2010.2.10
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百十六回

 夜鷹のおとよの詩


 私は落花さんに、ときどき私のほうからFAXを利用して通信する。
(依然として私はケータイ電話を持っていない)
 機械オンチの私だが、電話と、それに付随しているFAXだけは使うことができる。
 私と落花さんとの快楽関係は、ラブホの一室にとじこもって何かするだけではない。
(あたりまえだ)
 体力を使って何かするよりも、心と心を通わせる行為、つまり、だれにも邪魔されないでつづける会話、つまり、思いのたけを語り合うおしゃべりに費やす時間のほうが多い。
 そして、ときに、このおしゃべりの時間のほうが、快楽度は高い。
 私も彼女も、二人だけのときは、おそろしく饒舌である。
 われながら偏執的だと思うくらいに、おしゃべりである。泡を吹くように語り合う。
 しゃべりたいことが、いつも山ほどあって尽きることがない。
(ただし、その内容はつねに「SM」に関しての疑義である。「SM」についての彼女の造詣の深さは、なみたいていのものではない。私が太刀打ちできないときがある)
 おしゃべりはラブホの中ばかりとは限らない。
 私が落花さんに送るFAXによる通信は、彼女の勤務場所に届く。
 彼女が専用している大きなデスクの片隅に、なにやら複雑な形をした受信機が置いてある。
 その機械が作動して、私が書いた肉筆の原稿が、書いたままの原稿の形で届く。
(あたりまえだ)
 落花さん専用、とはいっても、そこは一社のオフィスである。他者の目もある。
 どんな拍子で、彼女以外の人間の目に触れるかわからないので、おしゃべりの延長ともいえる私信には気を使っている。
 必要以上に敬語を多く使い、一見事務的な口調の文章を書く。
 彼女は私からのその文章の、行と行の間、さりげなくひそませてある真意を、いつも怜悧に、正確に読みとってくれる。
 ときどき私は、詩のようなものを書き、そのままFAXで彼女に送る。
 彼女はそれを受け取ると、彼女の大きなデスクの引き出しのどこかに保管してくれる。
 私は整理したり収納したりすることが苦手なので、せっかく書いた詩でもなんでも、すぐに紛失してしまう。
 私は何ごとにもケチなので、書いたものをすぐに捨てるようなことはしないが、大切に保管することもしない。
 私が落花さんに、私が書いた詩のようなものをときどき送ったりするのは、その詩の対象に、つねに彼女が存在しているからである。
 つまり、その詩もまた、彼女と私のおしゃべりの延長みたいなものだからである。
 とりとめのない私のおしゃべりの延長みたいな詩だから、この「おしゃべり芝居」の中にも書き写して、残しておきたいと思う。
 パソコンの中のウェブ・スナイパーというところに「濡木痴夢男の猥褻快楽遺書」というのを連載していると前に書いたが、じつは、いささか表現はちがうが、これらの詩も、私の別口の「猥褻快楽遺書」といっていいかもしれない。
 ま、いってみれば、
「どうせ死ぬ身の恥っかき」
 といったところだろうか。
(巻き添えを食らった形になって、落花さんは迷惑かもしれませんね。ごめんなさい)

  しりとりうた・1

 色は匂えど 散りぬるを
 おまえ百まで わしゃ九十九まで

 でんでん太鼓をうち鳴らし
 しかと抱き合い 誓った夜も
 もはやむなしい わかれどき

 汽車は出ていく 煙はのこる
 のこる煙が 癪のたね

 ねんねんころり おころりよ
 夜なかにこっそり 起き上がり
 りんごは芯まで 食べられない

 いのちがけだと 信じたあいつ
 月夜の空に 飛ぶカラス

 カラス啼いても 夜は明けない
 色は匂えど 散りぬるを

  しりとりうた・2

 色は匂えど 散りぬるを
 おとこはしょせん 薄情者

 野バラの茎の するどいトゲで
 出もどり女を 傷つける

 流浪のあげくに とめどなく
 苦界の味を 知りました

 たいていのことじゃ ございません
 せんべい、まんじゅう、金平糖
 とうとうたらり たらたらり

 離婚五たびに 子供が四人
 忍耐ばかりが わたしのさだめ

 めげずに生きるも 疲れ果て
 天秤棒に 子をのせて
 手のかからない 子供を売るよ
 ようよう 安くて丈夫な 子を売るよ

 ようよう 子供買わんかい
 色は匂えど 散りぬるを

  しりとりうた・3

 色は匂えど 散りぬるを
 おんな盛りの 三十六

 苦労ばかりが しみついて
 天に唾すりゃ 我が身にかかる

 瑠璃も玻璃も 磨けば光るが
 がまんならない 生まれの不幸

 おしで つんぼで 片足ちんば
 馬鹿にされたり 蹴られたり

 たりないところは 床上手
 ずんと男を よろこばせ

 世間のうわさじゃ 淫乱女
 名前知られた 夜鷹のおとよ

 機嫌よければ 足ひろげ
 下卑たお客に 腹立つ夜は

 歯をむきだして 男のものを
 音出るほどに 噛み切る怨念

 念仏となえて 人殺し
 殺した数も 十人越すと

 とうとうお上の 御用になって
 天まで届く はりつけ柱

 知らざあ言って きかせやしょう
 生涯不運の おんなの生きざま

 ざまあみさらせ せいいっぱい
 生きてきたんだ せいいっぱい

 淫売おとよは せいいっぱい
 色は匂えど 散りぬるを

 詩(のようなもの)を、とりあえず三つだけ、お目にかけました。
(まだたくさんあります。ときどき興に乗って、一度にいくつも書きます。集中的に、まとめて五編でも十編でも書きます)
 夜鷹のおとよというのは、私自身です。
 私は男ですが、女になった気分で書くと、倒錯した別世界に入りこめて、とても気持ちよく、すいすい言葉が浮かびます。
 江戸時代の夜鷹は、丸めた茣蓙(ござ)を抱えて商売に出ますが、濡木痴夢男は縄の入ったバッグを抱えて体をひさぎます。同じようなものです。
 同じようなものですから、夜鷹の気分になって、すいすい書けます。

 私と落花さんは、こういうふうにして、快楽を共有します。

つづく

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