<The Fanciful Story>
竜巻岬《11》
【第三章:童女の日課】
K.Mikami
《一番厳しい罰》
アリスはスミス先生からとんでもないお仕置きを受けたもののその後はまた
順調だった。男の先生からたまに両手の平に鞭を貰うこともあったが、それも
同室の先輩に比べればはるかに少ない。
反省室での悩みも他の子のように『どうか鞭の数が少なくなりますように』
というものではない。むしろ先生方からコリンズ先生の処へ上がってくる日誌
の所見が毎日のように『特になし』となっていることの方が問題だった。
一見ハッピーなことのようだが、嫉妬深い女の子の世界ではいつも独りだけ
がよい子になっていると仲間外れにされかねない。
『そんなことぐらいでひがむような友達はいらない』
などと思うのは男の子の了見で、女の子の場合は多少の不利はあっても孤立
して生きるよりはましと考える子が多い。アリスもそんな一人だった。
そこで、アンやケイトがきついお仕置きを受けそうな日は、わざとケイトの
スカートをめくってみたり、アンの大事にしている本を隠したりする。大した
悪戯じゃないから罰も大したことにはならない。それでアンやケイトが慰めら
れるのならお安いこととアリスは考えていたのだ。
「どうしてあなたまでそんな子供じみた悪戯をするの。今日は籐鞭三つよ。
屈みなさい」
こう言われればしめたものだ。さらにわざとパンツを脱ぐことを渋ったり、
鞭が当たると大仰に顔を歪めて痛がったりもする。
「何ぐずぐずしているの。そんなに堪え性のない子には訓練の意味でももう
少しお仕置きが必要ね」
これで先生からあと三つ四つ鞭を追加して貰うことができる。
おかげでアリスのお尻には赤い鞭傷が付き、反省室を出るときには涙さえ浮
かべる有様だが、
「アリス、このワセリン、ケイトに塗ってやってね」
コリンズ先生はこうしたアリスのお芝居を承知していた。しかし、承知して
いてなお先生はあえて咎めることはなかったのである。
部屋に戻ったアリスはお湯に浸したタオルで体を拭くとさっき先生から貰っ
たワセリンを三人でぬりっこする。こんな時アリス一人だけが白いお尻のまま
ではいけなかったのだ。
「ごめんねアリス。あんたにこんなことまでさせちゃって」
ケイトの言葉はアリスにとって何よりの報酬だった。
鞭はもちろん痛い。しかし、友情にひびが入ることに比べれば被害はぐっと
少ないように思えたのだ。
ただ、誰もがこうして順調に生活できているわけではない。なかには絶望の
淵をさまよっている少女も……
「もう三ヵ月になるけど、どうかしら、あの子の様子」
ペネロープはハイネとシャルロッテを自室に呼びつけていた。あの子という
のはアリスと一時期部屋を共にしてたリサのこと。反抗的で悪癖も治らない彼
女は今は監獄生活を強いられていたのだ。
高い塔の最上階に閉じ込められているというと何やら童話の世界のお姫様の
ようだが、現実のリサ姫様の環境はそんなにロマンチックではない。三度三度
の食料だけはメイドたちが小窓から差し入れてくれるので不自由がないものの
あとは何もしてくれないのだ。
誰にも会えないのはもちろんのこと、いくらお姫さまでも食べたらそのまま
というわけにはいかない。生理現象は必ず起こるのだ。
室内便器が一杯になっても鉄格子のはまった窓ではその容器を窓の外に出す
ことができない。中身を投げ捨てることができないのだ。
自分の匂いに耐えかねた彼女は、結局、死んだ気になってそれを鷲掴みにし
て窓の外へ放り出したが、それでも部屋の臭気は消えない。
手に付いた汚物を洗い流す水がないのだ。
孤独と不安、それに鼻をつく悪臭が彼女を苦しめ、出口の見えない苦行は彼
女を絶望の淵へと追いやっていた。
「最近はおとなしくしているみたいですけど、とにかくつかみどころがなく
て」
シャルロッテが答えると、ペネロープは
「女の子なんてみんなそうよ。本当の気持ちなんて自分でも分からないこと
が多いもの」
「本当に反省しているのか。ここでやっていく気があるのか。もしないのな
ら…」
ハイネの言葉にペネロープが続ける。
「竜巻岬に戻ってもらうしかないわね。……いいわ、私が判断しましょう。
私の子供ですもの」
こうしてペネロープはリサが閉じこめられている塔の最上階へとやってくる
「ガチャッ」
重い鉄の扉の錠が開く音がして、リサに緊張が走った。
「わあ、なんて臭いんでしょう」
ペネロープは部屋に入るなりハンカチを取出して鼻を押さえ、施錠された窓
を開け放った。そして、リサがそれまでに抱え込んだ汚物をカーテンごと窓の
外へ投げ捨てる。
「もうないの」
彼女はあたりを見回すと室内便器に目を止めて、それもまた容器ごと外へ。
その後もあちこち見回したが、やっと落ち着いたとみえて今度はリサの椅子
にどっかと腰を落ち着けたのだった。
その落ち着き先を見計らうようにしてリサがペネロープの前に膝まづく。
ただ、彼女は両手を胸の前で組んだままペネロープには何も話さない。否、
話せなかったのだ。
ペネロープもまた訴えかけるリサの眼差しを見つめながら何も語らない。
そんな二人の沈黙がどれほど続いただろうか。いきなり、
「裸になりなさい。素裸に」
ペネロープは一言だけ宣言する。
すると、リサの方もそれで十分だったのだろう。彼女は何も言わず服を脱ぎ
始め、やがて自らの力では外せない貞操帯を除き全裸となった体を汗臭いベッ
ドの上へと投げ出した。
「ピシッ」
ほどなくペネロープの革紐鞭の乾いた音が、小さな部屋の窓を抜けて五月の
大空へ解き放たれる。
「ピシッ、ピシッ、ピシッ」
立て続けに数回振り下ろしたあとで、
「お母さまの言い付けを守らない子は悪い子ですよ」
「ピシッ」
「分かってますか」
「ピシッ」
「もう、悪い行いはしませんね」
「ピシッ」
ペネロープは独りで小言を言い、鞭を振るう。でも、リサはそれに何も答え
ない。彼女はただただペネロープの鞭に泣くだけだった。
「どうですか。ご返事は」
「ピシッ」
「<はい>」リサはそう言ったつもりだったがペネロープには伝わらない。
「うれしいの」
「<はい>」
「ピシッ」
「どうなの。やっぱり嬉しいんでしょう」
「ピシッ」
リサは微かに頭を振る。
「女の子にとって一番厳しい罰はぶたれることじゃないの。誰からも相手に
されないことよ。これに懲りたらぶたれているうちに心を入れ替えなさいね」
「ピシッ」
「<はい>」
リサはやはり微かに頭を振るだけが精一杯だった。
リサは死の淵で許された。おむつをつけて赤ちゃんで一ヵ月。さらに毎日お
尻を叩かれる幼女で一ヵ月。この日から二ヵ月かかったが、ついにアリスたち
との再会をはたしたのである。
「リサ、よかったわ。あなた本当にリサなのね。みんながもう今頃は竜巻岬
の海の底だって脅かすから、もう会えないんじゃないかと思ってたのよ」
「ごめんねケイト、心配かけて。でも、もう大丈夫よ。私、二度と幼女へは
落ちないつもりなの。御転婆はレディーになるまで封印」
「本当?」
「本当よ、とにかくレディーになるまでは頑張るつもりなの。だって、ここ
には横道なんてないんだもの。レディーになるか、先生たちの気紛なお仕置き
を受けてここで暮らすか、あとは死ぬかだもんね」
「やっぱり死にかけたんだ」
アンがリサの顔色を鋭く見抜く。
「そうよ。みんなが監獄って呼んでるあの塔のてっぺんに三ヵ月も閉じこめ
られたの。危うく死にかけたわ。こんな話みんな聞きたい」
「わあ、私、聞きたい」
「もちろんよ」
アリスに続いてケイトも賛成したが、
「あんた変わらないね。先生方はあんたのそんなおしゃべりなところも含め
て御転婆だって言っているのよ」
「いいじゃないの、アン。せっかくリサが話してくれるっていうんだから。
話の腰を折らないで。それじゃああなたは聞きたくないの」
「いいえ」
「だったら黙って聞きなさいよ。……いいわ、リサ。話して」
この場はケイトが取り仕切った。
「そこでは十日に一度ハイネさんかシャルロッテが懺悔を聞きにきてくれる
んだけど、どんなに真剣に懺悔しても相手にしていないみたいな、冷たい表情
で帰って行くし…時間がたつにつれて明日はもう目が覚めないんじゃないかっ
て……」
リサは思わず言葉に詰まる。
「だから夜は恐くて寝られないし、昼間うとうとしてるんだけど外で小さな
物音がするたびに心臓が握り潰されるくらい強いショックを受けて飛び起きる
の」
「かわいそう」
「それって蛇の生殺しよね」
「でも懺悔が聞き届けられたから帰れたんでしょう」
「ええ、まあそうなんだけど。最後にお母さまが来たの。その時は正直言っ
てこれが最後かなって思ったわ。だから最後の懺悔は何を言おうかって迷った
の」
「で、何って言ったの」
「……んん……」リサは首を横に振る。「結局何も言えなかったの。ただ、
お母さまを見つめてただけ」
「それで許してもらったの」
「………」リサは静かに首を縦に振った。
「以心伝心ってわけね」
「素裸になりなさいって言われたの。ベッドにうつぶせになったら鞭が飛ん
できて……嬉しかったわ」
リサは思わず涙ぐむ。
「変なの。鞭でぶたれるのが嬉しいだなんて」
「そりゃそうよ。どんなにお尻が痛んだって死ぬよりはましでしょう」
「そうじゃないわ。リサは何も言えなかった自分をお母さまが許してくれた
ことが嬉しかったのよ。違うかしら」
「………」リサは静かにこうべを垂れる。
「さすがはアン。亀の甲より年の功ね」
「もうよしましょうよこんな話。せっかく四人揃ったんだもの。これからは
四人揃って少女になることを考えましょうよ」
アリスは沈んだ雰囲気の井戸端会議に区切りをつける。それはこの中で一番
の新参者であるアリスが初めてイニシアチブを取った瞬間だった。
<了>