2007.09.01
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第八回

 ありがた涙がこぼれる


 落花さんという人は、私がバッグの中から縄を取り出して縛るときでも、抵抗したことがない。「いや」と言ったことがない。
 キスするときでも、顔をそむけて避けようとしたことがない。
 ラブホの一室で縛るとき以外は、私はいきなり、なんの予告もなしに、欲情したら、縛る。欲情しないときは、縛らない(あたりまえだ)。私はいきなりするのが、好きだ。
 欲情すると、彼女の腕をつかんで、背中にねじあげる。すると彼女は自分で手首を高々と首筋近くまで上げて交差させる。手首が細く白いので、その形のいいこと!
 私はなんの苦労もなく、彼女をたちまち後ろ手高手小手に縛りあげることができる。彼女が素直に縛られてくれるおかげで、その高手小手は、自分でほれぼれするほどエロティックで形がいい。この瞬間、私はかならず勃起する。勃起するということは、このときがいちばん性欲が高まるということである。
 キスのときもそうである。
 用事があって、上の御徒町の、裏通りのさびしい場所にあるビルの中の出版社を、二人でたずねたことがある。用を終えて、そのビルの一階のうす暗い階段のかげで、私はいきなり彼女の後頭部を左手で支え、右手で顎を上げさせてあおむかせると、唇を押しつけた。押しつけて、強く吸った。立ったままである。
 彼女はまったく避けようとせず、私の唇をうけた。二度三度とくり返し、唇を吸った。離して彼女の表情をたしかめると、ちょっとうれしそうに微笑した。
 その微笑をみて、私はホッとした。めいわくそうな顔ではなかった。ビルの外には人通りがある。いささか大胆な行為だった。
 (あのときは、あれから、どこのラブホへ行ったんだっけ。湯島天神裏のラブホだったかな。それとも、浅草田原町の総ヒノキ風呂のある、格調のやや高い和風ホテルだったかな)
 私はもう80歳に近い老人で、背が低くお腹は醜くもっこリ出ているし、足は短く、髪の毛はうすくなって頭のてっぺんは禿げているし、最近視力も衰えているし、着ているものといえば、イトーヨーカ堂の特売コーナーで買う、500円のシャツと1000円の上着とズボン、トランクスは3枚1000円のヘラヘラした生地の安物で、どこをとってもまったく見栄えのしない、なさけない男なのに、どうしてこんなに落花さんはやさしくしてくださるのか、心の中では感謝の涙ポロポロなのである。
 たった一つの取り柄といえば、女性の肉体と精神を気持ちよくさせる「縛り」が、多少できるという、ただそれだけのことである。いってみれば、縄を使ってするマッサージ屋みたいなものである(笑)。私にとって、縄は神様みたいなものである。

 いや、こんなことを書いている場合ではない。私は落花さんの体をモデルにして、「百姓縄」を掛ける実験をする予定で、そのための縄もちゃんと用意し、写真に撮られるのを拒否する彼女のために、スケッチブックと4Bの鉛筆を3本も持ってきているのだ。
 しかし、スケッチブックも、4Bの鉛筆も、囚人を縛るための麻縄も、この日は使わなかった。そういう手数のかかることをする気力は、もう私にはなくなっていた。
 「池のほとりの楽園」という意味を暗示したしゃれた名前のラブホの3階の一室の中で、いつもの、彼女を縛るときだけに使う、特殊な「紐」を、私は取り出した。
 そして、ベッドの上にまだ着衣のままでいる彼女を、後ろ手にして、高手小手にぎゅうぎゅう縛りあげた。
 私が落花さんだけを縛る紐というのは、どんなに私が力をこめても、彼女の手首に強いあとがつかないようにできている。
 それでいて拘束力も「締めつけ感」も適当に強い。胸の上にまわして絞ると、じわりじわりと食いこんで、緊縛好きの女性だったら、絶対に「快感」が生じる紐である。見た目にも美しさがある。麻縄のような残酷味はないが、女の心身を微妙に責めていく。
 激しくはないが、腕と胸と手首、上半身を包みこむようにじわじわと締めつけてくる拘束感は、この繊細な感覚を有する女性にとって、快楽度が高い。
 (私は、自分が女の体になったように、その感覚がよくわかる。わからなければ、縄の職人にはなれない)
 一本の紐を掛け終え、最後に力をこめて手首の紐を上へ締めあげると、彼女は耐えきれないかのように、体を「く」の字に折って、ベッドの上に倒れてしまった。
 私に背中をむけ、顔を伏せて、もう動かない。海老のように体を縮めている。私に顔をみられるのが恥ずかしいのだ。だから顔を布団の中に埋めるようにして伏せているのだ。
 だが、その背後で高々と一つに縛られている手首の眺めこそが、私にとっては、目もくらむような快楽の根源なのだ。
 (ああ、この強烈にして濃厚な快楽の根源の存在を知ることなく、知ろうともせず、男の快楽の根源は女性の股間の性器にだけひそむと信じているSM雑誌の編集者たちよ。どうか、この真実を知ってくれ。感覚的にわかってくれなどとは言わない。観念でいいから、知識として、知っておいてくれ)
 いま彼女にとって男の性神経を最も刺激する場所は、背後で縛りつけられている手首なのだ。その美しくも悩ましい手首が、いま私の目の前にさらされている。
 この手首のエロティシズムを持つ女は、残念ながら、私の過去において一人もいなかった。落花さん、私はあなたのお世辞をいうために、こんなことを書いているのではないのですよ。縛られた手首は、私にとって最も魅惑に充ちた性器なのです。落花さんの縛られた手首には、彼女の性的魅力が結集しているのだ。
 「いいなあ、きれいだなあ、感じるなあ!」
 私は声に出して感嘆する。二度、三度と、同じような感嘆をくり返す。
 私はスカートの上から彼女の丸い尻を撫でまわす。彼女は尻の形もいい。大きくなく、小さくなく、理想的にこりこりっとしまった形のいいお尻なのだ。
 さんざん撫でまわしてから、スカートの裾に手をのばし、そろそろとまくりあげる。
 ピクッと動いて、足を締める。
 私はさらにスカートを、淫らな思いをこめて、そろりそろりとまくりあげる。その手つきは、われながら、やや芝居がかっているなと思う。
 黒いパンストを、お尻のほうからぬがせる。ショーツも黒い。落花さんは黒いショーツがよく似合うのだ。私に下着フェチの感覚はないはずなのだが、落花さんの対してだけは妙にフェティッシュになる。
 落花さんのオフィスに働く、ほかの女の子たちが言っている。憧れのボスである。
 「落花さんて、背筋がすらりとのびていて、気品があって、きれいな人だもんねえ」
 高貴な香りのする美人に対してだけ、私はフェチ男になるのか。
 黒いうすいショーツも少しずつお尻のほうからぬがせる。白い丸い、形のいいお尻が現れる。
 彼女は「う、う、ううう……」とうめくだけである。抵抗しない。「いや」とか「やめて」とかいう言葉も発しない。恥ずかしすぎて声も出ないのか、それとも、この羞恥が快感となって、あまりの気持ちのよさに声が出ないのか。
 むきだしたみずみずしい、白くやわらかく形のいいお尻の肉の割れ目のあいだに、私は顔を埋める。落花さんの体は、無臭である。すみからすみまで、無臭である。清潔感がある。私は無臭の人が好きである。臭気漂う女体は、苦手である。これは生まれつきの性癖だから仕方がない。私の友人のAV男優は、体臭の濃い、強く匂う女性が好きだという人が多い。そのほうがセクシーだという。
 私は舌を出して、落花さんのお尻の肉のあいだをなめる。肛門とか、性器のすぐそばまで舌をのばしてなめる。
 おいおいおい、それはやっぱりマゾ男の行為であって、サド男のやる事ではないだろう、とお思いの方もいるだろうが、Mだろうが、Sだろうが、私の本能がそうしたいのだから、仕方がない。
 そういえば、もともと私は、女の体に口や舌をつけてなめるという行為は、好きではなかった。とくに性器に口をつけるなどという行為は、不潔な感じがして、嫌いであった。
 ところが、この落花さんには不潔感を感じない。彼女の体がほとんど無臭だということが、大きな理由の一つである。さらにいえば、彼女の性格が潔癖なのである。性格に育ちのよさを思わせる清潔感があり、自分の好き嫌いを、よく切れる刃物でスパッと切断するようないさぎよさがある。透明感がある。
 そういう清潔感が、彼女の股間までも清潔に感じてさせてしまうのだ。
 高手小手にきびしく縛りあげられ、スカートをまくりあげられ、パンストを下ろされ、ショーツを膝まで下ろされて、お尻を丸出しにされた若い女が、私のような醜い老人に、そのむきだされたお尻の白い肉の谷間に顔を押しつけられ、ぺろぺろ股間をなめられるという図は、まさしく「美女と野獣」で、これを絵に描けば、やはり男のサディズムの一つのポーズの表現になるのであろう。なにしろ男は自分の欲望のままに、自分が縛った女の下半身を露出して、好き勝手なことをしているのだから。
 海老のように体を丸め、斜めうつぶせの格好でいる彼女の肩をつかんで、あおむけにさせる。
 そうしておいて、彼女のスカートと、パンストと、ショーツを、ぜんぶぬがしてしまう。足首からぬいて、体から離し、ベッドの下へ落としてしまう。
 身につけていたものが引き剥がされるたびに、彼女は、
 「ア、ア、ア、アア……」
 という小さなうめき声をあげて尻をよじり、軽くもだえる。だが、強い抵抗はしない。私は彼女の両足をそろえて引きのばし、押さえつける。膝の上あたりにまたがり、動けないようにする。
 下半身をきれいに露出させてしまったが、まだ手は触れない。彼女のブラウスのホックをはずし、前をはだける。
 ブラジャーをしている。後ろ手にして、胸にまわしてある縛りのために、ブラジャーの肩紐がはずれない。ブラジャーをつかんでずり上げ、乳房を露出させる。乳房はやわらかい。手でつかむと、ふにゃふにゃしている。五本の指で乳房をつかみ、二本の指で乳首を揉む。つぶすようにして乳首を責める。
 「ウ、ウ、ウッ……」
 と、うめくが「やめて」とは言わない。「痛い」とも言わない。私は彼女の体におおいかぶさるようにして乳房に吸いつき、乳首を舌でころがす。強く吸い、軽く噛む。
 「アア、アア、アアア……」
 と彼女は低く声を出し、後ろ手にされている体をよじる。なにか感情のこもった切美な声音だが、この声の意味が私にはわからない。感じているのか、苦痛なのか、私にはわからない。あるいは彼女自身にもわからないのかもしれない。
 高手小手に縛られたまま、ベッドの上でしつこく乳房を揉まれ、唇を吸われ、乳首を吸われ、噛まれ、舌を吸われる。こんな責めに彼女は快楽はあるのか。あるだろう、と私は思った。そう信じるより仕方がない。彼女は「気持ちいい」などとは絶対に言わない人間だ。
 私は乳房から顔を離し、首をのばして、つぎに唇を吸う。口の中に舌をさしこんでなめまわす。彼女には口臭がない。口臭のない女の口を私は好む。大いに好む。口臭のある女とは、私はキスができない。醜い老人のくせに、潔癖なところがある。
 私は自分の舌をべったり押しつけ、彼女の上唇と下唇をこねくりまわす。唇の裏側までべろべろなめまわす。乱暴なキスをくり返しながら、また乳房に噛りつく。口の中に乳首を吸いこみ、チュウチュウ音をさせる。私の唾液にぬれて、乳房も乳首も光る。
 女性器の中にペニスを突き立てるように、彼女の上下の唇の間に、勢いよく舌をさしこみ、奥へと侵入させる。彼女は呼吸困難になり、顎を上げて、ううう、とうめく。白い喉の肉がエロティックにうごめく。
 若い男だったら、ここまできたら、こみあげてくる欲情にがまんできず、彼女の足をひろげ、膝をまげさせ、猛り立った自分の性器を、彼女の性器に突入させてしまうところであろう。
 だが、私はなかなかその行為に至らない。世間でいうところの「前戯」が、やたらに長い。落花さんを相手にしていると、飽きないのだ。いつまでもつづけられるのだ。
 もともとが「正常」な性行為にあまり執着しない「変態男」であり、その上に老人である。勃起力の衰えた老人の前戯的愛撫は、永遠のように長い。三時間も四時間もつづく。彼女を相手に、休み休みだが、五時間つづけたこともある。射精欲がないからいつまでも長くつづくのだ。
 「鈍感力」とかいう本が売れ、言葉も流行したときがあったが、私の場合はまさしく「変態力」であろう。考えてみれば、この「変態力」が、私の現在の活動を支える原動力である。「変態力」には相手が必要である。
 今、落花さんがいなかったら、私の原動力は停止するだろう。私の心身はたちまちしなびて、皺だらけのみじめな老人になってしまうだろう。濡木痴夢男の実態は、こんなところだ。
 上半身のあちこちをキスし、なめまくるここまでが、私と彼女のこの日のラブホにおける前半で、これから後半になると、やはり後ろ高手小手に縛ったままで、彼女の下半身を、さらにしつこくキスし、なめまくる。
 こういう老人の行為を、よろこんで(きっとよろこんでいると思う。そう信じなければつづけられない)受けとめ、応じてくれる落花さんは、私にとって、やはり神様のような存在である。ありがたくて涙がこぼれる。
 私の頭の中から「百姓縄」の実験のことなんか、とっくに消えていた。板津先生にくらべたら、私はどうしようもない俗物である。

つづく

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