2010.4.2
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百二十回

 懲りずにまた夢を


 水月影緒様。
 風俗資料館を通じての私への通信、拝見いたしました。
 水月さんも私と入れ替わるようにして資料館にお見えになられたとのこと。
 お元気でなによりです。
 水月さんにご心配をおかけしたことについて、もうすこし、申し上げねばなりません。
ナイショ話」の中止についてです。
 あの連載を始める前、こんどこそ私の永年の「夢」をかなえられると思い、ずいぶん張り切って、あれこれと願望を「ナイショ話」の中に書きならべましたが、結局、ごらんのとおり、「夢」は「夢」のまま、いま頓挫している形です。
 その理由をここに書くと、長くなり、さしさわりもあることなので控えるとして、じつは私、また新しい「夢」を、みはじめているところです。
(私も懲りない人間です。自分でも呆れるくらいですが、なにしろ私の名前が、濡木痴夢男。痴夢という言葉には、見果てぬ夢、という意味があります。見果てぬ夢をいつまでも追いつづける愚かな男、という、いささか自虐的な意味もこめられています)
 前回でも申し上げましたが、私いま、ウェブ・スナイパーというところに「濡木痴夢男の猥褻快楽遺書」という文章を連載しています。
(水月さん、お読みくださいましたでしょうか?)
 あの遺書の中にこまかくのべてあるように、私の「夢」は、いま十分にかなえられているはずなのです。
 ふつうの感覚だったら、もうこれ以上の果報はないはずです。
「濡木痴夢男」ではない、「本名」のほうの私は、「落花」さんのおかげで、もう百パーセント、いや、二百パーセントの満足を得ています。
 しかし「濡木痴夢男」と名乗る「表現者」としての血が、なかなか黙っていないのです。
 どうやら私の体内に流れる血の半分は、宿命的に表現者であるらしいのです。
 表現したいという欲望が衰え、消滅したときは、私の死ぬときなのでしょう。
 私はまだ、もうすこし生きられそうな気がします。
 で、前回にちょっとのべましたが、アメリカに住んでおられる「緊縛マニア」の男性(当然米国人だと思います)の話に移ります。
 その人物が、私つまり濡木痴夢男の緊縛の現場に接したいという願望のもとに、二カ月後に来日されます。
 話が急に現実味をおびてきました。
 ここに至るまでのなりゆきを申し上げると長くなりそうなので、省略してご説明します。
 そのアメリカ人、仮りに名前をKとします。Kの「緊縛」に対する嗜好、趣向が、私にきわめて近いということが、私に再び「夢」を抱かせた最大の理由です。
 もしKが、どこかの国の商業SM制作者たちのように、すぐに女をハダカにして縛り、足をひろげさせて何かすることを好む、どこにでもいる単純な好色人間だったら、もちろん私は、すぐに拒絶します。
 しかし、そうではない。
 どうしてそれがわかるのかというと、Kという人物は、自分で緊縛写真集を出しており、一年ほど前に、風俗資料館経由で、それを私に送ってきています。
 それはどうやら、自分の好みだけを厳選した、自費出版らしいのです。
(この写真集も風俗資料館に置いてあるので、水月さん、こんどごらんになってください。Kの縄フェチぶりがよくわかります)
 中に、日本の印刷物から転載した緊縛写真もかなりあります。伊藤晴雨のものまで紹介されています。
 私が関連した緊縛写真もあり、私自身が写っているものまで掲載されています。
 Kと私との間に、すこしばかりですが、手紙のやりとりがありました。
 私は外国語がまったくわからないので、その手紙のやりとりは、Aという東京在住のアメリカ人の女性が、翻訳その他を、Kの代弁者として、熱心に、誠実にやってくれました。
 Aも私も多忙でなかなか会うチャンスがないので、常に、資料館々長の中原るつ氏が仲介してくれました。
 申し遅れましたが、今回のKの来日の話は、このAという米国女性が、綿密な心遣いで協力してくれています。
 じつは、このAも日本の「緊縛」に、ふつうではない理解と興味を有する女性、らしいのです。
 このことについては、直接Aにきいたことがないので、まだはっきりとはわかりませんが。
 Aは名のある通信社に所属し、アメリカと日本を往復して、文化交流の仕事をしている一流のジャーナリストのように思えます。話していると、かなりの知性を感じさせます。私は信頼しています。
 Kが自費で作った写真集を見るかぎり、Kの関心はあくまでも「縄」であり、そしてまぎれもなく「緊縛」であり、縛られた女性がかもしだす「情緒」「情念」であり、そこのところが私にとっては「同志」と呼びたいような人物なのです。
 そのKが、濡木痴夢男の「縄」を見たいと言って、熱い文章の手紙を書いて私のもとへ寄越し、アメリカからやってくるというのです。
 いかがでしょうか。
 見果てぬ夢、という名前をもつ私が、性懲りもなく、こういうチャンスを得て、ふたたび夢をみるのは、仕方のないことのように思うのですが。
 こんどこそ信頼できる、堅実で鋭いSM感覚をもつ、前向きのスタッフを揃えました。
 そして、Kの切なる要望に応えて、気力を充実させて、モデル女性を縛る私の「縄」を、しっかりと撮影、記録するつもりです。
 カメラマンに、繊細なSM感覚の持主で、シャープなアングルをとらえる山芽史図さんを頼みました。
 プロデューサーに中原館長をお願いしました。るつ氏は、つねに私を叱咤激励し、ともすれば、怠けようとする私を、いつも手きびしくふるい立たせます。
 Aは当然通訳として、Kと私の意志を緊密につなげてもらいます。頭の回転がよく、気のきく彼女は、スタッフの一員として、すばらしい働きをみせてくれると思います。なによりも「SM」をよく知っていることが強みです。
 モデルはいまのところ、沢戸冬木さんにお願いしようと思っています。まだ未交渉ですが、ぜひ引き受けていただきたい。
 こんどの撮影は、濡木痴夢男は、濡木痴夢男と好みを同じくするアメリカ人、Kだけのためにモデルを縛ればよいのです。
 あるいはKもまた、ときにモデルにカメラを向けるかも知れないが、現場にいるのは以上のスタッフだけです。
 Kは、私の緊縛術をひたすら好むがゆえにアメリカからやってくるのですから、私はだれに気がねすることなく、自由にのびのびと縄を使えばよいのです。
 私は、彼が希望する緊縛を上回る「縄」を見せてやろうと思っています。これを映像化したら、これまでとはかなり違った記録映像になると思います。
 私はもう、単純に縄の使い方、縛り方の手順を説明し、モデルがそれに反応して適当に演技するだけの映像に、じつは飽き飽きしているのです。
 こんどの撮影がうまくいったら、つぎにはこのグループで、さらにおもしろい刺激的な映像をつくろうと、きのうファミレスのテーブルを囲んで、私、中原るつ館長、山芽史図カメラマン、それに早乙女宏美も参加して、大いに話し合いました。
 話はぐんぐん飛躍的に盛り上がって、四人の身辺から異様な熱気がたちのぼりました。
 やっぱり私は、見果てぬ夢を追う男だなあ。つくづく思いました。いい気持ちでした、
 水月影緒さん。
 あるいは、こんどの私のこの計画も、また「夢」だけに終わるかもしれません。
 ないかの理由が生じて、ふたたび中止になったとしても、いま現在、こういう「夢」をみて、快楽にふけるのは、悪いことではないと思いますが、いかがでしょうか。

つづく

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