<The Fanciful Story>
竜巻岬《12》
【第三章:童女の日課】
K.Mikami
《それぞれの夜》
童女が四人になって彼女たちの部屋は狭くなったが、その分親密度は増して
いく。そんななか彼女たちは誰もがそろって少女へ進めるように研究を始めて
いた。
赤ちゃん卒業試験のようなもののない少女への進級はひとえにペネロープの
決断にかかっていたが、その決断を促してくれるのは先生方の助言、なかでも
最も影響力を持っていたのがコリンズ先生の口添えだ。
「コリンズ先生は何を判断材料にしているの」
「分からないわ」
「だって、ケイトは少女になったことがあるんでしょう」
「でも、それは何が気に入られたのか分からないのよ。わかっているのは、
誰の目にも子供と映るように行動しなければだめってこと」
「わかってるわそんなこと。だから私、できるだけ子供っぽい言葉を使うよ
うにしているのよ」
「それだけじゃだめよ。子供のように大きな声で挨拶したり、どうでもいい
よなチップス先生のお話を大真面目な顔で聞いたりね」
「あと、お仕置きの時の恐がり方よね。これが難しいのよ。手のひらに鞭を
貰う時もこれからとってもきついお仕置きを貰うつもりになって手や唇をほん
の少し震わせるのが最も効果的よ」
「そんなことできないわ。だって私、役者じゃないのよ」
「だから、先生たちの前だけで子供を演じようとしてもだめなの。朝起きた
ときから寝るまで自分は子供なんだ子供なんだって言聞かせなきゃ」
「ケイトはいいわよね。いくつになっても根が子供なんだから……だけど私
なんか子供の時からませてたのよ。今さらそんな昔のこと思い出そうったって
できないわ」
「とにかくここに四人いるんですもの。よいところはどんどん真似しあわな
きゃ」
「ねえ、どうして私達、赤ちゃんや幼い子のもの真似しなきゃいけないの。
命を助けてもらったのは嬉しいし、生涯ずっとここにいろと言われたら、私は
それでもいいと思ってるのよ。でも、なぜこんなことが必要なの」
「それは新たな人生を歩みだすためには思い切った自己改革が…」
「それはお母さまの意見よね。でも、自殺に失敗してその後成功を収めた人
でもこんなことはしないはずよ」
「仕方がないでしょう。それがお母さまのご意向なんだもの。娘としては、
それに従うだけよ。それともあなたここから逃げ出す算段でもあるのかしら」
「べつにそういうわけじゃあ……」
「だったらそんなこと言わないことね。もし、お母さまや先生方の耳に入っ
たらただじゃすまないわよ」
「ねえ、アン。ここから逃げ出すってそんなに絶望的なことなの」
「なんだアリス。あなたこれまで一度も逃げ出そうとしたことなかったの」
「え、……ええ、まあ」
「私達の体には自殺の治療のついでに小型の発信機が埋め込まれているの。
だからお城を逃げ出すと百メートルも行かないうちに衛兵が追ってくるわ」
「それにここのご領主は不思議に村人には人気があって私達にとっては門番
も同然。見つかったらたちまち密告されてしまうのよ」
「私なんて警官を見つけたから保護を求めたのに、車で送ってもらったのは
なんとお城のなか。『お嬢さん。ここが一番安全ですよ』って言われちゃった
わ」
「村の警官なんてご領主様の家来も同然なのよ」
「駄目じゃないケイト。ご領主様だなんて言ったら…」
「あっ、いけない。お父さまよね、お父さま」
「ねえ、もし脱走して捕まるとお仕置きされるの」
「当然そうね」
「たいていは地下の懲罰台ね。あそこにくくり付けられて最初は半日、次は
丸一日。それもとびっきりのを延々よ。…アン、あなたはどのくらいで治った
の」
「十日くらいは椅子に座るのが恐かったわ」
「まだいい方ね。私なんて二週間よ。よく今でもお尻がついてると思うもの
それに一ヵ月は赤ちゃん時代に戻っておむつ生活を強制されるから、三度目を
やる人はまずいないわね」
「でも、レディーになれば外出もできるんでしょう」
「そうなの。それが不思議なんだけど。レディーになった人がここを訴えた
ってケースはまだないのよ」
テレビもラジオも新聞さえも届かない城の中で四人のおしゃべりは際限なく
続くのだった。
それと同じ頃、城の遊戯室ではペネロープがレディーたちを集めてトランプ
に興じていた。
「マリア、お母さまお元気」
「はい、おかげさまで」
「心配だったら帰ってもいいのよ。あなたを育ててくれた大事なお母さまで
すもの」
「大丈夫です。もう落ち着きましたから」
「それならいいけど。私への遠慮があるんだったら、それは無用のことよ。
私はあなたを十分に愛せたからもうあなたに義務は残ってないわ」
「はい………」
マリアはぽっと顔を赤らめた。
「……でも、私はここにいたいんです」
「そう。それでは好きになさい」
「イヴ、孤児院の方はどうなの。うまくいってるのかしら」
「はい、お母さま」
「このあいだ見に行った時は、みんな綺麗なお洋服を着ていたけど、あれは
私が来るので特別なのかしら」
「いいえ、お母さま。特別なことは何も……ただ、最近は孤児の数が減って
きたのと物が豊かになったのとで継ぎのあたる服を着ているような子はもう…
……」
「まあそうなの、知らなかったわ。お婆さんは世情にうといから……でも、
それはなによりじゃない。私の届けた服はオリバーツイストのお芝居をやる時
にでもお使いなさいな」
「申し訳ありませんお母さま」
「なにもあなたが謝ることはないわ。そういえばおもちゃ箱にも山のように
おもちゃがあって今の子供たちは幸せね。でも、親のいないことにかわりはな
いのだから、暇を見つけてここへ連れてらっしゃい」
「はいお母さま」
「せいぜいここの子供たちにチビちゃんたちを抱かせるようにするわ。前に
も言ったけど、感受性が豊かで常に新しい刺激にさらされている子供たちには
ベッドの他にも絶対的な安息の場が必要よ」
「はいお母さま。助かります。職員の数も限られていますからなかなか長い
時間相手をしてやれなくて」
「抱かれることは絶対的に不自由だけど、反面、外の刺激にわずらわされな
いですむ絶対に安全な場所でもあるの。孤児たちが情緒不安定で社会への適応
能力に乏しいといわれるのは、幼少期に抱かれる機会が少ないくてか弱い神経
をオーバーヒートさせる為だと私は思うの」
「ん?どうしたの、ローズマリー」
「あがりです」
「あら、あなたまた勝ったの。お金がかかるとあなたは強いわ」
「私が強いのではなくてペネロープ様が弱いのです」
「しかたないわね、はい十ポンド。もういいわ、やめましょう」
「お母さま」
「なあにマリア」
「もし、違ってたら御免なさいねローズマリー」彼女は最初にローズマリー
に断りを言う。「ローズマリーがここで初めておむつをつけたって…本当です
か」
「本当よ。若い時の彼女はおしゃべりで怠け者で反抗的。とにかく役たたず
のメイドだったの。ある時、先代のお供で長期に旅行することになって荷造り
を手伝わせたんだけど、その時もぐうたらやってるから『もっとてきぱきでき
ないの』と言ったら、何と言ったと思う」
「さあ」
「『私、日給で働いてますから急いでやって次に仕事をもらうよりのんびり
やった方が得なんです』なんて臆面もなく言ったものだから私も頭にきて『そ
うなの。そんなに仕事をしたくないならやらなくてもいいわ。あなたみたいな
怠け者は赤ちゃんの方がお似合いね』って無理やりおむつをはめさせたの」
「へえ」
「それで慌ただしく出掛けたんだけど、半年後、旅行から帰ったらびっくり
ローズマリーが今だにおむつをして寝かされてるじゃない。話を聞いたら他の
メイドたちも私があまりの剣幕だったので、逆らっちゃいけないと思ったらし
いのよ…」
「………」
「ところが、今度はローズマリーがやけに素直になったの。最初はお仕置き
のせいで一時的に張り切っているだけだと思ってたんだけど。三ヵ月、四ヵ月
たっても変わらないからとうとう首にできなくてここまできたというわけ」
「じゃあその時の成功を応用して私達を…」
「確証はなかったわ。でもイヴが竜巻岬から運ばれてきた時、この子だけは
警察に渡さずに私の手元に置きたかったの。当時の私は子供が独立したばかり
で愛することのできる子供が欲しかったから」
ペネロープはマリアの手を取る。
「あとは自然のなりゆき。自然自然にノウハウが蓄積されていって今のよう
なシステムになったんだけど、ここも孤児院といえばいえなくもないわね。今
だに誰も裏切らないから続いているだけよ」
「裏切るだなんて……私達みんなお母さまの愛があったからこんなに幸せで
いられるんですもの。恨みに思う人なんて誰もいませんよ」
「ありがとうマリア。嬉しいわ」
マリアはペネロープの静かな抱擁を受けた。
女性たちが優勢なこの城のなかにあっても領主は男性である。父母が早くに
亡くなったためアランは十歳にして爵位を得ていたが、二十四歳になる現在も
城や領地の管理はペネロープにまかせ、彼は好きな絵や写真、それに作曲とい
った趣味に人生の大部分の時間を費やしていた。
「どうだい。その椅子の寝ごこちは」
この夜、アランはパブリックスクール時代の友人とサウナでたっぷり汗を流
した後、裸のまま彼をアトリエに案内していた。
「なんだかごつごつしているな」
「それがいいんだ。頭の当たる所以外は全て三角柱の角が体に当たるように
わざと作らしたんだ」
二人は奇妙な形をした木製の寝椅子をふたつ並べて寝そべっている。それは
腰のあたりが一番高くなるように設計されていて、ただでさえ蒸し暑いところ
に長時間いて頭に血が上っているだろうに、さらに頭に血が上るようなことを
二人はしていたのだった。
「この格好で髭を剃るんだ」
アランが指を鳴らすと手筈の女性たちが現われて、二人の顔に蒸しタオルを
乗せる。すると、この期になってアランは友人にこう忠告するのだ。
「髭剃の最中は絶対に動くなよ。下手に動けば大怪我にだってなりかねない
から」
「どういうことだ。ここの理髪師は下手なのか」
「まあ、そのうち分かる」
アランの言葉が終わるころには二人にかけられていた蒸しタオルは目だけを
覆うようになり、大きな剃刀が二人の顎の髭を捕らえ始めたが、それと同時に
寝そべる二人の今一番高い位置にある腰の上や乳首、足の裏などが一斉に何者
かによって舐められ始めたのだ。
「<ああっっ>」
なるほど動けない。今、まさに剃刀の刃が逆剃りのために顎の下に食い込ん
でいるからだ。
『足の裏は犬か』
長く大きくざらついた舌とその足音から友人は判断した。
『くそっ、尻の穴まで』
そこはメントール剤が塗られ棒状の物が挿入されただけだが、時が時だけに
体は敏感に反応する。
乳首、手の指、足の指、尻の穴、そしてもちろん一番大事な所もたった一丁
の狂暴な剃刀の下で一斉に辱められているのだ。
「<ああぁぁ>」
男の性かそれとも羞恥心か果ててしまえば終わるものを一度は我慢する。
二度
「<ああぁぁ>」
三度
「<ああぁぁ>」
しかし、
「ああああああ〜〜〜」
四度目こみあげてきた時にはとうとう我慢できなかった。
「くそう」
彼は思わずつぶやく。何だか強姦されたようで悔しいのだ。
終わると尻の穴から棒状の物が取りのぞかれ、犬も去っていき、体には薄い
毛布が一枚かけられる。もちろん髭は綺麗に剃りあげられていた。
「アラン」
友人は隣の長椅子で寝そべるアランに声をかけるが、今は余韻に浸っている
のか起きる気配がない。
毛布が掛けられて二十分ほどの短い時間だったが、睡魔の導くままに二人は
仮眠をとった。
「リチャード」
今度声を掛けたのはアランだった。
「あまり長くその椅子にすわってると今度は背中が痛くなるぞ」
彼は友人を起こすと赤い横縞を付けたままシャワー室へ。事情はもちろん友
人も同じだ。
アランは遅れてやってきたリチャードに声をかける。
「どうだいあの椅子の座り心地は」
「…………」
「ああした愛撫はお気に召さないか」
「…………」
「どうやら不評を買ってしまったな」
アランが諦めてぽつりと独り言を言いうとリチャードが初めて口を開く。
「あれは髭をあたるために作ったのか」
「他に何の目的がある」
「こんな醜悪な髭剃は生まれて初めてだ」
「すまなかった。君にはうってつけかと思ったんだが…」
「あ〜、今でも誰かに体中舐められてるみたいで気色が悪い。これで天国が
覗けなかったらおまえをぶん殴ってるところだ」
二人はシャワー室を出るとバスローブに着替えて居間へ。そこではさきほど
二人を辱しめた女性の一人が待っていた。全裸の彼女はアランに籐鞭を預ける
と何も言わず天井からぶらさがった紐を両手でつかんで前かがみになる。
「ピシッ」
アランが一振り、豊満な尻を目掛けて打ち据えると、不安定な姿勢の彼女は
右に左にその体を揺らす。
その揺れが収まった頃になってまた一振り。
「ピシッ」
アランはかなり力一杯鞭を振り下ろしているが、彼女は声をたてない。必死
にこらえているといったふうでもないが、一つ一つの鞭の味を噛み締めるかの
ように毎回毎回苦痛に歪む顔を作りわけている。
「ピシッ」
次に鞭を振り下ろすためには揺れる女体が落ち着くのを待ってやらねばなら
ないが、アランも友達もその時間を惜しむ様子はなかった。
「ピシッ」
一振りごとに一本ずつ、定規で描いたような赤い筋が増え、彼女のお尻への
化粧はだんだんと濃くなっていく。
「ピシッ」
と、この時、それまで横揺れしていた彼女の体が初めて縦に伸び上がる。両
手に握られた紐にすがりついた彼女の体が海老ぞりになったのだ。
「ピシッ」
六回目が終わると、アランは愛用の籐鞭をマントルピースの脇にある鞭入れ
に立てかけるようにして落とす。と、その際「カタン」という音がしてそれを
合図に彼女も立ち上がったのだった。
「ブランデー」
アランの注文を聞いて彼女は部屋を出る。
「待たせたな」
アランが一仕事終えてリチャードのもとへやってくると、すでに友人は煙草
に火をつけソファーでくつろいでいた。
「家庭の事情に深入りする気はないが、彼女は何か罪を犯したのか」
「いや大したことではない。さっき髭を剃ったときに僕の顔を若干傷つけた
んだ」
「美女に厳しいな」
「そうでもないさ。あれは彼女が望んだことだ。私は彼女の要望に答えたに
すぎない」
「どういうことだ」
「僕が万に一つもしくじるような女に剃刀を持たすとでも思っているのかい
野暮天の君にはわからんだろうがこの傷は彼女が僕にサービスを求めるサイン
なんだ……」
と、その時、噂の美女がブランデーを持ってやってくる。
「そしてこれがそのささやかな返礼というわけだ。断っておくが彼女はここ
のメイドではないからな」
「ん?」
「彼女は私の有能な秘書だ。別にメイドでもそうだが、今どき領主だからと
いって好き勝手に鞭を振るうことのできる女なんて、どこにもいやしないよ。
今日は君を楽しませようと思って協力してもらったが、先日は僕の方が彼女達
に協力させられたばかりだ」
「協力?どんな」
「マーガレット、言ってもいいか」
アランはマーガレットに許可を求める。すると、彼女がうなづいたので。
「魔女狩りの寸劇だ。私は異端審問官と刑吏の役をやらされた」
「なるほど、なかなかおいしい役どころじゃないか。おまえ、最近クラブに
顔を見せないと思ったら毎晩この美女たちとじゃれあってるんだな。今度やる
ときは私も誘ってくれよ。台本の覚えはいい方だから…」
「だから君は世間で野暮天だっていわれるんだ。こんな劇に台本なんてない
よ。舞台設定があるだけ。あとは全部アドリブでやる劇なんだ」
「難しそうだな」
「慣れればそうでもない。当意即妙が要求されるがね。特にサド役は相手が
どんな責められ方を求めているか劇中で瞬時に判断しないと興を失することに
なる。いずれにしてもこの劇はサド役が奉仕者で、楽しんでるのは魔女にされ
てる方さ」
「なるほど」
「興味があるなら招待するよ。ただし、最初は端役だがね」
「見学だけってのはないのかい」
「なりきって陶酔する劇で観客に見せる劇じゃないからそれはないが………
まあ、その時は門番の役でも用意してやるよ」
「門番か……俺は魔法使いの方がいいなあ。ハハハハハハ」
リチャードの甲高い声は静まり返った城中に響き渡った。
<了>