2012.7.10
 濡木痴夢男のおしゃべり芝居 第百九十九回

 大田黒氏からの第二信


 前回、いま私は「続・天狗のいたずら」の執筆中で、七転八倒の苦しみが一週間以上もつづいている……と書いた。
 本当をいうと、一週間どころではない、じつは、一カ月以上、二カ月近くもつづいているのだ。突破口がみつからない。
 七転八倒状態が一週間つづいている、と書いてしまったのは、これも私の愚かな虚栄かもしれない。
 自慢高慢バカのうち、の一つかもしれない。
 かもしれない、ではなくて、そうなのだ。
 バカそのものなのだ。
 どこまでいっても私は傲慢である。
 虚栄心も傲慢のうちである。
 いま大田黒氏と書簡を交わしている、と書いたが、氏への手紙には、私はめずらしく弱音を吐いている。
 日頃傲慢な私が、どんな弱音を吐いているか、お察し願いたい。
 大田黒氏からの第二信を、了解を得て、また転載させていただく。

 濡木痴夢男先生。
 どんなに神経を集中させても前へ進まない、という大変な原稿をかかえているにも関わらず、ていねいな御返事を頂きまして、どうもありがとうございました。
 重いスランプ状態とのことですが、こちらからの手紙が、脱却の一助になったのであれば幸いです。
「続・天狗のいたずら」これは是非とも読んでみたいです。執筆……月並みな言葉で恐縮ですが……頑張って下さい。
 濡木先生の作品には、最後には必ずと言ってよいほど「救い」があり、そこが団鬼六氏や千草忠夫先生の作品と違って、安心して読める秘訣だと分析しております。
(生意気なことを申してお許し下さい)
 団氏や千草先生の作品・作風を否定するわけではありませんが、「女をひたすら嬲るだけの変態小説」との烙印を押されている耽美官能文学(世間一般ではSM小説、アダルト変態小説と大雑把に括られてしまいますが)の中において、暗い雰囲気だけでなく、明かるい爽快感で読者を惹きつける魅力が、濡木先生の作品にあると感じるのは事実です。
「天狗のいたずら」に限らず、濡木先生が、「裏窓」や「あぶめんと」へ発表された捕物小説・時代小説は、とても完成度が高く、とくに「花川戸の伊三郎」シリーズは、横溝正史先生の「人形佐七捕物帳」と甲乙つけ難い傑作でした。
 私は濡木先生の長編時代小説「鬼乳房伝奇」が大好きで、高木彬光先生の長編時代小説「鬼来也」や、「あばれ振袖」にもヒケを取らない面白さです。
 専業作家の名作群と肩を並べる小説を、編集者として働きながら書いていた濡木先生の才能は稀有なものです。
「続・天狗のいたずら」に限らず、今後の創作活動に期待しております。頑張って下さい。一ファンとして応援しております。
 今回の私の出版社への就職決定ですが、濡木先生にも御心配、御迷惑をおかけ致しました。希望していた出版社へ入ることができ、今後は粉骨砕身の努力で、成果を挙げていきたいです。
 刊行を休止していたミステリー関連の出版活動が軌道にのれば、「裏窓」傑作集(万里小路崑先生や島本春雄先生の作品集等)も出せそうです。
 最近の「新青年」研究会では、これまでの「裏窓」及び「サスペンスマガジン」研究のまとめを発表しました。
 濡木先生からいろいろ教えて頂いた貴重な情報を、十分に活用しきれなかったことを悔みつつも、自分としては良い経験でした。次回ではリベンジの発表を行いたいと思い、前回の反省点をふまえて、さらなる研究発表会にしたいです。
 他にも書きたいことがたくさんあるのですが、支離滅裂な内容になりそうなので、ひとまず筆を置かせて頂きます。
 濡木先生から頂いたお手紙に興奮しており、乱筆乱文になってしまいました。お会いできる日を楽しみに待っております。
 大田黒明良

 大田黒明良様へ。濡木痴夢男より。
 今回と前回のあなたからのお手紙で、ようやく、あなたのお考えが、すこしわかってきました。
 それは、団鬼六氏や千草忠夫氏の作品に触れてのあなたの感想が、すこし書かれていたからです。
 これまでは何もわかりませんでした。
 たとえば、
「新青年という雑誌が好きだ、好きだ、好きだ!」
 というだけで、あなたが何を考えているのか、何が好きなのか、「新青年」のどの部分にあなたが魅力を感じているのか、さっぱりわかりませんでした。
 なぜ好きなのか。「新青年」のみならず、なぜ「裏窓」が好きなのか。
 なぜ「裏窓」時代のこと、むかしのことが、そんなに知りたいのか、その理由がわからないと、質問される側としては、不気味なものです。正直に返事をする気になれません。
 じつはあなた以外にも、むかしのことを教えてくれ、知りたい知りたいという人がいます。
 なぜ知りたいのか、その理由も目的もわからないので、私としては無視するより他はありません。不気味に感じるだけです。
 自分の気持ちを私のほうに伝えようとしないで、私の側からだけ、何かを得たいというのは、ずいぶん身勝手な、失礼な態度だと思います。
 そう思いませんか?
(なんでもかんでも知りたいマニア、というマニアがいるのかも知れませんが、私にとっては不気味な存在です。私つまり濡木痴夢男のことをなんでもかんでも知りたいという中年女性につけ狙われ、追い回された経験があります。これはじつに不気味な、おそろしい存在でした)
 今回のあなたからのお手紙にも、またまた岩堀光氏のことを知りたい、とありました。
「いくら調べても詳細がわからず困っています」
 と書いてあります。考えようによっては、不気味さを通り越して、こわいことです。
 なぜあなたが、これほどまでに執拗に、いつまでも岩堀光氏のことを聞きたいのか(まさか親のかたきではないでしょうね)岩堀光氏の何を知りたいのか(たぶん小説作品のことだと思いますが)知ってどうしようというのか、何が目的で知りたいのか、私にはあなたの心の中がさっぱりわかりません。
 その目的とか理由をわかりやすく私に伝え、私を納得させてくれないと、私の立ち場としてはうっかりしたことは言えません。
 あなたが「新青年」の、どこに魅力を感じて熱心な研究をつづけておられるのか、じつはそのことさえ、いまだに私には伝わってきません。このつぎのお手紙には、ぜひそのことを教えてください。
 なんだか途中から話がちがう方向へ曲がってしまいましたが、気になったので、ついよけいなことを書きました。
 私の小説を褒めてくれてありがとう。
 私は自分では「泣き兵衛巷囃子」という長編時代ミステリが気に入っているのですが。
 まだお読みになっていないようでしたら、風俗資料館にありますからお目通しください。
 あなたのおかげで「続・天狗のいたずら」ようやく先が見えてきました。感謝し、お礼を申し上げます。

つづく

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