2012.4.20
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百九十五回

 「東京右半分」の美しさ


 N・M子様。
東京右半分」(都築響一著)ご恵贈ありがとうございました。
 ずっしりと手に重い御本、上質アート紙、五七五ページ(定価は六千円)。手に重いだけでなく、やさしく生きている人々の息遣いが、心にもずっしりと重く、潤いをもって迫ってくる、すばらしい御本です。M子さん、都築さんと組まれて、あなたはまたまた立派なお仕事をなさいましたね。
 先日日本橋でお会いしたとき、あまりにも美しく洗練されて、知的に輝いているあなたのお姿をみてびっくりしましたが、こんなにも充実した、いいお仕事をなされているのですから、それも当然だと思います。
 いっぱしの評論家を装って、たまには襟を正してこの御本の感想をのべさせて頂こうと思ったのですが、それでは私らしくないのでいつもの調子で書くことにします。
 いちばん痛切に感じたのは、この御本の内容の誠実さです。ウソとか誇張とかいうものがないのです。一つ一つが正確なのです。
 作品というものは、結局、作者の心そのものなのだなあ、と、あたりまえのことを改めて感じました。
 都築さんのご性格の誠実さが、いかにホンモノか、それは対象を誠実に表現しようとする姿勢が、単なる誠実性を超えて、対象の真実の核にまで、しぜんに迫っているところに現れています。
 比べて(比べることが大体まちがっているのですけど)私はいつもウソばかりを書いている。やることなすことウソばかりです。都築さんの文章や写真をみていると、自分がいかに軽薄な、ウソつき人間かよくわかります。
 自分の軽薄さ、下賤さを承知しながら、それをなおそうとせずに、あいも変わらず、小手先の器用さで世間をごまかし、生きています。
 ですから、この御本のように、真っ向うから本当のものを見せつけられると、もういけない。
 腐ったハラワタのようなおのれの醜さが露呈して、居ても立ってもいられない。
 といったところで、この軽薄さ卑賎さを、いまさらどうすることもできない。もう年ですからね。半分死んでるようなものですからね。
 や、これでは「東京右半分」の感想文になりませんね。いやいや、常日頃傲慢不遜な私に、こんな劣等感をさらけださせてしまうところに、この御本のすばらしい価値があるのです。ですから、これも感想文とうけとってください。思わずこんな懺悔文になってしまったのも、この御本の圧倒的な魅力のせいなのです。
 ご縁があって、この「東京右半分」の中に、私が登場しているページがあります。私の全身が写っているページがあり、横顔の鼻だけが写っている小さなカットもあります。
 私の姿は見えなくても、微妙なつながりのあるページもあります。
 その撮影の現場で、あるいは撮影以外のときにおいても、著者である都築響一さんと、編集者であるM子さんと私は当然お会いして、言葉を交わしています。
 この「東京右半分」の制作担当者として、裏側で実務を支え、厚い一冊にまとめあげたM子さんの細心でエネルギッシュな活躍ぶりを、一端だけですが、私は実際に見ています。
 常識的にいって、普通では入りこめないところに、M子さんは勇敢に、あるいは平然と踏み込んでいます。凄い腕力です。とてもかなわない。尊敬するより他はない。
 私みたいな通俗人間は、すこしでもマシな仕事をするときは、なんとか自分を見せようとして、そのへんをうろちょろ歩き回ってしまう。とても縁の下の力持ちでは満足できない。M子さん、あなたはやっぱり偉い人だ。「裏方」に徹し、表に姿を見せないところが、じつに奥ゆかしい。
 裏方が姿を見せないことによって、この「東京右半分」に登場する一〇八の愛すべきキャラクターと、八五の人間讃歌の物語は、いっそう生き生きと呼吸し、飛び、跳ね、存在感を示していると思います。
(それにしても都築さん、写真うまいなあ! 被写体を愛していることが、じつによくわかる写真ですよねえ!)
 おや、最初はM子さんへの私信のつもりで書きはじめたのだが、いつのまにか、いつもの「おしゃべり芝居」の口調になってしまった。
 こういうところも締まりのない、小手先の器用さだけで世の中を渡ってきた私の、あまり上等でない人間性が出ているのでしょう。
「東京右半分」の最後の「あとがきにかえて――冬風よ塔まで運べ一揆の声」という都築さんの文章が美しい。
 どこが美しいのか、ということを書こうとしたが、ステレオタイプの言葉しか出てこないので、やめました。

 追記。「おしゃべり芝居」の読者諸氏へ。
 この「東京右半分」には、中に「風俗資料館」を精密描写したページが、十数ページにわたってあり、同館所蔵の原画も豊富に紹介され(これだけでもすごく貴重)ていますが、その「風俗資料館」とは、まったく無関係のページに、な、な、なんと、中原館長が顔を見せているページがあります。しかも二カ所!
 さて、それはどこでしょうか。あてた人には濡木痴夢男からごほうびをあげます。書店で立ち読みする程度では絶対にわかりません。

つづく

★Rマネの追記★

上記、おしゃべり芝居第195回にてご紹介いたしました都築響一氏の『東京右半分』。筑摩書房のwebちくまにて2009年9月から2011年12月までの長期にわたり毎週(!)連載されていた凄まじく、そして素晴らしく熱い、都築氏ならではの東京見聞録が一冊になりました。ご興味のある方は是非お手にとってお読みください。内容同様、ずっしりと重みのある、充実の一冊です。ちなみに濡木痴夢男は「濡木痴夢男」としては出ていません。皆様お気づきになられるでしょうか?

東京右半分』都築響一【著】
6,300円(税込)/筑摩書房/2012年3月22日発行

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なるべく都心から近いこと。なるべく家賃や物価が安いこと。エネルギッシュな町が生まれる要素は、このふたつしかない。いま東京の若者たちがみずから見つけつつある新たなプレイグラウンド、それが「東京の右半分」だ。この都市のクリエイティブなパワー・バランスが、いま確実に東、つまり右半分に移動しつつあることを、君はもう知っているか。(序文より)

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