<A Fansiful story>

竜巻岬《6》

【第二章:幼女の躾】
k.Mikami
《初めての友達》

 ある日のこと、ペネロープがお茶の席にアリスを呼ぶ。そこは本来、童女と
呼ばれる人たちから参加を許される場所で、未だ幼女でしかないアリスが招か
れること自体破格の扱いだった。しかも彼女はペネロープのすぐ脇に席を取る

「アリス、だいぶやつれたみたいに見えるけど幼女は大変かしら」

「いいえ、大丈夫です。お母さまのご慈愛に感謝します」

「ありがとう。でも、今日はあなたが心に抱いている本当の気持ちを話して
ちょうだい。ハイネもいないしここではかまわなくてよ」

「…<そう言われても>……」

とアリスは思う。

「そう、常によい子でいたいのね。それはそれで大変に結構よ。だけどもし
我慢できなくなったらいつでも私の処へいらっしゃい。私の胸にすべてをぶち
まけていいのよ。あなたは私の娘なんだから何も遠慮はいらないわ」

ペネロープは慈愛に満ちた母の眼差しでアリスを諭した。ハイネに娘の養育
を任せている以上母親とはいえ小さなことまであれこれと指図できないのだ。

 実際、庶民と異なり上流階級の家庭では子供たちが親と一緒に食事をしたり
歓談したりできるのは十才を過ぎてから、それ以前は養育係に全権を委ねてい
る場合がほとんどで、その場合「お早ようございます」と「おやすみなさい」
を言いに子供が親の処へ出向く以外は、親の方が養育係の処へ出向いて子供に
会いに行くことになる。

当然、子供は実際の親より養育係の方になつくわけで、アリスもその点例外
ではなかった。どんなにきつい折檻を受ても自分の庇護者はハイネしかいない
と信じていたのである。

お茶の席には大勢の子供たちが参加していた。子供たちといってもいずれも
二十歳を越えた一般社会なら当然レディーと呼ばれる人たちだがここでの身分
は童女であったり少女であったりする。

ペネロープはそんな子供たち一人一人に声をかける。幼女のアリスと異なり
童女から上の彼女たちをペネロープは細かく観察しているのだ。

「フランソワ、ピアノの発表会までもうあまり時間がないけど大丈夫なの」

 「はい、今回はとても体調がいいんです」

「そう、それはよかったわ。当日、貧血で倒れたなんてあまり名誉なことで
はありませんものね」

「キャシーはまた油絵が入選したんですって」

「はい、今度の作品はサロンにも出品させて頂きました」

「そう、それはよかったわ。でも、あまり公の場所に展示すると、もともと
あなたはプロなんだし、過去が分かってしまわないかしら」

「それは大丈夫です。以前とは絵のタッチを大きく変えてしまいましたから
気付く人は誰もいないはずです」

「ミッシェル、あなたから頂いたレースの花瓶敷とても重宝しているわ。あ
なた器用なのね。知らなかったわ」

「いいえ、お母さま。私は何も取柄がありませんから編み物ぐらいしかでき
なくて」

「とんでもない。女の子にとって編み物は立派な趣味ですよ。もっと高度な
ものを習いたいのなら先生を呼んであげてもよくてよ」

「はい、お母さま。ご好意に感謝します」

「では誰か探しておきましょう」

ペネロープ女史はこうして大半の子を誉めたが、中には叱る子もいた。そう
した子はまず近くに呼び寄せてから話を切り出すのである。

「リサ、あなた最近手遊びをするそうね。世間じゃあんなもの健康に影響が
ないから放っておけばいいって言う人もいるけど、ここでは禁止していること
知っているわよね」

「はい、お母さま」

「男性のようにどうしてもやらないとストレスで仕事や勉強にも支障がでる
というのならいざ知らず、女性にはそれほどの強い欲求はないはずよ。あれは
たとえ健康に直接的な害はなくても生活習慣が乱れ根気が奪われるからここで
は禁止しているの」

ペネロープはそこでいったん言葉を区切ってアリスを一瞥すると、ふたたび
リサを静かな眼差しで見つめる。

「コリンズ先生にご相談するけど、場合によっては幼女か…ひょっとすると
赤ちゃんに戻ってもらうかもしれないわね」

 「許してください。もう二度と手は触れませんから」

リサはペネロープの前に膝まづくと両手を胸の前で組んで哀願した。

「およしなさい。リサ。ここはそんなことをする場所ではないわ。お茶の席
なのよ」

「私、もう、赤ちゃんなんていやです。あんな恥かしい思いをするくらいな
ら死んだほうがましです」

リサは激しく訴えたが、ペネロープはいたって平静だった。

「死ぬのはかまわないけど、もう死ねないでしょうね。あなただって一度は
赤ちゃんを経験しているもの。あれを乗り越えてから再び死を選んだ人は誰も
いないの。あなたたちを厚遇してあげられるのももう二度と自殺なんてしない
って確信があるからよ。だから、軽々しく死ぬ死ぬって言わないで頂戴」

「………」

リサは急に静かになった。本当は死ぬ気などない自分の気持ちをペネロープ
に見透かされて恥かしかったのだ。

「本当は赤ちゃんに格下げするお仕置きもあるけど、しばらくは様子を見て
あげましょう。ともかく一週間は貞操帯よ。いいですね」

「はい、お母さま」

リサは小さな声で答えた。

「…てい…そう…たい…」

アリスがぼそっと言った言葉にペネロープが反応する。

「ん、貞操帯って知らないの。アリスちゃんにはまだ関係ないわね。貞操帯
というのは、おいたをするお手てが体のなかに入らないようにするものなの」

 アリスもやがてはお世話になるその器具、この時はペネロープに説明されて
もとんとそのイメージが浮かんでこなかった。

 二週間後アリスに初めて友達ができた。先日のお茶会で会ったリサが格下げ
されてやってきたのだ。リサはこの時十八才、十五才になっていたアリスとは
みっつしか違わないが育ちのせいかアリスに比べると随分と大人びている。

「へえ〜あなたがアリスちゃん。随分可愛い顔してるのね。とても十五には
見えないわ」

「だったらいくつに見えるの」

「そう、いいとこ十一ってところかしらね。なるほどお母さまのお気にいり
って感じだわ。だってあなた清楚で品があるもの。きっと育ちがいいのね」

「私が…そんなことないわ。だってめったにペネロープ様…いえお母さまに
お目にかからないもの」

「それは当たり前よ。だってあなたまだ幼女じゃない。童女になって初めて
一緒に食事もできるし、養育係への不満だって少しは言えるようになるの」

「それはあなただって…」

「そうよ。今日から私もあなたと同じ。お庭だろうと食堂だろうと養育係が
一言『パンツをおろしなさい』って言えば、何一つ口答えできずにお尻叩きの
準備に協力させられるあなたのお仲間よ」

「そういえば私、先日のお茶会でお母さまから、不満なことがあったら何で
も相談にいらっしゃいって……」

「ほんとに」リサは目を丸くして大仰に驚いてみせる。「羨ましいなあ。私
なんて幼女の時にそんなこと一度も言われたことないのよ。やっぱりあなたは
お母さまのお気にいりなのよ」

「そうかしら」

「絶対そうよ。これは明らかな差別だわ」

「差別かどうかはわからないけど、私は早く童女になりたいわ。ここにきて
もう一年近くになるけど絵本のほかはただの一冊も本を読んだことがないの。
赤ちゃんの時は無我夢中だったけど、今はなんだかのんびりしすぎて頭のなか
に蜘蛛の巣が張りそうだわ」

「それ、皮肉かしら」

「え、どうして」

「だって童女や少女になったら勉強や習いごとをたくさんやらされるのよ。
それもたっぷりとお仕置き付きでね。私はその点は幼女って羨ましいなあって
思ってるの。ただ養育係の命令には絶対服従というのが辛いところだけど…」

 「私とは反対ね。私、それはかまわないの。今ではどこでもパンツが脱げる
もの」

アリスは自分で言って思わず苦笑する。

「よし、いいわ。あなたの好奇心を満足させてあげられるちょっとした穴場
があるの。ついてらっしゃい」

「でも、もう夕食もすんだし、このお部屋を出ちゃいけないんでしょう」

「大丈夫。三十分くらいなら養育係も帰ってはこないわ。あの人たち町から
運んできた荷物を納屋に入れるのを手伝ってるの。いいからいらっしゃいよ」

アリスはリサに誘われるまま恐る恐る部屋の外へと出て行った。

「どこへ行くの。ここはご城主様の…」

「わかってるわよそんなこと。さあ、ここから入るのよ。ちょうど改築工事
やってるから壁が壊れてるの」

「わたし」

アリスが二の足を踏むとリサはぐいっと彼女の肩をつかむ。

「何言ってるの、今さら。ここまで来たらあんたも同罪よ。見て帰らなきゃ
損じゃない」

二人が工事の為にあけた穴からなかに入ると、そこはお城の書庫。

「どう、すごいでしょう。天井まで本がびっしりよ。これ全部売り飛ばして
もトラック十台じゃ運びきれないわね」

「これ全部侯爵様のものかしら」

「当たり前じゃない。きっと何代も前からため込んでるのよ」

「ねえ、これってどういうふうに分類してるのかしら。何だか雑然と並んで
いて見つけにくい気もするけど」

「何言ってるの。ここは街の図書館じゃないのよ。ご領主様がご自身で分か
っていればそれでいいじゃない。そんなことあなたが心配することじゃないわ
それよりおもしろいものがあるの。こっちへ来て」

リサはずけずけと書斎の方へ入っていくと、どこでそれを知ったのか本棚の
奥に隠されたスイッチを……

すると、本棚の一部が横にスライドして秘密の入り口が現われたのである。

「やっぱりまずいわ。もし、見つかったら。私たちただではすまないのよ」

アリスの不安にもリサは強気だった。

「大丈夫よ。ご領主様は出掛けたし、ここはご領主様のプライベートルーム
だから誰もこないわ。さあ、あなたの望みの本じゃないけど、ちょっと面白い
ものがあるのよ」

「でも……」

「何うじうじ言ってるの。前にも言ったけど、ここまで来たらあなたも同罪
なんだからね」

リサは再びアリスの肩を鷲掴みにするとその秘密の部屋へと放り投げたのだ
った。

そこは主人愛用の葉巻とコニャックの香りがまだ残る小部屋で、壁には数点
の油絵が掛かっている。

「これは…」

何気なく眺めていたアリスが思わず息をのむ。油彩はそのいずれもが家庭で
の折檻を描いているのだ。

ことさら何かを強調したような構図にはなっていないが、父の威厳に満ちた
物腰や恐怖に引きつる子供の顔、母の慈愛のなかで泣く子供の様子など、その
どれもがかなりの力量をもつ画家を頼んでリアルに描かせていた。

「ほら、これ」

リサが自分の上半身が隠れるほど大きな画集を持ってくる。そこにはさらに
エロティクな絵が……

「へえ、『家庭での折檻』って本当にあったんだ」

「なあに家庭での折檻って」

「『O嬢の物語』に出てくる絵よ。あなたの国の北斎もあるわよ。ほら…」

「わあ、グロテスク。何よこれ。これって蛸に女の人が絡みつかれてるの」

「私は好きよ。なかなかのセンスだと思うわ」

二人は知らず知らずその画集の虜になっていった。だから、背後に人が近付
いていようとは露ほども疑っていなかったのである。

「えへん」

咳払い一つで二人は天井までも飛び上がった。

恐る恐る振り向いてみるとそこには……

「このお城も古いから幽霊はよくでるけど、こんなにはっきりと見えたのは
初めてよ」

ペネロープにこんなところを見られてしまってはもう申し開きがたたない。

二人はそのまま元いた居室まで連行されると、そこでネグリジェの裾を自ら
捲るように命じられたのだった。

帰る道すがら呼び寄せられたメイドたちの視線を気にして逡巡する二人に 

 「さあ、早くなさい」

ペネロープの鋭い声が飛ぶ。

「……………………」

やがて、無言のままに二人の震える足がくるぶしからふくらはぎ、さらには
太ももへとしだいにあらわになっていく。そのおしまいは白いショーツ。

そして、あくまで無表情を装うメイドたちによってネグリジェの裾が少女達
の胸元で止められると、

次はそれも…

 「ショーツもお脱ぎなさい」

ペネロープはにべもなかった。

「あら、リサ。あなたいつの間にそんなに成長したの」

そこは女の特権かペネロープがリサの股間に萌えだした下草に触れてみる。

「幼女というのは、アリスみたいにここがすべすべになってなきゃおかしい
でしょう。あなた日頃のお手入れを怠ってるのね」

ペネロープはだからどんな罰を与えるとは言わない。それは養育係の領分だ
からだ。しかし、ことが発覚した以上ただではすまない。さすがのリサもこれ
には正体がなくなるほど呆然としてしまったのである。

二人はその哀れな姿のまま窓辺に連れていかれると、それぞれが別の窓に、
上半身を外へ突き出すような格好で膝まづかされる。そして一番下が半円形に
刳り貫かれた鎧戸が降ろされて、二人は枷として細工された窓に頭を完全に挟
まれた状態になったのだった。

建物の外からはまるで二人の少女が戯れているようにしか見えないこの格好
実は誰かに鎧戸を上げてもらわなければ部屋へ戻れないのだ。

「ハイネ」

「シャルロッテ」

二人は恥を忍んで下を通りかかった養育係を呼ぶ。助けてもらう人には必ず
お尻を見せなければならない理不尽はあってもまさかこのまま夜明かしもでき
ない。

『なんてことを』

二人の養育係がこれを見て驚かないはずがない。二人はおっ取り刀で飛んで
きたのである。

当然、そこにはペネロープが待っていた。彼女はことの真相を伝えると二人
に釈明を求めたのだった。

そして、それを聞いた上で

「ハイネとシャルロッテ。どうやら、これはあなたたちに責任があるみたい
ですね」

と結論づけたのである。こんな時、罰を受ける側の対応というはその年令や
身分にはあまり関係がないようで、二人の養育係の態度はついさっきまでしょ
げかえっていた二人の幼女と大差なかった。

「ともに鞭を半ダースずつ六回、相手のために振るいなさい」

まさに二人にとっては『やれやれ』と言いたげな事態である。

「分かっていると思いますが、手加減は罰せられたいと願う相手を侮辱する
ことであり、自らの罪の浄化をないがしろにするものです。その場合は、数に
数えませんからそのおつもりで……では、はじめなさい」

ペネロープは毅然として言い放ったが、同時に二人のそばへやってきてこう
も呟いた。

「お二人とも腕の見せ所ですよ」

ハイネとシャルロッテにかすかな笑みが戻る。しかし、罰は罰。ペネロープ
の言い付けどおり、ひとりがその豊満なお尻を突き出すともうひとりが籐鞭で
細く赤い筋を付けていく。

ピューピューという風を切る空なりの高い音やお尻を捕らえた瞬間のピター
ンという鈍く乾いた音はなぜか罰を受けている養育係本人よりも、その音だけ
しか聞こえないはずのアリスやリサの方により強い衝撃を与えることになる。

おまけに、佳境に入り

「あっ……あっ、いたっ……ああ、ありがとう……あっ、あ〜……」

鞭打たれる側の切ない声が聞こえ始めると、窓辺の二人は耳を押さえる事が
できない自分がもどかしくてならなかった。

「よろしい。以後はこのようなことが起こらないように」

ペネロープは三十分にもおよぶ懲罰の終わりを稟とした態度で告げ、部屋の
出口に向かったが、その際ハイネとすれ違いざまに

「アリスへのお仕置きはもういいから」

彼女は小声でささやいたのだった。

「さあ、もういいからお部屋へ入りなさい」

「まったく、あなたたちのおかげでとんでもない目にあったわ」

二人の養育係はそれぞれに受け持ちの娘を鎧戸から解放したが、結局その夜
お仕置き部屋へと連れ去られたのはリサだけだった。

「今日はもう遅いからあなたは寝なさい」

ハイネにそう言われたアリスだが友達が折檻されているかと思うとなかなか
寝つかれない。

『リサはどんなことされてるんだろう』

いろんな空想が次から次へと沸き上がり、やがて悪夢となってかけ巡る。

二時間ほどでリサは部屋へ戻ってきたものの、その顔は見るからにやつれ、
もうだれとも視線をあわせたくないという雰囲気で起きていたアリスにも声が
かけられない。

 『明日は我身ね……』

アリスはリサのすすり泣きを聞きながらその晩はとうとうまんじりともでき
なかったのである。

                              <了>

INDEX**NEXT