2007.08.28
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第六回

 落花さんとの緊縛ごっこ


 こういう得体の知れない電子機械を利用して、はじめて書いて公表した私の文章に、なんということだ、一日たつか、たたないかのうちに、300人の方から反響をいただいた。そして、2週間後のいまは、1000人を越えている。
 「おれのこんなせまい、こだわりの世界の中だけの地味な文章、おもしろいと思って読んでくれる人がいるのかなあ」
 と、いささか不安になった私が、Rマネージャーにいうと、彼女は、キッとした顔を私にむけて、
 「いいですか、濡木先生、あなたは、読者がおもしろがってくれるかな、などということを、あまり考えなくていいのです。みなさんは、濡木先生が、これはおもしろい、おれはこれが好きなんだ、と思って自分勝手に書かれる、そこがうれしいんです。それぞれに悩み、こだわりをもつみなさんが、同じように自分だけのこだわりを、生々しく綴る先生の文章を、リアルタイムで読むことができる、先生と何かしらの思いを共有する、その体験そのものが、もううれしくてたまらない、そう思います。あなたは、読者を、いたずらに意識しすぎます。読者に迎合しようとすると、あなたの書くものは、すぐに堕落します。それを自覚してください」
 いやァ、きびしいことをいうなあ……。
 でもまあ、よくはわかんないけど、彼女は本当のことをいってるような気がする。毅然として、自信たっぷりにいうのだ。
 テレビドラマの、検事役で出てくる松雪泰子の風貌に、このRマネは似ているのだ。こわいのだ。いうことは間違っていない。いたずらに読者を意識してはいけない。媚びてはいけない。そのとおりである。
 「ハイ、わかりました」
 従わざるをえない。私のように、すぐに妥協してしまう、意志の弱いなまけものにとって、ありがたいマネージャーにちがいない。私には理想のマネージャーといえよう。
 「板津先生の御本の中の"古流捕縄術"の漢字だらけの文字だけ読んで、想像して、ぞくぞくしてくださる読者だけを目標にして、このまま書きすすめてください。写真とか、図版を添えないとおもしろくない、という人は、はじめから相手にしてはいけません。濡木先生程度の妄想力は、みなさん持っていらっしゃいます。もっと自信を持って書いていってください」
 「ハイッ、わかりました!」
 私は、直立不動の姿勢のキモチで、返事をする。
 なにしろ、このRマネは、自分でコツコツ手作りでつくった「濡木痴夢男全作品・全仕事のリスト」という、ぶあつい一冊の本を持っているのだ。そこには、私のこれまでの「仕事」が、かなり克明に記録されている。私の場合、ペンネームがたくさんあり、「仕事」の量がやたらに多いので、自分でも、じつは整理できない。
 それをRマネは、精密に、根気よく、記録してくれている。その記録は、私よりもくわしく、正確である。
 考えてみれば、若いくせに(年齢は私の三分の一である)その上、素人のくせに、こんな私の吹けば飛ぶような卑小な人生の記録に憂き身をやつすなんて、変な人である。相当に変な人である。もしかしたら、変態かもしれない。
 「吹けば飛ぶような私」というのは、決してケンソンして言っているのではない。私はケンソンとか遠慮が嫌いな性格で、自慢することと褒められることが好きである。
 でも、たまには、ハッと我にかえる瞬間がある。はっきりいって、私みたいな人間がやってきたことなんて、ほとんど価値のない、じつにくだらない仕事なのだ。私はこれまで、なんの努力もせずに、遊んで暮らしてきたような気がする。上昇志向というものが、まったくない。
 こんな男の「全仕事」を、探し出して、読んで、整理して、手製で一冊にまとめてくれる人がいるなんて、理解の範囲を越えているし、感謝と同時に、私は畏怖を感じて、Rマネに頭が上がらない。だから彼女の命令には、いつも素直に屈服してしまう。また彼女はいつも黒い長い靴下をはいていて、サディスティックな足の形をしているのだ。
 「つまらないと思わずに自分の書きたいことをどんどん書け」
 いわれて、ハイと答えたが、私は生まれつきサービス精神過剰な、臆病な人間なので、やっぱり考えてしまう。読者にすこしでもよろこんでもらいたい……。

 で、私は、私のいまのパートナーである落花(らっか)さんのことを、すこし書いてみようと思う。
 落花さんも、私の書いたものを、たくさん読んでくれている人である。私のペンネームも、ほとんど知っている。
 Rマネほどではないが、私の古いものを、よく読んでくれている。とくに、私が過去に大量に書いてあちこちの雑誌に連載していた「緊縛日記」みたいな文章を、克明に、すみずみまで読んでくれている。こわいほど、こまかく、しかもそのときモデル女性を縛っている私の心理状態までも、明確に読みとってくれる。文章の行間を読みとる力のある人なのである。油断ができない。
 私は、私の書いたものを読んでくれている女性でないと、仲のいいおつきあいを始める気にならない。
 私とおつきあいが始まるのは、過去に私の書いたものを読んでくれて、好意を抱いてくれている女性に限っている。
 (考えてみれば、あたりまえの話である)
 私の書いたものを読んでくださる女性は、私の気持ち、性格とか考え方が、当然わかっている。だから、私のほうも安心である。安心して、SMの深いところまで話し合える。
 くどくど書いてしまったが、まあ、落花さんとの出会いは、そんなところである。
 彼女の年は、30歳ちょっと前か。私は女性に対して(いや、だれに対しても)こまかいことは一切きかない。年齢などきいたことがない。関心がない。年は若くても、妙におばさんくさい人もいるし、年はとっていても、心の若い人は、体も若い。
 落花さんは裸になると、じつにみずみずしい、きれいな、バランスのとれたエロティックな体をしている。ウエストの細さ、お尻の形のよさ、下腹部のなめらかなカーブ、太腿から膝にかけての美しい肉のつき方、足首の細さ。絶品である。
 いままでに5000人のモデル女性を縛ってきた私が、彼女の裸身を目の前にすると、思わず、
 「ウーン、きれいだなあ!」
 と、うなってしまう。落花さんを縛るのはもう20回位になるが、裸、とくに下半身をみるたびに、あまりの美しさ、そしてエロティックな肉付きに、
 「ウーン、どうしてこんなにきれいなんだ、たまらない!」
 と、5時間のうちに10回位感嘆の声を発してしまう。5時間というのは、彼女と会い、密室にとじこもって「緊縛ごっこ」という「お芝居」をする時間。もちろん、翌朝までつづけることもある。
 彼女の体はなめらかで、すべすべしていて、傷あととか、シミのようなものが一つもない。これは、じつは珍重に価いすることなのである。彼女の裸身の清潔感は、天下一品といっていい。
 (すこしほめすぎかもしれないが、この文章は当然落花さんも読んでいるので、せいいっぱい、ほめて書くことにする)
 私は、この落花さんをモデルにして「古流捕縄術」というのを、勉強してみようと思ったのだ。

 だが、結果を先に書いてしまうと、この夜は「百姓縄」の実験をするまでには至らなかった。
 それは、落花さんと私が会って、いつものラブホへ行く前に、彼女が働いているオフィスのデスクで、あるDVDを、一緒にみてしまったことが原因している。
 そのDVDの映像は、みていてぜんぜん楽しさが感じられず、逆に、妙に重く疲れる内容だったからである。
 私は途中で倦怠感をおぼえ、その映像を横目でみながら、バッグの中から愛用の縄を取り出すと、いきなり彼女の両腕を背後につかんでねじりあげ、高手小手に縛りあげた。縄は一本だけである。一本で十分なのだ。
 こういうとき、まったく抵抗しないで縛られてくれるのが、彼女のいいところだ(つまり私の気持ちをすぐに察してくれるのだ)。
 そのDVDを、私と彼女は椅子に腰かけて並んでみていたのだが、縛られている途中で、彼女の全身から力がぬけ、腰から下がグニャグニャになって、椅子からずり落ちてしまった。そのまま床の上に倒れこんでしまう。
 これは、いつものことなのだ。彼女を縛るときは、だから、ベッドの上でないと、あとが大変なのだ。
 その日は日曜日だったので、ほかに社員の姿はなかったが、彼女が昼間働いているオフィスの中で、彼女を高手小手に縛りあげるなどという行為は、客観的にみると、かなり大胆で、反道徳、ハレンチな「プレイ」にちがいない。
 しかし、だから私は、こういうところで、こういうことをするのが、好きなのだ。スリルがある。独特の快感がある。
 私は彼女の細い首を抱えてあおむかせ、唇を吸い、舌を吸い、胸もとから手を入れて乳房をつかみ、乳首をゆびでつまんで引っ張った。彼女の体はさらにやわらかく、グニャグニャになって椅子の下に倒れこんだ。
 ラブホへ行く前にこんなことをしていたので、いざ「百姓縄」の実験を始めようと思ったときには、なんだかその意欲も気力もうすれてしまい、結局、いつもの、快楽先行の「緊縛ごっこ」に終始してしまったのだ。
 そのいきさつは、次回に書こう。

つづく

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