だったのである
「……<あっ、あっ、だめ、でるから、もうだめ>………」
広美はたっぷり二百ccを体に入れられると、もうその時点で激しい便意に
襲われていた。ところが、おむつを当てる間もないのではと思われたその状態
から彼女はなおも踏張ってしまう。
「さあ、もう大丈夫よ。全部出しちゃいましょう。すっきりするわよ」
おむつをあてられ、ハイネに体を抱かれ、下腹をさすられてなお少女は孤独
な戦いを続けるのである。
「あっ…………」
しかしそれに少女が勝利することはなかった。勝負は常に一瞬にして決し、
少女は放心状態でベッドに横たわる。悲しいという積極的な衝動がないままに
溢れ出た涙が頬を濡らしていく。そして、勝者側がすべてを取り片付けた後に
なって初めて息を吹き返すのだ。
こんな無益な戦いが三日にあかさず繰り返されていたある日のこと。彼女は
いつものようにその長い管をお尻から出していた。と、そこへ何やら話し声が
聞こえて来るではではないか。声の主の一人はペネロープ。しかし、もう一人
は明らかに男性の声……
不安が彼女を緊張させた瞬間、もうドアが開いてしまう。当然広美に逃げ場
などなかった。
「おや、お食事中か」
辺りの気配に気づいた中年男性は帰ろうとするが、
「アラン、かまわないわ。この子はまだ赤ん坊ですもの」
ペネロープがとりなす。彼女としてはそれは最悪の事態だった。周囲が女性
ばかりでも恥かしいこの姿を男性に見られるなんて、もうなりふりかまってい
られない。
「ハイネ、やめて。お願い。これ抜いて、これ、お願いだから」
広美はあらん限りの勇気を振り絞って哀願したのだ。しかし、ハイネの答え
はおしゃぶりが一つだけ。それを鼻をつまんで広美の口にねじ入れたのである
特注のおしゃぶりは一瞬にして広美の口の中で膨れ、声はおろか呼吸さえまま
ならなくなるのだ。
「静かに、ご領主様の前ですよ。それを取ったらお仕置きですからね。それ
も飛び切りきついのを」
ハイネの言葉は広美には死刑宣告に近い。
『どうしてこんな時に気絶できないのだろう』
広美は逃げるに逃げられない今の自分が恨めしかった。
処置が進み、いつものようにおむつがあてがわれるとアランがペネロープと
ともに広美のそばへと寄ってくる。
「伯母さま。なかなか可愛い子じゃないですか」
「でしょう。私のお気にいりなの。まだ自分でうんちもできないからものに
なるかどうか分からないけど」
「私が手伝いましょうか」
アランはそう言うと怯えてベッドの隅で震えている広美を抱こうとする。
「いけません。アラン様。ご領主のなさることではありません」
ハイネは止めたが、
「伯母さま、いけませんか」
「かまわないわ。あなたもいずれは赤ん坊んを抱くことがあるでしょうし、
その子にとってもご領主様のお膝の上で用が足せるなんて名誉、そうそうない
でしょうから」
こうして話は決まり、広美は領主アランに抱かれてその恥かしい行為をする
はめになったのである。
「どう、もう出たかい」
アランはやさしく声をかけるが、広美はそれどころではない。今お腹がごろ
ごろ鳴っているだけでも十分恥かしいのにこの先汚物が漏れたら、あの匂いが
漂ったら、悪い予感が脳裏を掠めるだけでも気が狂いそうだった。だから普段
にも増してあらん限りの集中力をそれに注ぎ込み耐えに耐えたのだ。が……、
「アラン、ただ抱いてるだけじゃらちがあかないわ。そんな時はねその子の
お腹をさすってあげるの。耳の後ろに息を吹き掛けたり、ほうずりしてあげた
りしてもおもしろいわ」
ペネロープが悪知恵を授けるものだから。
「……んっぁぁぁぁぁぁぁ………………」
それはもうどうしようもないことだった。
「この子できたみたいだよ。ついでに私が替えてやろうか」
アランはそう言ったが、これはさすがに
「とんでもございません。こんな不浄な物、ご領主様の手が汚れます」
ハイネが止めこれにはペネロープも反対しなかった。その代わりペネロープ
自らが広美のおむつ替えを手伝ったのである。
「ハイネ、この子はいい経験をしたわ」
「まったく。こんな幸運は待っていても訪れませんもの」
「ねえ、ヒロミ。女は殿方に自分のもっとも恥かしい行為を見られることで
脱皮できるの。そしてその時にもっとも感じるものなのよ」
一段落したせいだろうか、ペネロープが語りかけたこの言葉だけが、広美の
記憶として残ったのである。
<赤ちゃん修行(了)>