ヤング・マン(一) 男社会の終焉 /蘭鈴子江

 ぬえの如き今日のF/m制度を理解するためには、「男児育成基金、育児及び養子縁組
に関する法律」(以下、男児法)の立法趣旨、同法により設立された法人の「日本男児育
成センター(以下、NBbC)の沿革及び提唱者の「平静子(たいらのしずこ)」女史に
ついての知識が不可欠であろう。50周年を迎えるF/m制度の理解を深めていただくの
が、本書の目的であり、まず初めに各章の章立てと若干の説明を行いたい。
 第1章、2章及び3章より男児法を概観する。平成11年6月、連立政権の協力により、
通信傍受法が成立した。同時に国旗国歌の法制化、国民背番号制の導入へと続く流れであ
る。治安維持国家、ネオ・ナショナリズムの台頭を予感させた。それと同時に介護保険法
の制定及び年金制度の改正が行われた。未曾有の高齢化社会の到来、日本国は不況もさる
ことながら政策の手詰まり感に辟易していた。
 翌平成12年7月、終戦以来大規模改正のなかった民法第四編第五編が、ついに改正さ
れた。当時憲法改正の布石と目されたが、憲法は現在に至るまで未だ改正されていない。
 2000年における国家主導による諸施策は、遅きに失した。奔放な民間資本の思惑や
権利意識の高じた若年層、特に当事者である出産可能年齢にある女子の修正要求によって、
当時の政治家達の計画は大きくうねることになる。
 昭和22年施行の日本国憲法の下で新秩序が再編された。よって平成12年、西暦20
00年をもってF/m元年とする見解は、多くの現代史学者の中でも議論の無いところであ
る。20世紀的な国家主義(あるいはマチズム)はこれより徐々に消滅する。
思うに旧民法の両性の平等は原則として現在でも表向き多く支持されているところでは
ある。しかし、少子化対策としての母性の手厚い保護が急務とされた。したがって出産奨
励金(平均サラリーマンの年収相当)の導入、続いて男児法に基づいて設立された社団法
人に親権を認め、精子バンクを法制化した。また養子縁組に金銭を伴うことが、国民の身
体に関する権利を保証する憲法の趣旨に反するものではないことを明文化した。法案成立
時、野党から「人身売買法」と揶揄された所以である。児童の権利に関する条約に反する
と諸外国からも批判された。養子縁組が男児に限定され法制化されたのは、過去の経験に
鑑み、女子が人身売買の対象になっているイメージを払拭するためにある。そのような苦
し紛れの修正を伴っても、当時の少子化は既に我が国の切実な問題であり、景気の不透明
感を払拭出来ない与党の、衆院選における生命線であった。当該プランは女性の社会参加
を推進するものとして認識され、当時の与党は同年の総選挙に圧勝した。
 2000年の法制化は以上だが、それ以上に民間意識が大転換を遂げた。
 すなわち、成人女子は自由に精子バンクを利用し、又は任意の男性から精子の提供を受
け、妊娠出産するようになる。現在の生活に育児が負担となるなら、金銭対価を得て社団
法人に養子に出す。原親権者たる母親が育児に興味を示すのは、大体において女児である。
なぜなら女児の方が幼児期の発育がよく、また男児ほど病弱でなく、何より母親は子が女
性である方が幸せであると考えていた。反対に女性が経済的理由により出産を希望すると
きは、社団が金銭を支給し養子縁組する、「男児」を選択した。少子化問題はここに解決
をみた。かくして2049年現在の我が国一般社会を構成するのは、主に女性となり、必
要に応じて社団から「男の子」の提供を得る「女権革命」が無血にて達成された。
 現在婚姻を希望する女性は、まず少数派である。最近の女性の一般的なライフスタイル
は、学校卒業後企業に就職し二、三年勤務し、バンクからY染色体の方の精子提供を受け、
出産、社団と縁組して金銭を得ることである。更にキャリアを積んで30歳近くになれば、
今度は社団から15歳位の男の子(もちろん自分の子とは別人)を縁組し、自分の養子に
する。その縁組の目的は、かつて旧世紀の男性が望んでいたものと同じこと、すなわち
「家事」と「性」にある。
第4章及び5章でNBbCについて考察する。男児法に基づく社団法人は、初年度で十
数社設立された。大企業がベンチャービジネスととらえ、大資本を武器に市場参入したた
めである。過当競争の内に淘汰され、あるいは合併を繰り返し、今日「NBbC」が独占
企業となっている。現在、マザーズの優良銘柄の一つである。
 NBbCの前身は政府が出資したセクターである。民間企業と競争し生き残ったのは、
政府系という信頼感もさることながら、カリスマ的経営者(当時の流行語となる)「平静
子」女史の存在も無視できない。男児法によって設立されたといえども、翌々2002年
には株式会社形態に組織変更している。NBbCは、当初政府の莫大な補助金を要したが、
数年後には独立採算により黒字になるに至った。2042年では、連結会計でアジア小国
のGDP程度の売上高を達成している。NBbCは精子売買の業者であり、かつ男の子を
育成して新しい母親に提供する男児の養子縁組のブローカーでもあった。法人でありなが
ら身分権の代表である「親権」を有する。つまりNBbCは、縁組によって得た息子達の
扶養義務を負い、息子達は法人の管理におかれた。男性は攻撃的であり云々の、非行の諸
問題は集団的懲戒権の行使によりかなりの程度防ぐことが出来ることが統計上明らかにな
った。凶悪犯罪者は、世界各国とも共通して人口構成の中で15歳から35歳までの男性
に偏在するが、NBbCの教育を受けた男性の犯罪加担率が著しく低いことが注目された。
 学校教育法とは異なり、家庭での「お尻をたたく程度の」お仕置きは、旧民法でも合法
と考えられていた。もちろん体に損傷を生じさせるような体罰は懲戒権の濫用として禁止
されている。腕力のある成人の男性が男児に行使する懲戒権は、男児法の精神により禁じ
られている。F/mにおいてもスパンキングに限定するほどであり、よってNBbC中で
は、女子職員による男児への平手ないしその代替物での尻への打擲以外行われていない。
 もっともかかる制限があればこそ、男児の羞恥心を利用する効果的なお仕置きが再開発
されることにもなり、男児の精神的虚勢を志向する結果ともなった。
 第6章及び終章にあたり平静子女史のプロフィールを紹介する。平成の御代に平姓を賜
り臣下に下り、ある意味21世紀中葉の日本を象徴する「平静子」女史は、今日のF/m
制度の提唱者であり、現代のオピニオンリーダーの一人である。やんごとなき身分に生ま
れ、他家に嫁ぐことなくまた内親王として皇室にとどまらず、姓を得て臣下に下ったのは、
優秀な頭脳にあるとされる。明治以来の家制度の息の根を止めたのが、明治大帝の血をひ
く彼女とは皮肉な話でもある。NBbCの大株主にしてCEO(最高経営役員)の彼女は、
今上天皇の伯母にあたる。まぎれもなく時代の寵児たる彼女は、NBbCの男児達の母親
である。NBbCの男児は5歳以降、ガバネスと呼ばれる女子職員らから、日々厳しく躾
を施される。与えられた課題をしないとき、反抗的な行動や言動、チョットしたミスにお
いてまで彼女たちは男の子達のお尻を叩くことを忘れない。その際に最も重い罪は、母親
である静子女史に対する敬意を忘れることである。ガバネスが「お母様の名において」と
口にしたならば、男児はいかなる時でも直立不動の姿勢で聞かなければならない。
「母」は偉大であり、男の子は少しでも良い子になるよう、ガバネスにお尻を叩いてもら
わなければならない。大東亜戦争時の皇民化教育または主体思想の旧北朝鮮の教育に類似
する。あるいは商品として将来の養親に対する心構えとしての教育である。
 F/mは法制度ではない。法によって支えられてはいるが、法によって強制されなくと
も、遵守しなければならない倫理の一部を構成するものである。思想として、新たに「資
本主義の精神」を補完するものであると考えてよい。更に平静子女史は、一般社会におい
てもF/mを実施することを推奨し、その著書に示している。その趣旨はNBbC出版の
「平家家訓」に詳しい。新しく息子を縁組みする諸姉には、ぜひ読んでいただきたい。
 最後に今世紀をになう若い諸姉の快適な生活を願って止まない。    以上
                       古都 文京市河畔にて  鈴木あゆみ
      F/m制度社会 新たなる半世紀 序章(抄)2049年10月5日 初版

続く