<A Fanciful Story>
竜巻岬《4》
【第1章:赤ちゃん修業】(3)
K.Mikami
《自殺未遂の罰》
「もういや、こんな生活したくない。なにがアリスよ。私には広美っていう
立派な名前があるのよ。こんなことならあの時死んでいればよかったに……。
すべてあいつらが悪いんじゃないの。悪魔よあいつら」
一人になった彼女はさんざん泣いた後に思い立ったように悪態を吐き始める
そしてベッドを飛び出すなり鍵のかかったドアを力任せに開けようとしたのだ
「死んでやる…死んでやるんだから…」
そこへ異変に気付いたハイネがやってきた。彼女はドアを開けると興奮した
広美をベッドへ突き倒し、刺すような鋭い眼差しで彼女を睨みつけたのである
広美も一度ではひるまない。二度三度とハイネにかかっていったが、流動食
ばかり食べさせられ、ベッドに半年以上縛りつけられていた広美には勝ち目が
なかった
そして、かかっていく気力がなくなると再びベッドでさめざめと泣き始めた
のである。
「あんた、さっき死にたいって言ってたけど、それ本当の気持ちかしら」
広美はいったんは顔をあげたがハイネの天井から睨みつけているような顔に
ひるんですぐにまた枕を抱えてしまう。
と、ハイネは次にこんなことを言うのだ。
「別にかまわないよ。死にたければそれでも。もともと自殺したいという人
を一度助けてみて別の世界でならやり直す意志があるかどうかを尋ねてるだけ
なんだから。無理強いはしないわ。いいわ、私が放りこんであげる」
ハイネはそう言うと彼女を抱き上げ部屋を出たのだった。
すると、今度は広美が慌て始める。でも、あれだけ騒いだてまえどう言って
いいのか分からないのだ。
ハイネは暗く長い廊下を足音をたてて進む。細く曲がりくねった通路はどれ
も広美の知らない道ばかりだった。そして荷物用のエレベーターに乗って降り
着いた先は洞窟のような場所。
「さあ、覗いてご覧なさい」
ハイネに言われて岩の切り立った部分を恐る恐る覗いてみるとそこはまさに
断崖絶壁。竜巻岬とは違って波打つ水も黒く不気味に光っている。
「うちで助けてもやっぱり死にたいって言う人はここから落ちてもらうの。
ここは竜巻岬ともつながっていてここらで水死体があがってもちっとも不思議
じゃないわ。死亡推定時刻が分からないように半年くらい時間をおいて警察へ
電話をすればそれで一件落着ってわけ。どう、納得したかしら」
ハイネの話を聞いたとたん広美の顔色が青くなる。それは明らかに死にたく
ないという意思表示なのだ。無論それはハイネにも分かっている。彼女はその
顔色や素振りでその人の内心を探り当てるスペシャリスト。十四の小娘の気持
を言いあてることなど造作もない事だった。
しかし、それは承知の上でなお彼女は広美へのお仕置きを敢行したのである
「あそこに新しい篭があるでしょう。あれに乗って頂戴。一二時間は大丈夫
だけどそのうち切れてほら」
ハイネが指差す先に底の抜けた古い木製の篭がぶらさがっている。
「何日か前ねえ、あそこに誰か入ってたわ」
底の抜けた篭が吊してあるのはさっき覗いた絶壁の先、当然その下は黒い海
である。
広美はがたがたと震えだしやっていることといえば首を左右に振ることだけ
「さあ、早くしてね。私はあなた以外にも仕事があるんだから」
ハイネがそう言って広美を篭にのせようとしたら今度はてこでも動かない。
「どうしたの。あなたさっきは死にたい死にたいって言ってたじゃないの」
二人はしばしもみ合いなった。無論これもハイネの計算のうちである。ころ
あいを見計らって、
「どうしたの。死にたいんでしょう。なんなら私がこのまま投げ込んでやろ
うか」
凄んでみせると広美はたまらずハイネの腰にすがりつく。そして、
「ごめんなさい。わたし、わたし死にたくない。ここにおいて。何でもする
からここにおいてください」
ハイネが求めていた言葉がやっと飛び出したのだ。
「そう、気が変わったの。ま、それならそれでいいけど。だったら、ここの
規則にしたがってお仕置き受けてもらうけど、いいのね」
ハイネのりんとした態度に広美は力なくうなづく。
『まだ子供ね。それはそれでこちらも楽しいんだけど』
ハイネは内心ほくそ笑むとさも大義そうに広美を、いやアリスを抱き上げて
一緒にお仕置き部屋へと向かったのだった。
お仕置き部屋は三つあっていずれも十平米ほどの小部屋だが、懲罰用の器具
が過不足なく配置され、いつお客さまがみえてもいいようにメイドがその都度
ぬかりなく準備を整えている。
「さあお入りなさい。今日はあまりにも沢山のおしゃべりをしたし、ベッド
からも抜け出したんだからいつものようにはいかないわよ」
ハイネはアリスを小部屋に入れるといつものようにメイドを呼ぶ。しかし、
そこはアリスがいつも使っている部屋ではなかった。床は石造りで排水設備が
ありおまけに窓がない。それまでの板張りの床にソファーや椅子が置いてある
わりと日当たりのよい部屋とは様変わりした陰気な造りの部屋なのだ。
「ちょっと早いけど、あなたが赤ちゃんを卒業したらここでのお仕置もある
ので慣れといてもらおうと思って連れてきたの」
「………」
「……それは懲罰台。そこにうつ伏せに寝かされて鞭でお尻をぶたれるの。
もし立ち上がったり転げ落ちたりしたら鞭の数が増えたうえに新たな罰が追加
されるから注意しなさい」
「………」
「あら、恐いの。恐がらなくてもいいのよ。最初はほら、四隅についている
皮バンドで手足を拘束してあげるから転げ落ちる心配はないわ」
「………」
「そっちのは処置台。お潅腸なんかする時に使うの。……そうだ。あそこを
見てごらんなさいな。ほらあの隅、二枚の板が渡してあって上から皮手錠付き
の紐がぶらさがってるでしょう。あれ何だかわかる」
「…………」
「あそこトイレなの。あそこで用を足すのよ」
ハイネが意味深な笑みを浮かべる。
「二枚の板に膝をついて両手を皮手錠で固定して万歳をするような形で用を
足すの。もちろん約束の時間までは我慢しなければならないわ。もしも、それ
以前に漏らしちゃうと当然罰が追加される事になるわね。そして、そのための
お道具が入ってるのがこの書棚というわけ。分かったかしら」
ハイネは口のきけないアリスのために彼女が視線を動かすたびにその説明を
してやったのだ。
『あ〜あ、やっぱりあの時飛び降りてりゃよかったかなあ』
アリスの落胆を見透かすようにハイネが続ける。
「大丈夫よ、こんなのすぐに慣れるわ。そのうち鼻歌まじりでこの部屋を出
られるようになるんだから」
やがて例のメイドたちがやってくる。お定まりのポーズ、一人がアリスの頭
と両手を押さえもう一人が自分の膝に少女のお腹を乗せて左手でその腰を巻い
て固定し静かにおむつを脱がしていくという按配だ。
「パン(ぱん)パン(ぱん)パン(ぱん)パン………」
一定の規則正しいリズムが部屋全体に響き渡る。ここは密室なので音の反響
が特によいのだ。
「パン…あ、…パン…ああ、…パン…あぁ…パン…うっ…」
きっかり百回。過不足なく温められたアリスのお尻はすでに真赤に熟れてい
た。だが、さらに今回。アリスにはもっと苛酷な罰が用意されたのだ。
「そあ、今度はここよ」
ハイネが懲罰台の脇に立って指示する。
『たった一回でもいい、自分のお尻をなでてやりたいのに』
彼女のささやかな願いが叶えられることはなく、二人のメイドに体を押上げ
られたアリスはその剥き出しの下半身で懲罰台の鞍を挟み込まなければならな
かった。
「…<あっ>…」
レザーの持つ独特の質感は彼女に病院の処置台の感触を思い起させる。吸い
付くようなその感触は、その時受けた潅腸の記憶とともに彼女の脳裏に今でも
鮮烈に残っているのだ。
『いやだなあこの感じ』
彼女は不快な感触を再確認する。しかし、その不快と感じられる感性の中に
何やら別の感触が混じっていることに気付いてアリスははっとするのだ。
『なんだろう、この感じ』
それが何か分からぬまま、下腹には腰を浮かすためのこれまたレザー張りの
枕が入れられ、口の中にはいつものおしゃぶり。両手両足が革紐で拘束されて
準備はあっという間に整ってしまう。
今の感情が何なのか捜し当てる間もなくアリスには次のお仕置きが始まって
しまったのだった。
「今度は籐鞭だからこれまでとは違うわよ。しっかり懲罰台を抱いてなさい
………いいわね。さあ、歯をくいしばって、………それ、ひと〜つ」
「ピシッ」
ハイネの振り下ろしたイングランド流の籐鞭がアリス自身の感覚ではすでに
二倍に膨れ上がっていたお尻に炸裂する。
「<ひぃっ〜>」
まるで電気が走ったように痛みが脳天まで達し、手足の指先までもが痺れる
「さあ、ふた〜つ」
ハイネの声がした瞬間
『殺される』
アリスは思った。実は彼女、父親に甘やかされて育てられたためか鞭の経験
がまったくなかったのだ。
「ピシッ」
「<うっっっっ>」
アリスは本当は声を出したかった。どんなに罰が増えても声が出せれば少し
は今の痛みが薄らぐような気がしたのだ。しかし現実がそれを許さない。猿轡
がわりのおしゃぶりがそれを許さないのだ。
「みぃ〜つ」
『誰か助けて』
「ピシッ」
「<うっっっっ>」
と、その時だった。入り口の扉が開いたのである。
「なにごと。今時分」
声の主はペネロープだった。
「どうしました。何をやっているの」
彼女は訝しげに中へ入って来る。
「まあ、アリスじゃないの。どうしたのいったい」
とたんに部屋の中の空気が怪しくなってきたのである。
「ハイネこれはどういうこと。どうしてアリスがこんな所にいるの。ここは
赤ちゃんのくる所ではないわ。赤ちゃんのお仕置きにこんな項目はないはずよ
とにかくこの子を懲罰台からおろしなさい」
こうしてアリスの『誰か助けて』という心の叫びは意外な形で実現したのだ
った。
ところが、
「そう、あなたの判断なの。でも、これは明確なルール違反だわ」
ペネロープはハイネの説明に一定の理解は示したものの納得はしなかった。
そして、
「あなたもここの一員である以上罰は受てくださるわね」
「はい、ミストレス」
「これはあなたの仕事熱心からでたことだと信じたいので、鞭は一ダースで
いいけど、この子の面倒は明日から他の人にやってもらいます。いいですね」
「はい」
ハイネは女主人の申し出を素直に受け入れた。否、雇われ人の身分では受け
入れざるを得なかったのだ。そんな悲しい現実を知ってか知らずか、助け船を
出したのはアリスだったのである。
「ハイネさんはまったく悪くありません。みんな私が悪いんです。私がまた
自殺したいだなんて言ったからこうなったんです。だから罰を与えるなら私に
してください。私が受けます。ですから、ハイネさんを首にしないでください
お願いします。私これからもずっとハイネさんと一緒に暮らしたいんです」
ペネロープは突然の申し出に困惑する。こんなケースに今まで遭遇したこと
がなかったのだ。そして、しばし考えたのち、少し苦笑しながら、
「あなたそんなに彼女のことが好きなの。だってこの間の園遊会ではお漏ら
しできなかったじゃない。この人、あれで相当に信用を失ってるのよ」
「今度は必ず成功させます。必ず…ですから、お願いします」
「分かったわ。そんなに二人が愛し合ってるならこの事は取り下げましょう
でも、規則違反のお仕置きは受けてもらうわよ。あなたもこのことに幾分かの
責任があると感じてるのなら見てなさい。そしてその痛みを共有すればいいわ
じゃあ、始めてちょうだい」
今度はメイドたちがペネロープのために働く。ハイネはもとより慣れたもの
だった。懲罰台にひらりと飛び乗ると、自分でお腹に枕をいれて執行人が鞭を
振るいやすい位置にお尻を調整するのである。
やがてメイドたちがハイネのプリーツスカートをその下のスリップとともに
めくりあげる。ハイネはつい今しがたまで顎で使っていたメイドたちに今度は
辱められているのだ。
当り前の事とはいえアリスには大人社会の残酷な場面を見たような気がした
そんなアリスをペネロープが呼び寄せる。彼女は自分のすぐ脇に椅子を用意
させてここに座れというのだ。
「よく、見ておやり。あの子は一人でも観客が多い方が燃えるようだから」
このペネロープの言葉をアリスはまだ理解することができない。
ショーツがはぎ取られ、自分とは比べものにならないほど肉付きのよいはち
切れんばかりのお尻や太ももがやがて細身の籐鞭で鋭く切り刻まれていく様は
ただただ残酷としかアリスの目には映らなかったのである。
その後アリスはあちこちに引っ張り出された。とにかく人のいるところには
どこへでもハイネが連れ出したのだ。
メイド達の前で、村の子供たちの前で、庭師たちの仕事場で彼女はアリスに
うんちを強要したのだった。そしてアリスが少しでも渋ると、いきなり灌腸。
特に村の子供たちが囃し立てるなかおむつ替えをさせられた時はショックで
二日ほど食事が喉を通らないこともあったが、今度ばかりはアリスもハイネに
迷惑をかけたくないと思っていたから、たとえそのことでハイネからスパンキ
ングのお仕置きを受けるような事があってもじっと耐えたのである。
そして一カ月後、アリスは園遊会でその役目を立派に果たしまずは赤ん坊を
卒業することができたのだった。
<自殺未遂の罰(了)>