2011.10.6
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百八十一回

 「水の感触」撮影二週間前


 前回でもちょっとのべたが、今月は私、ちがう舞台に、二度立たねばならない。
 そのためのけいこが、連日のようにある。「いそがしい」という言葉は、あまり使いたくないのだが、要するに多忙であり、いまのところ時間がたりない。
 そこで、中原るつ館長と、山之内幸カメラマンに、未撮影の写真集「水の感触」の私が書いた台本、構成などの、たりないところの補足をお願いした。
 二人ともあいかわらず多忙なのだが、わずかな間隙を縫うようにして顔を寄せ合ってくれ、二人だけで撮影台本の補足を、しっかりとしてくれた。
(ほんとは早乙女宏美もこの場にきてくれるといいのだが、彼女もじつは、責任のあるたいせつなステージを目前にひかえて、その準備とけいこのために時間が調節できない。とにかく「ともしび」の同人たち、それぞれにいそがしい)

 その早乙女が出演する舞踊ショー(しかもソロで踊るのだ。どんなに多忙でも、仲間としてこれは見なければならない)の当日、中原館長と山之内カメラマンと私の三人は、彼女の出演場所近くの麻布十番のレストランに開演二時間前に集まり、夕食をしたためながら、さらに「水の感触」の撮影打ち合わせをした。
「この前、山之内さんと二人で検討して補足した撮影メモがこれです。見てください」
 ワープロできれいに打ち出されたその台本を、中原館長が緊張したこわい顔で、私の目の前にさし出した。
 それはつぎのようなものであり、私は読みながら、一つ一つ、ウン、ウンとうなずき、OKを出していった。

ともしび撮影第三回「水の感触」(中原・山之内の撮影現場での補足メモ)

★導入シーンに変化をつけたい。
・これまで撮った二回とは異なる、「水の感触」ならではの、スリリングで、不穏な始まりにしたい。
・物語の中での必然の縛り。三部作として連続するそれぞれの物語の特徴を明確に。人妻ヒロミと脅迫者田丸の双方の心のせめぎあいによって異なる表情・情感、その豊かなイメージ、ドラマチックで濃密な縄の物語を丁寧にじっくりと撮る。
★今回はお金を小道具に使わないことにしたい。
水責めが、田丸の「ただの怒り」ではなく、「自白の強要」という、しっかりした目的をもたせるために、今回の小道具は、ヒロミの夫からの手紙。

――シーン・1 家の外。
「水の感触」のはじまり。
「捕らわれる」「声を封じる」その瞬間。
 これまでさまざまな表情で撮ってきた「捕らわれている」「声を封じられている」状況とはちがい、三作目は「その瞬間」の緊張感・スリルを撮ってみたい。

・買物から帰ってくるヒロミ。何もしらぬげに、ささやかな日常の雰囲気。
・物陰(プロパンガスのボンベの陰)で、ヒロミを待ち伏せしている田丸。
田丸はポストから勝手に手紙を入手している(それはヒロミの夫からの手紙である)。
・ぬっと出てくる田丸。
・ハッとするヒロミ。
・とっさに背を向けて逃げようとするヒロミ。
・その瞬間、ヒロミを羽交いじめにして(あるいは背を向けて逃げるヒロミの腕をつかみ)強引なハンドギャグ(捕らわれる瞬間)。
・そのままヒロミを、ドアまで引きずるようにして歩かせる。鍵をあけさせて家に入らなければならない。
・ヒロミに鍵をあけさせる。家の外でもあり、近所の人の目もあるので騒ぐこともできず、恐ろしさと嫌悪を押し殺し、神妙なヒロミ。
・このとき、田丸は必ずヒロミの腕(あるいは手首)を放さないこと。
縄で縛ってはいないけれど、ヒロミは心理的な脅迫で手を拘束されている。
「はい、どうぞ」
では、勿論ない。
「ねじあげる」
でもない。静かだけれど、その後を予感させる「手を握られる」という行為。
じわじわと、せまりくる恐怖のイメージ。

――シーン・2 家の中に入る。
 二人が話し合うシーン。
 その後の水責めへとつながる田丸の怒り、それを増幅させるヒロミの表情を、きちんと撮る。

・家の中に入ったとたんに、田丸の手をふりはらうヒロミ。
・ポストの中にあった夫からの手紙を手中にしている田丸(ヒロミはこのことをまだ知らない)。
そのヒロミの態度に怒り、柱まで引きずるようにして連れていき、縛り上げる田丸。
(今回は腕を柱の後ろに回す)
「夕日の部屋」のように、放置するためではない。
これからヒロミを脅迫する(夫の隠れ場所を白状させる)ための縛り。
(郵送されてきた封筒の裏に、夫の名前はあるが住所は書いていない)
縛ってなにかする、のではなく、縛ること、そのことが、ヒロミに白状を迫る責めであるような、むごたらしい雰囲気を出したい。
・持っていた手紙を出して、ちらつかせる田丸。おどろくヒロミ。
読まれたくない。たいせつな手紙。
取り返したい。そんな気持ちでもがくヒロミ。
・「強情な女だ」と田丸。
・田丸に対するヒロミのさげすみの目。
これまでのように「居場所を教えろ」と脅すだけならば、柱に縛りつけたまま、執拗にねちねちいじめるだけでもいい。
しかし、ここで田丸に「ただ脅す」だけではおさまらないほどの「怒り」が生まれる。自白させるために、
「もっと責めてやる!」(これが水責めになる)
と思わせるほどの、男に対するヒロミの冷ややかな軽蔑の目。

――シーン・3 風呂場(水責め)
 ヒロミをじっくり監禁・幽閉するためでなく、水責めにするために引きずってくる場所である。
 何をされるのか、恐怖とともに、田丸への怒り、夫の隠れ場所を守る決意とが、ないまぜになって、引きずられ、抵抗するヒロミ。
 抵抗むなしく、蛇口に縄をつながれてしまうヒロミ。
「すなおに言わないから、こんなことになるんだ、早く白状しないと、もっとひどい目にあうぞ」
 と、田丸の水責めがはじまる。

 以上の「撮影メモ」を一読して、中原館長と山之内カメラマンが意図するところ、狙いが、大体わかった。
 これはメモであり、台本ではないので、スタッフ以外の人が読むと、多少わかりにくいところがあるかもしれないが、私たちには現場の情景が目に浮かぶ。
 私はむろん、この現場メモの主張に賛成である。このとおりにやりましょう。
 なによりもうれしく、ありがたいのは、この作品に対する制作者中原館長と、山之内カメラ氏の情熱が、多忙な中にあってますます燃えさかっていることである。
 脅迫者の田丸が登場するシーンを、これまでとはちがう場所から、というアイデアもいい。
 ただ、これは動画映像ではなく、あくまでも緊縛写真なので、男の体を前面に出さないほうがいい。
(この脅迫男に扮するのは、むろん私なのである)
 原則として、早乙女宏美の一人芝居のような形にしたほうがいい。
 撮影場所が、第一集、二集(現在編集中)と同じであり、ヒロインもシチュエーションも同じ、なによりもストーリー自体が第一集からのつづきなので、私が書いた台本と、内容的にはさほどの変わりはない。
 変わりがあるとすれば、ヒロインである早乙女への要望が多くなったことであろう。
 驚愕、不安、戦慄、恐怖、苦痛、憎悪、軽蔑、抵抗、忍耐、呪詛、その他もろもろの感情を、人妻ヒロミは明確に、リアルに表現しなければならない。
 顔の表情と、「縄」による全身の反応、その感覚を総動員して、濃密に表現しなければならない。
(考えてみれば、これはあたりまえのことなのだ。これまでの緊縛写真のモデルたちの表情が、あまりにも類型的であり、魂を感じさせない無感動なものだったのだ。私たちSM商品制作販売人たちがつくってきたのは、真の魂を見せない、形骸だけの緊縛写真や、SMビデオ映像だったのだ)
 責められる女の表情の変化とともに、それを的確に写さなければならない山之内カメラマンの使命も重大である。
 対象にむかって、ただシャッターを押せばいい、というものではない。
 カメラマン独自の個性、感性をもって撮るべき相手の心情を、より深く、より鋭く表現しなければならない。
 作品の出来、不出来は、結局カメラマンの腕次第、ということになる。

「濡木先生だってたいへんですよ。手の先、足の踏んばり方、肩にも腰にも力をこめ、魂をこめてもらわなければなりません。いくら早乙女さんが迫真の表情をみせても、先生の縄に魂がなかったら、これまでの緊縛写真と同じことになりますよ」
 と、中原館長はあいかわらず、キビシイことを言う。
 中原館長と山之内カメラマンの二人が同じ机に向かい合って、いろいろ討論しながら書きとめた「水の感触」の撮影メモを、こうやって「おしゃべり芝居」の中に、私が書き写しているうちに、ようやく彼女たちの一生けんめいな気持ちが、愚鈍な私にもわかってきた。
 従来の緊縛写真に登場している女性たちの、あまりにも型にはまった、画一的な表情、無感動な表情。
 あるいは、いかにも作られたウソっぽい表情(顔だけでなく、全身の表情がウソっぽい)。
 あのむなしい写真群の同調者には、中原館長も山之内カメラ氏も、どうしてもなりたくなかったのだ。
 なんとかして、ああいう写真群から脱却したい、という、せつせつたる意欲の表われが、この撮影補足メモであった。
(たしかに、私自身が長い間の過去の習慣で、ちょっと油断すると、ああいう以前のイージーな撮影現場の意識にもどってしまう)

 わかりました。
 二人の、わが同志よ。
 こんどの撮影は、私もこの「補足メモ」にしっかり焦点を合わせ、精神を集中させて、私本来の縄の掛け方をしてみせよう。
(この「ともしび」制作の写真集が、従来の緊縛写真集と同じ傾向のものになったら、私にとって、こんな悲しいことはない。なんのために「ともしび」を発足させたのか、その意味がなくなってしまう)

 そして、早乙女宏美よ。
 私と早乙女は、SM商品制作現場におけるモデルと縛り係の関係で、長い年月を同じ世界の中で送ってきた。
 何百枚、あるいは何千枚の写真を撮ってきた。
 だが、「夕日の部屋」「木賊の庭」そしてこんどの「水の感触」こそが、早乙女宏美の本当の代表作になることを、私はここに予言しておこう。
 早乙女の代表作ということは、私にとっても代表作なのだ。
「水の感触」の撮影は、あと二週間後にせまっている。

つづく

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