濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百八十八回
「幕末太陽傳」と穴子丼
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日活映画「幕末太陽傳」を見にいきました。同行者はいつものように中原館長です。
「七人の侍」を見てから、まだ一週間とたっていません。
いま私が持ち合わせている知識を、(わずかばかりのものですが)なんとか中原館長に伝えようとしています。
先のない私の使命だと思っています。
彼女は、私が伝えようとするものを、鋭く豊饒な感覚で、二倍にも三倍にもふくらませて深く受けとめてくれ、理解してくれるので、とても張り合いがあります。
「七人の侍」や「幕末太陽傳」をくり返して見ることは、当然、私自身の勉強になります。結局は私自身のための勉強です。
いいものは、何度くり返して見ても新しい発見があり、老いて衰えがちな気力をふるいたたせてくれる生命力があります。
「幕末太陽傳」、やっぱりおもしろく、緻密にできているので、一秒間も目を離せませんでした。
一九五七年に封切られた当時から「七人の侍」同様、何度かくり返して見てきましたが、これまではフランキー堺の、役柄をよくのみこんでいる軽妙洒脱な演技に感心するだけだったのですが、今回は台本の手の込んだ隙のない構成に、改めてうなりました。
よく知られている廓噺(くるわばなし)のうち「居残り佐平次」を軸にして、「三枚起請」「品川心中」をつなぎ合わせたストーリーですが、他に「五人廻し」「おせつ徳三郎」「お見立て」などを混入させており、上方落語の「親子茶屋」めいたエピソードもすこし入っています。
さらに「文七元結(ぶんしちもっとい)」まで、まことに器用に、無理なく、ごちゃまぜにして盛りこんであります。
脚本には三人の名前がありますが、その中の一人は、のちの巨匠・今村昌平でした。
「品川心中」の貸本屋の金蔵は、小沢昭一よりも、新宿の末広亭で、志ん生がやった金蔵のほうが、私には十倍も二十倍もおもしろいと思われましたが、映画ではこの話をメインとしてないので、仕方がありません。
中原館長は、純粋に映画鑑賞者として見てくれ、そして、やはり私以上に率直に感動してくれました。
彼女の鑑賞眼を、私は他のだれよりも信頼しています。
見終えたあとで彼女が買ったプログラムに、この映画の中で使った品川の遊女屋「土蔵相模」のこまかい設計図が掲載されていました。これは心利いた誠実なプログラムの編集で、感心しました。いい資料になります。
精巧によくできた大仕掛けの二階建ての遊女屋のセットの図面です。
図面も実物もていねいな仕事で、重厚に作られていて好ましいリアリティがあり、それを見るだけでも楽しかったのですが、私は東神奈川の東京湾に近い場所に保存されているホンモノの、その種の古い大きな木造の建物の中で、実際に働いたこいとがあります。
何年か前、映像制作会社シネマジックの撮影で、数日間使わせてもらったことがあるのです。
髪脂や脂粉の匂いがしみこんだような黒光りする古い木の板の幅広い階段や廊下、何十枚という畳が敷かれた大広間で、ドラマを作りました。
私は撮影スタッフの一人です。
この古い大きな木造家屋自体に、圧倒的な存在感があり、私たちが作るドラマの影がうすいもののような気がしました。
むかしここで働いていた女性たちの厚底の草履の音がペタンペタンと鳴りひびくのが聞こえてくるような、広くて長くて、磨きぬかれた板の廊下でした。
その雰囲気に頭がボーッとなるくらいにうっとり陶酔した私が、「縛り係」という身分も忘れ、廓の世界のしきたりや言葉使いなど、なまいきにも、あれこれ監督に口出ししてしまいました。
さぞ、うるさいやつだと思っていたことでしょう。
だけど、この時代の、こういう特殊な世界のことを描き出そうとするのだったら、常識として、この程度のことは知っていてもらいたい……。
や、調子にのって書いていると、本筋から離れて、なんだか「菊吉爺(きくきちじじい)」みたいな口調になってきそうです。
で、話をもどします。
川島雄三が「幕末太陽傳」で描いた品川宿の飯盛女郎(めしもりじょろう)、そして彼女たちに群らがる男たちも、黒沢明が「七人の侍」で描いた貧しい百姓や侍たちも、ふつうの一般常識人からみたら、平均的なグラウンドからはずれ、ハミ出した人間、といっていいでしょう。
そしてまた、都築さんが文章とカメラで、好んで熱っぽく描き出す人間たちも、これはもうタイトルどおり、アンダーグラウンドの住人そのものであると思います。
(このアンダーグラウンドとは、貧富や貴賎の差とは関係なく、その精神、生きざまのことです)
告白しますと、じつは私は「七人の侍」にも、「幕末太陽傳」にも、濃厚で底の深いSM性を感じているのです。
SMの快楽が感じられなければ、私は「七人の侍」や、「幕末太陽傳」を、五十年以上前に封切られたときから、今日までの長い年月、上映のチャンスがあるたびに映画館に通い、十数回もくり返して、興奮して楽しんで見るようなことはないはずなのです。
これらの映画の味わいは、ひとことで言ってしまうと、身も心も究極の危機的情況に追い込まれた人間たちの、もがき、暴れ、ヒイヒイ泣き叫んで逃げ惑い、抵抗したりする切実な姿を、深い洞察力と分析力、強く同情と愛情をもって描かれているところにあります。
その喜怒哀楽を、具体的に見せてくれる芸術家の表現力が、すぐれていれば、すぐれているほど緊迫感があり、魅力的であり、観客にはおもしろいのです。
観客の一人である私には、SM的快楽となって興奮させてくれます。
「七人の侍」も「幕末太陽傳」も、中原館長がこの世に生をうける、はるか以前に作られた映画です。
それなのに(というか、それゆえに、というべきか)これらの作品を見終えたあと、私以上の強く激しい感動を、彼女が得ているということは、私と同じ感覚の持主と思わずにはいられません。
感動の種類と内容が同一のところにあるので、私にとってはもちろん「我が意を得たり」と手を握りしめたい気持ちで、うれしくなります。
この種の映画演劇に同行をお願いする由縁です。
二作品の他に、私が過去に強いSM的刺激をうけた古い映画は、まだ数多くありますので(たとえば成瀬巳喜男の「浮雲」とか)上映してくれる映画館があったら、またお誘いして見にいくと思います。
「七人の侍」を見終えて、すぐに都築さんの写真展へいって、都築さん出演のトークショーを拝見し、映画と同様同種の感動を得たことは、前回と前々回にすこし書きました。
それから四、五日経って「幕末太陽傳」を見たときも、やはりこの映画から、同種のSM性を改めて感じとりました。
中原館長も、同じように感じられたと思います。
(いや、おそらく私よりも強く深く感じられたと思います。私は過去に何度も見ていて免疫ができていますが、彼女は初めてですから)
映画を見終えた直後、免疫ができていても私は興奮さめやらず、新宿駅西口の「想い出横丁」に中原館長を誘い込み、腰のまがったお婆さんがウェイトレスをしている店のカウンターの隅にすわりました。
穴子天丼の穴子の天ぷらを二人でサカナにして、私はレモンハイを、彼女はウーロンハイを飲みながら、いま見てきたばかりの、居残り佐平次が小気味よく活躍するドラマを、語り合ったのでした。
ですがこのとき私は穴子の天ぷらを箸でつまみながら、歌舞伎の「河内山と直侍」の中の「入谷(いりや)」の蕎麦屋裏の場で、おたずね者の片岡直次郎と暗闇の丑松が、人目を避け語り合う場面、
「町と違って入谷じゃあ、食物見世は蕎麦屋ばかり」
「天か玉子の抜きで呑むのも、しみったれたはなしだから」
というセリフを、頭のすみで思い出していました。
「幕末太陽傳」のラストシーン、居残り佐平次が品川宿を抜けだして、かなり重くなっている肺病をなおしに、横浜にいるヘボン医師のところへ駈けていく海辺の、行く手にひろがる不気味に曇った空と、「入谷」で、役人に追われている直次郎が、暗い宿命を背負って、雪の中を裸足で逃げていく幕切れとが、奇妙に重なっていたのでした。
(そういえば、あの「入谷の寮」での、三千歳とのせつなく悲惨な別れは、SM味たっぷりのドラマです)
私はいま、WEBスナイパーというところに「濡木痴夢男の猥褻快楽遺書」というエッセイを書いています。
パソコンのネットでしか見られない文章です。でも、きちんと原稿料をもらっています。
月一回の連載で、もう二十八回目になります。
最近、少年時代の私が、敗戦直後の、焼け残ったわびしい映画館の片隅で、スクリーンをみつめながら、自慰行為にふける日々のことを告白しはじめました。
はるかむかしのこととはいえ、これはとても恥ずかしく、よほどの勇気がなければ書けません。
この勇気を私に与えてくれたのは、じつは都築さんなのです。
(ただし、ご当人に、その意識はないかもしれません。きっと、ないでしょう)
都築さんは、私の住んでいるアパートへお出になり、私が原稿を書く部屋や、ベッドや、台所や浴室の写真を撮りながら(ちくま書房刊・都築響一著「珍日本超老伝」という文庫本をご参照ください。私や私の部屋の写真がいっぱい掲載されています)私が指し示す、私の過去の資料をごらんになり、
「濡木さんの、そもそもの出発点をもっと知りたい」
と、好意と包容力に充ちた、とてもいい、魅力的な笑顔で、熱心に言われるのです。
それは敵ではなく、あきらかに味方の、誠実な笑顔で、その真摯な迫力に私は押されました。
卑猥な好奇心を、作り笑顔でごまかして、味方に見せかけて、べったり接近してくる「敵」に、私はイヤというほど数多く会ってきました。そういう気配が都築さんにはありませんでした。
「うんと若いときの、最初のきっかけを知りたいのですよ」
表現はちがうが、そういう意味のことを再度きかれて、私はいちばん恥ずかしいことを、WEBスナイパーに書く気になったのです。都築さんに読んでもらうために。
その項を書き始めてみて、いま私はよかったと思っています。新しい勇気を得ることができました。
私は「七人の侍」や「幕末太陽傳」のような映画にSM性を感じて陶酔しますが、同時に批評家などにはまったく評価されない、いわゆるB級C級の通俗娯楽映画を見ても、その中に一秒間でも二秒間でも「縛り」のシーンが出てくれば、上機嫌になって、立派に興奮します。
エネルギーが充実している若いときには、とくに強くその傾向がありました。
「幕末太陽傳」や「七人の侍」にSM的陶酔を感じてしびれる私も、通俗きわまるチャンバラ映画の一場面に、露骨に興奮して股間を勃起させる私も、まぎれもなく、同じ人間なのでございます。
なんだか話があちこちに飛んで、とりとめのない文章になってしまいました。
私の意とするところを、おくみとりくだされば、幸いに存じます。
(つづく)
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