<The Fanciful Story>
竜巻岬《8》
【第三章:童女の日課】
K.Mikami
《童女初日1》
童女となったアリスには幼女の時と同じような儀式が待っている。ペネロー
プから数々の賜り物をさながら聖体拝受のようなうやうやしさで受け取るあの
儀式だ。そして、それが終わるといきなり素裸になるように命じられる。
「裸になりなさい。身につけているすべてを脱ぐのです」
ただ、ペネロープにそう言われてもアリスはまったく驚かなかった。幾多の
試練に耐えてきた彼女はまるでお風呂にでも入るような気軽さでペネロープの
要望に答えたのだ。
「美しい体をしていますね。お乳も張り、ウエストも締まって、…お尻にも
だいぶ肉がついてきたみたいだし……」
ペネロープは羨ましげに若い体を眺める。
「後を向きなさい。……もう、先日の傷跡は消えたみたいね」
しわしわかさかさの手がアリスの双丘に触れると、反射的に電気が走った。
思わずアリスのお尻がぷるんと飛び上がる。
「いいわ、こちらを向きなさい」
ペネロープは再びアリスを向き直らせると、愛用の籐椅子から五十センチの
所へアリスを立たせたまま、あとは何もしなかった。
二人だけの部屋に沈黙の時間が訪れる。
「……どう、恥ずかしい」
ペネロープが次に口を開くまで二分となかったが、観賞され続けたアリスに
にしてみればその間が一時間にも感じられるしじまだ。
「いいえ、お母さま」
「そう、……でも、これからは恥ずかしいと感じるようにならなければなら
ないわね」
ペネロープの答えはアリスには意外だった。これまではずっと『恥をかけ』
『恥ずかしさに慣れろ』と言われ続けてきたような気がしたからだ。
「これまでは前の人生の錆び落としが目的だったけど、これからはここでの
生活に必要な素養や教養を学んでいかなければならないの。女の子にとって、
恥ずかしいと感じる心は大事な素養の一つよ」
「では、もう人前でパンツを脱がされることはないんですか」
「見ず知らずの人たちの前ではね……でも、お仕置きは別。これからあなた
はいろんな先生にいろんなことを習うけど、その先生たちには一定の懲罰権を
与えているの」
「………」
「………ただ、幼女の時のように薮から棒にパンツを脱がされることだけは
ないわね。悪さをしない。怠けない。規則さえ守っていればその危険はぐっと
少なくなるはずよ」
ペネロープはそれだけ言うと再び口を閉じた。そして、その後もずいぶんと
長い間アリスの体を眺め続けたのである。
一方のアリスはペネロープに見つめられたまま何もすることができない。全
裸のまま義母の前にただただ立っていなければならないのだ。別段恥ずかしさ
はないが何か悪さをして立たされているような不思議な気持ちになる。
そのうちペネロープが静かに目を閉じて考え込むようになったのでアリスは
部屋のあちこちを見回し始めた。
まるでベッドの上を歩いているような厚い絨毯に乗っているのはペネロープ
の籐椅子と自分自身、それに脱ぎ散らかした服だけ。作り付けのクロークだろ
うか、壁には大きな扉がいくつもついている。
飾り気のないこの部屋での唯一の装飾品であるゴブラン織りのタペストリー
は女性同士のいわゆる69。曲線の鉄枠窓からは春を告げる東風がゆるやかに
流れこんでいた。
「アリス」
アリスはそのきつい声にはっとして正面を向く。そこには不機嫌なペネロー
プがいた。彼女は何も言わずただ膝を叩く。
「………」
どうやらここにうつぶせになれというのだろう。アリスとしてはそれに答え
ざるを得ない。
「ピシッ、ピシッ、ピシッ」
スナップのきいた一撃が三つ、アリスのお尻に炸裂する。しかし、お仕置き
はそれだけだった。
そして再びアリスは立たされそのまま放置される。ペネロープはまた目を閉
じたが、もう二度とアリスがよそ見をすることはなかったのである。
「…<いったい何をしているんだろう>…」
アリスにはペネロープの行動は謎だった。そう、それは彼女がペネロープの
年令になるまで謎だったのである。
数分後、ペネロープは一人目覚めて呼び鈴を鳴らす。メイドにアリスのため
の服を用意させるためだ。
「はい、ペネロープ様」
呼ばれたメイドがいったん引き下がって再び現われた時、彼女の手には臙脂
のジャンパースカートとピンクのブラウスがあった。靴下はレースの付いた短
ソックスだか、下着は飾り気のない綿のショーツとスリップだけ、ブラジャー
もまだ許されていなかった。
「これからあなたが寝起きするお部屋を案内してあげましょう」
身仕度がすんだアリスを伴ってペネロープは城の東側へと進む。そこに童女
や少女たちが暮らす一角があったのだ。
部屋の前まで来るとはしゃいだ声がする。
「何か楽しそうね」
かまわずペネロープが入っていくとその声がぴたりと止まった。
「紹介するわ。今度この部屋で一緒に暮らすことになったアリスよ」
アリスはまず背の低い子の方へ握手を求める。彼女は童顔で金髪を三つ編み
に束ねているが、背はアリスの肩ぐらいしかない。
「彼女はアン。おちびさんだけど勉強はできるのよ」
「よろしくアリス」
「よろしくお願いします。アンさん」
「そちらのノッポさんはケイト。ちょっとおっちょこちょいだけど、なかな
か心根のやさしい子よ」
ケイトは浅黒い顔にショートカットヘアーでスポーツマンタイプ、アンとは
対照的にアリスの方が彼女の肩ぐらいまでしか身長がなかった。
「よろしくお願いします。ケイトさん」
「よろしく、アリス」
「ベッドはこの間までリサが使っていたのが空いてるからそれをお使いなさ
い。私は戻るけど、わからないことがあったらこの二人にお聞きなさい。……
二人とも妹の面倒をしっかりみてやってね」
「はい、お母さま」「はい、お母さま」「はい、お母さま」
期せずして三人の声がコーラスのようにそろった。
そこでこれもまた期せずして笑いが起こる。
ペネロープが部屋を出ると、アリスはたちまち質問攻めにあった。
「どこから来たの」「ロンドンは変わった?」「マンチェスターは?」「昔
の名前は」「ボーイフレンドいたの」「今、街ではどんな服が流行ってるの」
「ビートルズが解散したって本当?」「今、いくつなの」
立て続けの質問はアリスを困惑させる。彼女たちはアリスに興味があるとい
うより外界の情報に飢えていたのだ。しかし、アリスにしてもその質問の多く
に答えることができなかった。
「ねえ、チャールズ王子が学校で女王陛下の写真を売っておこずかいかせぎ
してたって本当?」
「知らないわ、私だってもうここへ来て一年にもなるのよ」
「一年にも?!」
二人は思わず顔を見合わせる。彼女たちは童女になるまで四年もかかってい
たのだ。
「一年前ってことはあんた十四歳で竜巻岬から飛び降りたの」
「へえ、当時はまだ子供じゃないの」
「今でもよ。だってあなたまだ十五歳なんでしょう」
「ええ、まあ…」
「羨ましいわね」
「どうしてですか」
「だって私たちみたいに演技なんてしなくても地のままで生活できそうじゃ
ない」
「そんな。私だってそんな幼い頃のことなんて」
「冗談よ。でも、私たちより有利なことは確かね。年代が近いもの」
「アンさんはいくつなんですか」
「あなたの倍以上生きてるわ」
「彼女にしてもあなたから見れば十才以上お姉さまよ」
「お二人はどうして自殺なんか考えたんですか」
アリスが質問すると二人は急に苦虫をかみ殺したような複雑な表情の笑いを
浮かべてそれには答えない。
「ここでは自殺の原因に触れることはタブーよ」
「ごめんなさい。私、無神経で」
話はここでひと区切りついたのだった。ところが、‥‥‥
思いついたようにケイトが言う。
「アン、こうした場合。やっぱり部屋の掟を今後の教訓としてこの子に残す
べきじゃないかしら」
と、これまたアンも思いついたように
「そうね。今日が初日で可哀相だけど、やっぱり掟は掟だものね」
二人は目配せをしてお互いの意志を確認するのだ。そして、
「アリス、この部屋では掟を破った子には愛のお仕置きがあるの」
アリスはアンの言葉を耳元で聞きながら彼女が指し示す方を見る。すると、
すでにケイトがベッドに腰を下ろし手招きしているではないか。
「ごめんなさい。私、まだここの掟を知らなかったんです」
後ずさりするアリスをアンが抱く。そして、耳元でこう囁くのだ。
「それは知ってる。だから可哀相だとは思うのよ。だけど、昔からよく言う
でしょう。『鞭を惜しむはその子を憎むなり』って…。私たちはあなたを憎み
たくないの」
アンがアリスを少し強くお腹と胸で押すと、アリスはそれには逆らわなかっ
た。
「さあお仕置きを受ける時はどうするのかしら。教えてもらったでしょう」
促されるままアリスはケイトの足元に膝まづくと両手を胸の前に組む。
「今日、お仕置きを与えてくださいます先生に感謝します。心を入れ替える
チャンスを与えてくださいました神様に感謝します」
「よろしい。ではこちらへ」
ケイトが一調子地声を下げ、自分の膝を軽く叩いてアリスを待つ。
もう、その後はお定まりの光景だった。
「…パン…パン…パン…パン…パン…パン…」
半ダースほどスナップのきいた平手打ちが白いお尻を直撃しただけですでに
声が出始める。
「…ああ、いや……痛い……ごめんなさい……ああ、……ああ」
「…パン…パン…パン…パン…パン…パン…パン…」
一ダースを越えるあたりからは可愛いお尻が跳ね回り、あわててアンが取り
押さえに走ったが、とうとう二ダースもいかないうちに二人は獲物を取り逃が
したのだった。
アリスは目を真っ赤にして荒い息をつき、時々嗚咽も混じっている。
このあまりにも幼い新人に二人は思わず苦笑いした。
「どうしたのお嬢ちゃん。そんなに痛かった。このくらいのことで音を上げ
てるようじゃ、立派なレディーにはなれませんことよ」
「ごめんなさい。私…もう、一度やりますから」
二人はアリスの言葉に再び笑い転げる。そして、これは何よりのおもちゃが
手に入ったと思ったのである。
初日に手荒い祝福を受けたアリスだったが、同室の二人は年令も若く経験も
浅い妹にとても親切だった。ベッドメイクから食事のマナー、勉強に至るまで
二人が幅広く世話を焼いてくれたおかげでアリスはなに不自由なく童女の生活
をスタートさせることができたのである。
童女の生活は朝六時に起床。目覚ましはないが、メイドが汚れ物を片付ける
ついでに寝坊助のシーツを剥ぎ取るのでたいてい起きることができる。
その追剥ぎが残していった洗いあがりのシーツでベッドメイクをすませると
次はシャワー室へ。シャワー室といっても個室ではなく、天井に這わせた細い
パイプに穴があいているだけのシンプルなもの。そこへ一列にならんで体を洗
うのである。
「あ、私、自分でやります」
シャワー室に入ったアリスはメイドが自分の体を洗おうとするので思わず声
をかけたが、それはかなわなかった。
「駄目よお嬢ちゃん。童女は自分で体を洗っちゃいけないの。これは私達の
仕事だからね」
腕っ節の強そうなメイドはそう言うとスポンジに石けんをつけてごしごしと
やり始める。胸もお尻も恥ずかしい股間さえも一切おかまいなしだった。
たしかにアリスも本当の童女の頃にはそうして洗ってもらった記憶があるに
はあるが、メンスという爆弾を抱え体つきも変化した今の身には屈辱的ですら
ある。
「我慢しなさい。少女になれば自由になるわ」
ケイトの視線の先におしゃべりを楽しみながら体を洗っている少女たちの姿
が…。しかし、そんな少女たちから少し離れてアリスたちと同じようにメイド
から体を洗われている子がいるのだ。
「あの子は」
「あれはお仕置。少女にふさわしくないことをした子はああやってお仕置き
されるの。あのスポンジ固いから半日くらいはお臍の下がひりひりするわね」
「へえ、ケイトさんよく知ってますね」
「私も一度は少女に上がったことがあるもの。ここではレディーになるまで
はどこに所属させるかはお母さまの気分しだいよ。少女になっても童女や幼女
に格下げされることはよくあることなんだから」
「ケイトよしなさい。そんなこと言ってるとあなたもリサみたいに幼女へ落
とされるわよ」
アンが注意してその会話はそこで途切れた。
シャワー室を出て身繕いをすませるとペネロープの所へ行って朝の挨拶。
それは童女初日に素裸にされたあの部屋で行なわれた。その時は随分広いと
思われた部屋も十八人もの子供たちが入れ替わり立ち替わり訪れると窮屈にさ
え感じる。
ペネロープは挨拶にきた子供たち一人一人に声をかけるのだ。
「お早ようございます。お母さま」
アリスも他の子供たちと同じようにその場に膝まづき、両手を胸の前に組ん
で挨拶する。
「アリス、今日から童女としてのお勉強が始まります。私はあなたの学力を
知りませんが、おそらく退屈な授業でしょう。でも、決して自分の知識をひけ
らかしたり、退屈な素振りを見せてはいけませんよ」
「はい、お母さま」
「女の子のお勉強は単に知識を得るだけではなく、人間関係の大事な躾でも
あるのです。あなたはどんな時でも目を輝かせ感動して先生のお話を聞かなけ
ればなりません」
「はい、お母さま。お母さまの意にそうようにいたします」
「よろしい、アリス。では左手を伸ばしなさい」
恐る恐る伸ばされた少女の左手首にペネロープは一滴香水を垂らす。
すると、そのフローラルな香りはあたり一面に広がり、朝の挨拶に訪れた他
の子供たちにもささやかな波紋を広げたのである。
次は城主アランの居間へ赴いての挨拶だがこちらはペネロープほどには手間
がかからなかった。彼の前で膝まづいて両手を胸の前に組む作法は同じだが、
「お父さま、お早ようございます」
と言っても彼は
「おはよう」
と一言返すだけだったのである。
食事は大広間で取るのがしきたりで、童女三人、少女七人、レディー八人が
ここで一斉に会することになる。
「わあ、朝からすごいご馳走ね」
アリスはレディーたちの食卓を見ながらつぶやく。しかし、それは少女たち
たちが着席するテーブルではやや貧しくなり自分たちの所へ辿り着いた時には
コーンフレイクと昨日のシチューの残り物、それにオレンジジュースがコップ
一杯乗っているだけだった。
「なるほどね。おいしいものが食べたければレディーになりなさいってわけ
か」
アリスの愚痴にアンがすぐに反応する。
「ご不満かしら王女さま」
アンはおどけてアリスの椅子を引く。
「いいえ、これだって幼女の時に比べればオートミルの代わりにシチューが
つくだけましですもの」
アリスは赤面してすぐにその場を繰り繕ったが、
「アリス様、どうぞわたくしめのお肉をお召し上がりください」
ケイトまでが自分の皿にあったシチューの肉をアリスの皿に移し替えようと
するのだ。ただし、彼女はこうも付け加えた。
「その代わりどうかその高貴な左手をわたくしめにしばしお預けを」
アリスはわけがわからず求められるままにケイトの前に左手を出そうとする
と、それをアンがたしなめた。
「アリス。もったいないからやめなさい。あなたの左手はお肉の切れ端はお
ろかレディーたちの食事より貴重なものなのよ」
「この香り、いつ嗅いでも麗しいわ」
ケイトはすでにアリスの左手を奪うといとおしそうに頬摺りし始めている。
「あなたはまだ知らないでしょうけど。あなたの左手がその香りを放ち続け
ている限りあなたはお仕置きの心配をしないですむの。どんな意地悪な先生も
あなたのその匂いを嗅げばお仕置きを諦めるわ」
「そんな規則があるんですか」
「規則というより不文律ね。お母さまがあなたのデビューを祝って特別につ
けてくださったんだと思うわ。どうせ半日程度しかもたないけど大事にしない
と罰があたるわよ」
アンの忠告を聞いたとたん、アリスはケイトに奪われていた左手を勢い良く
引っ込めた。それを周囲の数人が笑ったことからアリスは周囲がそれまで自分
に注目していたことに初めて気がついたのである。
<了>