濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百六十二回
撮影まであと八日
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なんだ、おい、どうした、弁当食わねえのか? 腹へってないのか?
ふん、せっかく買ってきてやったのに。
そうか、おれみたいな男と一緒に、めし食うの、いやだって言うのか?
ま、そうだろうなあ。
こんな状態の中で弁当食ったって、うまかあねえもんな。
食いたくなけりゃ、食わなくなっていいや。一食や二食ぬいたって、死ぬわけでもないしな。
それじゃ、わるいけど、また縛らせてもらうよ。
(田丸、ヒロミの膝の上の弁当をつかんで片付ける)
さあ、両手を背中へまわせ。そうだよ、また縛るんだよ。あんたに逃げられると、おれが困るんだ。
あんたに逃げられると、あんたの旦那に貸した百五十万を取り返す手掛かりがなくなってしまうんだ。
よしよし、すなおだな。おお、可愛らしい手首だ。そうだよ、人間すなおなのが一番だ。こんな可愛らしい手首を縛るなんて、おれはなんて悪いやつなんだろう、ふふふ……。
大丈夫だよ。痛くないように縛ってやるよ。ホラ、どうだ、痛くないだろう?
でも、あんた、こうやって縛ると、なんだかとてもかわいらしくなって、きれいに見えるよ、うふふふ……。
ところでこの田丸という男、なんのためにヒロミをこんなふうに縛って、柱につないだりするのだろうか。
いくら悪質の高利貸しでも、相手の自宅へ押しかけて、他人の妻を縄で縛って人質にするなんて、ひどすぎやしないか。
逃げられないために縛っておくというのは口実で、じつは、女をこうやって縛ることが好きな男なのではないだろうか?
そうなのだ、こいつは、女を縛ることが好きな男なのだ。
だからこんなふうに、他人の家にのこのこ上がりこんで、他人の妻を縛って、ネチネチと弁当を食いながら居すわっているのだ。
この男は、女の抵抗を封じておいて、それから、どうしようというわけではない。
ふつうだったら、縛って自由を奪ったら、つぎには女の体を犯す、という行動になる。
それが常識的な展開だ。
ところが、この男は、ふつうではない。
ふつうではないから、ただ縛っただけで、それで満足してしまうのだ。
(われながら、変なやつである)
ふつうではないから、この男のかける縄には、異様な味わいを発揮する力がある。
体温がこもっている。
オーラがこもっている。
わかる人間にしかわからない、神秘的な色と艶と匂いがこもっている。
縛ったあとで、女の股をひろげたり、異物を挿入したり、レイプみたいなことをするような男、または、そういうことをしたいと思っている男は、つまり「ふつう」なのだ。
(誤解をおそれずに言ってしまえば、つまり俗物なのだ)
「ふつう」の男が、いくら「ふつう」ではない顔をよそおって女を縄で縛ったところで、縄は「ふつう」の縄本来の働きしかしない。
四角い段ボールの箱を縛るほどの働きしかしない。「ふつう」の男ほど自分が「ふつう」ではないことを誇示したがる。
そんな男のかけた縄が、「ふつう」ではない人種(つまり真の縄愛好家)の魂をとらえることなんか、できやしないのだ。
(できると思っている人間がいたら、なんという愚かな人間だろう)
ま、そんなことは、どうでもいい。
とにかく、この早乙女宏美の写真集は、下半身をあらわにするようなシーンは、一つもないということだ。
だからこそ、最後のページ、つまり、クライマックスともいうべきラスト・シーンをどうするか、むずかしいところであります。
いや、じつは、全然むずかしくない。
早乙女宏美が、長いあいだ演じてきた早乙女宏美の殻からヒョイと飛び出して、正体を現わしたときの表情と姿態、それを山之内カメラマンがバッチリとらえてくれれば、最高に格好いいラスト・ショットになるにきまっている。
(つづく)
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