濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百十七回
人に言えないかなしみばかり
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私の詩(のようなもの)をごらんにいれたら、意外なご高評をいただいたので、調子にのって、またここに書きます。
「豚もおだてりゃ木にのぼる」。
浮かんだ言葉をそのへんの紙きれに書きつけ、あとで推敲しようと思って、大きめの紙の袋の中に突っ込んでおく。
それが溜まる。
すると、その紙の袋がどこかへいってしまって、もう見つからない。
ちょっとくやしい。
私はケチなので、どんなに碌でもないものでも、せっかく書いたんだからもったいない、という気持ちになる。
そこで紛失しないうちに、この「おしゃべり芝居」の中に書いておこうと思う。
沈む夕日は
うす墨いろの日暮れになって
お前はほんに器量よし
うぶ毛 おくれ毛 首すじ細く
髪はからすの濡れ羽いろ
ラッパ鳴らして豆腐屋が通り
お前はひっそり 橋の上
人に言えない かなしみばかり
沈む夕日は あかねいろ
どんどん伸びるは 影ばかり
お前のかあちゃん 出べそ
前回の「しりとりうた」もそうでしたが、これも私は、女の子の気持ちになって書いている。
こういうとき、無意識のうちに女の子の気持ちになってしまう私は、やっぱり変態ですかね。
さむい街
わたしは わたしを背負い
街に売りにいった
この街はいつもどんより曇り空だ
だから わたしは売れなかった
あなたの背中に
わたしのお腹をくっつけ
のどから血の出るほど
売り声をあげたのだけれど
わたしは売れなかった
街の人々は 細い戸のすきまから
おそろしそうに わたしを見る
そして ひそひそ話をする
わたしを あわれんでくれる
ずいぶんさむい街です
あなたの背中が
わたしのお腹に くっついている
それだけのぬくもりをたよりに
わたしはこの街をあるく
わたしを売る
売り声を
あげつづける
げてもの
はい そうです 私は げてものです
あなた方が おっしゃられるとおりの
げてものです
人前に出られない げてものです
え、なんですって?
ひがいもうそう?
ああ そうかもしれません ですけど
げてものには
げてものなりの触角があって
げてものではないと いくらあなたが
私にむかって
やさしい笑顔でおっしゃられても
あなたの目は 正直に
私をげてものだと みとめています
ええ それでいいのです
否定はしません
否定はしませんので どうかもう
私を人前にひっぱり出さないでください
なにもしらない人たちの前で
名指しでそれを言われるのは
私はどうも 好きではありません
私の皮膚は ほれ
このように全身傷だらけで
これ以上 傷の上に傷を重ねると
なかなか癒えないのです
辞書を引くと
げてものは「下手物」と出ています
気味の悪い
ふう変わりなものを食べる人
そしてまた
一般の人の好まないものを愛好する人
とあります
そのとおりです わかっています
あなたは いい人です
やさしくて 上品で
あなたは 上手物を好む人です
わかっていますから どうかもう
そんなふうに 無理をして
親しみをこめて
私に近づかないでください
と こんな詩を書いて 私は
ときどき
自虐して
たのしんでいます
この自虐は 私をとても
甘い気分にさせます
ですから やっぱり 私は
げてものです
「しりとりうた」や「沈む夕日は」のような戯詩(ざれうた)も、「さむい街」や「げてもの」のような、やや暗い気持ちも、同じように私のなかにあるものです。
そしてまた、つぎの「よしきり ないた」のような詩も書きます。
よしきり ないた
よしきり ないた
あしの はかげで
よしきり さえずる
あしのは ふるわせ
あしのはかげで
はらきる おんな
よしきり さわぐ
のど ふくらませ
はらきるおんなの
しろいはら
かわべのみずに
ゆうひが もえる
ゆうひがそめる
おんなと よしきり
はらきる おんな
なにゆえ はらきる
みずに びっしょり
かみのけ ぬれて
よしきり ないた
はらきり ないた
よしきりは川辺の葦の草むらにすみ、いっしょうけんめいさえずります。よしきりは行々子(ぎょうぎょうし)と書かれ、また、ちょっとしゃれた、粋な呼び方で、吉原雀(よしわらすずめ)ともいわれます。
風俗資料館の中原館長や、Rマネが、私のこんな詩をあつめて、詩集を出してくれると言っている。
ありがたいことである。
そういう詩集がもしできたら、この「おしゃべり芝居」を読んでくださっている人に、プレゼントしたいと思っている。
(つづく)
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