<A Fanciful Story>

竜巻岬《5》

【第二章:幼女の躾】

K.Mikami
《幼女の躾》

赤ちゃんを卒業してアリスには服が与えられた。花柄ワンピースに、下着は
白い綿のキャミソールとショーツ。それは女の子のごく普通のファッションの
ようだが、

「ねえ、これってなんでこんなにスカート丈が短いの。膝上二十センチ以上
あるわよ」

アリスが文句をいうとハイネの答えは明快だった。

「何言ってるの。あなたはまだ幼女、つまり幼稚園児なのよ」

アリスのファッションは言われてみれば納得の特大幼児服なのだ。

 「服だけじゃないわ。あなたは身も心も幼児でなきゃいけないの。いいこと
言葉が使えるようになったといっても、今使えるのはせいぜい朝晩のご挨拶と
物をもらった時の感謝の言葉ぐらい。間違っても大人の人たちと議論なんかで
きないのよ」

「分かってるわ。ペネロープ様の前で可愛らしい園児を演じればそれでいい
んでしょう。簡単よ。私こう見えてもお芝居は上手なの」

「いいえそれじゃだめよ。演じるんじゃなくてなりきるの。そうでなければ
ペネロープ様はあなたを認めてくださらないわ」

「ねえ、これってどのくらいかかるの。また六ヵ月、八ヶ月?」

「人によってだけど、あなたなら三ヵ月かからないかもしれないわね。なに
しろ根が子供だから…そういうところは私も助かるわ……」

ハイネは母親のように甲斐甲斐しく着付けを手伝っているが、ふと思い出し
たように

「それよりあなたむだ毛の処理はしたの」

「むだ毛って」

「ここのことよ」ハイネはアリスの股間を叩く。「ここに毛のはえた園児な
んていないでしょう」

「え、そんなことまでやるの」

「当たり前でしょう。お仕置きの時はパンツも一緒に脱がされるのよ。その
時にどんな言い訳するつもり。これからは赤ちゃんじゃないんだからあなたが
毎日お手入れするの。万が一お仕置の最中にそんなものがペネロープ様に見つ
かったら目の玉が飛び出るくらいのお仕置きが待ってるんだからね」

「わかったわ」

アリスは楽屋裏でいろんなノウハウをたたき込まれると、ハイネに付き添わ
れて恐る恐るペネロープの処へ。これが幼女になって初めてのご挨拶だった。

「まあ、まあ、よく来たわね。どうかしら久しぶりの服の感触は」

「はい、とってもきもちいい…です!」

アリスはわざと幼児のような口調で話す。

「おむつの生活は大変だったでしょう。でも、あれであなたは生まれ変わる
ことができるの。口先だけでいくら『今日から生まれ変わるんだ』なんて宣言
してみても人間そう簡単に今までの生活習慣を変えることなんてできないわ。

知らず知らずこびりついた歪んだプライドを根こそぎはぎ取とって再スタート
を切るには親の愛情以外生きるすべのない本当の赤ん坊に戻ってとにかく恥を
かくしか方法がないの。もうあなたは昔のヒロミ・キーウッドじゃない。今は

私の大事な娘、アリス・ペネロープなのよ。だから、これからは私のことは、
『お母さま』って呼ばなければならないけど、できますか」

「はい、お母さま」

「よろしい。大変よいご返事です。これからあなたはペネロープ家の子供と
してここで生きるの。年令はおいおい引き上げるけど立場はずっと子供のまま
もし子供の領分を逸脱するようなことがあれば、ただちにお仕置き」

「………」ペネロープの鋭い視線にアリスは思わずたじろぐ。

「それと、立場は子供でも体は大人なんだからお仕置の時は世間の子供より
ぐんと厳しいわよ。覚悟しといてね」

「はい、お母さま」

「よろしい。では最初の躾をしましょう。ここへ膝まづいて両手を前に……
…………そうです。手のひらを上にして品物がそこに乗るようにするの」

アリスはうやうやしく両手を差し出す。

「…できましたね。よろしい。それが我が家で子供たちが目上の人に何かを
していただく時のポーズですよ。よく覚えておきなさい。では、お菓子をあげ
ましょう」

ペネロープはケーキを一つアリスの両手に乗せる。

「ありがとうございます。お母さま」

アリスがお礼を言うとペネロープは満足そうに、

「まあ、感心だこと。やはり私が見込んだ娘だけのことはあるわ。ではね、
そのケーキはハイネに預けなさい。今度はご本をあげましょう」

ペネロープはケーキをハイネに預けて何もなくなった手に再び絵本を乗せる

「グリム童話とアンデルセンよ」

「ありがとうございます。お母さま」

しかし、それもすぐにハイネに預けろと言うのだ。そして、次はクレヨン、
その次はお人形とペネロープは次々に女の子の欲しがりそうなものをアリスに
与えていく。

もちろんそのたびごとにアリスは「ありがとうございます。お母さま」とお
礼を言わなければならない。

何の為にこんなまどろっこしいことをしているのだろうと思い始めた矢先、
次にアリスの手に乗った物は奇妙な物だった。細い枝を束ねた箒の先のような
物。

 「これが何だか分かりますか」

ペネロープに尋ねられて少し間があったが、アリスはこの正体を思い出した

「思い出したみたいね。そう、これは樺の木の鞭よ。何に使うかはご存じよ
ね。今すぐに使うものではないけれどあなたにとってはこれも大事なものよ」

「はい、お母さま。ありがとうございます」

「かしこいわ、あなた」ペネロープはますます上機嫌だった。そして、その
次は大きな注射器と思いきやこれがなんとピストン式の潅腸器。昔ならはねの
けていたかもしれない代物が、今はさしたる違和感もなく手に乗せることがで
きる。

「これは何だか言わなくてもよいでしょう。これも女の子にはなくてはなら
ないお品物よ」

「はい、お母さま。ありがとうございます」

「そして、最後はこれ」

ペネロープが最後に乗せたのは何やらふわふわとして柔らかく、まるで乾燥
した藻のようだった。

「あなた、日本で暮らしていたからひょっとして知っているかと思ったけど
その様子じゃご存じないみたいね」

ペネロープはそう言ったがアリスはその時いやな予感を感じていた。ただ、
まさかこのヨーロッパでという思いが彼女に怪訝な顔をさせていたのである。

「それはもぐさっていうの」

ペネロープの答えにアリスの悪い予感は見事に的中してしまった。

「私は父の仕事の関係で日本にいたことがあって、その時日本の母親が子供
へのお仕置きに使っていたので興味を持ったの。最初はなんて野蛮なことをっ
て思ったけど、それほど痕も目立たないし、何より関節の痛みに効くから今で
は私も愛用しているのよ」

「…………‥」

「あら、そのお顔の様子だと思い出してくれたみたいね」

ペネロープは目が点になっている少女を励ますつもりでこう付け加える。

「でも安心して、私、けっこう手慣れているからあなたに傷を付けることは
なくてよ。だからこれにもありがとうございますを言ってね」

 「……あ、〜は、い。おかあさま。ありがとうございます」

 さすがのアリスもこの時ばかりは平常心ではいられなかった。

 「あなたは私の娘として私が与えるどんなことにもありがとうございますと
言って受け入れなければならない義務があるの。それはクッキーや絵本やリボ
ンといった楽しい事ばかりじゃなくてお仕置きのような辛いことも同じように
ありがとうございますと言って受け入れなければならないわ。できますか」

「はい、お母さま」
 
 「よろしい。……やはり私の判断は正しかったみたいね。あなたを竜巻岬で
見かけた時からこの子はとても立派な躾を受けてるって感じてたの。しばらく
は辛い日々が続くけど辛抱なさい。私が決して悪いようにはしないから」
 
  アリスはこうしてペネロープ家で幼女としての生活をスタートさせることに
なる。ただ、その生活は一見華やかだが味気ないものだった。

七時に起床すると身繕いをしてペネロープ女史に朝のご挨拶、それがすむと
食堂にもどってハイネと朝食。あとは一日中絵本を読んだり積み木を積んだり
お人形遊びをして過ごすだけ。退屈になれば昼寝をするよりほか時間の潰しよ
うがなかったのである。

唯一の遊び相手であるハイネも、初日こそアリスにアドバイスをくれたが、
それ以外は常に赤ちゃん口調でしか接しない。たまにアリスが大人びた口をき
こうものなら

「何ですか、そのお口のきき方は。また、赤ちゃんに戻りたいの。私は仕事
だからまたいつでもあなたのおむつを替えてあげてよ」

と、脅される始末だった。ただその仕事熱心さはアリスの方が呆れるほどで
彼女はアリスに繰り返し絵本を読んで聞かせたが、それは実践とワンセットに
なっている。例えば……

「この絵のなかに困っている人いがいます。分かりますか」

とハイネが言う。それをアリスが見ると絵の中に紙袋からオレンジを路上に
こぼして困っている婦人の絵があるから

「女の人がオレンジをこぼして困ってる」

とアリスが答えると、庭ではそれとまったく同じシーンをメイドが再現して
おり、アリスはそのオレンジを拾い集めに庭へ出掛けなければならなかった。

絵は何枚もあり同じ日に同じシーンに出くわすことはなかったが、それでも
三四日で一回りするので、アリスは同じ寸劇を何度も何度も演じなければなら
ない。しかもそれに文句を言おうものならたちまち誰の見ている前でもパンツ
をさげられお尻を叩かれるのだ。

「あなたはまだ誰にも文句をいう資格はありませんよ。忘れたんですか」

ハイネの叱責にアリスは

「ごめんなさい。よい子になります。お仕置きありがとうございました」

こう答えなければならない。これ以外の答えをハイネは求めていないしこれ
以外の答えをしてもハイネはお尻叩きをやめてはくれなかったのである。

「神様に感謝します。お父さまお母さまに感謝します。私を慈しみ育ててく
ださるすべてのものに感謝します」

この言葉もハイネから何百回と言わされる言葉だった。自分がいかにひ弱で
いかに多くの人たちの慈愛によって生かされているかを認識し感謝しなさいと
いうのだ。

食事のマナーや絵本を読む時の姿勢はもちろん、はてはメイドを睨みつけた
と言ってはお尻をぶつ。

「メイドもあなたからみれば年長者です。そんなことをしてよいはずがない
でしょう」

何か言いたげなアリスに向かってハイネはぴしゃりとはねつけるのだ。

『なんだか昔に戻っちゃったみたいね』

アリスは一つ大きなため息をつく。実はその昔、彼女もこうして育てられて
いた。よく少女マンガで家の使用人を顎で使うお嬢様なるものがでてくるが、
実際のお嬢様は世間の人から後ろ指を指されないように親から厳しく躾られる
ので大半が庶民の娘より目上の人に謙虚な口をきくものなのだ。

アリスもそうした娘の一人だったのである。ただ、何も知らない時代と違い
色々な知識や経験を持ち合わせている今のアリスにとって、その事はかえって
大きなストレスとしてのしかかってしまう。こんな躾は、アリスに関する限り
無用だったのかもしれない。

                             <了>  

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