「古流捕縄術」について興味を抱き、その資料を参考にして、いろいろ実験をしたり、その結果を報告するつもりでいたのだが、いつのまにか、落花という女性と私が楽しむだけの話になり、それをこまかく書いていたものだから、延々と同じシーンがつづくことになってしまった。
この日の落花さんとの緊縛遊戯は、せいぜい四、五時間のことなのですけど、文章のほうはまだ終わらない。やっと半分まできたところです。
しかしまあ、これをお読みになっている人は、濡木痴夢男という男は、自分の気にいった女性と、毎日毎日、いつもいつも、こんな緊縛ごっこばかりやっているように思われるかもしれない。
そうでもありません。毎日やっていたら、第一、体がもちません(私の年齢を考えてみてください)。
私は、一つには、いちばん最初にのせた「プロフィル」のつづきのつもりで、落花さんとのことを書いているのです。でも、こんなにこまかく書いては「横顔」どころか、前も後ろも、露出してしまいそうですけど。
私はあいかわらず、ビデオとか雑誌の緊縛シーンの撮影に、縛り係として雇われて、そういう仕事もしています。原稿も書いています。SMとはまったく関係のないこともやっています(じつは、関係のないことのほうが量的には多い)。
で、今回は、落花さんとのことはちょっとお休みして、ついきのうやった撮影の体験を書きます。
じつをいうと私、このことは書きたくなかった。おもしろく書く自信がなかった。書いても仕方がないと思っていた。書いても仕方のないことは、なるべく書きたくない。
しかし、Rマネージャーが言うのです。
「そういう体験と、そして濡木先生の、そのときの気持ちを書かなければいけません。それが、いまのSM世界を生きている濡木先生の使命です」
「使命?おれにはそんな使命感なんて、ないけどなあ。第一、SM世界って、なに?SM商業世界のこと?SM商売世界のこと?」
「どちらでも同じではありませんか。いま、その中で生きている証人として書いておくのです」
「証人?」
「そうです、証人です。後世の人のために、証人として書いておかねばなりません」
「後世のことなんか、おれ考えたことないよ」
「とにかく、たまには撮影の現場のことも書きなさい。前にはたくさん書いていたではありませんか。ただし、言っておきますけど、悪口を書いてはいけません。スポンサーを怒らせてはいけません。悪口を書くと、あとの仕事がこなくなります。いいことだけをお書きなさい」
「いいことだけ書け?それはむずかしい」
「むずかしくてもお書きなさい。それが濡木先生の使命です」
「また使命か。おれにはそんな使命感なんか、ないけどなあ」
「とにかくお書きなさい」
「ハイ!」
Rマネはこわい。私はいま、ほかのことでお世話になっている。だから、いっそうこわい。お世話になっているというのは、過去50年間の私の全仕事を整理し、年表をつくってもらっているのだ。これが大変なエネルギーを要する作業なのだ。だからいま、ぜったいに頭が上がらない。というわけで、きのうの撮影現場のことを書きます。
Rマネージャーよ、安心していてください。私は、私にお金をくれる人の悪口は、ぜったいに書きません。私のような老人に仕事をめぐんでくれる、ありがたい人たちの悪口なんか、いえるもんですか。私にだって、そのくらいの常識はありますよ。
――とはいうものの、じつは、私は自信がない。人の悪口をいうことが、私は人一倍好きだ。悪口をいうことは楽しい。読む人にとっても、悪口のほうがおもしろいにきまっている。
ほめ言葉ばかりダラダラ並べたって、読む身になってみれば、おもしろくもなんともない。
(前回の「ほめてばかり」は、ほめてばかりの羅列で、スミマセンでした。さぞかし、ご退屈だったでしょう。おわびします)
相手の名前を出さないで悪口をいうんだったら、かまわないはずである。どこのだれに悪口をいってるんだか、わからなかったら、だれも怒らないはずである。
やっぱり悪口を書きたい。よし、そうしよう。
20年間、つき合っているAVのカントクがいる。これが、いいやつなのだ。いいやつだから、私みたいに他人にきびしく、自分に甘い人間が、20年間も一緒に仕事をしてきたのだ。
このカントクが、私にほめられるようなSM映像のドラマを、なんとか作りたいと思っている。その熱意が私に伝わり、私も撮影現場を手伝う。だが、このカントク、撮影を開始すると、とたんにSMがわからなくなる。わかったふりをしているけど、じつはわかっていない。
20年間、私は彼に、SMのことを説明し、具体的に教えてきた。それでもわかっていない。SMというものを嫌悪しているわけではない(SMを嫌悪し、それ以上に憎悪しているSM映像のカントク、SM雑誌の編集者、私は山ほど知っている。そういう内幕話もこれからすこしずつバクロしていこうと思う)。
教えた直後、このカントク、
「なるほど。よくわかりました。SMというのは、やっぱりおもしろいですねえ。人間心理の根源を探ぐっていくと、やっぱりそこにぶつかり、SMにつながっていくんですねえ。人間の性を深く掘り下げて描写するには、SMドラマが一番適していますねえ。いやァ、おもしろいなあ!」
などと、いっぱしのことをいう。
おや、こいつ、わかったのかな、と思っていると、すぐにがっかりさせられる。
撮影に入り、可愛らしい女優をハダカにして、具体的に演技をつけるときになると、とたんに、もとの、単スケのカントクにもどってしまう。単スケというのは「単純助平男」の略称である。たとえば「鼻孔責め」のシーンになると、こんなぐあいである。
男優に命じて、女優の鼻孔に、針金で作ったフックを引っ掛けさせる。そのフックには細い紐がついている。男優にその紐を引っ張らせながら、
「こら、お前はブタ女だ。そんな格好の悪い鼻で、よく恥ずかしくないものだ。なんという醜いブタ女なんだ。ブウと鳴け、ブウと鳴いてみろ、そら、ブウ、ブウ、ブウ」
といって女優を這いまわらせる。このときの女優は全裸である。
ブウブウといいながら女優は四つんばいで這いまわる。女優の尻がもこもこと動く。
「お前はブタだ、ブタ女だ、鳴け、もっと鳴け、ブウ、ブウ!」
もっとひどいことを男優にいわせる。私はみかねて注意する。
「ゴンちゃん(カントクの愛称)、そのセリフはちがうんだ。鼻責めマニアが、女の鼻の穴を責め具で吊り上げるのは、そこを広げたり変形させたりして楽しむんだよ。このときの女の表情が可愛いんだ。エロティックなんだ。すごくセクシーなんだよ。つまり、鼻責めマニアの本質は、鼻の穴フェチなんだよ。だから、可愛い可愛いと言って、ほめなければいけないんだ」
いくら私が注意しても、カメラはもうまわっている。
ブタにされて這いまわっている女優のお尻がエロティックな動き方をするので、カントクは興奮し、カメラマンからカメラを奪い取ると、自分がカメラマンになって撮り始める(AVの監督はよくこういうことをする)。
カメラの先端を女優のお尻に接近させ、むきだしの性器を狙って撮りつづける。女優の鼻さきへペニスを押しつけるように男優に命ずる。
「はい、こうですか」
男優は心得て、勃起したものの先端で女優の鼻さきをこする。女優は口をあけて、パクリとそれをくわえる。鼻責めがいつのまにかフェラシーンとなって延々とつづけられる。
カントクは男根型バイブを男優の手に握らせ、
「手をのばして、こいつを彼女の後ろから挿入してくれ」
と命じる。バイブにはローションがぬられているので、奥のほうまでスムーズに入る。女優は鼻枷をつけたままでフェラを強制され、同時にバイブで後ろから責められているという、にぎやかな構図である。
「いいぞ、いいぞ、その調子だ、これがSMだ、いいぞ!」
カントクは上機嫌で、カメラをふたたびカメラマンの手にもどし、自分は女優の性器の中にふかぶかともぐりこんで、ピコピコ、ズコズコ、クネクネ動き、ブーン、グーン、ブーンとうなりつづけるバイブの効果を熱心に凝視している。
こういう書き方をしていると、なんだかこのシーン、読者に、とてもおもしろそうに伝わるにちがいない。一編の映像として完成した場合、実際におもしろく、「多数派」の男たちを欲情させることになるのだろう。ただし「少数派」の鼻責めマニアたちのためのシーンは、いつのまにか尻すぼみになっている。このカントクのAVは、だから評判がよく、営業成績がいい。各社からひっぱりだこで、毎日のように撮影の仕事があるという。
AVは、売れるから存在価値があり、売れないAVは、制作者も販売者も消滅する。
このゴンちゃんカントク、多少はSMに興味はあるのだろうが、いざとなるとSMの屈折した描写なんかそっちのけで、「売れる」映像制作のほうに精神を集中させてしまう。当然といえば、当然なのであろう。
私なんかを使うのは、たまには毛色の変わったAVを作ろうと思ったときなのである。それはそれでいい。だから「SMとはなんぞや」などと私に改まって聞かないで、単純に緊縛シーンを必要とするときだけ、私を使えばいいのだ。妙にかまえて「SMの真髄とは何か?」などと問いかけてくるから、私もつい、まじめになって答えてしまうのだ。
大体、SMなんてものは、生まれつきの性癖で、勉強したからSMがわかるようになった、などというものではない。SMマニアは、ものごころついたときから、SMマニアなのである。自分がSMマニアになぜなったのか、それがわからないのが、SMマニアなのである。マニアになった理由が、はっきりわかるなどというSMマニアは、ニセモノのSMマニアなのである。
ま、こんな撮影を、きのうやっていたわけです。このカントク、正直で、思いやりがあって、女体をエロティックに撮るテクニックを持っている、いい人間です。
だから、中途はんぱにSMなんかに色目を使わなければいいのに、と私はいつも思う。
でも、私を使ってくれることによって、私もギャラがいただけるし、若い美人を縛ることができるし、ありがたいことは、たしかにありがたい。素直に感謝しなければいけない。だけど、こういう撮影ばかりやっていると私もストレスが溜まってくる。
そこで「少数派の美学」などという小冊子を作りたくなるし、落花さんのような、なんでもわかってくれる女性と、思うぞんぶん、やりたいことをやりたくなる、と、こういうことであります。
よかった。悪口にならなかった!
この程度の悪口だったら、ゴンちゃん、いい人だから、また私を使ってくれるにちがいない。そして、Rマネージャーにも、叱られずにすむ。
あしたもまた、某ビデオ制作会社の某組に雇われて、某スタジオへいきます。あしたの某監督も、もう十数年来、一緒に仕事をしてきて、仲よくしている仲間です。ですから、どんなSMビデオが出来上がろうとも、悪口なんか書けません。
(つづく)
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