2011.6.1
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百六十九回

 ポーズ集にはしたくない


 前回からのつづき。
 中原プロデューサーがきびしい表情で、私に言う。
「……ですけどね、濡木先生、てるてる坊主がぶら下がっている家の軒先の近くに、木賊(とくさ)が群生している庭があるからといって、ヒロインのヒロミを縛ったまま、その木賊の庭へ引き出して転がすなんていうのは、写真集全体の流れからみて、不自然だと思いますよ。縛ったままの女体を、外へ引きずり出すなんて、ずいぶんひどいことですよ。なにかの理由がなければ、どんなに悪い男でも、ヒロミに対して、そんな乱暴なことはしないでしょう」
 必然的なストーリーを考えずに、背景がいいという理由だけで、モデルを意味もなく配置して撮っていたら、この数年間業界にハンランしている「緊縛写真集」と同じこと、つまり、単なる縄付き女体ポーズ集になってしまう。
 本当の緊縛写真愛好家は、いま、そういうものでは満足しない。
 縛られ、責められている女体の、その裏側にひそむ、必然的なSMストーリーを夢想するところに、愛好家が刺激される重要なポイントがある。
 もちろん、私もまったく同感である。
 私たち「ともしび」がつくる写真集は、まず、私たち自身が納得し、その出来ばえをみて楽しみ、コーフンすることを第一義としている。
 仲間以外の他人に見せるものではない。
(しかし、同好の士にこっそり見せて、どうです、いいでしょう、凄いでしょう、これが本当の緊縛写真ですよ、といって鼻を高くして自慢したい気持ちが私にある。考えてみれば、私は同好の士のよろこぶ顔を生き甲斐にして、これまで生きてきたようなものだ)

 縄で拘束された女体が、木賊の庭の中へ転がされている図柄を、カメラをかまえて、ただカシャリと撮っただけでは、緊縛写真としてのふくらみ、つまり内容の乏しいものになる。
 ふくらみが乏しいということは、作品を鑑賞する側の人間にとって、刺激も、興奮も、感動も乏しいということだ。
 鑑賞者は、やはり、責められる女の心の中を知りたい。感じたい。
 女の心と肉体の内部に入りこみたい。同調したい。同調できることが、マニアの特権である。
 真の緊縛愛好者は、すべてゆたかな空想力と、妄想力を持っている。
 空想力と妄想力の持ち合わせのないマニアは、マニアとはいえないのだ。マニアは特権階級なのだ。
 マニアは、空想力と妄想力が豊富だからこそ、興奮し、ふつうの人間には味わえない、ぜいたくな快楽の中に心をゆだねることができるのだ。
 とはいえ、物語性を感じさせない、うすっぺらな一枚の緊縛写真だけでは、得意の妄想力を働かせることはできない。
 妄想力を生みだすための、手掛かりが必要だ。

 私たち「ともしび」は、物語不在の、単なるポーズ集を否定するところから出発したのだ。
 私は考える。
 夫の帰りを待って、一人で、家を守っているヒロミという女。
 ヤミ金から百五十万という金を借りたまま、家を出て、ゆくえ不明になっているギャンブル好きの夫を、ヒロミは愛している。
 ヤミ金の男・田丸も、当然ヒロミの夫を探している。
「あんたの旦那は、いまどこにいるんだ。おしえてくれよ。このままじゃ、借金の利息が増えていくばかりだぜ」
 言いながら田丸は、ヒロミの家へ何度もやってくる。
 そして、強情なヒロミを縛って脅迫したりする。
 てるてる坊主と一緒に、縛られたまま、軒下に立たされるヒロミ。
 そして、木賊の庭に引きすえられるヒロミ。
 田丸を、そこまで興奮させ、過激にさせてしまった理由は?
(もちろん、田丸にはもともとそういう趣味と嗜好があるのだが)

 そうだ。
 じつはヒロミは、いま夫が隠れひそんでいる場所を知っていることにしよう。
 知っていて、田丸には黙っているのだ。
(ヒロミは強情な性格であり、そしてまた、夫を愛してもいるのだ)
 タンスの引き出しをあけて、現金の入った封筒をみつける田丸。
 そのそばで、縛られたままの(あるいはまだ縛られてないほうがいいか)ヒロミが、
(しまった!)
 という顔でふるえている。
 怒った田丸、ヒロミの顔の前に、みつけた十万円の金を突きつける。
「奥さんよう、この金はどうしたんだ。旦那から送られてきたんだな。ちくしょう、どうして黙っていたんだ。旦那はどこにいるんだ!」
「知りません。そのお金は、私が働いたお金です。あの人が送ってきたお金ではありません」
 と、ヒロミの必死な表情。
「まあ、いい。この金は利息の一部としてもらっておくことにして、あんたの旦那はどこにいるんだ。あんた、本当は知ってるんだろう。おしえろよ」
 脅迫する田丸。
 指の先でヒロミの顎をつまみ、上向かせたりする。
「知りません」
 拒否するヒロミ。
「ちくしょう、とぼけやがって!」
 怒る田丸。
 そして、木賊の庭へ引きずっていく、という段取りにしたら、どうだろうか。
 これだったら、田丸が怒る理由としては十分であろう。
 田丸は、前回と同じように、私つまり濡木がやる。ただし、画面には手とか足だけしか出さないようにする。
 縛られ、おびえているヒロミの身辺に、数枚の一万円札が散らばっている図は(かなりベタだけど)わかりやすくて、おもしろい場面になるのではないか。
 あと、こまかいシーンは、前回の撮影のときのように、中原プロデューサーが手を加えて、ていねいな台本をつくってくれることと思う。
 きょうは撮影二日前。
 カメラマンの山之内幸邸へ、また四人が集まります。楽しみです。
 あの人なつこい、愛想のいい、愛嬌たっぷりの、肥えた大きなネコは、元気でいるかな。あのネコにまた会えるのも、楽しみの一つです。私はネコとかイヌとかは嫌いなのだが、あのネコだけは、妙に好きです。

 いまちょっと思いついたのだが、サルグツワするとき、早乙女宏美の口の中へ、ぎゅうぎゅう詰め込む布片と一緒に、てるてる坊主もねじ込んだらどうだろうか。残酷な感じが出るような気がする。
 ていねいにシーンを書いてイメージしたけど、今回もビデオではなく、写真集の撮影なのです。
 私たち「ともしび」は、写真の撮影のときでも、しっかりと物語を構成し、こういう台本に近いメモを書いて、心の準備をします。

つづく

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