濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百七十八回
水責めの話あれこれ
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前回の「おしゃべり芝居」を読んだ山之内幸カメラマンから、FAXを使っての返事がきた。
この反応の早さはうれしい。
改めて書くまでもなく、山之内幸氏は、私たち「ともしび」同人の主要な一人である。
そして写真集「夕日の部屋」「木賊の庭」の撮影には、ご自分の住居を提供してくださっている。
ありがたいことである。
そして、こんど撮影する「水の感触」も、山之内邸をお借りする手筈になっている。
つまり「ともしび」発足記念の写真集は、三作品とも撮影場所は山之内邸ということになる。
そして、もちろん、カメラは山之内氏自身である。
山之内カメラマンからいただいた返信のうち、今回の「水の感触」撮影の部分を、ここに紹介させていただく。
(前略)
お風呂場での水責めのシーンは、濡木先生と早乙女宏美さんに、役になりきって演じてもらえば、その細かい部分は、台本になくてもよいと思います。
人妻ヒロミがびしょ濡れになる哀れで美しい姿は、もう先生と早乙女さんに委ねてしまっていいのだと、私は思います。
ただ、金貸しの田丸が、人妻ヒロミを浴室に押しこめて水責めをする理由。
そこまでに至る二人のドラマが、わかるような、わからないような……。
(家の中のどの場所で、どう撮るのかが、イメージしにくい気がします。……そんなことないですか?)
今度こそは、絶対にお金をとられたくないヒロミ。
だから、前回にも増して、田丸に対して、強情なほどの抵抗をするのだと思います。
一方、田丸は"チクチョー!"となって、ヒロミに酷なことをする訳なんですが、それを前回とはちがう形で……今回は、田丸とヒロミのせめぎあいを、ねっちり重点的にしないと、浴室での水責めまでにならないのではないかと思ったりしました。
前回は、引きずってヒロミを庭に出しました。今回は、浴室にヒロミを押しこめる。
水責めも今回の撮影のメインとなるのですが、その前にもうひとつ、何か核を明確にさせたいです。中原さんと話してみます。
彼女はまた、ちがうことを考えているかもしれません……。
山之内カメラマンからの通信は、以上である。
「ともしび」同人の諸氏それぞれが、このように写真集制作に情熱と愛情をそそいでおられる。
私のような無力な人間にとって、この上なく貴重でありがたい存在である。感謝せねばならない。
中原館長も山之内カメラマンも、次回の撮影で、私が浴室での水責めにこだわっていることが、どうやら疑問らしいのだが、それについて書いてみよう。
ひとことで言ってしまうと、私は水責めが好きなのである。
好きというより、嫌いではないのである。
私が嫌いなのは、女体を打ったり叩いたりして痛めつけることである。
要するに、女性の肌に実際に傷をつけるようなことは嫌いである。
女性の肌というのは、つねになめらかで、すべすべしていて、清潔感を保っていて、傷あとのない人でないと、どうも好きになれない。
水責めは、つめたいのを我慢してもらえば、見た目には非情な迫力がある。
いくら水をかけても、それで肌を痛めるということはない。
頭から体じゅうを水にぬらして、髪の毛の先端から水滴がしたたり落ちる眺めは、女体が縛られている場合、とくに見た目に凄惨苛烈なリアリズムがある。
だが、繊細で流動的な水の反射にはドラマティックな詩情を感じさせる。
残酷だが華やかさがあり、カメラマンがうまく撮ってくれると、見る人の心をゆさぶる「絵」になる。
流れ落ちる水の動きと、それに反応する女体には、見ていて浮き浮きさせるようなドラマ性のあるところが、私の好きな理由である。
ただし、水責めの場合、縛り方にいささかのコツを要する。
それさえ心得ておけば、女体に傷がつくということはない。
こまかく説明すると、縛った縄が水を吸って硬くなり、そのまま締まって女体に深く食いこみ、解きにくくなるということである。
縄の種類によっては、金属のように固くなって、どうにも解けなくなる。
水をふくんだときに縮むその度合いを前もって測り、十分に注意しながら縛らなければならない。
したがって、心得のない人は、やらないほうが無難である。
見た目には、リアルな迫力があって残酷だが、解くときは、たとえ水にぬれて固く縮んでいても、ハラリと女体を離れる、という縛り方をしなければならない。
その方法については、これまでにずいぶん数多くの雑誌に書き、また映像にも説明してきたので、ここでは省略する。
後ろ手に縛られた女性が、頭から水を浴びせられるという情景は、悲惨であり、また美しい。
その瞬間に、トリックはない。リアルである。リアルでしかない。
このときの女性の表情が、被虐美に輝いていて、まことにいい。
「水の感触」では、人妻ヒロミは着衣のままで、水責めにされる。
下着にもならない。日常のままである。
ドラマの流れからいって、怒った田丸がヒロミを浴室へつれこみ、水責めするのに、下着にしたり裸にするのは、おかしい。そんなヒマはない。
というよりも、これは私、つまり濡木の好みなのだが、裸や下着姿よりも、日常の着衣での水責めのほうが、じつはエロティックなのである。
(浴室でハダカになるのは、考えてみると、あたりまえの話だ。SMの魅力は、あたりまえのことを拒否しているところにあるのだ)
「水の感触」というタイトルは、じつはずいぶん考えた。
「水の○○」の○○の中に、何種類もの文字を入れ、目の前にならべてみた。
結果、「感触」にした。
この組み合わせは、あるようで、ない。
感触というのは、水にぬれた服が、女体に貼りつき、それによってエロティシズムがくっきりと露出する、という意味がある。
このタイトルを見て、中原るつ館長は、
「いいわ、これはいい!」
と言ってくれたが、彼女の心には「感触」という文字がどう映ったか、それはわからない。
話がいつのまにか横道に外れて、製作者側の内輪話になってしまった。元へもどす。
金貸しの田丸が、ヒロミを浴室へ引きずりこむのは、サルグツワをしていても本気になれば声を出して他人を呼べることはわかっているので、近所にきこえるのをおそれるためである。
こんな情景を他人に見られたらまずいという気持ちは、むろん田丸にもある。
ヒロミも、たちのよくない高利貸しから夫が借金し、姿を隠して逃げ回っているなどという恥ずかしい事実を、近所に知られたくない。
だから、田丸の理不尽な行為にも、じっと我慢して、何をされても無抵抗をつづけ、声を出さないようにしている。
ヒロミの夫はギャンブル狂のしようのない男だが、本気でヒロミには惚れていて、儲かったときには、これまでに、じつは何度か送金してきているのだ。
その金を、田丸には二度みつかってしまったが、他にも夫から送ってきた金があり、ヒロミはひそかに隠している。
その金をしっかりまとめておいて、チャンスがきたら、それを持って、この家から黙って遠くへ逃げていこうと思っている。
ヒロミの強情さ、我慢づよさには、そんな決意が裏側にひそんでいる(のかもしれない)。夫なんかもう見限っているということだ。
が、いまはそこまで説明する必要はないし、それを写真で説明するのは無理というものである。
こういうストーリーの展開を心のどこかに持って、出演者もスタッフも、「水の感触」の撮影準備にとりかかっているところである。
(つづく)
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