<The Fanciful Story>

竜巻岬《13》
【第三章:童女の日課】
K.Mikami

《少女への条件》

四人が将来を語り合った次の日の夜、アリスはコリンズ先生の部屋を訪れて
いた。

「みんな少女になりたくて一生懸命やっているんです。先生に気に入られよ
うと思って…お仕置きされないように頑張ってるんです。…でも、これ以上は
…どうしたらいいのか分からなくて…」

彼女は四人を代表して単刀直入にどうしたら少女に上がれるのか尋ねてみた
のだ。

「そう、……そうねえ………私は逆に考えてたわ。あなたたちは少女になり
たくないんじゃないかって……」

「え?」

「……あなたやアンは頭が良すぎるのね……」

彼女はしばらく考えていたが、そのうち

「もうしばらくしたらお手本が来るから、そこで何か教えてあげましょう。
ただし、ヒントだけよ」

彼女はそう言ってこの時はアリスを返したのだった。

コリンズ先生の言っていたヒントは意外に早くやってくる。次の週の日曜日
ゴブラン城に大勢の子供たちが訪れたのだ。

十才未満のおちびちゃん二十人余り。彼らは縦横無尽に城の中を駆け回り、
丹精して育てた草花を勝手に摘み取ったり、ご先祖の肖像画に髭を描き加えた
りしたが、ペネロープは何一つ怒らなかった。そればかりか童女や少女たちに
彼らの面倒を見るように命じたのだ。

「せっかくの日曜日になぜこんなことやらされなきゃならないのよ」

当初は不満も出てくるが、そこは女の子。幼い子になつかれると、まんざら
でもない様子で一緒に遊んでいる。実際、篭の鳥である彼女たちは日曜日だか
らといって町へ遊びに出ることはできない。幼い子と戯れることは彼女たちに
とっても格好のレクリエーションなのだ。

しかも、おちびちゃんたちの遊び相手は彼女たちだけではない。いつも飄々
としているチップス先生がお漏らしした子のパンツを替え、毎日のように鞭を
振るうハワード先生までもが子供たちの馬になって遊んでいるではないか。

そんな様子を不思議そうに見ていたアリスにコリンズ先生が声をかけた。

「あれが答えよ」

「え?」

「あの子たちのようになればいいの。先生方に可愛いなと思われればいいの
抱いて貰えるようになれば童女は卒業よ」

「そんなこと…」

「無理だと思ってるの」

「だって私達は体も大きいし、あんな無邪気な顔には戻れませんもの」

「そんなこと言ったら、今少女になっている子供たちはみんな童顔かしら、
子供のように背が低いの」

「………」

「おちびちゃんたちをよく見ていなさい。何か分かるはずよ」

「………?………?………?………?」

「分からない?では、一つだけ教えてあげる。罰を受けるかもしれないから
やめておこうとは絶対に思わないこと。自分のやりたいことをやりたいように
やる野蛮な勇気があなたたちには何より必要よ。ほらご覧なさい。あの子」

「え!?」

「あんまり悪乗りするからとうとうハワード先生を怒らせちゃって、お尻を
叩かれてるでしょう」

「ええ」

「でも、あれであの子は大人とつき合う時の限界を一つ覚えたの。あの位の
年令までは毎日のようにお尻を叩かれて、それで一つ一つ学んでいくものなの
よ。それが子供らしい、童女らしいってことなの」

アリスは思わずコリンズ先生の方を振り向く。

「あなたたちは大人の思考回路でうまく立ち回ろうとしすぎるの。もし童女
のままでいたいのなら今のままの方が断然楽よ。でも、もし少女に上がりたい
のならもっともっとお尻を丈夫にしなきゃだめね」

「ありがとうございます先生」

コリンズ先生の助言はさっそく他の友達に伝わる。しかし、よい子でいよう
というのならまだしも、たくさん悪さをしてたくさんお仕置きを受けなければ
ならないと言われても、簡単に賛同者は現われなかった。

「なるほどね。それで御転婆娘たちはさっさと少女になれたのにアンだけは
取り残されていたのね」

「でもねえ、そんなにあちこちで悪戯したら体がもたないわ。だってそうで
しょう。本当のガキどものお仕置きは大人たちが手加減してくれるけど私達は
鞭の勢いだって正味なのよ」

「だったらこのままの方がいいの。チップス先生の話を聞いて年を取るのは
幸せ?」

リサに同調してアリスも興奮気味に、

「だめよ。それじゃあ。いつまでたっても自由を手にできないもの」

「だったら、アリス。あなたがまずお手本をみせてよ」

「え!!」

アリスはケイトの切り返しに驚いたが、これも成りゆき、やるしかなかった
のである。

次の日アリスはチップス先生が現われる前に彼の似顔絵を黒板に描いた。

頭の薄い、皺の深い、山羊のような髭は先生にそっくり。友達もその見事な
出来栄えに拍手を送ったが、アリスとしてはもうやけっぱちだった。だから、
先生が教室に現われた時はすでに顔面蒼白、気絶しないで座っているのがやっ
とだったのだ。

「『敬愛するチップス先生へ、アリスより』か」

チップス先生はアリスが書いた精一杯のメッセージを読み上げると、アリス
を一瞥。再び黒板に向き直ると一旦は黒板消しを持ったもののアリスの労作に
は結局手をつけず、そのまま授業をはじめたのである。

ただ、授業の終わりに

「アリス。君はなかなか絵がうまいな」

と誉めただけだった。

アリスはめげない。次の日は先生の椅子にブーブークッションを仕掛ける。
しかし、これも風船がユーモラスな音を教室内に響かせたものの、

「失礼、今日はお腹の調子が悪くてね」

と言ったきり先生は押しつぶした風船を取ろうともしない。

三日目はもっと直接的に小さく丸めた紙つぶてを指で弾いて先生にぶつけて
みた。これなら怒るだろうというわけだ。

たしかに先生は授業後アリスを呼び付けた。しかし友達の注目が集まるなか
先生が言ったことは、

「教室を散らかしたらいけないよ。紙屑は自分で拾って帰りなさい」

と、これだけで言って退室してしまったのである。

ところが、こうなってくると他の友達の方に気の緩みがでてきた。

『チップス先生が教育方針を変えて自分たちに体罰をしかけてこなくなった
んじゃないか』

彼女たちはそれまでもさんざん鞭を貰ってきたのに、たった三日間の事件で
それを綺麗に忘れ、自分たちの都合の良い方向に勝手に解釈してしまったのだ

四日目、アリスがチップス先生から『王子と乞食』を読まされている最中、
アンは膝の上にバルザックをひろげて『谷間のユリ』を読んでいるし、リサは
イラストの制作中、ケイトも爪の手入れに余念がなかった。

そこへ先生が近づいてきたが、気の緩んだ彼女たちはまったく気付かない。

「アン、それはまだ君が読むような本じゃない」

アンは真っ青になった。他の連中もあわてて手を止めたが、

「リサ、お絵書きは午後からハワード先生の担当だ。ケイト、君の爪は一時
間もたつと邪魔になるほど伸びるのかね」

いずれもすでに手遅れだった。

「三人とも、前へ出なさい」

老人の声は若い先生のように張りや艶があるわけではないが、確固たる信念
に裏打ちされた低い声は充分に凄味がある。

彼はまずアンを教壇の前まで呼ぶと、

「手を頭の後ろに組んで前かがみなるんだ」

チップス先生の命令に教室内には動揺が広がる。

「もっと体を前に……もっと……もっと倒して。……お友達に君のパンツが
はっきり見えまで倒すんだ」

それは明らかにお尻を叩く時のポーズだが、通常、教室内でそれをやること
はなく、いつもチップス先生に付き添っている女性の助教師スワンソンさんが
悪戯っ子を隣の部屋へ連込んで処理するのがこれまでだった。

さらにスワンソンさんがウェールズ流の革紐鞭トォゥズを持って現われると
これまた慣例を無視、先生はその鞭を引き渡すように求めたのである。

『え!』

再び教室内に言い知れぬ動揺が……

アリスが童女になってからというもの軽い懲戒として手を打ち据えられる事
はあっても、チップス先生自らがお尻をぶったことは一度もなかったのだ。

すべてが異例のそして生徒たちには最悪の展開だった。

「ピシッ」

革紐鞭特有の平手で叩いたときに近い音がする。

「ピシッ」

先生は見せしめの意味もあるのだろう。一回一回にゆっくりと間をおく。

「ピシッ」

「バルザックが好きなのかね」

「え、……いいえ」

アンが慌ててそう答えると次の一撃はそれまでの二倍はあろうかという勢い
で飛んできた。

「ビッシィーー」

「あっ……はい、好きです」

「…アン。嘘はいけないよ。嫌いなものをわざわざ授業中に読んだりしない
だろう」

「ピシッ」

「はい、ごめんなさい」

「嘘をついた罰だ。今日の夜、コリンズ先生に体の中も外も全部洗ってもら
いなさい。そして綺麗な体になったらまたあしたここへきなさい」

「え!そんな…」

意外な処置に思わず口をついて出てしまった言葉に再び二倍の鞭が、

「ビッシィーー」

「あ、ごめんなさい。はい。良い子になります」

「よろしい。次はケイト。こちらへいらっしゃい」

後の二人も概ねこんな調子だった。そして最後に、

「アリス」

チップス先生はついにアリスまでも呼び付ける。恐る恐る行ってみると、

「君はここ数日、しきりに私を挑発しているようだが、そんなにお仕置きを
してほしいのかね」

「………」

アリスは答えられない。たしかにお仕置きを期待してやった行為だが、だか
らといってそうですとも言えないのだ。

「私があの時君を罰しなかったのは君がすでに君自身に罰を与えていたから
だ。君の顔は真っ青だったし唇も小刻みに震えていた。自分のしたことが理解
できている何よりの証拠だ。ならお仕置きは必要ない。そうだろう」

「……はい先生」

アリスはかぼそい声で答える。

するとそれを不憫に思ったのかチップス先生はいつもの柔和な顔、穏やかな
口調へと戻るのだった。

「しかし、私の考えは間違っておったようじゃ。私は君がなぜそんな柄にも
ない事を始めたかの理解しておらんかった。つまり少女になりたいんじゃな」

「………はい。四人一緒に」

アリスは思い切って告白する。

「なるほど、それももっともなことだ。ただ、私はこれまで君が全てを理解
した上でずっとここに留まっていたいものとばかり思っておったから……この
すべすべした手やお尻を無理に傷つけることはないからな」

チップス先生はアリスの手をいとおしそうに握ってみる。

「アリス、注意してお聞き。ここでレディーになるというのは、世間でいう
ところの大人になるという意味じゃない。レディーという身分が与えられるに
すぎないのだ」

「……身分……」

「そうだ。レディーになってもペネロープ女史が一言『裸になれ』と言えば
君は裸にならねばならんだろうし『鞭打たれよ』と言えば、やはりそうしなけ
ればならんじゃろう」

「じゃあ、奴隷と一緒なんですか」

「いや、それほど悲惨ではないよ。奴隷なら君たちを殺すこともできるし、
売ることもできる。が、それはない。ペネロープ女史の目的はただ一つ。これ
は領主様も同じじゃが、意のままに君たちを愛したい。それだけなんじゃ」

「意のままに…愛したい?……」

「そうだ。でもそれは単なる肉欲ということではない。色々な意味を込めて
彼らは君たちを愛したいと願っておる」

「愛したい?…………ペットのように?……」

「んん!?……当たらずとも遠からずじゃな」

チップス先生は静かにうなずいた。

「彼らはある偶然がきっかけで子供が育ってきた環境と同じ環境をつくって
やりさえすれば、たとえ成人した大人でも、最初から自分たちが育てた子供の
ようになついてくれると信じておるのだ」

「…本当に?…………でも、ただ、それだけのためにこんな?」

「そうだ。ただそれだけのためにこんな大仕掛なことをする。きっと身分で
人を縛り付けていた時代が忘れられんのだろう。契約による人間関係を好まぬ
貴族の性といえばいえなくもないが……」

「………………」

言葉にならない。アリスはあらためて自分がとんでもない所で生きていると
実感するのだった。ただ、だからといって決心が変わったかというとそうでは
ない。

「それでも少女になりたいかね」

チップス先生の問いかけに、

「…………はい」

アリスは少し顔を強ばらせながらも答えた。

「君たちも……」

先生は他の三人にも聞いてみる。

「………………」

結果は同じ。三人はそれぞれが静かにうなずく。

それが良かったのか悪かったのか、チップス先生は四人の意志を聞いてこう
決断したのである。

「わかった。ならば明日からは君たちへの接し方を変えてあげよう」

その夜、四人はさっそく会議を開く。

「ねえ、アンは知ってたの。私達がなぜ生かされているのか」

「薄々はね。でも、あんなにはっきり先生から聞いたのは初めてよ」

「で、どうするの」

「どうするって…、これまでどおりやっていくしかないでしょう。どんどん
悪戯やって、ばんばんお仕置きされるだけよ」

「いつまで?」

「いつまでって…それは…」

「だってそれで確実に少女に上がれる保証はないんでしょう。私、このまま
でもいいかなあって…」

「何言ってるの。みんなで決めたことじゃない。一緒に少女になろうって」

「だってこれでうまくいかなかったらぶたれ損だもの」

ケイトが消極的なことを言う。しかし、彼女の気持ちを身勝手だとは誰も言
えなかった。ただ、

「ねえ、ケイト。竜巻岬のお花畑が完全に閉鎖されたの知ってる」

「知らないけど、それがどうかしたの」

「ということは、これから先誰もあそこでは自殺しないということよね。と
いうことは童女も未来永劫あなた独りってことにならないかしら」

「…そ、そんなこと分からないじゃない。少女から落ちてくる子がいるかも
しれないし……」

ケイトの動揺は明らかだった。

「とにかく私は抜けるわよ」

この時は高らかに宣言してみたもののこの分野の第一人者はやはりケイトを
おいて他にはいない。他の子がどんなに努力しても一週間で集計すると、常に
ケイトが一番多く悪さをし、一番多くお尻を叩かれていたのである。

                          <了>   

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