2010.6.7
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百三十二回

 「人質」撮影三日前


 こんどの「人質」撮影前の心構えとして、照明がどうの、カメラマンがどうの(もちろんこれも大切だが)などと言う以前に、私自身のモンダイで、もっと深く考えなければならないことがある。
 それは「縛り」についてである。
 考えてみれば「緊縛ドラマ」と銘打っているのだから、当然「縛り」に最も意識をそそぎ、気をつけなければならない。
 うかつにも、それを怠っていた。
 いや、べつに怠っていたわけではない。
 それは私自身のモンダイだから、私自身が現場で考え、相手の動きに応じて、とっさに縄を操作すればよいと思っていたのだ。
(とっさに反応するのは私の得意技だ)
 今回は二人の女性を相手に、縛ることになる。
 その二人のリアクション次第で、縄を持つ私の動きも変わる。セリフもおそらく変わるだろう。
 その自分の反応にまかせればいい、と私は思っていた。
 それが過去五千数百回、撮影現場における私のやり方だった。
 が、ここにきて、やはり一度はそのことについてしっかりと考え、心に刻んでおいたほうがいいと思った。
 モデル女性の背後に、縄を持った「縛り係」が立つ。するとモデルは、
「待ってました」
 とばかりに自分から両手を背中にまわして、
「ハイ、どうぞ、縛ってチョーダイ」
 というポーズになる。
 なんの緊張感もない。
 そういう慣れ合いの「縛りごっこ」みたいなゆるゆるのシーンを演じることは「人質」では、絶対にやめよう、と私は改めて自分に誓った。
 縛りやすいモデルを縛ったところで「SM」にはならないのだ。
 縛りにくい女性を、なんとか縛り上げるところに「SM」の魅力、そして醍醐味があるのだ。
 わかりきったことである。
 だが、このわかりきったことが、いまの映像では、ほとんど無視されている。刺激に乏しい「縛りごっこ」ばかりである。
 私がこのことを、しつこくくり返して書くのは、ここが「人質」では、最も重要なポイントだからである。
 可愛さ余ってシリーズ・1の「人妻監禁酒場」のときでも、私はそういう慣れ合いがすぐわかるような縛りはやってないはずだ。
 誘拐され、監禁される女が、自分から両手を背中にまわすようなしぐさをしたら、ドラマとしてのリアリティ、おもしろみは、たちまち消滅してしまうではないか。
 モデルが自分から両手を背中にまわし、男がもったいぶった手つきで、その手首に縄をかける。そんな映像は、もうたくさんだ。
 縛り方講座みたいな映像は、作られすぎてしまった。いまどき、だれが買ってくれるというのだ。
(私は自戒をこめて、くり返し書く。正確にかぞえたことはないが、私だけでもその種のビデオに、千本以上出演している)
「人質」に出演される、紫苑(しおん)、冬木の二人にお願いしたい。
 今回の撮影では、絶対に自分から手を後ろにまわさないでもらいたい。
 そういう気配を一秒間でも見せたら、それを封じるために、私は二人の手首を、さらに強く乱暴につかみ、背後へぐいぐい力をこめてねじ上げるだろう。
 このとき、私が扮する「悪い男」に捕えられた女は、恐怖を感じて抵抗しなければならない。
 スキをみて、逃げようとしなければならない。
 しかし、その抵抗も、逃げようとする行動も、あまり本気でやってもらっては困る。
 ここがむずかしいところだ。
 本気で抵抗されたら、とても縛ることなんかできやしない。
(ここは「笑い」と書くべきところかな)
 もう二十年も前になるが、早乙女宏美をモデルにして、それを実験したことがある。
 おどろきましたね。
 どうしても縛ることができず、私はハアハア言って、腰をぬかしてしまった。
 女の抵抗する力は、男が想像するよりも、はるかに強い。このとき、私、肝にめいじました。
 最近でもこのことを、どこかに書いた記憶があります。
 女性に本気を出されたら、男なんかとてもかなわない。
 ですから、抵抗はあくまでも「演技」でやってもらいたいのですよ、紫苑さん、冬木さん。
 私のほうは、かなり強引に、乱暴に、あなた方を縛る。
(縛り方がきれいだとか汚ないだとか、そんな腑抜けたことは言っていられない)
 縛りながら、なにかそれらしいセリフを私は言うだろう。
 たとえば、
「おとなしくおれの言うことをきいていれば、こんな痛い目をみなくてもすむんだ」
 とかなんとか。
 そのとき、あなた方も「悪い男」に対して嫌悪と拒否の言葉を、リアルに投げつけること。
 短くていいから、真実味のこもったセリフを口走ってもらいたい。
(といっても、サルグツワのシーンが多いから、実際には声が出せないだろうけど)
 黙ったまま、「縄の味」をうっとり噛みしめるような風情なんか見せたら、私はさらに縛りの強度を高くして、真実の呻きを吐かせることになるからね。
 うっとりなんかしていたら、「縛り方講座」のときの、二倍も三倍も、ぎりぎりと肌に食い込む強烈な縛りで、本物の悲鳴をあげさせるからね。
 今回の私は、いつもの「縛り係」ではなく、女を二人も誘拐して監禁する「悪い男」なのだからね。容赦しないよ。

つづく

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