濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百七十七回
「水の感触」撮影メモ
|
|
「ともしび」制作の緊縛写真集について、中原るつ館長とひんぱんに話し合っている。
「水の感触」の台本をつくる前に、人妻ヒロミと、金貸し田丸の関係、その心理などを、改めて打ち合わせする。
「……縛ったりサルグツワをしたり、こんな荒々しい関係がつづくうちに、田丸とヒロミのあいだに、とくべつな感情が生まれて、しだいに仲良くなっていく、というようなイージーなストーリーだけはやめましょうね、濡木先生」
と、中原館長の言葉はあいかわらず鋭く、そして的確である。
「うん、そういう話の展開は、いかにもお粗末で、だれかさんがいっぱい書いている小説みたいで、いやだね」
「あら、濡木先生だって、ときたま書いてますよ」
中原館長の舌鋒の鋭さは、ときに私をたじたじとさせる。
憎み合っている男と女が、縛ったり縛られたりして接触しているうちに、慣れ合いに似た気持ちになり、いつのまにかSM的快感めいたものが入りこんできて……というようなストーリーは、いちばん類型的で安易で、たしかに台本としては楽に書けるのだ。
だが、いまとなっては、そういう話はあまりにも低レベルで、中原館長のいうとおり、おもしろくない。
そんなフォトストーリーで写真集をつくったところで、なんの刺激にもならない。
つくっても、だれもよろこんで見てくれない。
「男と女の関係は、最後まで慣れ合いにならないほうがいいと思います」
よく光る黒い大きな目玉で、にらみつけるようにして中原館長は言う。
「ハイ、おれもそう思います」
私はぺこりと頭を下げてしまう。
たしかに、男と女が慣れ合いになった瞬間にドラマとしての魅力あるSMの味は消滅する。
第一回目の「夕日の部屋」の撮影の準備段階から、中原館長はこういう的確な意見と注文を、ズバズバと積極的に私に出す。
斬新な、いいアイデアをつぎからつぎへと出してくれる。
私は感心する。
(ああ、この人はSMドラマをつくることが本当に、心から好きな人なんだな)
と思う。
ついでだからいうが、SM快楽というものの背後には、シチュエーション、つまりドラマがぴったり貼りついているからこそ、おもしろいのだ。
ドラマ性つまり葛藤のないSMなんて、いくら縛ったり縛られたりしたって「血」の出てこないテルシの芝居みたいなものだ(といっても、このギャグは中原館長と私だけしか通用しないが)。
この世界での仕事を長くやりすぎて、どうしても惰性的になりがちな私の観念を、中原館長は、つねに刺激的にリフレッシュしてくれる。
断っておくが、私はなにも盲目的に彼女の意見や忠告にしたがっているわけではない(私はそんな可愛らしい男ではない)。
彼女がうっかりまちがったことを言ったときには、ここぞとばかり猛然と反発する。
(しかし、くやしいことに、彼女はまちがったことを、ほとんど言わない。憎たらしいほど本当のことばかり主張し、私にまっこうから斬り込んでくるのだ)
こういうことを書いているとキリがないので、「水の感触」の台本にとりかかろう。
いや、まだ台本以前の、シノプシスの段階である。
つまり「覚え書き」ていどでしかない。
「水の感触」は、浴室内での水責めをクライマックスにする。
人妻ヒロミを水責めにする、その具体的なテクニック、さまざまなポーズには、私は自信がある、と前に書いた。
とはいうものの、それは文字にすることのできない、ほとんど瞬間的なポーズである。
現場へ入って、早乙女宏美をその舞台に置いて動かさなければ、実際には思いつかない。
だが、自信はある。
これは、マンネリといわれようと、惰性的といわれようと、緊縛マニアの共感を得る、鮮烈で、華麗で、刺激的なシーンをつくることには、ゆるぎのない自信がある。
これまでの経験が無駄ではなかったことをお目にかけよう。
とはいうものの、相手が早乙女宏美だから自信があるのかもしれない。
何も考えない、形だけそれらしいポーズをとる単純愚鈍モデルだったら、いかに私でも動かしようがない。
とにかく、二〇十一年にこういう緊縛写真があったということを、後世にのこるような写真を、山之内カメラマンに撮ってもらおう。
さて、ところで、人妻ヒロミを、その浴室へ引きずりこみ、監禁するきっかけである。
必然性である。
この男と女は二人ともSMマニアで、浴室でプレイするのが好きだった、というのでは、なんの刺激もなければ、ドラマ性もない。
おもしろくもなんともない。写真に撮る値打ちがない。
そういう慣れ合いの低次元シーンは、絶対に避けなければならない。
SMドラマは、結局はファンタジーであり、絵空事である。
とはいっても、ある程度はリアリティが必要である。
それがないと、つくる方も見るほうもSM心がはずまない。
考えねばならぬ。
前回の「木賊の庭」では、逃げ回っているヒロミの夫から、十万円の現金がメール便でヒロミの手もとに送られてきている。
それを田丸に発見されて、取り上げられてしまった。
数日後、つまり今回、ふたたびいくらかの金が、こっそり夫から送られてくることにしよう。
逃げ回っている夫が、またどこかの町でギャンブルをやってかせいだ金だろう。
ヒロミは、届けられたメール便の封筒の裏をかえすが、夫の住所も名前も書いてない。
そこでヒロミは玄関の外へとびだし、メール便の配達人のあとを追う。
(そのメール便の差し出し人の名前も住所も、配達人が所持している控えには記載されているはずである)
それを見た田丸は、あわてて背後から飛びかかってヒロミの手首をつかみ、玄関の内側へ引きずりこむ。ドアをぴしゃりとしめる。
声をあげて抵抗するヒロミ。
そのヒロミの口を、田丸は片手の指五本でおさえつけ、声を封じる。ハンドギャグ。
顔半分を男の太い指に封じられ、苦しそうに目や鼻をゆがませるヒロミ。
田丸はヒロミの手から封筒をうばって、それをヒロミの顔に押しつける。
「わかってるよ。また旦那からの手紙だろう。あんなどうしようもないギャンブルマニアの男でも、あんたにだけはやさしいんだな。また金が入ってるかもしれないな。金が入ってたら、またおれがもらっていくよ。あんたの旦那には、まだ百四十万貸してあるんだからな」
ヒロミは悶えて、男の指のあいだから声をだそうとする。
「おいおい、しずかにしろよ。おれみたいなやくざな金貸しにしつこくまといつかれて、近所の人に知られたら、あんただって恥ずかしいだろう」
「むむむ……」
と、それでももがくヒロミ。
「ちぇっ、おとなしくしろっていうのに!」
田丸、怒って、ふたたび縄を取り出し、ヒロミを後ろ手に縛っていく。
ヒロミの左右の手首を背中にねじりあげ、縄をかけていくところを、山之内カメラマンに順々に、ていねいに撮ってもらいましょう。
前回の「木賊の庭」では、この縛っていく手順を、あまりこまかく撮らなかったので、今回はここで、縄の運び方などをしっかり撮っておきましょう。
縛り終えてから田丸はヒロミの顔の前で、いま来たばかりのメール便の封を切る。
そして、中から一万円札を五枚取り出す。
「ふうん、こんどは五万円か。この前は十万だったな。まあ、いいや。これももらっておこう。貸してある金は、あと百三十五万だ。利子はべつだぞ。忘れるなよ。旦那に金を貸すとき、あんたは一応、保証人になってるんだからな」
田丸、五枚の一万円札を、自分のポケットにねじこむ。
それをみて、ヒロミ、思わず、
「だめ! それは取らないで! やめて!」
恨みと憎しみのこもった目でさけぶ。
田丸、その大きな声にぎくりとなって、
「おいおい、そんな大きな声をだすなよ。近所の人にきかれたら、あんた恥ずかしくて、ここに住んでいられなくなるよ。それじゃ困るだろ。あんたがこの家に住んでいるのは、いつかは旦那がここへ帰ってくると信じて、それで待ってるんだろう、え、そうだろう、違うか?」
それでもヒロミ、何かを訴えようとする。
「しようがねえ女だなあ」
田丸、古ぼけた手拭いを取り出し、ヒロミの口にサルグツワをする。
はじめに、唇をひらかせ、その間に細く噛ませる一本のサルグツワ。
その上から、かぶせるようにして、べつの手拭いで、顔半分をおおうサルグツワ。
それでも声をだろうとしてもがくヒロミ。
憎しみと恨みの目を田丸にむけ、はげしく体をくねらせて抵抗の姿勢をみせる。
サルグツワの下から、声がもれる。
田丸、舌うちして、
「うるせえなあ、いつまでバタバタしてるんじゃねえよ。もういいかげんにあきらめろ」
いいながら、ふと浴室のドアに目をやる。
「すこしあの中へ入って、頭を冷やしてろ」
田丸、あばれるヒロミを浴室のドアの前まで強引にひきずっていく。
この引きずり責めのシーンは、前回とちがうポーズとアングルでやりましょう。
浴室のドアの前の、ヒロミの不安と恐怖の表情。
浴室の中へ押し込めて、この男は自分に何をしようというのだ!
ドアが半分あけられ、押し込もうとする田丸、抵抗するヒロミのポーズ。
しぶとい人妻の抵抗に、しだいにイライラしてくる男。
自分に弱みのある女は、ここまでくればたいていはあきらめて、なんでもいうことをきくようになるんだが、見かけによらずこの女はしぶとい。ちくしょう、どうするか、おぼえていやがれ!
これからはじまる水責めは、とても台本にはこまかく書けない。
たとえば机龍之助か、眠狂四郎みたいな着流しの浪人者に扮したテルシが、五、六人の敵に囲まれる。
敵方はいっせいに刀をぬいて、テルシ一人に襲いかかる。
それを一剣ぬきうちざま、数秒間のうちに五、六人を斬り倒し、ぬいた刀をパチンと鞘におさめて、格好よくポーズをきめる。
この数秒間(十秒たらず)のチャンバラの情景、その段取りを、こまかく文章に書けますか?
まあ、書いて書けないことはないけれど、読む人にとっては、それほどおもしろいものではない。
殺陣(タテ)も責め場も、たいていの場合、見るものであって、読んでもたいして興奮はしない。
どうしても書けとおっしゃるのでしたら、殺陣も責め場も、稿を改めて書いてみましょう。
私、じつは、殺陣だってすこしはできるのです。
(以前この「おしゃべり芝居」の中で書いた記憶があります)
私と早乙女宏美は、おたがいの頭脳にひらめくままの水責めのポーズを、風呂場の中でつぎつぎに変え、迫力のある、そして美しいシーンをつくりあげていく。
サルグツワをされたままで、髪の毛から水をかけられ、びしょぬれにされて悶える人妻ヒロミ。
その被虐的な、哀れにも美しく、凄惨な女の表情のアップ。
さまざまなポーズが、浴室の中で展開し、やがて息もたえだえになって田丸の足もとに這い寄ったヒロミが、憎悪の目で男の顔を見上げるシーンで、今回の撮影を終わることにしましょう。
撮影の覚え書き、つまり、演出メモのようなつもりで書きはじめたのだが、いつのまにか台本に近いような形になってしまった。
このメモに、前回のように中原館長のこまかい神経でいろいろ補足してもらって、きちんとした台本が完成すると、「ともしび」全員がまた張り切って、楽しく充実した撮影ができるというものです。
(つづく)
濡木痴夢男へのお便りはこちら
|