濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百六十一回
撮影まであと九日
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前回の「おしゃべり芝居」に目を通した中原るつプロデューサーから、さっそく電話がきた。
こんどの撮影の演出について、二、三話し合った。
例によって、彼女は鋭いことを言う。
「……濡木先生が最も得意にしていて、しかも濡木先生しか描けないSM心理を入れてもらえるといいですね。ビデオ映像よりもさらに刺激的な、マニア心理の微妙な興奮を誘い出すような写真集をつくりましょう」
縛ることの好きな男がいて、縛られることの好きな女がいて、それで縄を出して男が女を縛り、女は縛られていい気分になって陶酔する……なんて単純明快な図柄ではないでしょう、SM快楽の心理って……。
そんな味気ない、深みのない緊縛写真を見たって、いまどきのマニアの方たちは、何も感じてくれないと思いますよ……。
と、るつプロデューサーはきびしいことを言う。
どんなに強烈なアクロバット的な縛りを見せてくれても、それはしょせん、形だけの見世物芸であって、SM心理の妙味とか快楽とは、無縁のものである……。
私には、彼女の言いたいことがわかっている。それは、これまでにも折りにふれて何度か話し合ってきたことである。
「……セリフが入らないスチール写真だからこそ、想像と妄想によって、刺激的な緊縛写真ができるはずです。妄想と空想力を喚起しないようなものは、緊縛写真とはいわない。言葉を発しない写真だからこそ、雄弁な表現力を発揮するんです」
後ろ手に縛られ、柱につながれているヒロミ(早乙女宏美)にむかって、金貸しの田丸(濡木痴夢男)はささやく。
「……奥さん、あんたの旦那、なかなか帰ってこないねえ。腹がへったろう。そのへんのコンビニで弁当を買ってくるから、二人で食おう。……わかってるよ、弁当食うときは縄を解いてやるよ。……じゃ、行ってくるから、おとなしく待ってろよ。おっと、大きな声を出されると面倒だ、サルグツワをしていこう。……」
田丸、ヒロミの口にサルグツワをする。
「……ついでに、足も縛っておこうかな。逃げられると困るからな」
田丸、ヒロミの両足も縛る。
(こういう演出をこまかく書いているとキリがないので、当日の現場でのひらめきにまかせる)
ヒロミが縄を解かれて、弁当をたべるシーン。(ヒロミは食欲がなく、膝の上に弁当をおいて、哀れっぽくうつむいている)
田丸がふたたび縄を持って、ヒロミを縛ろうとする。
ヒロミ、観念してうなだれ、自分から両手を背後にまわす。
田丸、舌なめずりしながら、無抵抗のヒロミに縄をかけていく。
(このあたりが、緊縛シーンを観賞する側の快楽なのですよ。いってみれば、観賞者にボッキさせる重要なポイントなのです。縄をあやつる私の手指の動き、早乙女の体の反応にそのポイントがあります。アングルも大切です。山之内幸カメラマン、考えておいてください。現場でなにか思いついたら、遠慮なく言ってください。その思いつきが、うまくいってもいかなくても、私と早乙女は、すぐにあなたの言うとおりにやります。早乙女はベテランで表現力があるので、狙いどおりに、無抵抗に縛られていく従順な女の哀れさを演じてくれそうな気がします)
あきらめて、おとなしく縛られていくヒロミの姿に、田丸はすこしばかり同情したりする。
だけど、逃げられては困るので、縄はていねいに、きっちりとかける。
ヒロミの観念した表情。しかし、すきがあれば逃げようとする気持ちも秘めている。なんとかして、この男をだまして逃げてやろうという気持ちもある。
くり返すが、あきらめ、観念した女の表情と体の動きに、観賞者側のSM快楽の頂点があることを意識してシャッターを押すこと。
しつこく何度もくり返すが、縛られた女がどんなに股をひろげられて、異物を挿入されたところで、作り手がいきごむほど、緊縛マニアは感じていないのである。
幸カメラマンへ。
ヒロミが縛られているときでも、田丸の体はできる限りアングルの中へ入れないほうがいいと思います。
男の体を写真の中に入れてしまうと、邪魔になって、緊縛快楽の中心点が、どうしても散漫になります。
腕とか、手先程度だったら、入れてもいいけど。
いま、この写真集のタイトルを、ふっと思いつきました。
「女と柱」いや、「柱と女」のほうがいいかな。それとも、ただ「柱」だけにしようかな。あの、いかにもおどろおどろしい、空疎なタイトルだけはつけたくない。
あれこそ、マンネリのい極致です。
ああいうタイトルは、マイナスになるだけのような気がします。
(つづく)
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